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「地域の健康診断」バックナンバー

0192015.08.04UP伝統野菜の復興で地域づくり-プロジェクト粟の挑戦-

家族野菜―大和の伝統野菜が伝えてきたもの

 「ずっと提案していた形に巡り会った」
 その直感は当たっていました。そこは「清澄の里 粟」(きよすみのさと あわ)という奈良市高樋町の農家レストランでした。
 2002年に三浦雅之・陽子夫妻が山間部の遊休茶園を開墾してオープンした農家レストランは限定20組ランチのみの営業です。2012ミシュランガイドでひとつ星を獲得しており、稼働率95%。関西での人気は相当なようです。
 まったく農業とは縁がなかった夫妻が、米国の旅で先住民族の暮らしと代々受け継がれてきたトウモロコシの種、そして食文化に出会ったことで、その後の人生が運命づけられました。
 帰国して、「日本の昔を知りたい」と全国各地を歩く中で至った思いが、「伝統野菜の復興」でした。ところが地元の奈良県で伝統野菜として選定されていたのは9品目だけ。そこで、「ないなら探そう」と在来野菜の種を探し歩きながら、農業について勉強する日々を送る三浦夫妻。出会った人たちが、「美味しいし、作りやすい」から自家用として在来野菜の種を採って栽培を続けていると聞いたのが、一つの転機になりました。
 使命感ではなく、家族が喜ぶものが在来種の野菜ということに気づいたのです。大和の伝統野菜を使った「家族野菜」というレストラン粟のキャッチフレーズが誕生しました。

農家レストラン粟の店内
農家レストラン粟の店内

レストラン粟の外観
レストラン粟の外観

レストラン前の棚田と集落
レストラン前の棚田と集落


距離感ゼロのおもてなし

 このレストランの特徴は、何と言っても奈良県の伝統野菜を中心とした料理です。その素材は、初めて目にするものばかり。市場には流通していません。どれも三浦夫妻が地域を歩き探し当てた「宝物」です。

鮮やかで美味しい野菜たち
鮮やかで美味しい野菜たち

粟の「むこだまし」を使った料理
粟の「むこだまし」を使った料理

伝統野菜の野川キュウリ
伝統野菜の野川キュウリ


 レストランではスタッフの皆さんが食材の説明をしてくれますが、特にオーナーの雅之さんが愛おしくてたまらないという表情でする説明は、シェフの陽子さんが作る料理の味をさらに引き立てています。
 雅之さんは「もてなす側、もてなされる側を明確にせず、良い意味で距離を感じさせない。お客様には田舎の実家に帰ったような感覚で来て欲しい」と言います。よくあるフレンチレストランの、高尚なだけの料理説明は温かさが感じられませんが、ここレストラン粟はお客様との距離感がゼロ。まさに三浦夫妻がめざす、皆で囲む「家族の食卓」を感じさせます。

おもてなしヤギのペーター君
おもてなしヤギのペーター君

 距離感ゼロは飼っているヤギにも伝染しているようです。ランチの時間のピークを過ぎた頃、自らガラス戸を開けて、ヤギのペーター君が登場します。お客様に触られても厭がらず、写真も一緒に撮らせるなど、オスでありながらこれほど大人しい性格のヤギは珍しく、驚きです。

これが中山間地の六次産業

 私は20年ほど前から「有畜複合経営」や「在来種」の保護活用を提唱し、産地を知ってもらうためにグリーン・ツーリズムなどの交流事業を企画してきました。専業農家の規模拡大により生産を上げ経済的に豊かにしようという農業政策ではなく、農家や集落の暮らしに根付いた農村コミュニティ政策を進めてきたわけです。

「プロジェクト粟」による六次産業化の概念図
「プロジェクト粟」による六次産業化の概念図

 三浦夫妻は、奈良の山間地集落での農的暮らしから様々なメンターに出会い、足下にたくさんの資源があることを発見しました。清澄という通常では飲食店として不向きな山間部に農家レストランをオープンし、趣味からビジネスに発展。2008年に「株式会社粟」を設立、2009年には奈良市街地に「粟ならまち店」を開店させています。事業としては順風満帆ですが、夫妻の「伝統野菜の復興で地域づくり」をしたいという当初の思いにブレはありません。
 現在は「NPO法人清澄の村」「株式会社粟」「五ヶ谷営農農協議会」の3団体をまとめ、「プロジェクト粟」による六次産業化を図っています。しかしこれは最近の利益優先の六次産業化ブームに乗っかるものでなく、地域の人たちが「小さな農業」を持続させるプロジェクトです。

