農林水産省は、世界農業遺産の認定証が国際連合食糧農業機関(FAO)から昨年10月に国内4地域に授与されたことを記念し、2月5日に「世界農業遺産認定記念式典」を開催しました。
また、昨年10月17日には和歌山県の世界農業遺産「みなべ・田辺の梅システム」の認定10周年記念式典&シンポジウム、11月7日には「農業遺産地域と民間企業等の連携促進」をテーマにした「農業遺産シンポジウム」が開催されました。
なお、昨年11月にチリの2地域が新たに世界農業遺産に認定され、世界農業遺産認定地域数は104地域となりました。
今回は、「世界農業遺産認定記念式典」の開催を中心に、最近の農業遺産をめぐる動きについて紹介します。
農林水産省は、世界農業遺産の認定証が国際連合食糧農業機関(FAO)から昨年10月に国内4地域に授与されたことを記念し、2月5日に「世界農業遺産認定記念式典」を開催しました。併せて、認定地域の特産品紹介やパネル展示等のサイドイベントも行われました。
背景として、昨年10月31日に、国連食糧農業機関(FAO)創立80周年を記念して2025年GIAHS授賞式がローマのFAO本部で開催されたことがありました。FAO本部のイベントは、14か国で28の新しい農業遺産が認定されたことを祝うもので、世界で認定された農業遺産システムの総数は102になりました。授賞したのは2023年から2025年までに新たにGIAHSに認定された地域で、このうち、アンドラ、オーストリア、インドネシア、サントメ・プリンシペ、タジキスタンでは、初めての認定でした。日本からは、兵庫県兵庫美方地域の「人と牛が共生する美方地域の伝統的但馬牛飼育システム」、埼玉県武蔵野地域の「大都市近郊に今も息づく武蔵野の落ち葉堆肥農法」、島根県奥出雲地域の「たたら製鉄を再適用した奥出雲地域の持続可能な水管理及び農林畜産システム」、和歌山県有田・下津地域の「有田・下津地域の石積み階段園みかんシステム」の4地域が授賞しました。
今回の記念式典では、国際連合食糧農業機関(FAO)の祝辞、認定地域代表者の挨拶、東京大学大学院農学生命科学研究科教授/世界農業遺産等専門家会議委員長の八木信行先生による記念講演、認定地域のプレゼンテーションなどが行われました。
ナビゲーターもご案内いただいていましたが、あいにく別の所用と重なってしまって参加することができなかったので、後日、動画で拝見しました。八木先生からは、「農業遺産を未来に継承していくために」と題して、ご自身のFAOのSAG(科学助言グループ)での申請書の評価の経験を踏まえ、今回の認定地域のどこが評価されたのかについてのお話がありました。また、認定地域代表者の発表では、兵庫県兵庫美方地域の秋山課長、埼玉県武蔵野地域の三浦課長、島根県奥出雲地域の谷山課長代理、和歌山県有田・下津地域の森田会長という認定申請に際してそれぞれキーパーソンだった方々のお話を懐かしくうかがうことができました。
「世界農業遺産認定記念式典」の記念講演及び地域紹介プレゼンテーションの様子(動画)は以下のウェブサイトで公開されています。
(https://www.maff.go.jp/j/nousin/kantai/sikiten_video.html)
八木信行委員長による記念講演(Youtubeから引用)
昨年10月17日に和歌山県みなべ・田辺地域の世界農業遺産「みなべ・田辺の梅システム」の認定10周年記念式典&シンポジウム(主催:みなべ・田辺地域世界農業遺産推進協議会)が開催されました。
この地域は2015年12月に世界農業遺産に認定されたのですが、申請の取組はその2年前から始まっていました。和歌山県、みなべ町、田辺市の担当の方々が当時ナビゲーターの勤務していた国連大学に相談に来られたのを今でも覚えています。2014年2月に現地での勉強会に参加し、5月に開催された設立総会の研修会で世界農業遺産について講演させていただきました。その後、2018年には第5回東アジア農業遺産学会をホストしていただいたことなどもあって、ナビゲーターはこれまでに10回近く現地を訪問しており、顔なじみの方々もたくさんいます。今回もその懐かしい方々に多くお会いすることができました。
