阿蘇くじゅう国立公園をドライブすると、広い草原の中で、ゆた?っと(のんびりと)している生きものがいます。そう、あの大きくて、モーと鳴く、牛です。この牛たち、よく見ると黒いのと赤茶色のがいます。黒いのは黒毛和種、一般的な和牛です。赤茶色の牛は褐毛和種と言って、これも和牛なのですが、その毛色から「あか牛」と呼ばれます。あか牛は肉用牛ですが、黒毛和種が肉用和牛の90%を占める中では少数派。主に熊本県と高知県で飼育されています。
実は、牛には上の前歯がありません!下の前歯はあるのですが、これでは草を噛み切ることはできません。では、どうやって草を食べるのでしょう?
正解は、舌を使うのです。長くて大きな舌を使って、草を引きちぎるようにして口の中に入れます。牛って、舌まで力持ちなんですね。
4月の下旬から5月の始め、野焼きの終わった草原が一面緑色になる頃に牛の放牧が始まります。阿蘇地域では一般的に、「夏山冬里(なつやまふゆさと)」方式といって、夏は山の放牧地に牛を放ち、寒くなる頃に里にある牛舎に連れ帰る方法で牛を育てています。冬を牛舎で過ごした牛たちにとって、新鮮な青草のある広々とした草原は待ち焦がれていた場所かもしれません。放牧される牛のほとんどは、子牛を産ませる牝牛です。中には親子(母と子)で放牧されているもののもいます。母牛は起伏のある草原を歩きながら、野草をお腹いっぱい食べることで、お産も軽く元気な子牛を生むことができるのだそうです。
牛を放牧している草原を遠くから見ると、山肌にしましま模様が見えます。等間隔で水平に走るラインはまるで等高線のよう。これは、牛が草を食べながら踏み固めて作った「牛道(うしみち)」です。トラクターが登れないような急斜面でも、牛たちはこうして草を食べることができます。
阿蘇の草原にいるのは牛だけではありません。牛が放牧されている草原(放牧地)では、牛の影響を受けながら独特の生態系が形成され、それに適応した野生の動植物がくらしています。例えば、放牧地では牛が食べ残す植物が目立ちます。オキナグサやウマノアシガタなど、毒のある植物は食べ残され、その結果、美しい花を咲かせています。また、ハルリンドウやウメバチソウなど、背の低い植物は牛の舌を逃れ、太陽をいっぱい浴びて元気に育ちます。
阿蘇の草原を代表する蝶、オオルリシジミの幼虫は、有毒で牛が食べないマメ科の植物クララだけを食べて育ちます。牛がいなければ、クララは他の植物に負けてしまいます。そうなれば、オオルリシジミは生きていけません。オオルリシジミはかつて東北や中部、九州の草原で見られた美しい青い蝶です。しかし、時代とともに牛を飼う人が減り、草原が減少していく中で、ついに長野県と阿蘇くじゅう地域のみに生息する絶滅危惧種となってしまいました。
今、阿蘇の草原は、畜産業が低迷し、後継者不足に悩む中、存続の危機に直面しています。
草原であか牛が草を食むのどかな風景が、そこにくらす野生生物とともにずっと見られるように、阿蘇を訪れる方にも協力できることがあります。それは、「どんどんあか牛を食べましょう!」
あか牛の消費が拡大すれば、その繁殖も盛んになり、阿蘇の草原がしっかりと利用され、結果として保全されていきます。あか牛の肉は旨みが多く、脂肪も少なめで、おいしくて健康にも良いとのことです。
阿蘇地域では、あか牛の消費拡大に取り組んでおり、あか牛肉を使ったメニューを提供するレストランも多くあります。詳しくは、関連リンクの「あか牛肉料理認定店紹介ホームページ」をご覧下さい。
(自然公園財団阿蘇支部 木部直美)
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