かつて田舎の家々には、必ず「縁側」がありました。それは玄関でないけれど人が訪れる入り口であり、談笑し茶を飲み昼寝をする場所でもあり、時には行商や旅人の雨宿りの無料休憩所にもなっていて、「縁側」は家の中と外を分け繋ぐ、どちらの世界にも属さない公共空間として存在していたのです。
元来は雨ざらしの「濡れ縁」でしたが、時代劇などをみると縁側に付随した雨戸が付いており、江戸時代に発明されたのでしょう。その戸板は雨風や寒さを防いだり、防犯に役立つだけでなく、担架の代わりや作業台にも応用され重宝されました。
家が外へ向かって最も開いていたのは、もともと玄関でなく縁側で、縁が深くならないと奥に通されない結界の役目も兼ねていたかもしれません。
「お茶のみ、お茶ッコ、こびる」など全国各地で様々な呼び名がありますが、午前10時や午後3時頃に近所の親しい人たちを中心に、お茶を飲みながら四方山話に花を咲かせる集いの会がありました。仕事途中の郵便局員や農協の職員をはじめ、面識がなくても「お茶を飲んでいけや」と呼び止められます。地域の祭事や冠婚葬祭に始まり、どこそこで嫁を欲しがっている、あそこの年寄りが寝込んでいるなどの情報から、今年の天候、作柄、興が乗れば下ネタ話まで大らかに語られます。いつしか次の仕事のネタ仕入れにもなっていました。まさに人と人、情報の交流空間であったといえます。
しかし近代の家からは縁側が消え、古き良き身近な交流空間は、居住空間やプライバシー重視の家に変わり、同時に農村コミュニティも希薄となっていきました。
現在、それに代わる井戸端会議や情報交換ができる場所が増殖してきました。
島根県雲南市三刀屋町中野にある「
平成22年10月に農協合併に伴い、中野地区のJA店舗が閉鎖。地域の農業振興だけでなく暮らしを支えていたJAの支所や生活店舗が消えると、移動手段の無い高齢者の生活に支障が出てきました。近くの小学校や保育園も閉鎖されました。地区中心部は高齢者に限らず、住民が寄り添う拠点が乏しい中での閉店に、地元女性グループが立ち上がりました。
平成23年6月、空き店舗を利用し、地域の活性化と住民の生きがいや交流の場をつくることを目的として、産直+憩いのスペース「笑んがわ市」がオープンしたのです。
店舗に隣接するスペースにはお茶コーナーがあり、店舗を運営している地域の女性たちが、それぞれ漬物や煮物などその日持ち寄ったものを食べながら談笑していますが、外部から訪れた方にもお茶代150円をいただき振る舞います。
「マスコミなどで書いてくれて宣伝にはなったんだけど、近頃外からのお客さんが勘違いして、今日は煮物が無いなど文句を言う。本当にお茶代150円はもらうけど、当番の人たちが自分たち用に持ち寄ったものをお裾分けしているだけなのに」と、この市を仕掛けた石飛真知子さんは、食べ物を要求する場所でないと嘆きます。縁側でお茶をいただく文化を知らない方々には、お金でサービスを受けているとの感覚があるのでしょう。
三重県大紀町野原地区の廃校を活用した「野原工房げんき村」のコミュニティカフェ「喫茶おはつき」も居心地の良い場所らしく、朝から昼まで居座る看板ばあちゃんがいて、住民は会話を楽しみに通ってくるそうです。いつも通ってくる高齢者が訪れなければ、地区の世話役はきっと心配になり家に訪ねるでしょう。
地域福祉とはそういうもので、田舎こそカフェやサロンが必要であることを如実に物語っています。情報交換や人の関係性を高める空間の必要性を再認識するものでした。
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