2018年7月、GIAHS科学アドバイザリーグループ(SAG)第7回会合が開催され、イタリア1地域、韓国1地域が新たにGIAHS(世界農業遺産)に認定されて、GIAHS認定地域数は21ヶ国52地域となりました。
8月には、平成30年度世界農業遺産への認定申請に係る承認及び日本農業遺産の認定に関する一次審査の結果が各申請地域に通知されました。また、和歌山県みなべ・田辺地域において「第5回東アジア農業遺産学会」が開催されました。
9月には、中国でFAO-中国 南南協力プログラムの一環としてGIAHS研修、韓国農村振興庁、国連大学サステイナビリティ高等研究所、ソウル大学の共催による「農業遺産の多元的価値活用シンポジウム」、韓国海洋水産部、済州特別自治道、済州学研究センターの共催による「2018済州海女国際学術大会」が続けて開催されました。
今回は、第5回東アジア農業遺産学会を中心に、最近の農業遺産をめぐる動きについて紹介します。
2017年7月2-4日に、FAOに設置されたGIAHS科学アドバイザリーグループ(SAG)の第7回会合がローマで開催され、イタリアで初めてのGIAHSとなる1地域、韓国で4番目となる1地域が新たに世界農業遺産に認定されて、世界農業遺産認定地域数は21ヶ国52地域となりました。
今回、認定されたうちの一つは、イタリアの「アッシジとスポレートの間の斜面のオリーブ林」です。歴史的に、この地域はオリーブ栽培にとってイタリアで最も重要な地域の1つです。紀元前7世紀に遡るエトルリアの墓地にはオリーブの穴が見つかっており、西暦1世紀のローマのオリーブのミルの跡の考古学的な場所がこの地域にあります。主に伝統的なテラスシステム管理に基づくこの農業システムは、オリーブの木を育てることができます。また、植付けから収穫までのいくつかの主な仕事によって、農家は何世紀にもわたって持続可能な方法で高品質のオリーブオイルを生産することができました。今日、この地域で生産されているオリーブオイルは、製品の高品質を証明し、特定の栽培方法とプロセスを保証するDOP認証【1】を取得しています。確かに、アッシジとスポレートの間のオリーブの斜面は、伝統的な知識に基づいて建設され、今日まで維持されてきた特徴的なテラス栽培です。
今回、認定されたもう一つは、韓国の「クムサンの伝統的ジンセン農業システム」です。ジンセン(Ginseng)は、いわゆる「コウライニンジン(高麗人参)」のことですが、クムサン(錦山)郡では「コウライニンジン」とは呼ばず、「クムサンニンジン」と呼んでいるそうです。
クムサンの伝統的なジンセン農業は非常に重要な農業遺産であり、韓国の文化、長い歴史、伝統を表しています。また、ジンセンは、単なる韓国の特産品ではなく、国のスピリチュアルな遺産の一つとして継承された高貴な作物と考えられています。ジンセン栽培地域は、周囲の森林、農地、村、河川など、土地のすべての要素を取り入れた一つの農業システムを形成しています。周囲の森林は、森林内の植物の蒸散により温度を下げることを通じて、自然の日陰を提供し微気象を制御します。さらに、川や小川は、夏の昼間に涼しい風を作り、ジンセンの農場を通る風の循環を改善します。ジンセン栽培システムは、互いに密接に関連している地域のすべての要素を利用しています。現地の生活や文化も例外ではなく、ジンセン農業の性格から、農業従事者は、お互いに提供するために、しばしば異なる薬草や食用作物を輪作します。ジンセンに関連する伝統行事も継承されています。
この地域は、FAOのSAG会合で、一度、「却下」と決定されたのを、必死の思いで申請書をほぼ全面的に書き換えて再提出し、今回、ようやく認定に至ったものです。却下された主な理由は、水田を利用した近代的なジンセン栽培までも地域に含めていたことであり、今回の申請書では地域を山間地域の伝統的なジンセン栽培だけに絞り込みました。ナビゲーターも、この地域の申請書を書いていた忠南発展研究院のユウ・ハギョル(劉鶴烈)研究員から何度も相談を受け、地域の絞り込みなどをアドバイスしてきました。最後には、山間地の伝統的な栽培によるジンセン畑を一筆単位で表示した地図を見せていただき、これならいけるのではないかと思った次第です。一度は却下された地域であるがゆえに、ユウ研究員から「認定された」という国際電話をもらったときにはとても感激しました。
