オホーツク海に突き出たように伸びる知床半島は、羅臼岳や知床岳など火山でできた山々が連なっています。海から切り立った急峻な地形は、高さ100メートル以上の海岸断崖が続き、吹きつける強風や、冬には海水を覆う流氷など、過酷な自然環境が原始性の高い自然を守ってきました。
しかし、知床五湖周辺を含む岩尾別地区には開拓の歴史が残されています。
今回は秋の知床五湖と開拓の歴史から自然保護の歩みを含めてご紹介します。
岩尾別地区の奥地、原生林の中で知床五湖は、静かに私たちを迎えてくれます。知床五湖の誕生には火山活動による影響が深く関係しています。現在も活火山である知床硫黄山の火山活動により、約4000年前に大規模な山崩れが起き、山頂部分が大きく崩壊しました。この時に発生した大量の土砂や溶岩片は西側の山麓を一気に流れ下り、「流れ山地形」という独特の凹凸地形が造られました。その凹凸(起伏)に地下水が堆積してできた5つの湖が知床五湖の成り立ちです。知床五湖は流れ込む川も流れ出る川もない、自然現象でできた奇跡の湖なのです。
知床五湖は、年間約50万人が訪れる景勝地です。ヒグマをはじめとする野生動物の住処であり、出没するヒグマと利用者の双方をコントロールするために2011年から自然公園法による利用調整地区制度を柱とした新しい利用のあり方が始まりました。
その、利用方法は、「地上遊歩道」と「高架木道」に区分されています。「地上遊歩道」の利用には、「ヒグマ活動期(5/10?7/31)」「植生保護期8/1?10/20」「自由利用期10/21?閉園」という3つの期間に区切られており、ガイドツアーや事前レクチャーの受講が必要な時期があります。
現在(10月21日以降)は、「自由利用期」に当たり、「地上遊歩道」「高架木道」の両方共、自由に利用することができます。
※知床五湖の旬の自然情報や利用法の詳細については、知床五湖ホームページ( http://goko.go.jp/ )でご覧いただけます。
錦繍の季節、「地上遊歩道」を散策すると、澄んだ空気に木漏れ日が差し、湖面がキラキラ輝いて見えます。ハウチワカエデやイタヤカエデ、ヤマブドウ、ツタウルシの紅葉が森林に秋の彩りを添え、トドマツやエゾマツ、ホオノキ等の木々の香りが漂います。知床五湖で営巣するカイツブリの雛の甘えた鳴き声、ミズナラのドングリをくわえたエゾリス、休息に飛来してきたオオハクチョウなど多くの野生動物を観察でき、五感で自然を感じられます。
5?1湖より望む雪化粧した知床連山と湖面に映る紅葉の情景は、それぞれの湖に異なる味わいがあります。
夕暮れ時に、「高架木道」から眺望するオホーツク海の水平線に沈む夕陽の光景は息を呑む美しさです。
知床五湖は、「地上遊歩道」に見られる原生の自然だけでなく、開拓の歴史も秘めています。知床五湖周辺を含む岩尾別地区は、戦前・戦後の大正から昭和にかけて、開拓の鍬が下ろされましたが、気象条件や水利の悪さ、転石に覆われた開墾の厳しさに加え、さらに開拓政策の打ち切りや社会情勢の変化により、昭和41年(1966年)に全ての開拓者が知床の地を離れました。
その後、残された開拓跡地を乱開発から守るために、地元斜里町が「しれとこ100平方メートル運動」を昭和52年(1997年)に展開しました。運動参加者から募った寄付金をもとに開拓跡地を買い取り、開拓以前にあったような本来の知床の森を再生するという壮大な試みです。「しれとこで夢を買いませんか」のキャッチフレーズは自然保護に興味を持つ多く人々から、全国的な反響を呼び、日本の本格的なナショナルトラスト運動の先駆けとなりました。20年後、多くの方々からの寄付金が集まり土地保全目標を見事達成しました。
現在は、「しれとこ100平方メートル運動の森・トラスト」として、原生林と自然生態系の再生を柱とする、100年後、200年後の未来を見据えた新たな運動が始められています。苗木の植え付けやエゾシカの食害から木々を守る防鹿柵の設置など様々な森づくりの作業を多くのボランティアの方々の協力を得ながら進めています。
こうした地域住民や知床を愛する方々の自然保護への活動と意識の高さが認められたことも、世界自然遺産に登録される際に、大きな役割を果たしました。無制限の観光利用は自然の破壊につながることもあり、開拓の歴史を見ても一度壊されてしまった自然は復元するのにその何百倍もの年月を要します。知床の自然は全体がひとまとまりの生態系として保存されてきたものであり、どれか一つが欠けてしまってもその価値は大きく損なわれてしまうでしょう。知床での自然保護保全における活動を知ってもらうことで、知床の自然をより深い部分で体験していただけたらと思います。
自然公園財団 知床支部 向山純平
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