今年6月、4年ぶりに東アジア農業遺産学会(ERAHS)を中国浙江省慶元県の現地で開催することが決まりました。また、農林水産省は、世界農業遺産と日本農業遺産の新規認定を受け、3月1日に「世界農業遺産・日本農業遺産認定記念式典」を開催しました。2月には、エクアドルの2地域が新たに世界農業遺産に認定され、これで世界農業遺産は24か国74地域となりました。
今回は、4年ぶりに中国の現地で開催される東アジア農業遺産学会(ERAHS)、3月に開催された「世界農業遺産・日本農業遺産認定記念式典」を中心に、最近の農業遺産をめぐる動きについて紹介します。
2月17日、オンラインで第14回東アジア農業遺産学会(ERAHS)作業会合が開催され、第7回東アジア農業遺産学会は、6月4日から8日まで、中国浙江省の慶元県の現地で開催されることが決まりました。
東アジア農業遺産学会は、2013年に当時の国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(UNU-IAS OUIK)が開催した日中韓GIAHSワークショップをきっかけに、中国の提案によって日中韓で設立された、学術交流と農業遺産認定地域の交流を目的とする集まりです。日中韓の持ち廻りで2014年から年次会合を開催しています(第1回:中国興化市、第2回:日本新潟県佐渡市、第3回:韓国錦山(クムサン)郡、第4回:中国湖州市、第5回:日本和歌山県みなべ・田辺、第6回:韓国河東(ハドン)郡。2020年から3年間、コロナウイルスのため休止)。
当初から、日中、日韓の複雑な政治的、外交的問題を回避するため、「学会」として学術交流を前面に掲げてきましたが、実際には農業遺産認定地域の交流を積極的に推進しており、研究者のみならず、農業遺産認定地域の行政担当者や、農業者など多彩なメンバーが参加しています。また、日本の農林水産省をはじめ、中国・韓国の中央政府の担当官、FAOの関係者も参加しています。これまで、海外での開催時にも、日本のすべての世界農業遺産認定地域等から、毎回、総勢約50名に参加いただきました。。
日本からの参加者は各認定地域の窓口に取りまとめていただいており、ナビゲーターの所属する国連大学サステイナビリティ高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティングユニット(UNU-IAS OUIK)に置かれた日本事務局が、日本国内の各認定地域の窓口と中国・韓国の事務局とをつなぐ役割を担当しています。
今年の第7回会合は、「農業遺産システムの保全が農業食糧システムの転換を促進する」をテーマに、4日間にわたり、開会式、世界的に著名な有識者による基調講演、4つの分科会に分かれてのシンポジウム、各国政府担当官らによる基調発表、現地見学などが行われます。
開催地の慶元県は、昨年11月に「慶元(チンユエン)森林-きのこ共栽培システム」で世界農業遺産に認定された中国最大のシイタケ産地で、3年前から毎年開催を計画してきましたが、新型コロナウイルスのために延期が続いていました。
開催地が上海から高速鉄道で7時間近くかかる遠隔地であることに加え、まだ新型コロナウイルス以前の状況までには戻っていないため、渡航にビザが必要であったり、中国へのフライトの数が少なかったりなど、いろいろな困難が予想されますが、何とか成功させたいと願っています。
3月1日、農林水産省は、世界農業遺産と日本農業遺産の新規認定を受けて「世界農業遺産・日本農業遺産認定記念式典」を開催しました。
式典では、野中厚農林水産副大臣による開会挨拶に続き、新たに日本農業遺産に認定された「束稲山麓地域の災害リスク分散型土地利用システム」(岩手県束稲山麓地域)と「比企丘陵の天水を利用した谷津沼農業システム」(埼玉県比企丘陵地域)のそれぞれの代表が野中副大臣から認定証を授与され、記念撮影が行われました。
その後、FAO駐日連絡事務所の日比絵里子所長、FAOの世界農業遺産科学助言グループ(SAG)委員の八木信行教授から祝辞が述べられ、東京大学未来ビジョン研究センターの武内和彦特任教授が基調講演を行いました。武内教授は、農業遺産がいかに「持続可能な開発目標」(SDGs)に貢献できるかを強調するとともに、認定地域間の連携・交流の場である「東アジア農業遺産学会(ERAHS)」も紹介しました。
これに続き、昨年新たに世界農業遺産に認定された「峡東地域の扇状地に適応した果樹農業システム」(山梨県峡東地域)と「森・里・湖(うみ)に育まれる漁業と農業が織りなす琵琶湖システム」(滋賀県琵琶湖地域)、それに今回日本農業遺産に認定された2地域が挨拶とプレゼンテーションを行いました。とくに、琵琶湖地域は、滋賀県の三日月知事が自ら素晴らしいプレゼンをされ、ナビゲーターは深く感銘を受けました。
また、会場では、認定地域の産品が試食・試飲できるサイドイベントも催され、大変盛況でした。
今年2月にオンラインで開催されたGIAHS科学諮問委員会(SAG)において、エクアドルの2地域が新たに世界農業遺産に認定され、これで世界農業遺産は24か国74地域となりました。
認定されたのは、エクアドルのアンデス山脈とアマゾンにある2つの生物多様性の高い農業・アグロフォレストリー・システム(チャクラ)です。
FAOのウェブサイトで紹介されているそれぞれの地域の概要は次のとおりです。
