メインコンテンツ ここから

「地域の健康診断」バックナンバー

0612026.06.16UP食と体験でつなぎ直す、人と山との関係性-大阪府島本町のジビエビジネス-

獣がまちにやってくる

 昨今の異常とも言えるクマの出没は、山と里のバッファゾーンが喪失したことが大きな要因の一つです。人間に危害を加えるクマだけでなく、シカやイノシシ、サルなどが山から里、さらには都市部へと進出しています。これはブナの実の作柄の影響など山の食物環境の危機に加えて、山と里の境界が消え、人間社会が野生動物にとって「住みやすく、効率のよい環境」になってきたという構造変化の表れでもあります。
 かつて日本の農山村には、薪を切り出し、腐葉土を集め、放牧や焼き畑農業を営む、自然との共生社会が存在していました。人々が日常的に山を歩き、手を加えることで維持されていたこの空間こそが、野生動物を押しとどめる緩衝地帯でした。野生動物は人間の匂いや音などの気配を嫌って山へ引き返していたのです。
 近年、過疎化や高齢化を背景に、耕作放棄地や放置林、空き家が急増しています。集落の無住化が進んだことで山林の連続線がそのまま集落まで到達する地域も多くなっています。さらに、河川敷の草むらなどが住宅地へと続く「緑の回廊(コリドー)」となって、野生動物が安全に移動する経路となっているとの指摘もされます。
 山の中で何時間も歩き回るより、集落にある一本の柿の木の方がはるかに高カロリーで効率よく食料を得られると学習した野生動物にとって、都市部は生態学的に孤立した空間ではなくなっています。

崩れた境界を誰が再生するのか

 野生動物問題を、人口減少社会が最も目に見える形で現れた環境悪化現象の一つとみる見方があります。その背景には、野生動物の個体数増加だけでなく、人と自然の境界を維持してきた農山村の機能低下が指摘されます。
 かつては意識せずとも行われていた草刈り、薪炭林の管理、山道の維持といった日常的な営みが衰退していることで、境界が曖昧になりました。解決には、「鳥獣被害対策」や「捕獲の強化」といった対処療法だけでは限界もあります。集落周辺の緩衝帯の再生や放棄農地の管理など、境界そのものを再構築する根本的な取り組みが必要不可欠ですが、現在の地方にはその担い手が著しく不足しています。
 野生動物の出没は、個別のアクシデントとしてみなすのではなく、自然との境界を管理する力をコミュニティの低下・喪失が大きく影響していることを考える必要があると思います。それらの解決には、行政や個人の努力だけでは限界があります。地域住民のみならず、都市住民をも巻き込んだ「新たな共同管理の仕組み」をいかに再構築するか。これこそが、地域の将来を左右する重要な課題と言えます。

大阪府島本町に見る希望:食と体験でつなぎ直す「島本ジビエ」の挑戦

 メディアではクマの被害がクローズアップされがちですが、生態系全体において近年最も深刻なのはシカによる食害です。かつて天敵であったニホンオオカミは絶滅し、その次の天敵であったマタギなどの狩猟者も減少。さらに近年の地球温暖化による積雪量の減少が重なり、シカの個体数は爆発的に増加しました。シカが餌場の草を食べ尽くし、若木を食い荒らすため、山そのものの生態系が劣悪化し、イノシシやタヌキなど他の野生動物の生存をも脅かしています。さらに、下草を失い痩せ細った山林は、土砂流出や山崩れといった災害のリスクも高めています。

 こうした課題に対し、独自の変革を試みている地域が、サントリー山崎蒸溜所があることで知られる大阪府島本町です。町域の約6割を山林が占める自然豊かな島本町は、安土桃山時代に千利休が豊臣秀吉のために茶を立てたとされる名水「離宮の水(日本の名水百選)」を育む土地です。しかし、この豊かな山林から下りてくるシカによる農作物被害が、近年顕著になっていました。
 この事態に対し、島本町では単なる「害獣駆除」や一過性の「特産品開発」に留まらない、人と自然、食、そして地域経済をつなぎ直す地域再生の実践が進められています。その中心で活躍しているのが、猟師でありシェフでもある宮井一郎氏です。


猟師兼シェフの宮井一郎氏

猟師兼シェフの宮井一郎氏


 宮井氏は、現在の野生動物問題を「人が山との関係性を失った結果として起きている問題」と捉えています。ヨーロッパでの修業を経て帰国後、「お客様に出す食材は自分の手で得たい」という強い信念から狩猟免許を取得。自ら山へ入り、仕留めたシカの解体から調理までを一貫して行うスタイルを自身のリストランテCo.N.Teで確立しました。
 宮井氏は「害獣駆除」と「ジビエ」は違うと言い、「人間のエゴで命を軽く扱うわけにはいかない」とする一貫した理念のもと、「命をいただく倫理」として、肉だけでなく骨まで活用するなど、自然の恵みを可能な限り使い切る考え方を徹底して、生命を余さず循環させる思想を持っています。
 また、個人の活動に留まらず地域の仲間と共に「島本ハンターズ」を結成し、若手猟師の養成や、罠の見学、狩猟・解体のワークショップなどを通じて、山と地域コミュニティの関係性を学び直す体験事業を定期的に実施しています。
 森林・地域環境の観察者として、単に動物だけを見るのではなく、「森林構造」や「地域の土地利用」まで視野を広げています。


