8月8日(木)と9日(金)の両日、「清流長良川の鮎」で世界農業遺産に認定された岐阜県で「第8回東アジア農業遺産学会」(ERAHS)が開催され、日中韓の農業遺産関係者約250名が参加し、交流を深めました。
今回は、第8回東アジア農業遺産学会を中心に、最近の農業遺産をめぐる動きについて紹介します。
8月8日(木)と9日(金)の両日、岐阜県で「第8回東アジア農業遺産学会」(East Asia Research Association for Agricultural Heritage Systems: ERAHS)が、「次世代へ繋ぐ農業遺産~伝統的な農林漁業と文化~」をテーマに開催され、日中韓の農業遺産関係者約250名が参加し、交流を深めました。
開催地の岐阜県の長良川上中流域は、2015年12月に「清流長良川の鮎」で世界農業遺産に認定されています。長良川は、約85万人の流域人口を抱えながら、漁業者や市民団体による水源林の育成や河川の清掃など、「人が適切に管理する」ことで、清流を維持し、その恵みの中で漁業、農業、林業などが営まれている「里川」です。なかでも、鮎を中心とした内水面漁業が盛んで、鵜飼漁をはじめ、友釣り、瀬張り網漁等の伝統的な漁法が受け継がれ、鮎を使った郷土料理も食文化として根付いています。また、清流が保たれることにより、美濃和紙や郡上本染、さらには刃物などの水と密接なつながりのある伝統工芸が引き継がれ、長良川の持続的なシステムを育んでいます。
東アジア農業遺産学会(ERAHS)は、2013年5月に当時の国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(UNU-IAS OUIK)が開催した日中韓GIAHSワークショップをきっかけにしています。そのすぐ後の8月に韓国で開催された日中韓のワークショップの際に、済州島(チェジュド)から莞島(ワンド)に移動中の船の中で、中国のGIAHSの第一人者であるミン・チンウェン教授らの提案により、日中韓の研究者の有志の間で、今後、日中韓のGIAHS関係者の継続的な集まりをもとうという話が盛り上がりました。そして、ワンドに到着した夜の夕食会で、ナビゲーターを含む日中韓の4人が、「東アジア農業遺産学会」(ERAHS)設立の提案を、それぞれ中国語、英語、日本語、韓国語で読み上げるという短いセレモニーを行いました。
その年の10月に日中韓の関係者が中国の北京に集まり、そこで正式に設立されました。基本的には、日中韓の農業遺産に関する学術交流と農業遺産認定地域の交流を目的とする集まりです。
当時は日中、日韓の間で、政治的、外交的にいろいろな難しい問題がありました。そこで、当時の韓国の担当官が、ポリシー(政策)とアカデミック(学術)の2つのトラック(道筋)に分けて、まずはアカデミックな交流から始めようと提案しました。この作戦はたいへんうまくいって、「学会」という名前ですが、学術交流だけでなく、農業遺産認定地域間の交流も積極的に進めてきました。実際、大学や研究機関の研究者だけでなく、地方自治体の担当者や、認定地域で活動に取り組んでいる方々など多彩な方々が参加しています。また、最初は有志で始めた取り組みですが、回を重ねるごとに公に認められるようになり、今ではFAOのGIAHS科学助言グループ(GIAHS-SAG)の委員やGIAHS事務局、日本の農林水産省をはじめ、中国・韓国の中央政府の幹部の方々にも毎回、参加いただいています。ナビゲーターが、当初から日本の事務局を担当しており、今回も主催者の岐阜県と中国・韓国の事務局の間に入っていろいろな調整を行う役割を担いました。
ERAHSの年次会合は、毎年、中国、日本、韓国の順に持ち回りで開催され、これまで、①中国江蘇省興化市、②新潟県佐渡市、③韓国忠清南道錦山(クムサン)郡、④中国浙江省湖州市、⑤和歌山県みなべ町・田辺市、⑥韓国慶尚南道河東(ハドン)郡、⑦中国浙江省慶元県で開催され、今回で第8回を迎えました。
今回の会合には、中国からの35名と韓国からの38名を含む約250名が参加しました。中国・韓国の数名が、ビザが間に合わなかったり直前に急病になったりして参加できなかったのは残念でした。海外から岐阜に行くには中部国際空港が最も近くて便利なのですが、北京から中部国際空港にはほとんどフライトがなく、中国の主要メンバーは関西国際空港を利用せざるを得ませんでした。
