4月に入り、暖かな日差しがあるかと思えば、翌日は雪の降ることも珍しいことではない、そんな繰り返しを経て、ようやく上高地の春がやってきます。
釜トンネル【1】を抜けて、ぱっとひらけた大正池へ出ると、雪に覆われた穂高連峰は圧巻の一言。この穂高を眺めつつ、上高地では開山に向けての準備が着々と進められます。
4月27日、上高地は5ヶ月ぶりに冬の眠りから目覚め、恒例の開山祭を迎えます。まっ白な穂高連峰から吹き下ろす冷たい風に負けないよう、力強いアルプホルンのファンファーレを合図に、玉串奉納などの神事を行い、山の安全を祈願します。イベントのクライマックスには、獅子舞の披露があります。明るい笑いと拍手の中で、会場の河童橋畔は、開山を待ちわびた多くの参加者で賑わいをみせます。その後、招待客は野天宴会場へ向かい、四斗樽の鏡開きをして、春の日を一日大いに盛り上がります。
雪解けが進めば、春の足音とともに植物も芽吹きだし、上高地はもっとも生命力あふれた美しい姿を見せます。
ケショウヤナギは上高地の河畔林を代表する樹木です。寒冷地の広い河原に生育し、日本では北海道の一部と上高地を中心とする梓川流域のごく限られた地域に分布していて、氷河時代の生き残りとされています。
ケショウヤナギという名前は、若い枝が白い粉におおわれて化粧したように見えることからつけられました。初冬から翌春の芽吹きにかけてのこの時期は、細い枝の先端が鮮やかな紅色に染まり、遠目には樹冠全体が色づいて見えます。残雪に映えるその艶やかさに誰もが目を奪われてしまいます。
大正池のほとりに立って見渡すと、峰々を映す池、その水面に波紋を広げる木の葉、立ち枯れ木、それを包む冷たい空気、すべてが静と動の中にあります。
眼前の焼岳は、現在も活動を続けている火山です。1915年(大正4年)6月6日、大噴火をおこしました。この噴火で、焼岳の溶岩ドームの一部が壊れて、火山破砕流(火砕流)が下堀沢と中堀沢を流れ下り、梓川をせき止めました。この自然のダムの上流に出現したのが大正池です。2015年、今年でちょうど出現100周年にあたります。
この時の水位の上昇によって、河原の近くにあった木々は水没し、枯死してしまいました。こうして、青く澄んだ水面に幽玄な立ち枯れの木と白い穂高という有名な風景ができあがったのです。
(一般財団法人自然公園財団 上高地支部 櫻井 知寛)
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