2023年5月22日(月)、FAOは「世界農業遺産認定証授与式2023」を開催し、新たに世界農業遺産(GIAHS)に認定された12か国の24地域に認定証を授与しました。
また、6月4日(日)から8日(木)まで、中国の慶元県で「第7回東アジア農業遺産学会」(ERAHS)が開催され、日中韓の農業遺産関係者約160名が参加し、交流を深めました。
今回は、第7回東アジア農業遺産学会を中心に、最近の農業遺産をめぐる動きについて紹介します。
2023年5月22日(月)、FAOはローマのFAO本部で「世界農業遺産認定証授与式2023」を開催し、新たに世界農業遺産(GIAHS)に認定された12か国の24地域に認定証を授与しました。前回の授与式が開催されたのが2018年4月だったので、5年ぶりの開催ということになります。
認定証を授与されたのは、2018年以降にGIAHSに認定された、ブラジル(1)、中国(4)、エクアドル(2)、イラン(2)、イタリア(2)、日本(2)、韓国(2)、メキシコ(1)、モロッコ(2)、スペイン(3)、タイ(1)、チュニジア(2)の合計24の新しい認定地域です。
日本からは、2022年7月にGIAHSに認定された山梨県峡東地域と滋賀県琵琶湖地域の2地域が認定証を授与されました。
授与式では、すべての地域を代表するGIAHS諸国の大臣が基調講演を行うハイレベルセッション、新しいGIAHSサイトの代表者がFAO事務局長から公式のGIAHS認定証を授与される認定証授与式、新しいGIAHSサイトのプレゼンテーションが行われました。
ハイレベルセッションでは、日本から野村哲郎農林水産大臣がビデオメッセージを寄せられました。認定証授与式では、滋賀県琵琶湖地域は大杉住子滋賀県副知事、山梨県峡東地域は高木晴雄山梨市長、鈴木幹夫甲州市長、山下政樹笛吹市長の3人が揃って認定証を授与されました。また、滋賀県琵琶湖地域からは大杉副知事が、山梨県峡東地域からは丹沢英樹甲州市農林振興課長が、それぞれ英語でGIAHSサイトを紹介するプレゼンテーションを行いました。
授与式のようすは次のリンクから見ることができます。
新型コロナウイルス感染症のために5年間のブランクがあったことで、現在のGIAHS認定地域74の約1/3に相当する24もの新しいGIAHSサイトが認定されました。これらの関係者が一堂に会して認定証を授与される光景からは、会場の熱気と認定証を授与された方たちの喜びが伝わってきます。
6月4日(日)から8日(木)まで、中国の慶元(チンユエン)県で「第7回東アジア農業遺産学会」(East Asia Research Association for Agricultural Heritage Systems: ERAHS)が開催され、日中韓の農業遺産関係者約160名が参加し、交流を深めました。
開催地の慶元県は、浙江省の南西部、福建省との境界に近い高山地帯に位置し、上海から鉄道で約7時間かかります。2022年11月に「慶元(チンユエン)森林-きのこ共栽培システム」で世界農業遺産に認定された中国最大、つまり世界最大のシイタケ産地です(生産額は年間約1千億円)。
約800年前に地元の呉三公(ウ・サンゴン)という人が人工栽培の方法を開発したそうで、今では神様としてまつられています。この方法は、森の中の広葉樹の倒木の皮に斧で少し傷をつけると、そこに自然にシイタケの胞子が入り、シイタケが発生するという、いわゆる「なた目法」という技術です。強い日射を防ぐために木の上に枝葉をかぶせたり、叩いて刺激を与えたり、さまざまな工夫が施されています。
日本でシイタケの人工栽培方法が開発されたのが約300年前と言われているので、それよりも約500年も早いことになります。専門家に聞くと、日本の人工栽培技術は中国から伝わったわけではなく、それぞれが独自に開発されたものだそうです。
この「なた目法」という人工栽培技術は、その後、原木栽培、菌床栽培というように改良され、今では、当然、近代的な菌床栽培が圧倒的に多いわけですが、それでも一部に伝統的な栽培方法が保全されていること、森林資源を利用した持続可能なアグロフォレストリー・システムとして人工栽培が続けられていることなどが評価されたようです。