会議前日の8月7日(水)の夜には、岐阜県の古田肇知事をはじめ、推進協議会、地元4市、FAO、ERAHSの代表らによる懇親会が開催されました。席上、古田知事が2015年12月にローマのFAOで審査の結果を待っていたときのこと、2017年5月にFAOの事務局長を岐阜にお迎えしたことなどをとても感慨深げにお話しされていました。実は、翌日の夕方、古田知事は5期20年目を一つの区切りとして、次の知事選挙には立候補しない意向を明らかにされたのですが、今から思うと、古田知事のあの感慨深げなお話はそのような背景もあったのかという気がします。
翌8月8日(木)に岐阜県庁で開催された第8回ERAHS会合の開会式では、ERAHSの中村浩二代表議長、古田知事の開会挨拶に続き、FAO駐日連絡事務所の日比絵里子所長、農林水産省の山本泰司大臣官房審議官の来賓挨拶がありました。金沢大学名誉教授でもある中村代表議長は、能登の震災からの復興の重要性を強く訴えられ、続いてご挨拶をされた皆さん全員が能登の震災のお見舞いと復興への期待を強調されていたのが印象的でした。
続いて、基調講演として、FAOの遠藤芳英GIAHS事務局長、ホセ=マリア・ガルシア=アルバレス=コケGIAHS科学助言グループ委員、武内和彦ERAHS名誉議長、ジャオ・ウェンジュン中国ERAHS事務局長、ユン・ウォングン韓国ERAHS議長から講演がありました。実は遠藤事務局長は今年9月に退任される予定で、今回が最後の出張ということもあり、GIAHSの運営の今後の課題と問題点について熱っぽく話されました。スペイン出身のホセ・マリア委員からはヨーロッパの事例について、武内名誉議長からはGIAHSと持続可能な発展について、ジャオ事務局長とユン議長からはそれぞれ中国と韓国の農業遺産について講演がありました。
続いて9つの分科会に分かれ、発表が行われました。分科会のテーマは、①高校生・大学生等によるユースセッションのほか、農業遺産に関して、②後継者の育成・確保・定着、③伝統的漁業の保全、④農山漁村の活性化、⑤ツーリズム、⑥景観保護、⑦農産物のブランド化、⑧伝統文化の保全、⑨生態系の保全でした。
ナビゲーターは、テーマ7:「農業遺産による農産物のブランド化」の分科会のモデレーターを務めたので、そのようすを少し紹介します。最初の発表者である宮城県大崎市の伊藤康志市長は、大崎耕土の世界農業遺産を例に、ブランド認証制度やさまざまな加工品開発の取り組み、生物多様性を守る取り組みなどを紹介されました。2人目の韓国の名所(ミョンソ)IMC株式会社のファン・ギルシクCEOは、青山島(チョンサンド)のGIAHSを例に、クラウドファンディングの導入、農業遺産が持っている価値に着目してそれを都市住民・消費者に伝えることの重要性を強調しました。3人目の中国の福建省福州市農業農村局の林健局長は、福州のジャスミン茶のGIAHSを例に、商標や地理的表示などによるブランドの法的な保護の重要性を訴えました。4人目の徳島県立鳴門渦潮高校の林博章先生は、にし阿波の傾斜地農業を例に、「食べる藍」のブランド化、藍を使ったさまざまな特産品の開発、傾斜畑オーナー制度などのユニークな取り組みを紹介されました。最後の中国の長沙理工大学経済・管理学院の謝新梅講師は、中国と日本のネット販売サイトの比較からGIAHSによるブランドの認知と連想について述べられました。
最後に、ナビゲーターから、GIAHSの認定はゴールではなくスタート、認定による地域の活性化、所得の向上があってはじめて意味をもつ、ブランド化はそのための有効な手段、今後もさまざまな観点からブランド化の経験を交流していきたい、という趣旨のまとめを行いました。
FAOのGIAHS事務局の遠藤さんが、ERAHSは産学官が連携した優れた活動だと評価しておられましたが、この分科会はまさに行政、学術、民間のそれぞれの分野から発表があり、バランスのとれた、すばらしい内容だったと思います。
分科会の後、日中韓の政府の代表が基調発表を行いました。日本からは、農林水産省農村振興局農村環境対策室の佐藤誠室長、中国からは農業農村部国際協力サービスセンターの徐明副局長、韓国からは農林畜産食品部農村経済課のイ・ジスク事務官が、それぞれの国の農業遺産を保全・活用するための国の政策について講演しました。
最後に行われた閉会式では、農水省の世界農業遺産等専門家会議委員長の八木信行東京大学教授が今回の会合の総括を行うとともに、来年の開催国である韓国の済州(チェジュ)特別自治道のキム・ヨンジュンチーム長が動画による開催地の紹介と歓迎の挨拶を行い、最後に推進協議会の玉田和浩会長が閉会挨拶を行いました。
