3.11の大厄災からまもなく一年になろうとしています。報道された映像は走馬燈のごとく過ぎ去り、遅々として復興が進まない被災地には雪が積もり、瓦礫の山を白く覆い隠しました。そして世間の関心もどこかへ移ろいでしまっています。
子や孫が安心して楽しく暮らせる社会を創っていくために、何が一番大切か適切かを考え実行することは今をになう大人の責務ですが、組織のヒエラルキーや自己保全が優先され、問題の隠蔽や先送りが行われているという情けない実態です。
行政には都道府県境・市町村界という見えない区域境が存在しますが、産業の視点から見たら行政界はありません。道や線路はつながり、モノや人は往来し、情報に国境ゲートはありませんから、訪問者に「そこから先は違う町だから行かないで」などと言えませんね。
公務員時代、もっと学校現場に食育や体験学習を広げたいと教育委員会への異動希望を出したところ、M部長に「異動しなければできないと考えるな。考えついた者がその部署でやればよい」と一言。その部署でないとできないという縦割りの呪縛にはまり、今の部署でやるにはどうしたらよいか、なぜできないかを考えず縦割り組織の中で思考停止していたのです。
山口県宇部市は、明治時代から石炭産業で発展する一方、戦後は公害世界一【1】と言われる煤塵(ばいじん)公害に苦しみました。しかしながら、いわゆる公害訴訟を経て問題を克服した他地域と違い、工場を操業する宇部興産と市民が同じテーブルにつく「煤塵対策委員会」での長い話し合いによって公害克服の道を歩みました。
これは後に「宇部方式」と言われ、企業と市民のどちらか一方に負担を強いるのではなく、横につながり双方がメリットを取り、課題解決していく姿勢が宇部市の風土となりました。
この風土を共有する宇部・美祢・山陽小野田の三市が現在、「大人の社会派ツアー」と銘打ってCSRツーリズムによる産業観光を行っています。
このツアーは、宇部工場から美祢市伊佐工場をつなぐ全長30kmの宇部興産車両専用道路や宇部港に架かる全長1kmの興産大橋の通行、窯業や石油化学の工場群、国内最大の貯炭場(石炭の集積場)、大型タンカーが寄港する企業専用岸壁、大規模な露天掘りが行われている石灰石鉱山(伊佐鉱山)等をめぐる、工場萌えでなくても垂涎(すいぜん)のコースです。
私も「全国まちあるき観光サミット in 宇部」で、素晴らしい工場群の夜景ツアーを堪能しましたが、何よりも感銘を受けたのは宇部興産OBである渡邉さんのご案内。「あの灯りの中で24時間休みなく働いている人がいる。それが宇部の経済を発展させ維持している」という語りでした。
とかく経済を語るときは人の営みなど消えてしまうものですが、グローバル企業の中核を担ったOBから、公害企業として叩かれそれを克服して行く過程で個人はどう考え、生きたかを直接拝聴しながらの夜景ツアーは、心に響いた一夜でした。
宇部興産のように複雑なコンプライアンスの存在する企業が、なぜ産業観光に協力しているかとの疑問もあるでしょう。それは単に、企業と地域住民の横連携ができる風土が醸成されているからだけではないでしょう。優れた着想と成果を出すための努力、さまざまな立場の人のネットワーク体制があってこそ、企業も積極的に新しい試みに賛同・参加できるのではないでしょうか。
すべての組織や考え方が縦割りの日本。短歌や俳句は縦書きがしっくりくるように、縦文化も悠久の歴史から育まれてきました。どうやら日本人は縦でモノを思考するDNAを持っているようです。縦組織だと安心な感じもしますし、それが日本における安定思考なのです。でも、縦割り組織だけでは実行できないものでも、人を介して横串を刺せば、芋づる式に実行組織が立ち上がります。激変する社会で、新たに成長するしくみを創るには、横串が欠かせません。
宇部の渡邉です。縦割りに横串を差す。良い表現ですね。ようこそ宇部に来ていただきました。素敵なレポートを読ませていただきました。又お会いできる事を願っております。
(2012.03.01)
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