※参考:Globally Important Agricultural Heritage Systems: Two new sites recognized in Ecuador’s Andes and Amazon regions(英語)
アマゾンのチャクラは、農場内にある生産的な空間を、先祖代々の知識を大切にしながら、有機的かつ生物多様性に配慮したアプローチで家族が管理する持続可能な土地利用モデルと定義できる。アマゾンのチャクラは、その生物学的・文化的多様性により、住民に様々なサービスを提供している。食料安全保障、生態系サービスの提供、文化的価値の維持、社会的結束、メガダイバースの景観の維持など、その範囲は多岐にわたる。
キチュワ族の家族の概念は、核家族という枠を超え、コミュニティやテリトリーにまで広がっている。チャクラは、家族やコミュニティが関係を築く場所であり、人間社会と自然や神々との結びつきが強まる場所である。アマゾンのチャクラによって、キチュワ族とキジュ族のコミュニティは、カカオに加え、木材、果物、薬用、手工芸品用、食用や観賞用の植物種、家畜の飼育、狩猟、木材や非木材林産物などの多様な生産活動が行われている。
肥沃度の低いアマゾンの土壌を効率的に管理するという点では、アマゾンのチャクラシステムは、森林と流域管理の知識を統合したユニークなものであり、ナポのコミュニティは、日陰と土壌ケアを確保するために一連のアグロフォレストリーの配置と実践を行っている。この20年間で、小農が気候変動や経済・市場の変化により強靭になる可能性のある生産オプションとして、このコンセプトへの関心が高まっている。
アンデスのチャクラは、エクアドルのアンデス地方に住むキチュワ族先住民の先祖伝来の農業システムである。この優れたシステムは、コタカチ山脈の標高2,500~3,400mに位置する気候、生態系、農法、生物多様性の統合と相互接続を特徴としている。
チャクラは、すべての要素が「パチャ・ママ(母なる大地)」に住む各生物の不可欠な一部であるというアンデスの信仰体系に基づき、何世紀にもわたって自然とコタカチのコミュニティが調和して暮らしてきた生きた場所である。チャクラは、キチュワ族の家族やコミュニティにとって、物質的・象徴的な生活の発展の中心となっている。また、種子の実験と交流の場、現地保存の場でもあり、非常に生産性が高く、食料主権を達成するのに役立っている。
韓国は、昨年、新たに国家重要農業遺産1地域、国家重要漁業遺産1地域を指定し、これで、国家重要農業遺産は28地域、国家重要漁業遺産は12地域になりました。
新たに国家重要農業遺産第28号に指定されたのは、「舒川(ソチョン)韓山(ハンサン)苧麻(モシ)伝統農業」、また、新たに国家重要漁業遺産第12号に指定されたのは「巨済(コジェ)ボラ敷網漁業」です。
忠清南道の「舒川韓山苧麻伝統農業」は、文献上、高麗時代から受け継がれ、発展してきた独自の農業技術で、苧麻(ラミー)の栽培から苧麻織りまでの全過程が含まれています。
舒川郡の漢山面(ハンサンミョン)や庇仁面(ビインミョン)などの地域は、何百年も前から森林を防風に利用して苧麻を栽培してきました。これは舒川の苧麻関連産業の発展の基礎を築き、今でも住民の生活を維持する上で重要な役割を果たしています。
すべての工程は手作業で行われるため、苧麻栽培の面積は利用可能な労働力によって決まります。また、「苧産八邑の織り技」(注:苧布の機織りで有名な八つの街という意味)など苧麻に関する伝統文化を継承し、「山林-苧麻栽培地-竹畑-住宅地-田-河川」がつながる舒川地域ならではの独特の土地景観を作り出しました。
また、慶尚南道の「巨済ボラ網敷漁業」は、ボラの生態特性や回遊習性を利用してボラを捕獲する150年前からの伝統的な漁法です。
「マン」と呼ばれる人が高いところからボラの跡を観察し、ボラの群れが網に入ると、あらかじめ用意された網でボラを捕まえるように合図を送ります。「ボラ網」または「6小長網」又は「6水長網」とも呼ばれ、6隻の舟が動員されることを意味します。巨済地域の6つの漁村で受け継がれています。過去には6隻の無動力船が操業していましたが、従事者の高齢化と人手不足により、伝統漁法に現代的技術を組み合わせて、固定式いかだと動力を活用しています。
農林水産省は、これまで2年に一度、世界農業遺産・日本農業遺産の認定希望地域の募集を行ってきており、来年(2024年)早々には、次の募集が行われるものと思われます。
前回の募集では、新型コロナウイルスの影響も大きかったとは思いますが、応募が少なかったのが残念です。日本には、まだまだ隠れた候補地がたくさんあります。また、今回、3回目の挑戦で日本農業遺産に認定された2地域(岩手県束稲山麓地域と埼玉県比企丘陵地域)のように、十分な実力はありながら、それをうまく表すことができず、認定を見送られてしまったような地域もあると思われます。このような地域をうまく掘り起こし、認定希望地域の募集に対応できればと考えています。準備には、やはり1年近くはかかるので、今から募集に向けた準備を進める必要があります。ナビゲーターもこのような取組に少しでも貢献できればと願っています。
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