東アジア農業遺産学会(ERAHS)は、日中韓の農業遺産に関する学術交流と農業遺産認定地域の交流を目的とする集まりです。2013年5月に当時の国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(UNU-IAS OUIK)が開催した日中韓GIAHSワークショップがひとつのきっかけとなりました。そのすぐ後の2013年8月に韓国で開催された日中韓のワークショップの際、チェジュド(済州島)からチョンサンド(青山島)に移動中の船の中で、日中韓の研究者の有志の間で、今後、日中韓でGIAHS関係者の継続的な集まりをもとうという話が盛り上がり、その年の11月、日中韓の有志が中国に集まって、東アジア農業遺産学会が設立されました。
しかし、当時は日中、日韓の間で、政治的、外交的にいろいろな問題がありました。そこで、当時の韓国の担当官が、ポリシー(政策)とアカデミック(学術)の2つのトラック(道筋)に分けて、まずはアカデミックな交流から始めようと提案しました。この作戦はたいへんうまくいって、「学会」という名前ですが、学術交流だけでなく、農業遺産認定地域の交流も積極的に進めてきました。実際、研究者だけでなく、地方自治体の担当者や、認定地域で活動に取り組んでいる方々など多彩な方々が参加しています。また、最初は有志で始めた取り組みですが、回を重ねるごとに公に認められるようになり、今ではFAOのGIAHS科学助言グループ(GIAHS-SAG)の委員やGIAHS事務局、日本の農林水産省をはじめ、中国・韓国の中央政府の方々にも参加いただいています。ナビゲーターが、当初から日本の事務局を務めており、日本国内の各認定地域の窓口と中国・韓国の事務局とをつなぐ役割を担っています。
ERAHSの会合は、毎年、中国、日本、韓国の順に持ち回りで開催され、今回で3巡目となって、第7回を迎えました。
第7回となる今回の会合には、日本からの35名と韓国からの29名を含む約160名が参加しました。コロナ前は、15日間以内の中国への渡航にビザは要らなかったのですが、今はすべてビザが必要になっています。このビザの申請が大変な苦労でして、申請のための予約が1か月以上先の日まで埋まっていたり、予約がとれても申請会場で4時間近く待たされたりで、ほんとうに大変でした。残念ながら3名の方がビザの取得が間に合わず直前にキャンセルしましたが、ほとんどの方が何とか間に合いました。
日本からの参加者のほとんどは6月4日(日)に上海に前泊し、翌朝6時に集合して、上海南駅から慶元に向かう列車に乗りました。当初、高速鉄道だと勘違いしていたのですが、これは普通列車で慶元までは約7時間かかりました。
慶元に着くと、その日(6月5日)を慶元県が属する麗水市(中国では県よりも市の方が上になります)の「中国・麗水農業文化遺産保護の日」に定めるという式典があり、それに列席しました。この中では、「麗水農業文化遺産保護の日の提案書」を読み上げ、それに日本の代表も賛同の署名をするというセレモニーがあり、同じシイタケを主作物とするGIAHSの国東半島宇佐地域世界農業遺産推進協議会の林浩昭会長が署名されました。
翌6月6日(火)は、第7回ERAHS会合の開会式に続き、ERAHS名誉議長を務める武内和彦IGES理事長の「東アジアの文脈におけるGIAHS認定の意義」をはじめ、中国科学院の院士、FAOの科学助言グループの委員、慶元県の副県長の4名が基調講演を行いました。
午後は、「農業生物多様性と産品開発」、「多様な関係者の参加」、「持続可能はツーリズムと文化の継承」、「生態系の保全と回復」の4つの分科会、さらに「農業遺産ツーリズムのフロンティア」、「国立公園と地元のコミュニティ開発」の2つのサイドミーティングに分かれて発表と質疑が行われました。日本からの参加者も各会合で積極的に発表しました。
ナビゲーターは、せっかく発表資料を準備しておきながらビザがとれず直前でキャンセルされた佐渡の参加予定者の発表を代行するとともに、「生態系の保全と回復」をテーマにした第4分科会のモデレーターを務めました。この分科会は英語で行われたこともあって、大学教授らによるレベルの高い発表が続き、会場の参加者も熱心に聞いていました。
各セッションの合間には、ティーブレークを利用したポスター発表があり、研究成果の発表だけでなく、それぞれの地域が資料や産品を提供するなど工夫をこらして農業遺産のPRに努めていました。
