今年は2013年に世界農業遺産に認定された静岡県掛川周辺地域、熊本県阿蘇地域、大分県国東半島宇佐地域が認定後10周年、2018年に世界農業遺産に認定された静岡県わさび栽培地域などが認定後5周年を迎え、それぞれ記念のイベントが開催されました。また、11月10日には石川県で「農業遺産シンポジウム」が開催され、その中で国内の世界農業遺産認定地域と日本農業遺産認定地域のすべてをメンバーとする「農業遺産認定地域連携会議」の発足セレモニーが行われました。
お隣の韓国でも国全体の「国家重要農業遺産10周年国際会議」や錦山(クムサン)郡の伝統的な高麗人参農業システムの「世界重要農業遺産(GIAHS)登録5周年記念国際セミナー」などが開催されました。さらに、11月にアンドラ、オーストリア、中国、イラン、韓国より新たに8地域が世界農業遺産に認定され、世界農業遺産認定地域数が26か国86地域となりました。
今回は、このうち、国内の各地で開催された世界農業遺産認定後の記念イベント、石川県で開催された「農業遺産シンポジウム」を中心に、最近の農業遺産をめぐる日本国内の動きについて紹介します。
2023年11月10日に石川県七尾市で「農業遺産シンポジウム」が開催されました。主催は「能登の里山里海」世界農業遺産活用実行委員会と能登地域GIAHS推進協議会で、ナビゲーターの所属する国連大学サステイナビリティ高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティングユニット(国連大学OUIK)と農業遺産認定地域連携会議が共催し、農林水産省が後援しました。
この「農業遺産認定地域連絡会議」というのは、国内の世界農業遺産認定地域、日本農業遺産認定地域のすべての県と認定地域(21県32地域)が加入してできた新しいネットワークです。シンポジウムの中で、世界農業遺産認定地域を代表して徳島県の「にし阿波地域」より高井美穂三好市長、日本農業遺産認定地域を代表して兵庫県「丹波篠山地域」の清水夏樹丹波篠山市農都環境政策官、それに石川県の馳浩知事が同席して、発足セレモニーが行われました。
清水さんはセレモニーのスピーチの中で自分は移住者だと自己紹介されていましたが、どこかでお会いしたような気がしたものの、その接点が思い出せませんでした。終わってから会場の外で声をかけていただき、もともと京都大学の先生で、大分の世界農業遺産の国東地域の森里海の連関について研究されていて、その関係でお会いしたことがあるのを思い出しました。近年、丹波篠山市に移住され、これまでの経験を活かしつつ、現場でいろいろなことができると大変意欲的でした。
開会式の後、国連大学OUIKの渡辺綱男所長が「地域資源を活用した地域活性化の取組~トキの野生復帰と世界農業遺産の事例から~」と題して基調講演を行いました。渡辺所長はもともと環境省に勤務されており、そのときのトキの人工増殖や野生復帰などへの自らのかかわりを感慨深く語るとともに、世界農業遺産に認定された能登地域での放鳥の実現に強い期待を示しました。
また、国連大学OUIKがリードし、農業遺産認定地域の11校、26名の高校生が参加した「ユースセッション」の成果をとりまとめたグループごとの発表と「農業遺産ユースアピールin能登 2023」の発表もありました。農業遺産を未来に継承していくためには若い世代の参画が必須であり、このような高校生による活動は大変重要であると思います。
実はナビゲーターは、約1か月前の10月19日にオンラインで行われた「事前学習会」の中で、世界農業遺産について今回参加した高校生にお話をしました。自分ではかなりわかりやすく話したつもりでしたが、やはりわかりにくいところもあったようで、高校生の反応は今一つでした。しかし、今回のユースセッションで、高校生たちが熱心な議論を繰り広げているのを見て、伝わった部分もあったのだと安心しました。
シンポジウムの最後には、農ジャーナリストの小谷あゆみさんをコーディネーターにして「農業遺産認定地域がもつ魅力と価値」と題してパネルディスカッションが行われました。パネリストは、能登で「里山まるごとホテル」に取り組む山本亮さん、山形で紅花の振興に取り組む今野正明さん、農業遺産認定地域でのワーケーションなどに取り組む島田由香さんでした。
この中で強く感じたのは、農業遺産認定地域での活動は、当初は行政主導で取り組まざるを得ない面がありますが、自立可能で持続的な活動にするためには、やはりビジネス界の方たちが地域の魅力を引き出し、ビジネスのレベルまで高めるようなことをやっていかなければならないのではないかということです。大変示唆に富むパネルディスカッションでした。
2023年10月20日に静岡県掛川市で「世界農業遺産「静岡の茶草場農法」認定10周年記念式典」が開催されました。
