前回、初めての日本農業遺産の認定地域の決定が3月に公表されたことを紹介しました。今回は4月に開催された日本農業遺産地域認定授与式及び記念シンポジウムのようすとともに、日本農業遺産の個々の認定地域の具体的な内容について、ナビゲーターの体験も交えながら紹介します。
4月19日の13時30分から農林水産省7階講堂で、日本農業遺産地域認定授与式及び記念シンポジウムが開催されました。授与式は、山本有二農林水産大臣の開会挨拶に始まり、認定された8地域に対する大臣からの認定証の授与、記念写真の撮影と続きました。
基調講演は、武内和彦農林水産省世界農業遺産等専門家会議委員長(東京大学特任教授、国連大学UNU-IAS上級客員教授)が「日本における農業遺産の意義と今後の活用」と題して行いました。武内委員長は、世界農業遺産に日本農業遺産が加わることによって国民の関心が高まり認知度が向上して付加価値につながることを期待するとともに、認定はゴールではなくスタートであることを強調し、地域内での意識啓発や人材育成、モニタリングと評価の重要性、さらには世界全体の農業遺産の発展に協力することの必要性を訴えました。
このあと、それぞれの認定地域が10分間と短い時間でしたが農業遺産を紹介するプレゼンテーションを行いました。このプレゼンテーションと、ナビゲーターのこれまでの認定地域との関わりをもとに、日本農業遺産の各認定地域を紹介します。
冷害だけでなく干ばつと洪水も多発する厳しい農業条件の下、洪水時には一定の水田を犠牲にして他の水田を守るという遊水地の設置、地域の人々の「契約講」による共同作業などを通じた「巧みな水管理」による水田(湿地生態系)、強い風を防ぐ屋敷林(居久根(いぐね))を通じて水稲の害虫の天敵などを育む豊かな生物多様性を育んでいるシステムです。
実はこの地域は、2010年頃からずっと世界農業遺産の認定を目指し、ナビゲーターのところに何度も相談に来られていました。ナビゲーターも、何度か現地での調査や勉強会に参加し、個人的にも鳴子温泉に「湯治文化」の体験に行ったりしました。
この地域にある蕪栗沼とその周辺水田はラムサール条約湿地に指定されており、毎年10万羽以上のマガンが越冬します。このため、前回の3年前の申請では、この部分が強調され過ぎたきらいがあり、伝統的農業の側面が弱かったと評価されて、認定を逃したようです。今回は大きく発想を転換して、伝統的農業を支えてきた「巧みな水管理」をメインに申請が行われました。
いずれにしても、これだけの規模の穀倉地帯が江戸時代、あるいはそれ以前から寒冷地域に持続的に維持されており、農業にまつわる多種多様な文化や伝統が受け継がれてきたことは世界的に見ても重要なことだと思われます。
この地域は、今回、世界農業遺産への申請を承認された3地域のうちの一つでもあります。
首都東京の都心から近い大都市近郊にありながら、江戸時代の開拓から続く住居、耕地、平地林を一体とした土地利用により、急激な都市化が進む中で、平地林の落ち葉を大量に掃き集めて土づくりのために畑に投入する伝統的な「落ち葉堆肥農法」を現在まで継承し、サツマイモをはじめ高品質な野菜を生産するシステムです。
この地域も3年前に申請したときに認定を逃した地域です。前回は三芳町が単独で申請しましたが、実は「落ち葉堆肥農法」は三芳町以外の周辺地域にも点々と広がっており、今回はそれらも含めて地域を拡大するとともに「落ち葉堆肥農法」に対象を絞って申請が行われました。
比較的若い世代がこの伝統的な農業に意欲的に取り組んでおり、ここでは後継者不足の問題もあまりないそうです。しかし、都市化の圧力はやはりまだ高く、平地林の更新もほとんど進んでいません。
ナビゲーターも、現地で何度か農業遺産についてお話をし、また、落ち葉掃きを体験したり、家族でイモ掘りに行ったりしました。個人的には、今後、アクションプランに基づき、農業者以外も巻き込んでこの伝統的な農法を守るとともに、美しい景観づくり、平地林の更新などにもしっかりと取り組み、先進国の大都市近郊に残る貴重な伝統的農業として、将来的には世界農業遺産を目指してほしいと思っています。
養分や保水力が乏しい扇状地の特徴を有する傾斜地で、この地域発祥の棚式栽培によるブドウを中心とした多品目の果樹栽培や、ワインなどの果実加工、古くからの観光農業などを組み合わせた複合的な果樹システムです。特にブドウの棚式栽培は、湿度の高い日本の気象条件に合った日本独自の伝統的な栽培技術で、ヨーロッパなど他のブドウ産地には見られないユニークなものです。また、この地域には、他の地域の日本酒や焼酎のように、ぶどう酒の文化があり、地域の行事などにはぶどう酒が用いられます。果樹地域は一般に生物多様性要件のクリアーが難しいのですが、この地域は「草生栽培」という果樹園の表面を草で覆う栽培法によって生物多様性を維持しています。