粟オーナーの三浦雅之さん
粟オーナーの三浦雅之さん

 初めて訪れた場所を見て、「人が集う『種火』の場所になる」と確信した雅之さんの思いは、地域の農家との連携によって一歩一歩、着実に未来へと歩き出しています。


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バックナンバー

  1. 001「地域を元気にする=観光地化ではない」
  2. 002「地域を元気にする=一村一品開発すればいいわけではない」
  3. 003「地域を元気にする=自ら考え行動する」
  4. 004「縦割りに横串を差す」
  5. 005「集落の元気を生産する「萩の会」」
  6. 006「小学生が地域を育んだ」 -広島県庄原市比和町三河内地区-
  7. 007「山古志に帰ろう!」
  8. 008「暮らしと産業から思考する軍艦島」
  9. 009「休校・廃校を活用する(1)」
  10. 010「休校・廃校を活用する(2)」
  11. 011「アートで地域を元気にする」
  12. 012「3.11被災地のまちではじまった協働の復興プロジェクト」
  13. 013「上勝町と馬路村を足して2で割った古座川町」
  14. 014「儲かる農業に変えることは大切だが、儲けのために農家が犠牲になるのは本末転倒」
  15. 015「持続する過疎山村」
  16. 016「したたかに生きる漁村」
  17. 017「飯田城下に地域人力車が走る」 -リニア沿線の人力車ネットワークをめざして-
  18. 018「コミュニティカフェの重要性」
  19. 019「伝統野菜の復興で地域づくり」-プロジェクト粟の挑戦-
  20. 020「地元学から地域経営へ 浜田市弥栄町の農村経営」
  21. 021「持続する『ふるさと』をめざした地域の創出に向けて」
  22. 022「伊勢木綿は産業として残す」
  23. 023「北海道最古のリンゴ「緋の衣」」
  24. 024「風土(フード)ツーリズム」
  25. 025「ゆきわり草ヒストリー」
  26. 026「活かして守ろう 日本の伝統技術」
  27. 027「若い世代の帰島や移住が進む南北約160kmの長い村」 -東シナ海に浮かぶ吐喝喇(トカラ)列島(鹿児島県鹿児島郡十島村)-
  28. 028「徹底した子どもへの教育・子育て支援で過疎化の危機的状況を回避(高知県土佐町)」
  29. 029「農泊を再考する」
  30. 030「真鯛養殖日本一の愛媛県の中核を担う、宇和島の鯛(愛媛県宇和島市遊子水荷浦)」
  31. 031「一人の覚悟で村が変わる」 -京都府唯一の村、南山城村-
  32. 032「遊休資産が素敵に生まれ変わる」
  33. 033「福祉分野が雇用と関連ビジネスの宝庫になる」 -飯田市千代地区の自治会による保育園運営の取組-
  34. 034「日本のアマルフィの石垣景観を守る取り組み」 -愛媛県伊予町-
  35. 035「アニメ・ツーリズム」
  36. 036「おいしい田舎「のどか牧場」」
  37. 037「インバウンドの苦悩」
  38. 038「コロナ禍後の未来(1)」
  39. 039「コロナ禍後の未来(2)」
  40. 040「MaaSがもたらす未来」
  41. 041「二人の未来は続いてゆく」 -今治市大三島-
  42. 042「ワーケーションは地域を救えるか」
  43. 043「アフター・コロナの処方箋は地域のダイエット」
  44. 044「ヒトを呼ぶパワー(前編)」
  45. 045「ヒトを呼ぶパワー(後編)」
  46. 046「地域の価値創造」 -サスティナブル・ツーリズム-
  47. 047「廃校活用の未来」
  48. 048「小田原なりわいツーリズム」
  49. 049「地産地消エネルギーで地域自立する」
  50. 050「地域丸ごと地球の学び舎」
  51. 051「廃校活用の可能性と持続可能な社会への貢献(1)」
  52. 052「廃校活用の可能性と持続可能な社会への貢献(2)」
  53. 053「夢にチャレンジできるまち、実現できるまち」
  54. 054「新たな福祉コミュニティ」
  55. 055「「食料・農業・農村基本法」の改正は食料安全保障の強化!?」

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