国連大学OUIKは5月11日に、1月に発生した能登半島地震からの復旧、復興に向けた国際シンポジウムを開催しました。5月14日には今年8月に岐阜県で開催される第8回東アジア農業遺産学会(ERAHS)に向けた第16回ERAHS作業会合が開催され、その中で各国の農業遺産をめぐる動向も報告されました。5月21日に宮城県古川黎明高等学校の生徒さんに「大崎耕土フィールドワーク」の事前学習のための講演をオンラインで行いました。
今回は、国連大学OUIKが開催した「能登復興支援シンポジウム」を中心に、最近の農業遺産をめぐる動きについて紹介します。
1月1日の夕方、世界農業遺産「能登の里山里海」を擁する能登半島が激しい地震に襲われました。亡くなられた方々に深く哀悼の意を表するとともに、被害に遭われた皆様に心からお見舞い申し上げます。
ナビゲーターが客員研究員として所属する国連大学サステイナビリティ高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(国連大学OUIK)は、5月11日に東京・渋谷の国連大学ウ・タント国際会議場で、1月の能登半島地震からの復旧、復興に向けた「能登復興支援シンポジウム ~能登の創造的復興に向けて~」を環境省、石川県などとの共催の下に開催しました。
シンポジウムでは、はじめにチリツィ・マルワラ国連大学学長、朝日健太郎環境大臣政務官、西垣淳子石川県副知事から開会の挨拶があり、続いて、泉谷満寿裕珠洲市長と佐藤仁南三陸町長から震災後の状況や今後の課題、復興に向けた取組などについての講演がありました。
泉谷市長のお話は、世界農業遺産「能登の里山里海」を活かした創造的復興や次世代の人材育成などについてでした。実はナビゲーターも、テレビや新聞のニュースで能登半島地震の情報は追いかけていましたが、泉谷市長のまとまったお話を聞くのは今回が初めてで、大変感銘を受けました。泉谷市長は、震災後、今回初めて東京に来られたそうですが、激務が続いたにもかかわらず元気な姿で、震災を乗り越えた先の珠洲市の未来について熱く語っておられたのが印象的でした。
佐藤町長からは、2011年の東日本大震災の後、さまざまな国際認証を活かして林業や漁業を復興させた取組が話されました。佐藤町長の「共に未来へ」「決してあきらめない」という力強い言葉が強く印象に残りました。
続いて、環境省、農水省、文科省からそれぞれの復興支援施策についての紹介がありました。また、David Cooper生物多様性条約事務局長代理から、レジリエントでサステイナブルな能登の復興の取組は、国際的な課題の解決にも貢献するというビデオメッセージがありました。
後半は、武内和彦IGES理事長(元国連大学上級副学長)がモデレーターを務め、「能登らしさを大切にした創造的復興」をテーマにしたパネルディスカッションが行われました。パネリストには、能登島に移住し、東アジア農業遺産学会(ERAHS)の事務局も手伝ってもらっている国連大学OUIKの小山明子研究員、珠洲市で炭焼きをされている大野長一郎ノトハハソ代表、輪島塗の桐本順子輪島キリモト副代表、和倉温泉で老舗旅館を営まれている多田健太郎多田屋社長、地域おこし協力隊として能登町に移住された木村聡能登高校魅力化プロジェクトコーディネーター、そして七尾高校の廣澤聖菜さんと久村純夏さんのお二人の生徒が登壇されました。また、能登島で漁師をされている木戸信裕石川県漁業協同組合ななか支所運営委員がビデオでメッセージを寄せられました。
多田さんの「創造的復興」というのは和倉温泉の復興だけではなく広い意味で奥能登と横連携ができた復興のこと、木村さんのもっと若い世代がワクワクするような復興プランが重要だというコメントが特に印象に残りました。
