皆さんは「世界農業遺産」ということばを聞いたことがあるでしょうか? ユネスコの世界遺産は日本でもたいへん有名ですが、世界農業遺産はまだそれほど知られていません。
世界農業遺産は、国連食糧農業機関(FAO)が2002年のヨハネスブルクサミット(持続可能な開発に関する世界首脳会議)をきっかけに始めた取組で、農業の近代化がすすむ中で失われつつある伝統的な農業・農法をはじめ、生物多様性が守られた土地利用や美しい景観、農業と結びついた文化などが組み合わさり、ひとつの複合的なシステムを構成している地域を認定し、その保全と持続的な活用を目指すものです。
正式にはGlobally Important Agricultural Heritage Systemsといい、GIAHS(ジアス)と呼ばれています。
ユネスコの「世界遺産」は対象物を現状のまま保存することに価値をおいているように思われます。これに対し、FAOの世界農業遺産は、さまざまな環境の変化に対応してダイナミックな保全を行うことによって、変化に適応しながら今後も進化を続ける「生きている遺産」であることに特徴があります。
実際にあった話ですが、世界遺産になっている棚田で若者がいなくなって放棄が進んでいるので、日本で使われなくなった中古の小さな耕運機を入れたらどうかという提案があったのに、世界遺産なので機械を運ぶ小さな道路も作ってはいけないということになったそうです。FAOの世界農業遺産はもっと現実的です。農家がいなくなれば貴重な農業システムが失われてしまうのですから。
また、ユネスコの世界遺産は「不動産」が対象ですが、FAOの世界農業遺産は農業の「システム」が対象になっている点でも違いがあります。
世界農業遺産に認定された地域では、認定をきっかけに農産物のブランド化やツーリズムの振興に力を入れています。しかし、過疎化・高齢化に悩む多くの認定地域では、「世界」に認められたことで自信と誇りを取り戻すようになったことが最も重要であり、このエネルギーで地域の活性化に取り組んでいます。
世界農業遺産は、これまでに世界で31の地域が認定されており、その4分の3はアジア(うち中国に11地域、日本に5地域)に、残りの4分の1は、アフリカ(6地域)と南米(2地域)にあります。欧米など日本以外の先進国にも世界農業遺産の候補になり得る地域は潜在的にたくさんあります。ただ、これらの地域では国レベルでの取組が進んでおらず、認定までには至っていません。
次回以降、詳しくご紹介しますが、日本では2011年に、佐渡(新潟県)の「トキと共生する佐渡の里山」、能登(石川県)の「能登の里山里海」が先進国で初めて世界農業遺産に認定され、2013年には、掛川周辺(静岡県)の「静岡の茶草場農法」、阿蘇(熊本県)の「阿蘇の草原の維持と持続的農業」、国東半島・宇佐地域(大分県)の「クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環」が世界農業遺産に認定されています。
FAOによる世界農業遺産の主要な認定基準は、[1]食料と生計の保障、[2]生物多様性と生態系機能、[3]知識システムと適応技術、[4]文化、価値観と社会組織、[5]優れた景観と土地・水管理の特徴となっています。このほかにも、FAOに提出する申請書には、歴史的重要性、現代的重要性、脅威と課題、実際的な考慮、アクションプランの要約などを記述することが求められています。
認定を受けるには、国の関係省庁の承認を受けてFAOに申請を行います。その後、GIAHS科学委員による現地調査を経て、原則として2年に一度、GIAHS運営委員・科学委員の合同委員会において認定の可否が決定されます。
日本では、昨年から、2年に一度、農林水産省が5月?7月に申請を希望する地域を広く公募するようになっています。これらの地域の中から、農林水産省に設置された「世界農業遺産(GIAHS)専門家会議」での審議、現地調査を経て、FAOに申請する地域が決定されます。2014年は10月に新たに3地域の申請を承認し、2015年1月にFAOへGIAHS認定申請書を提出しています。これを受けて、5月にはFAOによる現地調査が実施され、今後、FAOの委員会で認定に向けた審査が行われます。
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