農林水産省は2018年8月9日、「平成30年度世界農業遺産への認定申請に係る承認及び日本農業遺産の認定に関する一次審査の結果について」を、各申請地域に通知しました。それによると、今回は20地域が申請し、そのうち9地域が書類審査により世界農業遺産への認定申請に係る承認又は日本農業遺産への認定が受けられる可能性が高い地域と判断され、一次審査を通過しました。
一次審査を通過した地域は、山形県最上川流域の「歴史と伝統がつなぐ山形の「最上紅花」」、山梨県峡東地域の「峡東地域の扇状地に適応した果樹農業システム」、福井県三方五湖地域の「三方五湖の汽水湖沼群漁業システム」、琵琶湖地域の「森・里・湖(うみ)に育まれる漁業と農業が織りなす琵琶湖システム」、兵庫美方地域の「兵庫美方地域の但馬牛システム」、和歌山県海南市下津地域の「下津蔵出しみかんシステム」、和歌山県高野・花園・清水地域の「高野山・有田川流域の農林業システム」、島根県奥出雲地域の「たたら製鉄に由来する奥出雲の資源循環型農業」、愛媛県南予地域の「愛媛・南予の柑橘農業システム」の9地域です。このうち、山形県最上川流域、山梨県峡東地域、福井県三方五湖地域、愛媛県南予地域の4地域は、一昨年に続いての再申請地域(山梨県峡東地域は日本農業遺産には認定済み)でした。
これらの地域については、9月から11月頃に世界農業遺産等専門家会議委員による現地調査が行われ、2019年の1月頃の二次審査(地域からのプレゼンテーション)を経て、2月頃に二次審査結果、すなわち世界農業遺産への認定申請に係る承認及び日本農業遺産の認定の通知が行われます。
ナビゲーターは、これら9地域のすべての現地を訪問し、申請作業をお手伝いしたことがあるので、何とか最後の認定までこぎつけてほしいという思いでいっぱいです。
世界農業遺産(GIAHS)「みなべ・田辺の梅システム」に認定されている和歌山県みなべ・田辺地域【2】で第5回東アジア農業遺産学会(ERAHS)が開催されたのは、2018年8月26日から29日の期間でした。
ERAHSは、2013年に当時の国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(UNU-IAS OUIK)が開催した日中韓GIAHSワークショップをきっかけに、中国の提案によって日中韓で設立された学術交流と認定地域の交流を目的とする集まりで、日中韓の持ち廻りで毎年、会議を開催しています。設立当初から、ナビゲーターが日本の事務局長を務めています。
第5回となる今回の会議には、中国・韓国からの約100名を含む約300名が参加しました。
1日目は、開会式での和歌山県知事、農水省近畿農政局長らの挨拶のあと、武内和彦UNU-IAS上級客員教授の「GIAHSとパートナーシップ」をはじめ、FAOのGIAHS事務局長、科学助言グループ(SAG)副議長の3名が基調講演を行いました。続いて、GIAHSの次世代への継承、ブランド化、多様な主体の参加、ツーリズムの4つの分科会に分かれての議論を行いました。このうち、ブランド化とツーリズムのセッションは英語だけで行われたため、発表希望者がやや少なく、ナビゲーターもブランド化のセッションで「日本におけるGIAHSを活用したブランド化」というテーマで、能登の一品認証制度や静岡の茶草場農法実践者認定制度などを紹介しました。
続いて、農水省農村環境課長ら日中韓の代表による基調発表があり、最後に全体会合で分科会の報告、閉会式が行われました。
2日目は、県のうめ研究所、みなべ町のうめ振興館、紀州石上田辺梅林、紀州備長炭記念公園の現地見学、3日目は、GIAHSのモニタリング・評価と、生物多様性保全の2つの分科会が行われました。
今回のERAHSの特徴は、大学(院)生、地域おこし協力隊など、若い世代の活躍が目立ったことでした。GIAHS若者ネットワークを作ろう、次回は若者による分科会を開催しようなどの提案も出ていました。また、国内外のGIAHS認定地域どうしの交流も活発でした。これらの成果をこれからの農業遺産の保全あるいはその活用を通じた地域の活性化に活かすことが期待されます。
