2014年に日本創生会議が発表した「消滅可能性都市」は、人口減の帰結を知り、頭をハンマーで殴られたような大きなインパクトを国民に与えました。本提言にあわせて政府は、「まち・ひと・しごと創生本部」を創設。全市町村に人口減対策としての「長期ビジョン」と今後5カ年の政策目標・施策となる総合戦略の策定を指示しました。
しかし、計画づくりでは現場での詳細な現状把握に時間が取れず、分析・予測力が欠如したまま、政府指導に合わせた人口ビジョンや活性化策を策定した自治体が多く、3年が経過した今般、既に計画が破綻して、五里霧中のPDCAを回しているところも出ています。
平成の大合併は、中心都市のルールを過疎山村に押しつけるもので、旧村は本来持っていた自治力を失い、地区消滅の道を転げ落ちる結果となりました。一方で、危機的状況を回避したのは、合併せず自立の道を歩んだ山村や離島でした。
前回のNo27で紹介した鹿児島県十島村は、実質社会増加率で全国2位(過疎指定地域では1位)の27.7%の伸び率を示します。議会を廃止すると村長が宣言した高知県大川村も、過疎指定地域では7番目の7.1%の増加率なのです。
(一社)持続可能な地域社会総合研究所の藤山所長によれば、2045年までの人口増加率で、新潟県栗島浦村や沖縄県与那国町、東京都利島村、鹿児島県十島村など、公共交通を始め社会インフラの脆弱な離島が上位を占めます。これら国境離島や過疎山村は、消滅可能性都市の発表以前から行政住民が危機感を共有し、移住者の受け入れ方や寄り添い方などの支援や手立てを講じていました。
人口増加に転じている市町村の施策には共通する一つの特徴がありました。それは徹底した子どもへの教育・子育て支援です。その特徴によって子育て世代の移住が進む地域の一つに、高知県土佐町があります。
四国中央部の嶺北地域に位置する人口4000人弱の土佐町は、85%が山林で、四国の水瓶である早明浦ダムがあります。
その土佐町に、2016年にニューヨークから米国コーネル大学で博士号を取得した一人の昆虫学者が「地域おこし協力隊」として移住しました。かねてから日本の教育に疑問を持っていたといいます。
「一人ひとりに合った教育を提供するには、人数が多すぎても難しい。大都市ではなく小さくても子供たち一人ひとりのことを把握できるような町が良いと思っていた」
そんな時に目に付いたのが、土佐町だったのです。
2017年5月にはNPO法人SOMA(そま)を設立。スタンフォード大から教育研究者や海士町で実績のある教育スペシャリスト、大学卒業を機に町に移住した4名で、JAの生活店舗だった場所をリノベーションして、コ・スタディスペース兼コ・ワーキングスペースの「まちの自習室あこ」を設置し、地域の教育の企画・運営を始めました。ここは、いつでも誰でも自由に利用できる自習室の位置づけで、学校が終わると三々五々、中高生たちがやってきて宿題を始めます。平日は中学高校への出前授業や海士町の高校と遠隔授業、さらに休日には様々な体験学習を企画するなどの活動を精力的にこなしています。
町ではこの活動を資金や人材で全面的にバックアップしています。
土佐町議会議長の川村さんは、「嶺北地区で唯一の嶺北高校を無くすことは地域の衰退、消滅に繋がる。だから小学校からの教育に力を入れて、子どもたちが地元の高校に行きたいとなる支援を行っていく。学校の存続が地域を持続させる最低条件!」と語ってくれました。
近年、土佐町を含む嶺北エリアには毎年40?50名の移住者があります。土佐町の教育と手厚い子育て支援が着実な効果を出し、主な産業が農林業しかない町でありながら、「子育て環境が整っている」との口コミで、若い夫婦の移住が進み、現在では保育園や小学校が手狭になっていることが課題となっているほどです。
都市と同じようなインフラや便利度、雇用は、田舎の果たせない夢です。しかしムラには都市とは違う歴史文化や資源に相互扶助の精神があります。
そもそも違う土俵にいることを認識し、逆に良い面を享受するために何をどのように伸ばすか、我がまちむらを誇りとする子どもたちを育むことが大切です。自分が有する価値や地域を客観的に分析して価値を再発見し、物語を紡ぐ編集を行うことで、地域の価値創造に繋がります。
どの村をとっても、物語の無い村はなく、また、藁屋根の葺き方や、糸のつむぎ方など語り伝うべき村の仕事も、こまごまと書かれてあった。…村人たちは高い誇りを持っていた。村が市になることを『発展』とは思っていなかった。緑の国土をいとおしみ、精一杯村を綺麗にして住んでいた。イギリスは世界で一番村の美しい国だと思った。(1981年8月20日安野光雅)
「子どもたちが一緒に宿題をして夕飯を食べる。そこへ仕事帰りのママやパパが迎えに来る。そんな場所に『あこ』がなれたらと考えて今、隣に食事施設を作りたい」
SOMAの代表はそう話します。
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