北海道東部、屈斜路湖と摩周湖の間に位置する川湯には、火山の影響を色濃く受けた「つつじヶ原」という場所があります。つつじヶ原にある硫黄山は活火山なので、今も噴気を上げています。
山からは酸性の火山性ガスが発生し、酸性土壌と火山礫に覆われ、栄養を含んだ腐植土が薄く動植物にとって過酷な環境です。さらに、東北海道の冬は最低気温がマイナス25℃を超えることもあり、フリーザーも顔負けの気温になります。このような厳しい自然環境の中で、ハイマツは生きています。
多くのハイマツは標高1,500m以上の森林限界に生育していますが、川湯の標高は約150mです。ただし、前述の通り植物には厳しい環境なので標高だけでは測れない要素があります。
ではなぜ、ハイマツはこの地を選び、生き伸びてきたのでしょう。つつじヶ原のハイマツは、周辺の山々まで連続的に生育しています。山から下りてきたのでしょうか。あるいは、他の植物は生育できない条件があるのでしょうか。
ハイマツの実は地上に落ちただけでは発芽しません。地中に埋まることで、芽が出るようになります。
つつじヶ原にはホシガラスが棲んでいるのですが、ハイマツの発芽には、彼らの貯食行動が役に立っていると言われています。ホシガラスが越冬のために土に埋めて保存した実の中で、食べ忘れたまま冬を越して発芽するものがあるからです。しかし、自然はそんなに単純明快ではなく、繁栄と淘汰の戦いの中で知恵を使います。斜度による転がりを利用するもの、雨の流れを利用するものなど様々な可能性を模索し命の連続性を探ります。
ハイマツの実は2年かけてマツボックリを実らせるので、一年目の実は厳しい冬を乗り切らなくてはなりません。マイナス25℃の寒風にさらされて、じっとしながら冬を過ごし、翌年の秋に熟します。
高地に生育するハイマツは地を這(は)うように生長するので「這うマツ」というイメージがありますが、川湯のハイマツは低地に生育しているため、這うことはありません。ではどのような姿になるかというと、両手を広げ、高く生長するのです。低地では積雪が少なく風の影響も少ないので、這う必然性がないからだと考えられています。
樹高は4mを超えるものもあり、幅7m以上も枝を広げます。幹の直径は35cmにもなり、その姿は巨大な盆栽のようにも見えます。
ハイマツが立っている地面には腐植土がほとんどありません。火山灰と火山礫の上にあり、pHはおよそ3となり、砂漠ような荒野と強酸性の中で生きています。そのため、根は樹高の数倍の長さで横に広がり、最大限の水補給を行っています。
冬になって寒さが増し氷点下数十度の世界になると、それに対応するため、ハイマツは眠りの準備に入ります。極寒気には、熟睡?それとも仮眠?──といった変化を見ることができます。
積雪の高さより上に出ている枝は、マイナス十数℃以下になると下を向き、太陽が顔を出して気温が上がってくると徐々に上を向き始めるのです。朝から昼に向けて挨拶をしているような、おもしろい現象です。
ハイマツはゆっくりとした時間の中で人とは違う時間軸で生きていますが、厳しい自然環境の中で生きるための柔軟さと、実直さと、強かさには見習う事が多いように感じます。
((財)自然公園財団 川湯支部 藤江 晋)
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