なお、来年の東アジア農業遺産学会は、5月19日(日)から22日(水)まで、韓国の釜山空港から車で約2時間のところにあるハドン(河東)というお茶をメインとした世界農業遺産の認定地で開催されることが決まりました。
2018年9月11日から24日まで中国で、FAO-中国 南南協力プログラムの一環として、GIAHS研修が開催されました。ナビゲーターもFAOからの依頼を受けて、日本のGIAHSを紹介するために、杭州で行われた最初の3日間だけ参加しました。
この研修は、中国がGIAHSのために年間約2億円をFAOに拠出して毎年実施しているもので、今回で5回になります。これまではGIAHSの可能性のある国を対象に研修を行ってきましたが、今回は、すでにGIAHSに認定されている国を対象に、それぞれの経験を交流するというもので、日本と韓国は、南南協力【3】の対象国ではありませんが、貴重な経験を有する国として、その経験を共有するために招かれました。研修には17か国からGIAHSの担当者や研究者など約30名が参加し、米国、オーストラリアという先進国からも関心のある政府関係者が来ていました。このため、FAOの事務局からは、先進国の参加者を意識した発表を依頼されていました。
研修は、開会式の後、各国のGIAHSの経験の共有、モジュールIとしてGIAHSの申請書の作成と申請のプロセス、モジュールIIとしてGIAHSの動的保全手法と持続的開発アプローチ、モジュールIIIとしてアクションプランのインパクトのモニタリングとGIAHSサイトの評価についての各国の発表、中国のいくつかのGIAHSサイトの見学、中国の著名な学者の講演などで構成されていました。
ナビゲーターは最初の3日間しか参加できなかったので、1日目に日本のGIAHSの経験の共有、3日目にモジュールI、さらにモジュールIIとIIIを一緒にし、計3回の発表をさせてもらいました。2日目は、華南大学の駱世明教授による中国の長い歴史と広大な国土の中での「生態農業」の重要性に関する講演等を聞き、午後は昨年東アジア農業遺産学会を開催した湖州のGIAHSサイト【4】の見学に参加しました。
パイロット的なFAOのGIAHSプロジェクト(事業)が終わり、GIAHSがFAOのプログラム(制度)になって、途上国のGIAHSは財源不足で活動が停滞しているかと心配していましたが、各国ともそれなりに財源を確保し、活発に活動していることに安心しました。また、スリランカ、メキシコ、イランなどで「日本農業遺産」に相当するNIAHS(Nationally Important Agricultural Heritage Systems)の創設が検討されていることがわかりました。しかし、多くの国では国内にまだGIAHSが1-2か所しかなく、日中韓のように政策の中に位置付けられるまでには至っていないようです。
中国では、いわゆる「三農問題」の一つである「農村」の振興を図るために、今年の3月に省の名前を「農業部」から「農業農村部」に変えました。また、中国共産党の重要な政策文書である「1号文件」と呼ばれる年頭文書の中でも農村の伝統文化の継承が位置付けられました。このような中でGIAHSも戦略的に展開されており、今回の研修を含む南南協力は「一帯一路」の中に位置付けられているようです。現地視察で訪れた湖州市の桑基魚塘システムの現地でも、「一帯一路」と記されたバルーンが上がっていました。FAOに対するGIAHSのための巨額の拠出金も継続する方向で検討されており、日本のプレゼンス(存在感)が低下することが懸念されます。そのような中で開催されたのが今回の研修であり、ナビゲーターは日本の存在感を高めるために、力の及ぶ限り日本のGIAHSをアピールしてきました。
韓国農村振興庁(RDA)と国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)は、ナビゲーターが2013年にソウルで開催された国際シンポジウムに招待されて以来、ずっと交流を続けており、2014年にはピョンチャン(平昌)で開催された生物多様性条約第12回締約国会議(CBD-COP12)の際に、「生物多様性と伝統的農業」というテーマで公式サイドイベントを共催しました。このとき、将来的な研究協力に結び付けたいということを合意していましたが、諸事情からなかなか実現せず、ようやく今年度から「農業遺産システムにおける特性分析と保全管理に関する技術の導入」と題する3年間の共同研究が始まりました。