翌6月7日(水)は、寺島友子農水省農村環境対策室長ら日中韓の代表らによる基調発表がありました。寺島室長は「日本における世界農業遺産・日本農業遺産の取組」というタイトル
で、日本の世界農業遺産(FAOに申請中の地域を含む)と日本農業遺産を紹介し、認定の効果、課題と取組、特にモニタリング、認知と理解の向上、ツーリズムなどについて話されました。
また、FAO-SAG委員を務める八木信行教授から「GIAHS:最近のトレンドと東アジアのための示唆」と題して、個人の意見としながらも、FAOへの申請に際しての具体的で有益なアドバイスが話されました。
その後、各分科会の要約の発表、発表者などの賞状の授与、次回開催地の岐阜県への旗の引継などが行われ、会合は閉会しました。
午後からは現地視察で、シイタケ栽培の始祖の呉三公をまつった西洋殿、地元農家による「なた目法」の実演、百山租自然博物館、霊芝の生産現場などを訪問しました。あいにくの雨で、しかも今はシイタケの収穫時期ではないので、肝心のシイタケ栽培はほとんど見られませんでしたが、地元の方のシイタケに対する思いは伝わってきました。
翌6月8日(木)の午前中も現地視察で、シイタケ博物館、慶元の名物である「廊下橋」の博物館などを訪問しました。
午前の最後に、関係者だけで第15回ERAHS作業会合を開催しました。ここでは、今回の会合についての各国の評価と感想が話された後、次回開催地の岐阜県から現時点での開催案が紹介され、中国、韓国の関係者から意見や要望をいただきました。
慶元県でのERAHS会合の後、FAOの関係者と日韓のERAHS議長・事務局は、同じ浙江省の仙居(シエンジュ)県の人民政府に招かれ、現地を訪問しました。
仙居古代ヤマモモ複合システム(Xianju Ancient Chinese Waxberry Composite System)は、FAOにGIAHS認定を申請中の地域であり、外国人専門家からアドバイスを得たいという趣旨でした。
ヤマモモは中国語で「楊梅」(ヤンメイ)といい、6月~7月に収穫される甘酸っぱい果物で、仙居県が全国一の産地であり、その産業規模は関連産業も含めると200億円以上にも上るということです。(ヤマモモは、日本でも徳島県の県の木に指定されています。)
仙居県では千年以上の楊梅栽培の歴史があり、樹齢百年以上のものを「古楊梅」と称していて、県内には古楊梅が13000本以上あるとのことです。ナビゲーターらが訪問した樹園地では、その1本1本にQRコードをつけて管理していました。
もっとも、市場流通している楊梅の多くは、早生で、大きく、甘い改良種であり、古楊梅はどちらかというと今日の楊梅産業の発展を支えてくれた存在として感謝の念をもって保存されており、それを産業化に活用するということはあまり考えていないようすでした。
仙居県は、上海市や杭州市から比較的近く、観光リゾート地としても発展しているようでした。
今回の中国訪問で驚いたことが3つあります。
一つ目は、アルコールの提供されない宴会です。最初の日の夜のレセプションもそうでしたが、提供された飲み物はゆずジュースのみでした。聞いたところでは、10年前から公務員の飲酒は禁止されていたそうですが、最近になってその運用が厳格化されたそうで、外国人との国際親善など一部を除いて、公務員の飲酒は原則禁止だそうです。
二つ目は、街中で現金があまり通用しないことです。支払いはほとんどスマホアプリでされているようで、街中の普通の店でも、現金で支払えるかどうかをいちいち尋ねなければなりませんでした。
三つめは、これが最も重要ですが、中国の農業遺産に対する並々ならぬ熱意です。習近平国家主席が2022年7月18日に浙江省青田県で開催された世界重要農業文化遺産大会に祝賀メッセージを寄せ、その中で、「人類は歴史の大河の中で絢爛たる農耕文明を創造した。農業文化遺産の保護は人類共通の責任だ。中国は国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産(GIAHS)イニシアティブに積極的に呼応し、遺産資源を発掘しながら保護し、利用しながら継承することを堅持し、農業文化遺産の保護の実践を絶えず推し進めている。」と述べたそうです。このメッセージが中国の農業遺産関係者の大きな力になっているように感じられました。
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