モデレーターの武内先生からは、まとめとして、①個別の産業を超えて地域の中で産業間がお互い連携をしていくような社会づくり、②高齢化社会が進む中で若い人に地域に残ってもらうための世代間の連携、③震災を受けて立ち上がった他の地域から事例を学ぶという地域間の連携などの重要性が指摘されました。
最後に渡辺綱男国連大学OUIK所長が全体を総括し、山口しのぶ国連大学サステイナビリティ高等研究所所長が閉会のあいさつの中で①創造的復興という観点、②復興における教育や人材育成、③繋がる社会というコンセプトの重要性を強調されました。
シンポジウムは以下の動画で配信されています。
第8回東アジア農業遺産学会(ERAHS)は8月8日(会議)と9日(エクスカーション)の2日間、世界農業遺産「「清流長良川の鮎」」の岐阜県岐阜市で開催されます。これに向けて、5月14日の夕方、日中韓のERAHS事務局と主催者の岐阜県とがオンラインで第16回ERAHS作業会合を開催しました。
会合では、まず各国の事務局から最近の農業遺産をめぐる動向を報告しました。ナビゲーターからも、日本における世界農業遺産・日本農業遺産の認定の状況、認定地域での5周年や10周年の記念イベントの開催、農水省の取組などを紹介しました。
続いて、岐阜県から第8回東アジア農業遺産学会(ERAHS)の計画が提案されました。短い時間にできるだけ多くの参加者が発表の機会を得られるようにパラレルセッション(分科会)をどのように設定するか、ハイシーズンでホテルの確保が難しい中で各国の参加者にいかに公平に部屋を配分するか、コロナ禍後まだ十分に中国からの直行便が回復していない中で空港からのアクセスをどのように確保するかなどが議論されましたが、提案はおおむね合意されました。
ナビゲーターの担当するERAHS日本事務局もこれから準備が忙しくなりますが、岐阜県や各国の事務局としっかり連携して、会議が円滑に開催できるように努めたいと思います。
ERAHS作業会合の中で、中国の事務局から、昨年9月に第7回中国重要農業文化遺産リストが公表されたことが報告されました。中国重要農業文化遺産は、これで31の省(区、市)に及ぶ計188地域になりました。中国ではこの中国重要農業文化遺産の中から、今後、世界農業遺産に申請する候補をリストアップするそうですが、その数は既に約50地域に達しているとのことでした。中国の長い歴史と広大な国土を背景にした大きなポテンシャルを感じますが、同時に、政治的な意志もあるようです。中国では、今年4月に「第3回中国の世重要農業遺産暫定リストの選定」を開始しましたが、その前文の中で「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想と中国共産党第20回党大会の精神を徹底的に実践するため、世界重要農業文化遺産会議に対する習近平総書記の祝辞の精神を実践し」と書かれています。世界農業遺産の会議に、国のトップが祝辞を贈ること自体が驚きです。
第7回中国重要農業文化遺産リスト
1.北京懐柔栗栽培システム
2.北京門頭溝京白梨栽培システム
3.河北趙県古梨園
4.河北涿鹿竜眼ブドウ栽培システム
5.河北泊頭古桑林
6.山西渾源恒山黄耆栽培システム
7.山西長治党参栽培システム(長治市平順県、壺関県)
8.内モンゴル庫倫蕎麦乾作システム
9.遼寧西豊梅花鹿養殖システム
10.吉林長白山人参栽培システム(通化市集安市、白山市撫松県、延辺朝鮮族自治州安図県)
11.上海金山蟠桃栽培システム
12.江蘇呉中伝統水生野菜栽培システム
13.江蘇呉江基塘農業システム
14.浙江呉興溇港圩田農業システム
15.浙江東陽元胡水稲輪作システム
16.浙江天台烏薬林下栽培システム
17.安徽義安鳳丹栽培システム
18.安徽青陽九華黄精栽培システム
19.安徽省歙県台地茶園システム
20.福建長楽サツマイモ栽培システム
