2019年2月15日(金)、農林水産省は、世界農業遺産(GIAHS)への認定申請に係る承認を行う3地域及び日本農業遺産の認定を行う7地域についての決定を発表しました。
また、昨年11月末にGIAHS科学アドバイザリーグループ(SAG)第8回会合が開催され、イラン2地域、イタリア、モロッコ、スペインがそれぞれ1地域ずつ、計5地域が新たに認定されて、GIAHS認定地域数は21か国57地域となりました。
この間、ナビゲーターは、世界農業遺産、日本農業遺産を目指す各地域に継続的にアドバイスを行いつつ、いくつかの講演会やシンポジウムで講師を務めるとともに、世界農業遺産 未来につなげる「能登」の一品の認定審査会にも委員として出席しました。また、東アジア農業遺産学会(ERAHS)の日本事務局長として、韓国で開催された第11回ERAHS作業会合に出席するなど、今年5月19-22日に韓国で開催される第6回ERAHS会議の準備も着々と進めています。
今回は、世界農業遺産の申請承認地域と新たな日本農業遺産認定地域の決定を中心に、最近の農業遺産をめぐる動きについて紹介します。
農林水産省は、2019年1月24日(木)に行った世界農業遺産等専門家会議の評価結果を踏まえて、世界農業遺産への認定申請に係る承認及び日本農業遺産の認定を行う地域について、2019年2月15日(金)に決定しました。
まず、日本農業遺産に認定された地域は、山形県最上川流域の「歴史と伝統がつなぐ山形の「最上紅花」?日本で唯一、世界でも稀有な紅花生産・染色用加工システム?」、福井県三方五湖地域の「三方五湖の汽水湖沼群漁業システム」、滋賀県琵琶湖地域の「森・里・湖(うみ)に育まれる漁業と農業が織りなす琵琶湖システム」、兵庫県兵庫美方地域の「兵庫美方地域の但馬牛システム」、和歌山県海南市下津地域の「下津蔵出しみかんシステム」、島根県奥出雲地域の「たたら製鉄に由来する奥出雲の資源循環型農業」、愛媛県南予地域の「愛媛・南予の柑橘農業システム」の7地域です。
このうち、世界農業遺産への認定申請を承認された地域は、滋賀県琵琶湖地域と兵庫県兵庫美方地域で、この2地域と2017年3月に日本農業遺産に認定済みの山梨県峡東地域(「峡東地域の扇状地に適応した果樹農業システム」)の3地域が、今後FAOへ申請を行い、FAOにおいて審査を受けることとなります。
また、日本農業遺産に認定された地域については、4月19日(金)に農林水産省講堂で認定式が行われる予定です。
なお、世界農業遺産への認定申請に係る承認及び日本農業遺産の認定に関する次回募集は、2020年(平成32年)早々を予定しているということです。
それでは、農水省の発表資料とナビゲーターのこれまでの関わりをもとに、各地域を紹介します。
山梨県峡東地域の「峡東地域の扇状地に適応した果樹農業システム」は、扇状地の立地や自然条件に適応した、ブドウやモモ、カキなどの果樹の適地適作を継承しており、日本独自のブドウの棚式栽培が発達するとともに、果実の加工が文化として地域に定着しています。
2年前の申請では、日本農業遺産には認定されたものの、世界農業遺産の申請の承認は受けられませんでした。再度、世界農業遺産にチャレンジすべきかどうか地元関係者と議論する中で、「扇状地」に着目してストーリーを組み直してみてはどうかというアドバイスを得ました。ナビゲーターも、昨年3月末に再度、現地を訪問し、地元の関係者とともにその可能性を検討し、その結果、扇状地をこのような規模で長い年月にわたって持続的に果樹栽培に利用してきた例は世界的にも見つからないということがわかりました。そこで、タイトルも、日本農業遺産の認定を受けたときの「盆地に適応した山梨の複合的果樹システム」から、今回の「峡東地域の扇状地に適応した果樹農業システム」に変えて、再チャレンジすることになりました。その後も、地元の方々と何度も議論を重ね、申請書の手直しをお手伝いしています。
日本独自のブドウの棚式栽培や地域のワイン文化、草生栽培などが世界でどのように評価されるかは未知数ですが、ぜひ世界農業遺産の認定までいってほしいものだと思います。
滋賀県琵琶湖地域の「森・里・湖(うみ)に育まれる漁業と農業が織りなす琵琶湖システム」は、水田営農に支えられながら発展してきた、1000年の歴史を有するエリ漁や独特の食文化が継承されている琵琶湖の伝統的な内水面漁業を中心としたシステムです。
琵琶湖地域では、「魚のゆりかご水田」を実施している野洲市須原の堀彰男代表のところに、世界農業遺産の申請以前から何度も通っており、その中で知り合いになった県庁の青田朋恵さんが偶然、世界農業遺産の担当になられたことで、最初から強い親近感を持っていました。
