2015年12月15日(火)、ローマの現地時間で午後2時前(日本時間の夜10時前)に、FAO(世界食糧農業機関)の本部で開催されていた世界農業遺産(GIAHS)運営・科学合同委員会において、日本の3地域を含む新たな世界農業遺産の認定が発表されました。
認定されたのは、岐阜県長良川上中流域の「清流長良川の鮎」、和歌山県みなべ・田辺地域の「みなべ・田辺の梅システム」、宮崎県高千穂郷・椎葉山地域の「山間地農林業複合システム」、そしてバングラデシュの「浮き畑農業」の4つの地域の農業システムです。
これで世界農業遺産は、全体で15か国の36地域(うち日本が8地域)になりました。
2015年12月14日-15日、イタリアのローマにあるFAO本部で世界農業遺産(GIAHS)運営・科学合同委員会が開催されました。ナビゲーターも、科学委員である武内和彦国連大学上級副学長の随行員としてこの会議に出席しました。
世界農業遺産(GIAHS:Globally Important Agricultural Heritage Systems)は、次世代に受け継がれるべき伝統的な農業(林業、水産業を含む)と、それに関わって育まれた文化、景観、生物多様性などが一体となった世界的に重要な農業システムを国連食糧農業機関(FAO)が認定し、保全と持続的な活用を推進するもので、2002年から始まりました。これまでは、国際的な援助機関などの支援するイニシアチブ(事業)として実施されてきましたが、2015年6月のFAO総会で、FAOの予算により事務局を運営する正式なプログラム(制度)とすることが決まりました。これに伴い、それまでは必ずしもFAOのメンバー国の了解が必要ではなかった認定のための手続きや認定基準などをきちんと文書化し、メンバー国に説明することが求められるようになりました。
今回の合同委員会は、そのための原案を作成するとともに、新たに世界農業遺産の申請のあった地域について審議するために開催されたものです。
合同委員会は非公開で行われたため、詳細をお伝えすることはできませんが、一日目の全日と二日目の午後に行われた会合では、武内和彦国連大学上級副学長が議長を務め、農林水産省の田野井雅彦大臣官房審議官(国際)を含む約20名の運営委員・科学委員が、FAOの世界農業遺産事務局が作成した認定手続きのガイドライン案等について白熱した議論を展開していました。
二日目の午前中に、5つの申請地域のプレゼンテーション(発表)が公開で行われました。日本から申請のあった地域のプレゼンテーションは、3県の知事、すなわち岐阜県は古田肇知事、和歌山県は仁坂吉伸知事、そして宮崎県は河野俊嗣知事と地元の五ヶ瀬中等教育学校の生徒さんが行いました。3人の知事は、皆さんそれぞれ15分間のプレゼンテーションを流暢な英語で話され、質問にも英語でていねいに答えられていました。また、宮崎県の高校生の宮崎麻由香さんも英語でスピーチ。豊かな表情がたいへん印象的でした。
日本以外からは、バングラデシュとインドネシアからのプレゼンテーションがありました。
プレゼンテーションに続いて、運営・科学合同委員会による非公開の審議が行われました。このときすでに不穏な空気が流れており、随行員の私たちも急に退室を求められ、会合は完全非公開とされました。その後、どのような議論が行われたかは承知していませんが、廊下で待機していた私たちにも、審議が難航していることは容易に想像できました。午後1時半から表彰式が予定されていたにもかかわらず、予定の時間になっても終わる気配はなく、それどころか急に科学委員の方々が退室したかと思うと、今度は運営委員の方々が退室して廊下の隅で話を始めるなど、審議の混乱ぶりがうかがわれました。表彰式に出席するFAOの幹部が到着してもなかなか部屋の中に入れず、何が起こっているのかとても心配でした。
しばらくして、中から拍手が漏れ聞こえてきて、会場の扉が開きました。廊下にいた関係者もほっとし、表彰式の準備が始まりました。
表彰式では、最初にFAOのセメド事務局次長、続いてFAO最高責任者のシルバ事務局長からスピーチがあり、その中で、日本の3地域とバングラデシュの1地域が認定されたという発表がありました。日本の3人の知事とバングラデシュの代表がシルバ事務局長から世界農業遺産の認定証を手渡され、会場は喜びに溢れていました。
今回インドネシアだけが認定を見送られましたが、リ・ウェンファ運営委員会議長のまとめでは、興味深いシステムでたいへんいいサイトだとの説明がありました。ただし、申請書とアクションプランにさらなる改善が必要ということでした。
実は、このインドネシアの申請を支援するために、ナビゲーターは10月末に現地に行ってアドバイスを続けてきていました。それだけに、残念な思いはひとしおでしたが、認定を見送られた理由が準備不足だということでしたから、将来に向けて期待できると思います。
ここで、認定された日本の3つの地域の農業システムについて、簡単にご紹介しておきたいと思います。
○長良川上中流域(岐阜県)
岐阜県南部を流れる長良川は、流域の人々のくらしの中で清流が保たれ、その清流で育つ鮎は地域の経済や歴史文化と深く結びついています。その循環は、人の生活、水環境、漁業資源が相互に連環している、世界に誇るべき「里川」のシステムであり、いわば「長良川システム」と呼べるものです。この「里川」とは、手つかずの自然の中で環境が保たれている自然河川ではなく、森林管理や水防施設、清掃管理など人が適正に関与することにより、生活水源・漁場・農業用水源となり、レジャー・景観・歴史・文化等の価値を提供するとともに生物多様性も保持している川のこととされています。
○みなべ・田辺地域(和歌山県)
稜線を含む山の上部に残されているウバメガシを中心とした薪炭林は、雨水を貯め、養分とともに少しずつ下部の斜面にある梅林に流すとともに、斜面の崩落を防止しています。ここで、製炭業者が、林を再生しながら製炭を行っています。薪炭林の下の斜面の梅林では、草を生やして表土の乾燥と流出を防ぐとともに、刈り草を肥料としても利用しています。薪炭林に生息するミツバチが早春に梅の受粉を助けるとともに、梅の花は蜜をミツバチに提供し、梅とミツバチとの共生のシステムが確立しています。薪炭林や梅林から流れて来た水は、ため池に貯えられ、里地での米や野菜といった多様な農業に利用されています。養分に乏しい崩れやすく保水性の少ない斜面を利用した持続的な農業を可能にしている「循環」のシステムです。
○高千穂郷・椎葉山地域(宮崎県)
険しく平地が少ない山間地において、針葉樹と広葉樹で構成されるモザイク林等による森林保全管理、伝統的かつ持続的な焼畑農業、急斜面に築かれた500kmを超える水路網を有する棚田での米作りなど、多くの農家で森林からの恵みを活かした様々な農林業複合経営が営まれています。また、共同作業を通じて養われた強力な地域コミュニティが、伝統文化として継承されてきた神楽やユニークな自治公民館活動などでさらに結束を強め、地域改善活動と森林の保全管理を行い、好循環が生じているシステムです。
今回の認定で、日本の世界農業遺産認定地域が世界全体の2割以上を占めることになりました。中国でもすでに11地域が認定されており、日本と中国だけで全体の半分以上を占めることになってしまいます。このようなアンバランスな状態は世界農業遺産の価値を高める上では決して好ましいことではなく、今後、新しい国にもっと広げていく必要があります。
今回認定された地域を含め、日本の世界農業遺産認定地域には、地域での活動が重要なのはもちろんのこと、内向きになり過ぎることなく、世界農業遺産全体の価値を高める観点から、世界農業遺産の進展に関する積極的な国際貢献が期待されています。
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