21.福建武夷岩茶文化システム
22.江西湖口大豆栽培システム
23.山東昌邑山陽大梨栽培システム
24.山東平邑金銀花―サンザシ複合システム
25.山東省臨清黄河故道古桑樹群
26.河南寧陵黄河故道古梨園
27.河南林州太行菊栽培システム
28.湖北秭帰柑橘栽培システム
29.湖北京山稲作文化システム
30.湖北省咸寧古桂花樹群
31.湖南省洪江山地香稲栽培文化システム
32.広東増城糸苗米文化システム
33.広東南雄水旱魃輪作システム
34.広東饒平単叢茶文化システム
35.広西永福羅漢果栽培システム
36.広西蒼梧六堡茶文化システム
37.海南白沙黎族山蘭稲作文化システム
38.重慶江津山椒栽培システム
39.重慶栄昌豚養殖システム
40.四川北川苔子茶複合栽培システム
41.四川高坪蚕桑文化システム
42.四川省筠連山地茶文化システム
43.貴州省興仁ハトムギ米栽培システム
44.チベット芒康ブドウ栽培システム
45.チベット工布江チベット豚養殖システム
46.陝西府谷海紅果栽培システム
47.青海三江源曲麻雷高寒遊牧システム
48.寧夏平原引黄灌漑農業システム(石嘴山市平羅県、呉忠市利通区、青銅峡市、中衛市沙坡頭区)
49.新疆葉城クルミ栽培システム
50.新疆昭蘇草原馬牧畜システム
韓国海洋水産部は、昨年11月、珍島・新安郡島しょ地域の「潮間帯石わかめ採取漁業」を国家重要漁業遺産第13号に指定しました。
珍島・新安郡島しょ地域の「潮間帯石わかめ採取漁業」は、古い先祖たちの原始漁業形態のまま続いてきたもので、地元住民たちはわかめ採取場所を「クァクジョン(藿田)、パジョン(畑田)」と呼び、わかめを畑で耕作する作物と見て、わかめ畑の拭き取りと水やりを行っており、わかめを採取するときは「わかめ鎌」だけを使っています。この漁業方式は、漁民たちの長年の経験と知識をもとに、現在まで生きている遺産につながっているという点で、その価値が認められました。
これで、韓国は国家重要農業遺産が18地域、国家重要漁業遺産が13地域の合計31地域の農漁業遺産になりました。漁業遺産の多さが目立ちますが、日本の「日本農業遺産」がまだ24地域であるのに比べると、韓国もかなりがんばっていると思います。
世界農業遺産「持続可能な水田農業を支える「大崎耕土」の伝統的水管理システム」のある宮城県大崎市の古川黎明高等学校では、今年度から文部科学省の「スーパーサイエンス・ハイスクール第3期」を受け、「大崎耕土」を授業に取り入れることになったそうで、ナビゲーターは「大崎耕土フィールドワーク」に向けての事前学習の講師を依頼されました。
昨年11月に石川県能登地域で開催された「農業遺産シンポジウム」の中のユースセッションにも参加されていたということで、そのときにナビゲーターが話した「世界農業遺産(GIAHS)について」を1年生全員(240名)に話してほしいということでした。
ハイレベルの高校生とはいえ、やはりわかりやすさが一番重要だろうと考え、スライドもかなり書き換えました。せっかく作ったスライドの投影が最初の方はうまくいかなかったというトラブルもありましたが、農業遺産の全体像は理解してもらえたのではないかと思っています。
農水省は今年1月23日から6月19日までの間、世界農業遺産・日本農業遺産の認定等を希望する地域の募集を行っています。今後、8月頃に一次審査(書類審査)、9月頃から 11 月頃までに現地調査、12月頃に二次審査(プレゼンテーション)を経て、来年1月頃にそれぞれの地域が決定されることになっています。前回の募集では、コロナ禍の影響もあって応募が少なく残念でしたが、今回は多くの地域が応募されることを期待しています。
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