12月4日に阿寒国立公園は指定80周年を迎え、記念行事・式典・川湯エコミュージアムセンターでパークボランティアの企画展・来館者へのPRなどを行いましたので、その一部を紹介します。
記念行事として川湯エコミュージアムセンターで6月22日に「つつじヶ原と安田鉄道軌道跡探勝会」を実施しました。川湯温泉駅前に集合し、安田軌道跡地を通って硫黄山を経由して、川湯エコミュージアムセンターに至る片道約5?の行程です。
安田軌道跡地は明治21年に硫黄山から採れる硫黄を釧路まで運搬するために126年ほど前に開通した、北海道で2番目にできた鉄道です。現在は線路など残っていませんが、軌道跡が盛り土になっているので当時の姿を想像することができます。
阿寒国立公園に指定され、硫黄山は特別保護地区として植物や採掘跡などが保護されています。硫黄山の麓には、つつじヶ原といわれ硫気孔原植生が広がっています。硫気孔原とは、硫黄の成分を含んだ噴気の影響を受けた植物層で、特殊な植生が見られます。噴気孔の周辺部はハイマツが多く、その外側にはイソツツジが群落的に生育しています。
今回の観察会はイソツツジの花の見頃で、約100km2の白いお花畑を見ることができました。復路は馬車を利用し、参加者18名とスタッフ10名を乗せてつつじヶ原を馬の蹄の音を聞きながらゆっくりと戻りました。
80年前の阿寒国立公園指定を踏まえ、硫黄鉱石が採れていた時代や昔の鉄道跡、馬車による当時の交通手段の体験など、自然と歴史に触れる観察会となりました。
80周年記念式典は川湯のホテルで鹿児島県日置市との交流会と共に行われました。日置市との交流は昭和5年に阿寒横断道路の開通に尽力した日置市出身の永山存兼氏が縁になりました。国立公園の指定にあたって交通網を整備し、指定に向けて大きな役割を担ったことに敬意を表して、姉妹都市の交流を続けているものです。80年前の偉業に対して現在も語り継がれ、今の交流に至っています。
式典では阿寒国立公園の歴史を振り返り、80周年記念アルバムの紹介などが行われ、日置市との交流も一層深まりました。
川湯エコミュージアムセンターでは、10月から11月までの2ヶ月間「摩周・屈斜路パークボランティア連絡会」のメンバーによる企画展がセンター二階で開催され、13人が45点の作品を展示しました。
また指定80周年を記念し、12月4日には来館者全てにスタッフ手作りのポストカードを配布、12月7日には弟子屈で開催された「バンフ・マウンテン・フィルム・フェスティバル2014」にエコミュージアムセンターでもクラフトコーナーを出展しました。
北海道の東の中心部に位置する弟子屈町の川湯は、12月になると平均気温がマイナスになります。昨年12月の平均気温はマイナス2.7℃でした。例年25日前後に1週間ほど連続的に最低気温がマイナス15℃にもなり、地元でクリスマス寒波と呼ぶ厳しい寒さが続きます。これから川湯では冬の行事の「ダイヤモンドダストin 川湯」が開催され、寒さを主役にスノーキャンドル・ライトアップなどが行われ、氷点下での冬を体験できます。
阿寒国立公園指定80周年を記念してさまざまな行事が行われ、節目の年となりました。これからも80年の歴史を踏まえ、新しい時代に対応した展開をエコミュージアムセンタースタッフ全員で進めて行きたいと考えているところです。
文・写真:(一財)自然公園財団 川湯支部 藤江 晋
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