2016年9月に近江八幡市で「世界農業遺産」認定をめざすキックオフシンポジウムが開催されました。ナビゲーターは、そこに講師として招かれ、世界農業遺産を目指す意義についてお話ししたのですが、そこには三日月大造知事も開会あいさつのために来ておられました。驚いたのは、多忙な知事が、挨拶だけで帰られず、長時間にわたる私の講演を最後まで熱心に聞いておられたことです。世界農業遺産の認定にかける知事の並々ならぬ熱意を感じました。
申請書を担当された県庁の青田さん、伊崎さんも、少なからずプレッシャーを感じておられたでしょうが、何度も議論を重ねる中で、申請書の内容にも自信をもつようになったことと思います。ぜひ、世界農業遺産の認定までご尽力いただきたいと思います。
兵庫県兵庫美方地域の「兵庫美方地域の但馬牛システム」は、全国に先駆けて牛籍簿を整備し、郡内産にこだわった和牛改良を行うことで、独自の遺伝資源が保全されているとともに、但馬牛の飼養が地域の草原や棚田の維持にも貢献しているシステムです。
世界農業遺産では、当初は生物多様性に重点を置いていました。生物多様性の一つである遺伝子の多様性、すなわち遺伝資源の保全に重点をおいた世界農業遺産の認定は、海外では少なからずありましたが、日本ではこれまでありませんでした。その意味で、この地域は日本で初めての遺伝資源型の農業遺産の申請ということになりますが、それが、関係者に理解されるかどうか、不安も残りました。
畜産は、効率化、低コスト化が強く求められている分野であり、最初に現地を訪問したときは、その面が強調され過ぎている印象を受けました。そのため、地元の方々に、農業遺産は伝統的な農業を認定するものであることをご説明するとともに、独自の遺伝資源を保全するシステムを畜産や育種の専門家以外にもわかりやすく説明する必要性をアドバイスしました。
近年の世界農業遺産の認定は、遺伝資源型よりも農法型、ランドスケープ型にシフトしてきているように思われますが、その中で、このシステムの世界的な重要性を理解してもらえるかどうかが課題です。5つの認定基準全般にわたってガードを固めつつ、独自の遺伝資源保全システムをアピールすることができればと思います。
以上が世界農業遺産への認定申請を承認された地域で、以下は日本農業遺産にのみ認定された地域です。
山形県最上川流域の「歴史と伝統がつなぐ山形の「最上紅花」?日本で唯一、世界でも稀有な紅花生産・染色用加工システム?」は、染料利用を目的とした紅花生産と染色用素材である「紅餅」への加工技術が、約450年にわたり一体的に受け継がれてきた、世界的にも珍しい農業システムです。
この地域は、前回の申請では一次審査を通過できず、再チャレンジされたものです。ナビゲーターは、2014年当時、山形県の方と世界農業遺産の候補地を探す中で「紅花資料館」を訪問したことがありますが、栽培地そのものはまだ見たことがありません。申請書を担当されていた県庁の方々は、農業遺産そのものに関する情報があまりなかったようで、何度か相談に来られました。ナビゲーターも現地の事情はよくわかりませんでしたが、農業遺産の観点からいくつかアドバイスし、プレゼンテーション資料の手直しなどをお手伝いしました。紅花を染料として用いることの世界的なユニークさや、紅花の栽培地が分散している理由などをうまく説明されたのが、認定につながったのではないかと思います。
福井県三方五湖地域の「三方五湖の汽水湖沼群漁業システム」は、塩分濃度が異なる5つの湖で400年以上の歴史を有し、たたき網漁等の獲りすぎない伝統漁法や、漁獲量や漁期の申合せ、相互監視などにより豊富な生物多様性が保全されているシステムです。
この地域は、前回の申請で一次審査を通過していながら、最終的には認定を逃した地域です。現地を訪問したときに、伝統漁法でとったフナの「トロ」と呼ばれる刺身をご馳走になりましたが、まさにマグロのトロかそれ以上に美味しく、驚いたのを覚えています。前回の申請書は、全体にやや消極的な感じがして心配もしましたが、結果、認定されず残念な思いでした。今回は、申請書を書き直し、生物多様性の記述も充実させて臨まれました。無事に認定されて一安心です。ただ、認定はゴールではなくスタートなので、これから、この貴重な伝統漁法をいかに保全し、いかに活用していくかということにしっかり取り組む必要があると思います。
和歌山県海南市下津地域の「下津蔵出しみかんシステム」園地に設置した貯蔵庫でみかんを熟成させる技術が約300年前から受け継がれているとともに、みかん栽培発祥の地という伝承があり、みかんに関連した独特の文化が形成されているシステムです。