さまざまな部位に解体

さまざまな部位に解体


骨すね肉ピザ

骨すね肉ピザ


 島本町は2022年度、ふるさと財団の支援を受け、地域ブランド形成・発信の手段としてコミュニケーションデザインの確立を目指しました。その中で生まれた1つが、ジビエビジネスですが、単なる農林水産物の「六次産業化」ではありませんでした。
 それは食と体験というアプローチを通じて、山や食、命、技術継承という、かつての「狩猟共同体」を現代的な再編集を試みたのです。
 一度は崩壊した「人と自然の境界管理」を地域の手で再構築しようとする、持続可能な未来への試みと言えるでしょう。

このレポートは役に立ちましたか?→

役に立った

役に立った:0

地域の健康診断

「地域の健康診断」トップページ

エコレポ「地域の健康診断」へリンクの際はぜひこちらのバナーをご利用ください。

リンクURL:
http://econavi.eic.or.jp/ecorepo/together/series/29

バックナンバー

  1. 001「地域を元気にする=観光地化ではない」
  2. 002「地域を元気にする=一村一品開発すればいいわけではない」
  3. 003「地域を元気にする=自ら考え行動する」
  4. 004「縦割りに横串を差す」
  5. 005「集落の元気を生産する「萩の会」」
  6. 006「小学生が地域を育んだ」 -広島県庄原市比和町三河内地区-
  7. 007「山古志に帰ろう!」
  8. 008「暮らしと産業から思考する軍艦島」
  9. 009「休校・廃校を活用する(1)」
  10. 010「休校・廃校を活用する(2)」
  11. 011「アートで地域を元気にする」
  12. 012「3.11被災地のまちではじまった協働の復興プロジェクト」
  13. 013「上勝町と馬路村を足して2で割った古座川町」
  14. 014「儲かる農業に変えることは大切だが、儲けのために農家が犠牲になるのは本末転倒」
  15. 015「持続する過疎山村」
  16. 016「したたかに生きる漁村」
  17. 017「飯田城下に地域人力車が走る」 -リニア沿線の人力車ネットワークをめざして-
  18. 018「コミュニティカフェの重要性」
  19. 019「伝統野菜の復興で地域づくり」 -プロジェクト粟の挑戦-
  20. 020「地元学から地域経営へ 浜田市弥栄町の農村経営」
  21. 021「持続する『ふるさと』をめざした地域の創出に向けて」
  22. 022「伊勢木綿は産業として残す」
  23. 023「北海道最古のリンゴ「緋の衣」」
  24. 024「風土(フード)ツーリズム」
  25. 025「ゆきわり草ヒストリー」
  26. 026「活かして守ろう 日本の伝統技術」
  27. 027「若い世代の帰島や移住が進む南北約160kmの長い村」 -東シナ海に浮かぶ吐喝喇(トカラ)列島(鹿児島県鹿児島郡十島村)-
  28. 028「徹底した子どもへの教育・子育て支援で過疎化の危機的状況を回避(高知県土佐町)」
  29. 029「農泊を再考する」
  30. 030「真鯛養殖日本一の愛媛県の中核を担う、宇和島の鯛(愛媛県宇和島市遊子水荷浦)」
  31. 031「一人の覚悟で村が変わる」 -京都府唯一の村、南山城村-
  32. 032「遊休資産が素敵に生まれ変わる」
  33. 033「福祉分野が雇用と関連ビジネスの宝庫になる」 -飯田市千代地区の自治会による保育園運営の取組-
  34. 034「日本のアマルフィの石垣景観を守る取り組み」 -愛媛県伊予町-
  35. 035「アニメ・ツーリズム」
  36. 036「おいしい田舎「のどか牧場」」
  37. 037「インバウンドの苦悩」
  38. 038「コロナ禍後の未来(1)」
  39. 039「コロナ禍後の未来(2)」
  40. 040「MaaSがもたらす未来」
  41. 041「二人の未来は続いてゆく」 -今治市大三島-
  42. 042「ワーケーションは地域を救えるか」
  43. 043「アフター・コロナの処方箋は地域のダイエット」
  44. 044「ヒトを呼ぶパワー(前編)」
  45. 045「ヒトを呼ぶパワー(後編)」
  46. 046「地域の価値創造」 -サスティナブル・ツーリズム-
  47. 047「廃校活用の未来」
  48. 048「小田原なりわいツーリズム」
  49. 049「地産地消エネルギーで地域自立する」
  50. 050「地域丸ごと地球の学び舎」
  51. 051「廃校活用の可能性と持続可能な社会への貢献(1)」
  52. 052「廃校活用の可能性と持続可能な社会への貢献(2)」
  53. 053「夢にチャレンジできるまち、実現できるまち」
  54. 054「新たな福祉コミュニティ」
  55. 055「「食料・農業・農村基本法」の改正は食料安全保障の強化!?」
  56. 056「香春町採銅所が紡ぐ地域コミュニティ」
  57. 057「水こそ命」
  58. 058「瀬戸内海の環境を守る「山海環(さんかいかん)」の挑戦」
  59. 059「水の国ニッポンを支える「見えない山」」
  60. 060「気候変動が生活困難の要因になる」
  61. 061「食と体験でつなぎ直す、人と山との関係性」-大阪府島本町のジビエビジネス-

前のページへ戻る

【PR】

ログイン

ゲストさん、

[新規登録] [パスワードを確認]

エコナビアクションメニュー

【PR】

  • 東京環境工科専門学校
フォローする