皆さんもよくご存じの最高級ブランド「大間のマグロ」を水揚げする大間町が、下北半島の一番先にあることは意外に知られていません。下北半島というと「恐山」や「寒立馬(かんだちめ)」「北限の日本猿」などをテレビで見た方もいると思いますが、その最先端の町が大間町なんです。
青森県庁から車でおよそ3時間もかかる離島のような町で、生活圏は青森というより津軽海峡をフェリーで1時間40分渡った函館市です。
ところがこのフェリー路線が、船体の老朽化に加え原油価格高騰や利用客の減少で運航廃止の危機を迎えています。本州最北端の町にとって死活問題です。町はひとまず、公設民営方式による航路存続の道を選びました。しかし東日本大震災による福島第一原発の事故以来、大間で建設中の原発の工事がストップ。フェリーは当面の廃止を回避しているものの、町では原発の固定資産税を当てにしていた事情もあり、先行きが不安な状況となっています。
町にはこうした事情があるものの、既にあった住民主体の町おこしの動きが、明るい展開をみせています。
2000年、大間町を舞台にしたNHK連続テレビ小説「私の青空」の放送をきっかけに、地元で何かやりたいと悶々としていた島康子さんが「今やらないでいつやるのか」と気の合う仲間を誘って、まちおこしゲリラ「あおぞら組」を結成しました。
行政主導のまちづくりでなく“自分たちのアイディアで自分たちの力でやれることをやっていこう”と集まった9名の行動原則は、
1.おもしろいことは、待っててもこない。
2.理屈こねる前に、まんず動け。
3.やりたいやつが、やりたいことをやればいい。
大間港の埠頭にいきなり現れて大漁旗を振る「旗振りウエルカム活動」のお迎えに始まり、「マグロ一筋」のロゴ入り
あおぞら組の結成から10年、「『若者』『バガ者』と呼ばれていたが、このごろは胸張って「若者」とは言いづらい歳になりました」と島さんは笑います。
そうした中で「あおぞら組」のDNAを受け継ぐ高校生たちが出てきました。
今春、大間高校を卒業した「アヤちゃん」が昨年、「地域の魅力発信アイデアコンテスト」に応募して入賞【1】した企画が、この夏、後輩の手で実現したのです。
最大の見せ場は、フェリーが港に入ってくると埠頭に立ち「よぐ来たの?!」と大漁旗を振り、港に着くと出てくる車やお客さんに向かって最後の一人までお迎えし、帰りも「へば、まだの?!(それじゃ、またね?!)」とお見送り。とどめは港から出ていくフェリーに向かって「へば、まだのぉぉぉ!!!」と見えなくなるまで旗を振り続けるというもの。10年の活動が、着実に町の若者の琴線に触れていたことを実感する逸話です。
平成の大合併により、かつて地域づくりの優良事例と言われた活動が姿を消しました。実はそうした優良事例のほとんどは住民主体ではなく優秀な自治体職員が担っていたのです。つまり住民自らが考え行動する地域づくりを進めてこなかったために活動停止に陥ったわけです。
あおぞら組には公務員もいますが、業務で活動しているわけではありません。補助金などに頼らず「金がないなら勇気を出せ」を合い言葉に活動した結果、多くの住民に認知され活動への参加も増え、信頼される地域づくり団体になりました。青森県で唯一、大間町の住民が増加する現象が起きていますが、この活動がその要因のひとつではないかと思っています。
逆境でも気持ちが熱い人達は、大好きです
(2013.02.07)
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