前日の10月16日は、午後からみなべコースと田辺コースに分けたエクスカーションがありました。ナビゲーターはみなべコースに参加し、受領地区の奥みなべ梅林、ぷらむ工房の岩本食品、うめ振興館を訪問しました。奥みなべ梅林では、女性を中心とする地域の梅農家の方たちが直売所を運営したり、体験型教育旅行に取り組んだりしていて、外に向かっての積極的な姿勢が印象的でした。岩本食品では梅ジュースづくりを体験しました。このような体験を組み込むことによって魅力が増すと感じました。うめ振興館はシンボル施設なので前にも何度か訪れていますが、以前は展示品の説明は日本語しかなかったのが、英語、中国語、韓国語も加わっていたのに感心しました。
翌10月17日の記念式典は、みなべ町清川地区の「名之内の獅子舞」のアトラクションで始まり、宮崎泉和歌山県知事、武内和彦IGES理事長、吉見友弘農水省農村環境対策室長の祝辞の後、八木信行世界農業遺産等専門家会議委員長による「みなべ・田辺の梅システムの世界的意義とその未来」と題した基調講演がありました。八木先生は、農産物には従来の価値基準に加え、さまざまな人のつながりによる「関係性価値」があることを強調されていたのが印象的でした。
午後からは、現地で活動されている日本ウェルビーイング推進協議会の島田由香代表理事と教育テック大学院大学の大和田順子教授らによる新たな取組事例の紹介がありました。「ウェルビーイング」というのは要するに幸福感のようなものだと理解しましたが、梅農家の忙しい時期に都市部の人が梅の収穫を手伝う「梅収穫ワーケーション」によって、梅農家からは感謝され、それによって自らも幸福を感じる、また、それが新たなビジネスになり得るということに強く関心を持ちました。
さて、ナビゲーターの今回の役割は、その後に行われた「未来につなぐ みなべ・田辺の梅システム~世界農業遺産認定10周年を迎えて~」と題したパネルディスカッションのコーディネーターを務めることでした。パネリストは、梅農家の三代目の山本宗一郎さん、里山保全活動を行っておられる秋津川振興会の北川弘泰さん、梅干や梅酒を作っておられる株式会社濱田の濱田朝康さん、それに地元の神島高等学校で「神島屋」の活動をしている楠谷日菜さん、福島シュウさん、那須正樹先生、南部高等学校で調理の勉強をしている大崎拓君、細谷慧君、谷口和久先生の9名でした。
今の高校生には梅干が嫌いな子も多いという話はショックでしたが、地元で就職したい、あるいは他県で就職してもいつかは地元に戻りたいという高校生パネリストの話と、それにエールを送る大人のパネリストの話がそれなりに噛み合っていたかと思います。最後にこれからの10年に向けての決意を語っていただいたのですが、皆さん熱が入って、終わったのは約束の時間ぎりぎりでした。
ナビゲーターからは、「農業遺産申請地域の多くは県庁の方がリーダーシップをとっておられ、市町村の方や地元の方と直接お話しする機会は少なかったが、この地域は最初から市町の方々はもちろん、地元のいろいろな立場の方々とも「顔の見える関係」で申請をお手伝いしてきたことが強く印象に残っている。これからの10年もぜひ地域の皆さんの一人ひとりが主人公になって、このすばらしい「みなべ・田辺の梅システム」を次の世代に受け継いでいただきたい」と締めくくりました。
昨年11月7日(金曜日)に、農林水産省で「農業遺産地域と民間企業等の連携促進」をテーマにした農業遺産シンポジウムが開催されました。