記念式典では、世界農業遺産「静岡の茶草場農法」推進協議会会長の川勝平太静岡県知事らの挨拶に続き、農水省の世界農業遺産等専門家会議委員長を務める武内和彦IGES理事長による「世界農業遺産と静岡の茶草場農法」と題した基調講演がありました。武内理事長の講演は、昨年12月に生物多様性条約COP15で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に世界農業遺産が貢献する可能性というグローバルな話題から、静岡の茶草場を継承するための具体的な取組に至る幅広いお話でした。
続いて、中国科学院地理科学・自然資源研究所のリウ・モウチョン准教授がオンラインで「安渓鉄観音の茶文化システム」について、また、韓国慶尚南道河東(ハドン)郡のハ・スンチョル郡守(知事)が会場で「花開(ファゲ)面におけるハドン地方の伝統的茶栽培」の世界農業遺産について、それぞれ紹介しました。中国の安渓県では最近お茶をテーマにした「茶庄園」(Tea Manor)という高級リゾートの人気が高いそうで、韓国のハドン郡でも観光や健康セラピーなどを組み合わせた多様な伝統茶体験イベントなどが行われているそうです。
その後、ナビゲーターがコーディネーターを務め、農政ジャーナリストの小谷あゆみさん、農水省の農村環境対策室の寺島友子室長、体験型古民家宿「旅ノ舎」の山田幸一さん、茶生産者のつちや農園の土屋裕子さんをパネリストに、「世界農業遺産の観光資源としての活用方法」をテーマとしたパネルディスカッションを行いました。観光資源としての世界農業遺産に焦点を当てるのはちょっと難しかったですが、多くの人々に世界農業遺産を知ってもらうための活動、観光資源としての活用を着実に地域の皆さんの収入や地域の活性化に活かしていくための取組、オーバーツーリズムなど今後の課題について議論しました。
翌日は、島田市コースのエクスカーションに参加し、カネトウ美浦園の茶園、ふじのくに茶の都ミュージアムなどを見学しました。参加者の中には、お茶への関心が高く、遠方から個人で参加されていた方も何人かおられました。日ごろからお茶のことを勉強していても、直接、茶園で生産者の話を聞けるような機会はめったにないそうで、とても有意義だったとお話しされていました。
2023年10月25日に静岡市で「世界農業遺産「静岡水わさびの伝統栽培」認定5周年記念事業が開催されました。ナビゲーターは、記念講演の講師とパネルディスカッションのコーディネーターを務め、「東アジアの世界農業遺産について」をテーマに講演を行うとともに、「わさび栽培の歴史を受け継いだ我々が未来へ繋げていくために」をテーマにパネルディスカッションを行いました。
ナビゲーターは、日中韓で構成する東アジア農業遺産学会の事務局を務めていることもあり、日本と韓国の世界農業遺産認定地域はすべての地域、また、中国の認定地域も22地域のうち半分の11地域を訪問しています。そこで、これまで訪問した中国、韓国の認定地域を紹介するとともに、世界農業遺産の半分を占める日中韓の東アジアの農業遺産の特徴をお話しました。
日中韓には農文化の共通性がある一方で、地理的、歴史的、制度的な国情の違いもあります。中国は、広大な国土と地理的多様性、長い歴史などから、農業遺産のポテンシャルが大きい一方で、開発圧力から農業遺産をどう保全するかが課題であり、一定の囲い込みを実施しています。韓国は、国土条件の制約から農業遺産のポテンシャルは限定的ですが、農業遺産だけでなく、漁業遺産にも注力し、国家予算で認定地域を時限的に強力に支援しています。日本は、農業遺産のポテンシャルは中国と韓国の中間的で、開発圧力よりもむしろ過疎化、高齢化などが問題になっており、地域の自主的な取組を重視しています。
なお、会場に行く前に、静岡市内のわさび田を見せていただきましたが、一部は、昨年9月の台風による大雨の被害で石積みが崩れ、無残な姿になっていました。復旧には膨大な作業が必要になると思いますが、何とか伝統的な水わさび栽培を続けられるようにしてほしいと願わざるを得ませんでした。
このほかにも、ナビゲーターは参加できませんでしたが、10月12日に「阿蘇地域世界農業遺産認定10周年記念シンポジウム」、11月21日・22日に「国東半島宇佐地域世界農業遺産認定10周年記念シンポジウム」などが開催されています。
コロナ禍が去って、このような記念行事で関係者が対面で再会できるのはとてもうれしいことです。コロナ禍の中で発見したオンラインの利点も活用しつつ、対面でしか得られない感動を味わいたいものだと思います。
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