日本を代表する香辛料のワサビは、日本列島で独自の進化を遂げた固有種です。このシステムは山間地の急峻な地形に合わせて階段状に作られたわさび田で、肥料を使わず湧水に含まれる養分のみで栽培する伝統的かつ持続的な農業システムです。ワサビとともに、伝統的な加工品であるわさび漬けも農家の貴重な収入源になっています。ワサビは強い直射日光を嫌いますので、ハンノキなどが日陰を作るための木として利用され、わさび田と合わせて美しい景観を生み出しています。ナビゲーターは直接、この地域を調査したことはありませんが、旅行に行ったときなどに何度かわさび田を訪れたことがあります。
この地域も、今回、世界農業遺産への申請を承認された3地域のうちの一つです。
棚田と棚池の資源を活用し、直接利用できる水の少ない山間地で、横井戸や雪解け水を利用しながら、水稲と錦鯉を地域で複合的に生産する伝統的なシステムです。この地域の錦鯉は遺伝資源として世界的な位置づけを有しており、高価格で取引され、地域の重要な収入源になっています。また、この地域は2004年の中越地震によって壊滅的な被害を受け、ナビゲーターもその後、現地を訪問し愕然としましたが、このシステムの有する優れたレジリエンス(回復力)によって見事に復興をとげました。
リアス式海岸が連続する地形と豊かな藻場が形成された生態系を活用した、アワビなどの海女漁と、世界に先駆けて発達した真珠養殖とが地域の中で共存する持続的なシステムです。ナビゲーターは今から半世紀近く前に小学校の修学旅行でこの地域を訪れ、海女漁と真珠養殖の実演を見たのを今でも鮮明に覚えています。このころからこの伝統的な漁法が観光にも活用されていました。今後は、海女漁と真珠養殖の一体感をさらに醸成していくことが課題ではないかと思います。8月はじめに三重県のもう一つの認定地域の尾鷲ヒノキ林業と合わせ、県が開催するシンポジウムにお招きを受けており、今から楽しみにしています。
尾鷲のヒノキは全国的に有名ですが、この伝統的な林業システムは、急傾斜地において、独自の伝統技術により、密度管理を適切に行いながら、長い年月をかけてゆっくりと育てることによって高品質なヒノキを持続的に生産するシステムです。「農業遺産」の「農業」にはもともとFAOでは林業を含めていますが、林業を主とする農業遺産の認定は、世界農業遺産を含めても日本で初めてです(韓国では昨年12月に林業を主とした農業遺産が国家重要農業遺産に認定されており、世界で初めてといえないのが残念です)。ナビゲーターは若いころ山が好きだったので、この近くには何度か行っていますが、ヒノキ林の中には入ったことがないので、機会があればぜひ訪問してみたいと思っています。
急傾斜地を段々畑にしないで傾斜地のまま耕作し、敷き草(カヤ)を畑にすき込んだり、ずり落ちた土壌を特殊な農具を使って元に戻すことで、土壌の流亡を最小限に抑え、伝統的な雑穀の生産などの複合経営により、山間地の環境に適応した農業を続ける持続的な農業システムです。上から見ると絶壁のような急斜面を巧みに利用しており、世界的にもユニークなシステムと思われます。ナビゲーターは何度か現地を訪問しましたが、行くたびに地元の皆さんの熱意が高まっているのを強く感じました。3年前には惜しいところで世界農業遺産への申請を逃しましたが、見事に捲土重来を果たし、今回は、世界農業遺産への申請を承認された3地域のうちの一つに選ばれました。
いよいよ7月11日から14日まで、第4回東アジア農業遺産学会(ERAHS)が中国浙江省の湖州市で開催されます。開催ごとに参加者が増えてきて、今回は日本と韓国からも合わせて100名近くが参加します。ナビゲーターは日本の事務局長を務めているので、日本代表の中村浩二金沢大学名誉教授とともに、中国、韓国と協力して会議全体の調整を行うとともに、日本代表団のフライト、宿泊、発表の取りまとめなどを担当しています。来年度は日本で開催されることになっており、その開催地も今回の会合の中で決定されます。詳しくは次回ご紹介します。
静岡県民としては、嬉しいです。私の住んでいる近隣地域は、ふるさと納税の品揃えが豊富な港町もあります。地方創生、応援します!
(2017.07.27)
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