昨年3月に現地を訪問しましたが、みかんを貯蔵し熟成させる農家の蔵というか木造の小屋のようなもの、独自の石積み技術や急な斜面を活かしたビワの栽培などを見させていただきました。驚いたのは、橘本神社という古い神社が、みかんの発祥から普及、研究に至るまでの重要な役割を果たしてきたことです。神社に保存されている、みかんに関する古い文献なども見せていただきました。
このときに同じく訪問した高野・花園・清水地域の「高野山・有田川流域の農林業システム」が今回の認定から漏れたことが少し残念です。
島根県奥出雲地域の「たたら製鉄に由来する奥出雲の資源循環型農業」は、鉱山跡地を棚田に再生し、採掘のために導いた水路やため池を再利用するなど、独自の土地利用により稲作や畜産を中心とした複合的な 農業が営まれてきました。
この地域には、若い頃に研修で和牛飼育農家に1か月間お世話になったことがあり、2016年8月に講演に招かれて、約30年ぶりに現地を訪問しました。以前から、たたら製鉄のことは知っていましたが、それが農業とどのように関係しているのかは知りませんでした。たたら製鉄そのものに関しては多くがすでに過去の遺物となっており、農業遺産が対象とする「生きている遺産」とはいえませんが、土地利用や水利用は当時のものが残されており、水田の中に残丘が島のように点在する独特な景観が強く印象に残っています。
愛媛県南予地域の「愛媛・南予の柑橘農業システム」は、急傾斜の複雑に入り組んだ海岸線に柑橘園地が広がり、雄大で独特な景観を成している中で、厳しい地形条件を克服するため、独自の知恵や工夫、ノウハウなどが存在しています。
この地域も、前回の申請で一次審査を通過していながら、最終的には認定を逃した地域です。ナビゲーターも現地を訪問し、申請書や発表資料の作成をお手伝いしていたので、とても残念でした。内容的には決して悪くなかったと思いますが、世界的な重要性、世界的な独自性(ユニークさ)について、最終段階で、委員の先生方に十分に確信していただくことができなかったのが敗因ではなかったかと思います。
今回、無事に認定されてほっとしていますが、昨年7月の豪雨災害で大きな被害を受けられており、今回の認定をぜひ産地の復興につなげていただきたいと思います。
2018年11月28-30日に、FAOに設置されたGIAHS科学アドバイザリーグループ(SAG)の第8回会合がローマで開催され、イランで2番目、3番目となる2地域、イタリアで2番目となる1地域、モロッコで2番目となる1地域、スペインで3番目となる1地域が新たに世界農業遺産に認定されました。この結果、世界農業遺産の認定地域数は5地域増えて、21か国57地域となりました。
今回認定されたうちのイランの1地域は、「ジョーザン渓谷のブドウ生産システム」です。 ジョーザンのブドウおよびブドウベースの生産システムは長い歴史を持っており、このシステムは、地元の人々にとってより良い生活環境、観光客にとっての機会、そして農村経済を後押しするためのユニークなプラットフォームを提供してきました。
農民はカナート、井戸、河川その他の水源を利用しており、農場管理の慣行は伝統的で、ブドウの加工は伝統的な方法と道具を使って行われています。
イランの他の地域のブドウと比較した結果、ジョーザン渓谷のブドウの生産プロセス、歴史、1ヘクタール当たりの収穫高、ブドウ製品の生産における農家の技量、および糖度は、他の地域と異なる特徴を示しており、これらは、消費者がジョーザン渓谷のブドウとその地域で生産された製品を好む理由になっています。
イランのもう1地域は、「ゴナーバードのカナート灌漑によるサフラン栽培システム」です。
この地域は、乾燥又は半乾燥気候のイランの中央台地の一部で、水不足で気候条件は厳しく、住民の生計と食料安全保障を改善するには課題もあります。 カナートシステムのおかげで、高付加価値製品、特にサフランは、この地域の農民や住民に大きなチャンスをもたらしました。地域におけるサフランの卓越性は、サフランに適した気候だけでなく、世代を超えて保全されてきたサフラン栽培のための固有の知識および技能によっても達成されました。
イタリアで認定されたのは、「ソアーヴェの伝統的ブドウ畑」です。
ソアーヴェの伝統的なブドウ園は、200年の間3,000世帯以上に収入をもたらした農業経済システムです。このシステムは、ぶどうの木の形を整えるための伝統的な方法を保ち、ブドウの生産者、ワイン生産者、瓶詰め業者など、生産チェーンに関わるさまざまな関係者に、収入と安全を分配することに成功しました。 たとえそれが小さなあるいは非常に小さな土地によって特徴付けられていても、協力と革新のおかげで競争力を維持することに成功したのです。 このシステムで育てられたブドウは、最も有名なイタリアのワインを生産するために使われています。
また、モロッコで認定されたのは、「アイトスアブ・アイトマンスール地域のアルガン農牧システム」です。
