2020年1月21日、農林水産省が世界農業遺産・日本農業遺産の認定等を希望する地域の募集を開始しました。
1月18日?19日に、日本で最初にGIAHSに認定された新潟県佐渡市を久々に訪問しました。
1月31日、韓国海洋水産部は、「ソムジンガン(蟾津江)シジミ漁ソントゥル(手枠)漁業」の世界農業遺産登録の申請書をFAOに提出しました。
2月5日に、GEOC(地球環境パートナーシッププラザ)森里川海シリーズ企画「里とともにある日本の農とゆたかな食」が開催されました。
2月15日?18日に中国の浙江省慶元県で開催が予定されていた国際専門家諮問会合と現地調査は、現地で新型コロナウイルス感染症が発生したために延期されました。なお、中国では、1月19日に、第五次中国重要農業文化遺産リストが農業農村部により公表されました。
今回は、農林水産省の世界農業遺産・日本農業遺産の認定希望地域の募集を中心に、中国、韓国や日本国内の農業遺産地域の状況などについて紹介します。
農林水産省は、2020年1月21日、世界農業遺産・日本農業遺産の認定等を希望する地域の募集を開始しました。この募集は、2年に一度行われるもので、今回は、申請を希望する地域を対象にした公募説明会も2月5日に開催されました。
ウェブサイト上の「農業遺産の募集に係るQ&A」も充実されており、ていねいに説明しようという農水省の姿勢がうかがわれます。とくに、世界農業遺産と日本農業遺産が同時に募集されるということもあり、両者の間に上下関係や優劣がないことが強調されているという印象を受けました。
募集は6月10日に終了し、その後、一次審査(書類のみ)、9月?11月頃に現地調査、12月頃に二次審査(プレゼンテーション)が行われ、来年1月頃に結果が発表されるということです。世界農業遺産への認定申請の承認地域は、そこからさらにFAOに申請するための手続きが進められます。
ナビゲーターのところにもすでに何件かの申請の相談が来ています。ナビゲーターにできるのは、その地域のもっている農業遺産としてのポテンシャル(潜在価値)を、申請書にできるだけ上手に表現するためにお手伝いだけです。農業遺産としてのポテンシャル自体は、やはり地域によってかなり差があるのはやむを得ないことだと思います。
今年の東アジア農業遺産学会の開催予定地である中国の浙江省慶元県で、2月15日?18日に、「慶元の森林・シイタケ共育システム」のGIAHSへの申請に関する国際専門家諮問会合と現地調査、さらには東アジア農業遺産学会の準備会合も行われる予定でした。ナビゲーターも招待を受けていたのですが、あいにく、現地で新型コロナウイルス感染症が発生したために延期されてしまいました。その後、武漢市のある湖北省だけでなく浙江省にも新型コロナウイルスの感染が拡大しており、一日も早い収束を願うばかりです。
中国では、1月19日に、27の農業システムが第五次中国重要農業文化遺産リストとして、農業農村部(日本の農林水産省に相当)により公表されました。第一次から第四次までに、すでに91の農業システムが公表されていますので、これで合計118の農業システムが公表されたことになります。
中国重要農業文化遺産の第五次のリストにある27の農業システムは【表1】のとおりです。中国での農業システムの名前の付け方には一定のルールがあり、まず省の名前、次に地域の名前、最後にシステムの特徴を簡潔に表した名前というように構成されています。
中国農業農村部では、中国の優れた農業文化を継承し、中国国民の自信を高め、持続可能な農業開発を促進することは重要な意義があるとして、農業遺産を政策的にきわめて重要なものと位置付けています。
農業システム名 | |
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1 | 天津津南小站稲栽培システム |
2 | 内蒙古烏拉特后旗戈壁紅駝牧養システム |
3 | 遼寧阜蒙畑作農業システム |
4 | 江蘇呉中碧螺春茶果複合システム |
5 | 江蘇宿豫丁嘴金針菜生産システム |
6 | 浙江寧波黄古林イグサ-水稲輪作システム |
7 | 浙江安吉竹文化システム |
8 | 浙江黄岩蜜橘築塚栽培システム |
9 | 浙江開化山泉流水養魚システム |
10 | 江西泰和烏鶏林下養殖システム |
11 | 江西横峰葛栽培システム |
12 | 山東岱岳汶陽田農作システム |
13 | 河南嵩県銀杏文化システム |
14 | 湖南安化黒茶文化システム |
15 | 湖南保靖黄金寨古茶園・茶文化システム |
16 | 湖南永順油茶林農複合システム |
17 | 広東佛山基塘農業システム |
18 | 広東嶺南レイシ栽培システム(増城、東莞) |
19 | 広西横県ジャスミン複合栽培システム |
20 | 重慶大足黒山羊伝統養殖システム |
21 | 重慶万州紅桔栽培システム |
22 | 四川郫都林盤農耕文化システム |
23 | 四川宜賓竹文化システム |
24 | 四川石渠扎溪卡遊牧システム |
25 | 貴州錦屏杉木伝統栽培・管理システム |
26 | 貴州安順屯堡農業システム |
27 | 陝西臨潼ザクロ栽培システム |
韓国では、農業遺産と漁業遺産を切り離し、それぞれ別の省庁が担当しています。農業遺産は、農林畜産食品部、漁業遺産は海洋水産部です。その海洋水産部が、1月31日に、「ソムジンガン(蟾津江)シジミ漁ソントゥル(手枠)漁業」の世界農業遺産登録の申請書をFAOに提出しました。