その一環として9月15日にソウル大学で韓国農村振興庁、国連大学サステイナビリティ高等研究所、ソウル大学の共催による「農業遺産の多元的価値活用シンポジウム」が開催され、ナビゲーターもこれに参加するため、中国でのGIAHS研修から帰国したその日の夜に再び羽田からソウルに向かいました。
シンポジウムでは、国立農業科学院長、農林畜産食品部農村政策局長の挨拶等に続き、FAOのGIAHS科学アドバイザリーグループ委員や農水省の世界農業遺産等専門家会議の委員長等を務める武内和彦教授が「世界農業遺産の持続可能な発展」と題する基調講演を行いました。ナビゲーターも「中国、日本、韓国における農業遺産に関する政策」と題して、日中韓の農業遺産関連制度の経緯、法令根拠、認定基準、申請手続き、実施体制、モニタリング・評価システムなどについて比較し、今後の三か国の農業遺産に関する研究協力を提案しました。
ソウルでのシンポジウムを終えたナビゲーターは、翌朝、チェジュ(済州)に向かいました。9月18日に開催される韓国海洋水産部、済州特別自治道、済州学研究センターの共催による「2018済州海女国際学術大会」に講演者として招待されていたからです。
1日早く済州に着いたので、以前から親しくしている韓国自治経済研究院のオ・ホンソク研究員に、2014年にGIAHSに認定された「済州島のバッタム(石垣)農業システム」を中心に、済州島を一周(約400km)案内してもらいました。韓国ではGIAHSに認定されると3年間、毎年約5千万円の補助金が出るので、「認定がゴール」のようなところがあり、認定後3年たった済州のGIAHSの現状が気になっていたからです。
しかし、済州では済州研究院の中に「済州バッタム6次産業化作業基盤構築作業団」というチームを設置して、済州バッタムのロゴを作り、バッタムで生産されるさまざまな農産物の6次産業化や、6か所の「バッタムの道」を設置して観光客の誘致などに取り組んでいました。リーダーには済州島のGIAHSの申請書を書いた後に済州研究院を退官したカン・スンジン博士が就任しており、その下で、日本で10年近くガラス工芸を学んだという日本語の堪能なホン・ギテク研究員がロゴのデザインをはじめさまざまな農産物の6次産業化に取り組んでいました。
GIAHSは文化財の保護や自然保護とは違い、農業という経済活動であることから、このような農産物の付加価値を高める活動はたいへん重要です。補助金のあるうちにその基盤を作りたいというホン研究員の熱意あふれるお話に、済州のGIAHSもしっかり活動していることで安心しました。
9月18日に開催された第11回済州海女フェスティバル記念「2018済州海女国際学術大会 済州海女、未来遺産の道を問う」には、アン・ドンウ済州特別自治道副知事らの挨拶のあと、FAOのGIAHS科学アドバイザリーグループ議長のマウロ・アニョレッティ教授による基調講演、同委員のあん・まくどなるど教授の講演に続き、ナビゲーターが「日本の世界農業遺産及び日本農業遺産における漁業遺産システム」と題して講演しました。事前に英語で資料を作るように言われていたので、英語での講演を準備していましたが、当日になって、私一人のために日本語の同時通訳を用意してくれているということがわかり、日本語でお話しさせていただきました。
済州島の海女は韓国漁業遺産の第1号であり、韓国海洋水産部、済州特別自治道としては何とかGIAHSに申請し、認定してもらいたいようで、FAOのGIAHS科学アドバイザリーグループの委員を次々と招待しているようです。海女について多角的に議論しようという試みだったようですが、漁業遺産とは直接関連しないあまりにも専門的な発表もあり、ちょっと焦点が絞り切れていないかなという印象を受けるとともに、このような学術大会の難しさを感じました。
ナビゲーターにとって1週間のうちに5回の講演というのはこれまでにないハードなものでしたが、自分の経験が少しでも日本、中国、韓国をはじめ世界の農業遺産の発展に役立てば幸いだと思っています。
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