各セッションの合間には、ティーブレークを利用したポスター発表があり、研究成果の発表だけでなく、それぞれの地域が資料や産品を提供するなど工夫をこらして農業遺産のPRに努めていました。
夕方、参加者は長良川河畔に移動し、日没とともに鵜飼観覧船に乗って伝統的な漁法である鵜飼を堪能しました。ナビゲーターもこれまでに何度か鵜飼観覧船に乗りましたが、目の前で実際に獲れた多くの鮎を見せてもらったのは今回が初めてで、大変感動しました。
翌8月9日(金)は、日中韓のバスに分かれて現地視察を行いました。ナビゲーターの参加した「長良川の鵜飼と郡上市コース」では、鵜飼観覧船造船所、長良川うかいミュージアムと鵜飼の里、郡上市八幡町、清流長良川あゆパークを訪問しました。
鵜飼観覧船造船所では、伝統的な技法によってコウヤマキの木材で船を造るようすを見学し、うかいミュージアムでは鵜が水中の鮎を捕らえる方法を学びました。ときどき海外の方から、鵜飼は動物虐待ではないかという質問を受けるのですが、野生の鵜は7年くらいしか生きられないのに対し、鵜飼の鵜は20年近くまで長生きし、最後まで世話をしてもらえること、鵜は家族同様に育てられているので放しても戻って来ることなどを説明すると、よく理解していただけます。
郡上市では、水を用途別に段階的に利用する「宗祇水」、郡上本染めの店などを訪問してから、清流長良川あゆパークに行きました。あゆパークでは、ナビゲーターが以前、鮎の友釣りを教わった郡上漁協の白滝治郎組合長に久々にお会いし、懐かしい思いでいっぱいでした。
38℃を超える猛暑の中での現地視察でしたが、幸い体調を崩す方もなく、何度か現地を訪れたことのあるナビゲーターにとっても多くの新たな発見がありました。
現地視察の後、JR岐阜駅近くの会議室で、第17回東アジア農業遺産学会作業会合が開催されました。年次会合のときの作業会合には、事務局のほかに、年次会合に参加した大学の先生方に出席いただいています。今回も東海大学の安部淳先生、立命館アジア太平洋大学のヴァファダリ・カゼム先生、立命館大学の大和田順子先生、徳島大学の内藤直樹先生、東京大学の八木信行先生に出席いただきました。
前半は、今回の会合のレビューを行いました。タイトな日程のためにやむを得なかった面もありますが、もっと十分な交流の時間やポスターセッションの時間がほしかった等の意見が出されました。
後半は、次回開催の提案が行われ、次回は2025年9月17日から19日まで韓国の済州島で開催されることが決まりました。
中国のERAHS事務局の閔慶文・焦雯珺編著により、ERAHS創設十周年を記念して、中国語、日本語、韓国語、英語の4か国語による「十年一剣を磨く2013-2023年東アジア農業遺産保全研究協力の歩み」が出版されました。ナビゲーターも編集委員としてこれに参画し、日本語の翻訳の確認などを行いました。懐かしい写真も多く掲載されており、この十年間の歴史を振り返ることができて、大変感慨深いものがあります。このような書籍を編集された中国のERAHS事務局に心から敬意を表します。
また、同じ編集者により、「農業文化遺産を保護し、食物システム転換を促進する第7回東アジア農豪遺産学会(中国・慶元)成果報告集」という、こちらは中国語だけですが、昨年のERAHS会合の報告集も出版されました。日本の発表者の皆さんには原稿を確認いただきありがとうございました。
農林水産省は、6月19日、世界農業遺産・日本農業遺産の認定等に関する募集結果を公表しました。今回、申請があったのは、①兵庫県北播磨・六甲山北部地域の「気候風土を活かした酒米「山田錦」生産システム」、②兵庫県朝来地域の「岩津ねぎを生み出した資源循環型農業システム =伝統種子の継承と生物多様性の保全=」、③徳島県県南地域の「樵木林業を核とした生態系保全・農林水産業複合システム」、④沖縄県多良間地域の「琉球王国時代の「抱護(ポーグ)」が育む多良間島の持続的島嶼農業システム」の4件で、いずれも日本農業遺産の申請でした。
2年前の前回の募集のときも4件の申請しかなく、コロナ禍の影響かと思っていましたが、今回も4件の申請しかなかったのは、正直、少し残念でした。農業遺産の認定を受けるポテンシャルのある地域はまだまだ日本にはたくさんあると思いますので、今後ともさまざまな機会をとらえて農業遺産の魅力を発信していきたいと思います。
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