農林水産省では今年度から、農業遺産地域と企業等との協働で地域や産業を共に活性化させる取組を支援する「農業遺産オフィシャルサポーター制度」を創設し、試行的に登録を始めました(エコレポ37号)が、これを2026年度から本格運用するということで、本シンポジウムで農業遺産地域と企業との連携促進の機運醸成を図るものでした。
プログラムは、八木 信行世界農業遺産等専門家会議委員長による「農業遺産を活用した地域活性化」と題した基調講演、石川県能登地域×アサヒビール株式会社、滋賀県琵琶湖地域×生活協同組合コープしがによる地域と企業との連携事例の紹介、農業遺産地域、企業のそれぞれからのPRと続き、その後に「農業遺産地域における企業活動の意義と今後の可能性」をテーマに、ファシリテーターを農ジャーナリストの小谷あゆみ氏、パネリストを世界農業遺産等専門家会議委員長の八木信行教授、ソーシャル・グッド・プロデューサー(SOCIAL GOOD PRODUCER)の石川 淳哉氏、神戸新聞社の辻本一好氏、インパクトサークル株式会社の鈴木正也氏、岐阜県里川・水産振興課長の伊藤雅志氏にしたパネルディスカッションが行われました。
一番印象に残ったのは神戸新聞社の「環(めぐる)プロジェクト」で、具体的には、酪農家が生産する「バイオガス」の発酵によって得られる副産物の「消化液」を化学肥料に代わる有機肥料や有用微生物資材として酒米の栽培に活用するというものでした。これにより日本農業遺産に認定された兵庫県北播磨・六甲山北部地域の「兵庫の酒米「山田錦」生産システム」を支援しています。
ナビゲーターは、以前は、地域の人々が何世代にもわたって築いてきた伝統的な農業をビジネスに利用することには一抹の疑問を持っていました。海外でのことですが、地域の農民が長い年月にわたって作り上げてきた壮大な棚田景観を利用し、展望台を設置しただけで見学料金を徴収する外部からのビジネスには何か割り切れないものを感じていました。
しかし、最近は、ビジネスが農業遺産を活用することで、地域とビジネスのWin-Winの関係が生まれ、より持続的な保全につながると考えるようになりました。その意味で、今回の「農業遺産地域と民間企業等の連携促進」は大変参考になりました。ただもう少し「伝統的な」部分にも関心をもっていただければということも同時に感じました。
なお、当日の動画はMAFFチャンネルで公開されています。
農業遺産シンポジウムの公開動画:https://youtu.be/aLnNOhzzKX8
昨年2025年11月にチリ北部アンデス高地と南部山脈に暮らす先住民の先祖伝来の知識と慣習に根ざした2つの伝統的な農業システムが、国連食糧農業機関(FAO)によって世界農業遺産(GIAHS)に認定されました。
これらの生態系は、過酷な気候条件によって形成されたアンデス山脈の高地の景観や、ペウェンチェ族の領土に広がる森林に覆われた谷や山岳地帯において、何世紀にもわたって進化してきました。こうした多様な環境において、家庭菜園、ラクダの放牧、季節的な移動牧畜といった慣習が、食糧、文化的アイデンティティ、そして地域社会の生活を支え続けています。
これらの認定により、チリでは3つのGIAHSシステムが、ラテンアメリカ地域全体では5カ国に11のシステムが認定されたことになります。また、世界では、前述の102に2件が加わった104の世界農業遺産が、遺産、生物多様性と食料多様性、気候変動へのレジリエンス、生計、そして文化への独自の貢献により認定されました。
ナビゲーターは、チリ中部のマウレ州にあるパラルという水田地帯を訪問したことがあり、そのときに南アンデスの入口にあるチリャンという温泉地まで車で連れて行ってもらいましたが、アルゼンチンとの国境エリアにあるペウェンチェ山岳地帯まではさすがに行けませんでした。
