「香春岳は異様な山である。決して高い山ではないが、その与える印象が異様なのだ」
五木寛之の小説「青春の門」は、こうして物語が始まる。
映画「青春の門」の冒頭シーンもここ福岡県田川郡香春町(かわらまち)で撮影されました。
香春岳は山頂から石灰石を採取したため、五木寛之には第一印象で異様とみえたのでしょう。
東大寺大仏の建立や宇佐八幡宮の神鏡に使用されるなど、いにしえより香春岳では銅の採掘が行われ、近代では浅野セメント(後の太平洋セメント)による石灰岩の採掘で、セメント産業を中心に発展しましたが、工場は2004年3月に生産を終了しました。現在は国内最大級の「寒水石」の採掘現場として香春鉱業が残り、塗料や紙のコート剤に使用される非常に高純度な大理石を採掘しています。
奈良時代から大宰府と奈良を結ぶ「大宰府官道」があり現在も交通の要衝である香春町は、“豊国の香春は我家紐児にいつがり居れば香春は我家”と万葉集第9巻で詠まれ、和名抄にも「田川郡香春郷あり、香春は、加波留又は『カハラ』と訓むべし」とあり、古からの語源が現在の町名となっていますが、その「かわら」は、古代朝鮮語をルーツに持ち、古来より渡来系の人々が暮らしていたことが窺えます。
昭和31(1956)年に、香春町・勾金村・採銅所村が対等合併し、新町制による香春町が発足しました。令和4年4月現在で人口約10,510人と人口減少が続いていますが、今回はその人口減の危機を住民の全員参加で乗り切ろうとしている「採銅所地区」の取組を取材しました。
香春岳の中腹で銅が採取されたことから採銅所と地名由来を持つ地区は、香春町北部の山間部に位置し、町内で最も高齢化(46.9%)が進み、こうしたことから公共施設は保育所のみで、小中学校は廃校、医療機関やJA、コンビニ、路線バスもなくなる事態になりました。
採銅所地区の存続に危機感を持った住民は平成元年から数年をかけて住民参加型のワークショップを実施。廃校となった採銅所小学校を拠点に地域住民がみんなで参加できる仕組みを模索しました。
そして令和4年1月、採銅所地域づくり夢プランが完成し、採銅所地域コミュニティ協議会を設立。廃校となった採銅所小学校を拠点とした「コミュニティセンター採do所」をオープンさせました。
夢プランでは、「1.支援・支え合い」、「2.遊び・学び」、「3.稼ぐ・つくる」、「4.農・自然」、「5.交通支援」、「6.防災」という6つの取組を掲げ、地域住民全員が何らかのスペシャリストとして関わっています。
中でも面白い取組がいくつかあります。
一つは地域カー・シェア「みなクル号」です。地域コミュニティが運営し、支え合う地域づくりを目的としながら柔軟に車を活用するカー・シェアリングで、移動に課題のある地域などに導入されるようになり全国に広がっています。
地区ではバス路線が廃止となり、車を運転できない高齢者が通院や買物に支障が出るなど、課題がありました。これは計画の中でも最重要な取組みとされ、協議会で検討する中で地区が車を共同所有するシェア・カー制度をつくり、会員が維持経費を出し合い「つなげる部会」で運行のシフトを組み交通弱者の支援をしています。
もう一つが、地元の高齢男性がトレーディングカードになった「サイdo男(サイドメン)」です。このトレカは傑作で、近所のおじさん(お爺さん)がキャラクターになっており、対戦ゲームができることで、地元の子どもたちに大人気なのです。
リアルに会えるローカルヒーローが地元にいて色々教えてくれる、見守ってくれる環境は、町おこしの一つのモデルでしょう。
この様々な住民活動を調整し、施設運営を行う集落支援員の事務局長に、本業がバイオリニストの宮原絵理さん、これを支えるまちづくり課地域つながり係には元アパレル販売員の村上有希さんと、異色の二人が活躍できる環境を住民が育んでいることも注目に値します。
さらに毎週土曜日に誰でも販売できる「Mydo市」を開設し、メンマなどの加工品や、ポロシャツなど小さいが様々な稼ぎを創発。地域コミュニティが自ら稼ぎ、持続的な地域を創ることに着目している点も先進的です。
「近隣のコンビニエンスストアが閉店したことがきっかけで、コミュニティセンター内で駄菓子屋を開業しました。当初は駄菓子だけの販売でしたが、冷凍食品の軽食や生活用品まで販売しています。今では長期休暇中の子どもたちの食事問題を解決する場でもあり、高齢者の買い物支援にもつながっています。このように、立派な計画をつくることや施設を完備することが地域づくりなのではなく、人と人のつながりこそが地域課題の解決に繋がるのだと信じています」と宮原さんは答えてくれました。
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