アイトスアブ・アイトマンスール地域に位置するこのサイトは、アルガンの木が何世紀にもわたって栽培されてきたユニークな地域です。アフリカ大陸北西端部にのみ自生するアルガンの木は、 主な原住民のアマジグ人だけでなくアラブに起源を発する人々が、著しい水の制約に対応するために栽培したもので、牧畜およびアグロフォレストリーの知識に基づいた特定の農業システムを開発しました。
また、スペインで認定されたのは、「オリーブ古代樹農業システム「テリトリオ・セニア」」です。
5,000本の古代オリーブの木があることで、この地域は世界でもユニークな地域です。放棄された古代のオリーブの木を再生し、それらを生産や、とくにオリーブオイル、オイルツーリズムなど経済部門間のより大きな協力に投入することで、訪れる人も増えます。
この地域のオリーブの品種は、「Farga」、「Morruda」、「Sevillenca」、「Empeltre」で、すべて伝統的なもので、天水地域に深く根付いています。最初の3つの品種は、3つの州以外の他の地域では見つけるのが非常に困難であり、古代のオリーブの木と共にこれらの品種を保護することは重要です。
2018年11月4日(土)に、明治大学・徳島大学・徳島県連携講座の一環として、シンポジウム『日本農業の原点「にし阿波の傾斜地農業」』が明治大学駿河台キャンパスで開催され、ナビゲーターが基調講演を務めました。傾斜地をそのまま耕作する農業が継承されている徳島県にし阿波地域は、2018年3月に世界農業遺産に認定され、国内外の関心を集めています。シンポジウムのパネルディスカッションでは伝統農業の継承を目指した活動が紹介され、とくにパネリストとして登壇した元俳優の榮高志さんが地域で起業し、旅行業を軸に映像制作・教育研修など、様々な観点から地域の産業創出に取り組んでいる活動が印象的でした。
2019年2月2日(土)には、日本技術士会の平成31年2月期農業部会講演会で、国連大学の同僚のイヴォーン・ユー研究員とともに、「世界農業遺産の取組状況とその道のり」について講演させていただきました。もう一人の講演者がたいへん著名な明治大学農学部の小田切徳美先生だったので少し緊張しましたが、さすがに参加された皆さんは技術のプロだけあって、各地域と回線を結んだ熱心な質疑が続きました。
2019年2月23日(土)には、大分県豊後高田市で「国東半島宇佐地域世界農業遺産5周年シンポジウム」が開催され、基調講演者としてお招きいただきました。この地域には認定直後の2013年10月にもシンポジウムに招かれていましたが、そのときはまだ行政主導の感が強かったのが、5年を経て、世界農業遺産がかなり地域主導のものになってきているという印象を受けました。パネルディスカッションの3人のパネリストのうち2人は若い世代の方たちで、地域に入り込んで農業遺産の保全に取り組んでおられました。また、世界農業遺産を教育にも取り入れておられ、小学生作文コンクールの発表では、最優秀賞を受賞した生徒さんが原稿も見ないで自らの作文を発表している姿に感動しました。
2018年11月29日(木)に石川県庁で、世界農業遺産 未来につなげる「能登」の一品認定審査会が行われました。この制度は、「能登の里山里海」で育まれ、世界農業遺産の保全・継承に資する商品を認定し、認定商品を通じて「能登の里山里海」の認知度のさらなる向上と地域活性化を図ることを目的として、これまでに31品目が認定されています。1回目と2回目の認定審査会では、かなり玉石混交の産品が出品されていて、商品を扱うプロの委員の方がたいへん厳しい審査をされていたのを記憶していますが、今回は3回目の認定審査会ということで制度的にも成熟してきたのか、いずれもすばらしい能登の産品が出品されていました。
2月25日(月)に、韓国ソウル市のKホテルで「日中韓における農漁業遺産システムの保全と利用に関する国際会議」が開催され、ナビゲーターも招待を受けました。その機会を利用して翌2月26日(火)に第11回ERAHS(東アジア農業遺産学会)作業会合が開催されました。
今年の第6回東アジア農業遺産学会は、5月19日(日)から22日(水)まで、韓国の釜山空港から車で約2時間のところにあるハドン(河東)というお茶をメインとした世界農業遺産の認定地で開催されます。今回は、「お茶とGIAHS」の特別セッション、日中韓の若者が自ら企画・運営する「若い世代とGIAHS」のセッションを設けていることなどが特徴です。すでに、農業遺産認定地域の方々を中心に約50名が参加を申し込まれています。関心のある方はナビゲーターまでご連絡ください。
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