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「地域の健康診断」バックナンバー

0552024.09.17UP「食料・農業・農村基本法」の改正は食料安全保障の強化!?

今そこにある食料不足

 食の生産現場では、以前から安価な取引や担い手不足による経営への影響が深刻化していましたが、昨年来の世界の穀物や飼料・資材を中心とした価格高騰は、農業者の生産意欲を奪い、廃業に至るケースも増えています。
 農業経営の苦境は1970年代前半にもありました。このときは異常気象による世界的な穀物危機に加え、第4次中東戦争による原油価格の高騰が重なり、トイレットペーパーなどの日用品がなくなるかもしれないという集団心理からパニックが起こり、売り場から商品が消える異常事態となりました。
 欧米は国内自給の維持が国防であると考えており、関税以外に農業所得の9割以上を税金で賄い、農家のリスクを政府が負うことで農業を保護し、農家が安心して農業を営めるようにしていますが、日本の国防は食料の輸入確保を基本としているようです。


食料安全保障は農家を疲弊させるだけ

 こうした内外の情勢や国内自給率の低下を背景に、農政の憲法ともいわれる「食料・農業・農村基本法」の改正法が2024年5月に成立しました。1999年以来の改正は「食料安全保障」が焦点となり、円安による食料などの買い負けが続いていることから「食料安全保障の確保」として食材の輸入国支援に初めて踏み込みましたが、この結果、国内の生産現場は置き去りにされたのではないかと危惧します。
 輸入に依存する日本は常に食料危機のリスクを抱えており、普段の買い付け競争で生産国との信頼関係を作っておくことは理解できますが、はたして不測時にも安定した輸入を維持することにつながるのでしょうか。
 海上交通路(シーレーン)による食料や資源の輸送の確保ができなくなれば、日本はたちまち困窮します。生産現場を担う農家が経営を持続できる環境づくりこそ、最も大切な食料安全保障政策ではないでしょうか。
 江戸時代末期、やはり異常気象による大飢饉が起こった際には、自領の米を流出させない「津留(つどめ)」がなされたことで、江戸や大坂では米不足が深刻化して、米問屋の打ち壊しが勃発しました。同様のことが国際的に起こった事例としては、昨年の米国の小麦輸出制限です。つまり、輸出より自国民の食料確保が重要であることを示しています。
 さらに今回の改正に附帯した関連法には、異常気象などで食料が不足する事態が予見されたとき、首相を本部長とした対策本部を設置し、農家に対し生産の拡大・転換を指示する「食料供給困難事態対策法」も成立しました。
 この法律は、米や小麦などの農産物が大幅に不足した場合に、生産や販売の計画作成と提出を指示できるというもので、従わない場合には農家に罰金を科します。まるで年貢米で農家を苦しめた江戸時代や第2次世界大戦前夜の様相です。


地域食料安全保障が日本の自給率を上げる

 和歌山県有田川町の棚田「あらぎ島」は、2013年に国の重要文化的景観に選定され、今や年間15万人の観光客が訪れます。地元もこの景観保全に取り組んでいますが、「もう来年は作れないかもしれない」と耕作者の高齢化が影を落としています。
 今年も各地の百選棚田などを見聞しましたが、どの棚田も地主が耕すことができなくなって、外部支援者に頼るケースや遊休荒廃化しているケースなど、この景色を将来に残せるかと悩んでいます。
 国内の多くの農村は山に囲まれた中にあり、家族経営をベースに大型化や省力化とは無縁な農業を営んでいます。農業経営体は再生産が困難だとして、2022年には100万件を割り込みました。その要因はもちろん収入が少なすぎることです。
 例えば、国内の最低賃金は1,000円を越えましたが、農家の収入を時給換算すると300円前後でしかありません。これでは農家は力尽きてしまいます。誰一人取り残さないとするSDGsの目標からまったく逸脱しているのです。
 昨年の異常気象による米の不作から、都市部で「米不足」が騒がれています。農水省では156万トンを備蓄してあり不足はないと火消しに躍起ですが、インバウンド客の「おにぎり」人気による需要増加(農水省は増加分3万トンと試算)もあり、産地で大災害があれば国民が食せる米は確実に不足すると考えられます。今年も酷暑が続いて作柄に影響を与えており、危機は目の前にあります。
 大規模農業は生産に高コストな中山間地域では成り立ちません。誰もがわかるとおり、欧米と比較して日本の農地は狭く、無理をして農地を拡大しても、飛び地ができるだけで省力化に無理が生じます。しかしそうした小さな農業が日本の自給率を裏で支えているのです。
 大型スーパーなどに商業が集約され、地域の小売店が廃業に追い込まれ、多くの買い物難民を生んでいますが、これと農業分野に置き換えても、同様の事象が起きているのです。
 農業・農村は、自然と共生して暮らす経験や知恵など、なくしてはいけない大切なものを防衛する最前線にいます。
 輸入のセーフティネットを整備することも大事かもしれませんが、国内の農業・農村を持続させるセーフティネットの確立の方がもっと大切だと思います。