この漁業システムは、2019年5月に東アジア農業遺産学会が開催された慶尚南道ハドン(河東)郡と全羅南道クァンヤン(光陽)市にまたがっており、人が直接川に入って「ゴレンイ」という道具で川底を掻いてシジミをとる漁法で、先史時代から受け継がれてきたソムジンガン流域の伝統漁法です。2018年11月に、国家重要漁業遺産に認定されていました。ナビゲーターも、昨年の東アジア農業遺産学会の後の現地視察で、実際にシジミ採りを体験しましたが、川底の砂の入った重いゴレンイを引くのはなかなか大変な作業でした。
ハドン郡では、すでに「ファゲ面の伝統的ハドン茶農業システム」が世界農業遺産に認定されており、同じ自治体で2つ目の世界農業遺産が申請されることになります。実はその前にも、韓国では、すでに「チェジュ(済州)の石垣農業システム」が世界農業遺産に認定されている済州特別自治道で、2018年に「チェジュ海女漁業システム」がFAOに申請されています。内容や担当省庁が異なるとはいえ、一つの自治体で、世界で58しかない世界農業遺産が2つも認定されるというのは、日本でも静岡県の「静岡の茶草場」と「「静岡水わさびの伝統栽培」の例がありますが、やはり地理的バランスから見ていかがなものかという気もします。これについては、FAOの対応を見守りたいと思います。
なお、韓国では、農業遺産の方でも、2019年11月14日に、「ワンジュ(完州)ショウガ伝統農業システム」(国家重要農業遺産第13号)、「コソン(古城)海岸地域ドゥムボン灌漑システム」(同第14号)、「サンジュ(尚州)伝統干し柿農業」(同第15号)が農林畜産食品部によって国家重要農業遺産に指定され、現在、国家重要農業遺産に15件、国家重要農業遺産に7件が指定されています。
新潟県佐渡市の世界農業遺産「トキと共生する佐渡の里山」は、2011年6月に日本で初めて世界農業遺産に認定されました。ナビゲーターは、認定後も何度か佐渡を訪問していましたが、ここ4年ほどはご無沙汰しており、1月18日?19日に久々に訪問しました。
今回の訪問は、広島大学のケシャブ・ラル・マハラジャン教授、放送大学の河合明宣教授とともに参画している日本学術振興会の気候変動と環境保全型農業に関するインドとの二国間交流事業共同研究によるものです。世界農業遺産の認定以来、大変お世話になっている佐渡トキの田んぼを守る会会長の齋藤真一郎さんらにお会いし、旧交を温めるとともに、近年の気候変動の農業への影響をお聞きし、佐渡で環境保全型農業に取り組んでおられる農家の方々へのアンケート調査のご相談をしました。齋藤さんからは、アンケートに、気候変動と環境保全型農業だけでなく世界農業遺産のことも盛り込むようにアドバイスをいただきました。
その後、齋藤さんに現地もご案内いただきました。1月後半だというのに水田に雪はまったくなく、温暖化の影響を肌で感じました。齋藤さんのお話によると、実際、気候変動によるイネの高温障害で一等米比率の低下などが発生しているそうです。環境保全型農業でしっかりと根が張れば、気候変動への対応力も増す可能性があるとのことでした。
また、環境保全型農業によってエサが確保されていることもあって、野生のトキの数は着実に増えており、現在、約400羽もいるそうです。ナビゲーターも短い時間の間に何度もトキに出会いました。
環境省とGEOC(地球環境パートナーシッププラザ)との共催で、GEOC森里川海シリーズ企画「里とともにある日本の農とゆたかな食」が、2月5日に、国連大学1階の地球環境パートナーシッププラザで開催されました。
ナビゲーターは、セッション1で「里と共生する日本の農」というテーマで世界農業遺産を中心にお話するとともに、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会代表理事で、環境省「つなげよう、支えよう森里川海」アンバサダーも務められている岸紅子さんとのクロス・セッションにも参加しました。
岸さんは、美容にはホリスティック(全体的、総体的)な循環が大切だというお考えであり、農業を生産性だけでなくホリスティックに評価する農業遺産の考え方とも相通ずるものがあるように感じました。まさに「美女と野獣」の対談でしたが、日ごろ農業とはあまり関わりのない会場の参加者から熱心な質問が続き、このような小さな集まりの積み重ねが大切だと実感しました。イベントの様子は、後日、短く編集されて環境省のウェブサイトにもアップされるそうです。
世界農業遺産・日本農業遺産の認定申請を計画している富山県氷見市が、2月29日に農業遺産シンポジウム「農業遺産の意義とその活用」を開催し、ナビゲーターがその基調講演を務める予定でしたが、直前になってから、新型コロナウイルス感染防止のために延期されました。
「氷見の寒ぶり」はとても有名で、氷見市では、400年以上前から定置網漁業が継承されてきたそうです。定置網漁法は、「待ち」の漁法で、海洋資源にやさしい持続可能な漁業と考えられます。氷見では、海底地形などの漁場条件を活かし、先祖代々の智慧で、優れた定置網漁業システムを確立し、それを子孫に継承したということです。農業遺産は生きている遺産であり、人と自然との共生、つまり、自然に働きかける人の営みが重視されます。その点で、より自然への依存度の高い漁業の遺産は、農業遺産にはない難しさがあると思います。漁場の後背地の森林、水田、集落との有機的な関係をぜひうまく説明していただきたい、というようなことをお話ししようと考えていました。
日本や世界の各地で発生している新型コロナウイルスの一日も早い収束を願っています。
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