「ずっと提案していた形に巡り会った」
その直感は当たっていました。そこは「清澄の里 粟」(きよすみのさと あわ)という奈良市高樋町の農家レストランでした。
2002年に三浦雅之・陽子夫妻が山間部の遊休茶園を開墾してオープンした農家レストランは限定20組ランチのみの営業です。2012ミシュランガイドでひとつ星を獲得しており、稼働率95%。関西での人気は相当なようです。
まったく農業とは縁がなかった夫妻が、米国の旅で先住民族の暮らしと代々受け継がれてきたトウモロコシの種、そして食文化に出会ったことで、その後の人生が運命づけられました。
帰国して、「日本の昔を知りたい」と全国各地を歩く中で至った思いが、「伝統野菜の復興」でした。ところが地元の奈良県で伝統野菜として選定されていたのは9品目だけ。そこで、「ないなら探そう」と在来野菜の種を探し歩きながら、農業について勉強する日々を送る三浦夫妻。出会った人たちが、「美味しいし、作りやすい」から自家用として在来野菜の種を採って栽培を続けていると聞いたのが、一つの転機になりました。
使命感ではなく、家族が喜ぶものが在来種の野菜ということに気づいたのです。大和の伝統野菜を使った「家族野菜」というレストラン粟のキャッチフレーズが誕生しました。
このレストランの特徴は、何と言っても奈良県の伝統野菜を中心とした料理です。その素材は、初めて目にするものばかり。市場には流通していません。どれも三浦夫妻が地域を歩き探し当てた「宝物」です。
レストランではスタッフの皆さんが食材の説明をしてくれますが、特にオーナーの雅之さんが愛おしくてたまらないという表情でする説明は、シェフの陽子さんが作る料理の味をさらに引き立てています。
雅之さんは「もてなす側、もてなされる側を明確にせず、良い意味で距離を感じさせない。お客様には田舎の実家に帰ったような感覚で来て欲しい」と言います。よくあるフレンチレストランの、高尚なだけの料理説明は温かさが感じられませんが、ここレストラン粟はお客様との距離感がゼロ。まさに三浦夫妻がめざす、皆で囲む「家族の食卓」を感じさせます。
距離感ゼロは飼っているヤギにも伝染しているようです。ランチの時間のピークを過ぎた頃、自らガラス戸を開けて、ヤギのペーター君が登場します。お客様に触られても厭がらず、写真も一緒に撮らせるなど、オスでありながらこれほど大人しい性格のヤギは珍しく、驚きです。
私は20年ほど前から「有畜複合経営」や「在来種」の保護活用を提唱し、産地を知ってもらうためにグリーン・ツーリズムなどの交流事業を企画してきました。専業農家の規模拡大により生産を上げ経済的に豊かにしようという農業政策ではなく、農家や集落の暮らしに根付いた農村コミュニティ政策を進めてきたわけです。
三浦夫妻は、奈良の山間地集落での農的暮らしから様々なメンターに出会い、足下にたくさんの資源があることを発見しました。清澄という通常では飲食店として不向きな山間部に農家レストランをオープンし、趣味からビジネスに発展。2008年に「株式会社粟」を設立、2009年には奈良市街地に「粟ならまち店」を開店させています。事業としては順風満帆ですが、夫妻の「伝統野菜の復興で地域づくり」をしたいという当初の思いにブレはありません。
現在は「NPO法人清澄の村」「株式会社粟」「五ヶ谷営農農協議会」の3団体をまとめ、「プロジェクト粟」による六次産業化を図っています。しかしこれは最近の利益優先の六次産業化ブームに乗っかるものでなく、地域の人たちが「小さな農業」を持続させるプロジェクトです。
初めて訪れた場所を見て、「人が集う『種火』の場所になる」と確信した雅之さんの思いは、地域の農家との連携によって一歩一歩、着実に未来へと歩き出しています。
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