和歌山県有田川町のあらぎ島の景観

後継者がいなくなる佐賀県東松浦郡玄海町浜野浦地区の浜野浦の棚田

外部の人たちで維持されている、三重県熊野市紀和町丸山地区の丸山千枚田


石積みが見事な佐賀県唐津市相知町平山上蕨野の蕨野棚田


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  1. 001「地域を元気にする=観光地化ではない」
  2. 002「地域を元気にする=一村一品開発すればいいわけではない」
  3. 003「地域を元気にする=自ら考え行動する」
  4. 004「縦割りに横串を差す」
  5. 005「集落の元気を生産する「萩の会」」
  6. 006「小学生が地域を育んだ」 -広島県庄原市比和町三河内地区-
  7. 007「山古志に帰ろう!」
  8. 008「暮らしと産業から思考する軍艦島」
  9. 009「休校・廃校を活用する(1)」
  10. 010「休校・廃校を活用する(2)」
  11. 011「アートで地域を元気にする」
  12. 012「3.11被災地のまちではじまった協働の復興プロジェクト」
  13. 013「上勝町と馬路村を足して2で割った古座川町」
  14. 014「儲かる農業に変えることは大切だが、儲けのために農家が犠牲になるのは本末転倒」
  15. 015「持続する過疎山村」
  16. 016「したたかに生きる漁村」
  17. 017「飯田城下に地域人力車が走る」 -リニア沿線の人力車ネットワークをめざして-
  18. 018「コミュニティカフェの重要性」
  19. 019「伝統野菜の復興で地域づくり」 -プロジェクト粟の挑戦-
  20. 020「地元学から地域経営へ 浜田市弥栄町の農村経営」
  21. 021「持続する『ふるさと』をめざした地域の創出に向けて」
  22. 022「伊勢木綿は産業として残す」
  23. 023「北海道最古のリンゴ「緋の衣」」
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  25. 025「ゆきわり草ヒストリー」
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  27. 027「若い世代の帰島や移住が進む南北約160kmの長い村」 -東シナ海に浮かぶ吐喝喇(トカラ)列島(鹿児島県鹿児島郡十島村)-
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  37. 037「インバウンドの苦悩」
  38. 038「コロナ禍後の未来(1)」
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  40. 040「MaaSがもたらす未来」
  41. 041「二人の未来は続いてゆく」 -今治市大三島-
  42. 042「ワーケーションは地域を救えるか」
  43. 043「アフター・コロナの処方箋は地域のダイエット」
  44. 044「ヒトを呼ぶパワー(前編)」
  45. 045「ヒトを呼ぶパワー(後編)」
  46. 046「地域の価値創造」 -サスティナブル・ツーリズム-
  47. 047「廃校活用の未来」
  48. 048「小田原なりわいツーリズム」
  49. 049「地産地消エネルギーで地域自立する」
  50. 050「地域丸ごと地球の学び舎」
  51. 051「廃校活用の可能性と持続可能な社会への貢献(1)」
  52. 052「廃校活用の可能性と持続可能な社会への貢献(2)」
  53. 053「夢にチャレンジできるまち、実現できるまち」
  54. 054「新たな福祉コミュニティ」
  55. 055「「食料・農業・農村基本法」の改正は食料安全保障の強化!?」

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