アントファガスタ、アリカ・イ・パリナコタ、タラパカの各地域では、アイマラ族、ケチュア族、リカン・アンタイ族といった先住民が、ラクダ科動物の牧畜(主にラマとアルパカ)と、キヌア、トウモロコシ、ジャガイモといったアンデス原産の作物の栽培を統合したシステムを維持しています。標高3,000メートルから4,500メートルに広がるこのシステムは、気温変化、乾燥、水資源の不足といった極端な気候条件に適応しています。
輪作放牧と季節移動は、脆弱な高地の牧草地の維持に役立ち、段々畑とマイクロ灌漑システムは、急峻で乾燥した環境での農業を支えています。慣習規範に基づく集団的な水資源管理は、水資源の公平かつ持続可能な利用を確保しています。
このシステムにおいて、女性は種子の保存、食品加工、世代を超えた知識の伝承において中心的な役割を果たし、文化の継続性と栄養を強化しています。このシステムは、食料と農業における遺伝的多様性の保全、食料安全保障、気候変動へのレジリエンス(回復力)に貢献し、土地とそこに生きる生き物を尊重する文化的慣習と密接に結びついています。
チリ北部の高アンデス・前アンデス地域におけるラクダ科家畜と農業の統合システム(写真:FAO)
南アンデスでは、マプチェ=ペウェンチェ先住民族が、生物多様性に富んだホームガーデン、森林採集、そして高地と低地の牧草地間の季節的な家畜移動を組み合わせた多様なシステムを維持しています。このシステムは、食用種子(ピニョネス)であるペウェン(Araucaria araucana)と深く結びついており、その食用種子は、栄養、社会的アイデンティティ、そして儀式生活において中心的な役割を果たしています。
主に女性によって管理されているホームガーデンには、数百種もの栽培種や薬用種が生育しており、食料安全保障、健康、そして農業の生物多様性の保全を支えています。遊牧民の牧畜は高山生態系の生産性を維持し、森林での採集は文化的なつながりと生態学的知識を強化しています。
このシステムは、相互扶助、共同作業、そしてすべての生命への敬意(マプチェ語でイトロフィル・モゲン)の原則を反映しており、儀式、交流ネットワーク、領土統治を通して表現されています。景観には、原生林、湿地、火山性土壌が含まれ、一部の地域では国の保護地域やユネスコ世界遺産と交差しています。
ペウェンチェ山岳地帯における先祖伝来のシステム:ングルマプ地域のホームガーデン、採集、移牧
(写真:FAO)
ナビゲーターは、ライフワークとして「農業遺産の伝道師」を目指し「農業遺産アドバイザー」としての活動をボランティアで続ける一方、収入を得るための本業としては公益社団法人農林水産・食品産業技術振興協会(JATAFF)という団体で、新品種の海外での権利保護を中心に農業分野の知的財産の保護・活用に関する仕事をしています。農業遺産も広い意味での知的財産(知財・無形資産)に含まれますが、実際にはシャインマスカットの海外流出問題など、もっと生々しい問題を扱っています。
そのJATAFFが毎月刊行している「JATAFFジャーナル」の昨年12月号で「農業遺産」を特集しました。これにナビゲーターも、「海外における農業遺産の現状と課題─類型論と日中韓の比較を中心に」を寄稿しました。
JATAFFジャーナル「農業遺産」特集
農林水産省は、1月20日から6月17日までの間、世界農業遺産への認定申請に係る国内の承認審査及び日本農業遺産の認定を希望する地域を募集しています。これは2年に一度募集されるもので、以前は20地域近くから申請があり、認定の競争率も結果的に2倍程度あったのですが、コロナ禍前後から申請が激減しています。日本農業遺産の創設から約10年が経過し、申請が一巡した感もありますが、日本にはまだまだ潜在的な「重要かつ伝統的な農林水産業を営む地域」が多く残されていると思われます。ぜひ多くの地域から申請があることを期待しています。
Copyright (C) 2009 ECO NAVI -EIC NET ECO LIFE-. All rights reserved.