世界農業遺産に認定された地域では、認定を活用して農産物のブランド化やグリーンツーリズムの振興などに取り組み、地域の活性化に一定の成果を挙げています。今回は、このような各地域の取り組みについて紹介します。
佐渡では、台風被害をきっかけにしたコメの販売不振に対応するため、すでに2007年12月に農薬・化学肥料の5割以上減、江(え)【1】の設置や冬期湛水など「生き物を育む農法」の実施、年2回の生きもの調査などを条件にした「朱鷺と暮らす郷づくり認証制度」を発足させていましたが、2011年の世界農業遺産の認定以降、環境保全型農業への関心がさらに高まり、農薬と化学肥料をそれぞれ慣行の5割以上減らす「5割減減栽培」【2】が急速に拡大して、その割合は全水稲作付面積の83%を超えるまでになりました。また、ブランド米の販売を強化し、佐渡のこだわりの米を扱う米穀専門店の店舗数は認定前の2倍以上に増加しました。
観光・交流面では、2012年に能登・佐渡里山里海連携会議を発足させ、2013年には世界農業遺産佐渡モニターツアー、能登・佐渡高校生交流などを実施しています。
また、佐渡では、世界農業遺産だけでなく、日本ジオパーク(2013年認定。次に世界ジオパーク認定を目標)【3】、世界文化遺産(2017年登録目標)の3つの世界的な遺産を将来的に一体的に活用することを検討しています。
能登では、世界農業遺産の認定を契機に、奥能登の4つの農協が同一の基準を設けた特別栽培米「能登棚田米」の生産を始めました。2013年に「3割減減」(エコ栽培基準)を開始し、2014年からは「5割減減」(特別栽培基準)を開始しました。この成果も踏まえ、2013年からさらに能登全域を対象に、統一栽培指針に基づく3割減減のエコ栽培による「能登米」の取り組みが始まりました。作付面積は2013年の53haから2014年には2,890haと急速に拡大しています。
ナビゲーターは関係者から、能登では環境保全型農業の推進は難しいと以前に何度も聞かされていたため、これには大きな驚きでした。「能登米」は農家の栽培方法を大きく転換するものであったことから、まず最初は小規模な実証栽培から始め、その結果をみながら慎重に取り組んだそうです。
また、2015年にはナビゲーターも審査会の委員を務めている「世界農業遺産 未来につなげる「能登」の一品認定制度」を創設し、これまでに2回の認定で「能登棚田米」を含め32商品が認定されています。
観光・交流面では、農家民宿群の「春欄の里」が大きな成功をおさめています。1996年に始まったこの取り組みは、食材はキノコ、山菜、野菜などの地元産を使うこと、輪島塗の器でもてなすこと、手作りの箸を使うこと、化学調味料は使わないこと、一日一客とし、囲炉裏があることなどの統一ルールを定め、料金も統一されています。世界農業遺産の認定を受けて、さらに進展し、50軒近くになった農家民宿に年間約1万人が来訪し、そのうち約2割は外国人という特徴があります。
静岡の茶草場農法は、お茶を生産するときに茶園の畝間に敷くススキなどを刈り取る草原を管理することにより、お茶の品質を高めながら生物多様性を保全する農法です。掛川市、菊川市、島田市、牧之原市、川根本町の4市1町で構成する、世界農業遺産「静岡の茶草場農法」推進協議会では、2013年から「静岡の茶草場農法実践者認定制度」を始めました。
この制度は、茶草場農法を実践する生産者を認定する制度で、各農業者の生物多様性を育む茶草場を維持することへの努力と貢献度を指標とし、経営茶園面積に対する茶草場面積の割合に応じて3区分で認定します。
2015年7月現在で、90件、588戸の実践者が認定されています。
阿蘇では、草原の持続的な活用を通じた循環的な農業の実践のため、牧野の貸借(マッチング)や、野焼き・輪地切り【4】へのボランティアの参加を推進しており、草原全体の2割以上に当たる約5,800haについて、延べ3千人近くのボランティアが野焼き・輪地切りを支援しています。これによって、約60年ぶりに再生した牧野もあります。
また、阿蘇では「伝えたい阿蘇の農業資産資源」の募集・登録、保全・継承に取り組んでいます。これは、阿蘇地域に伝わる在来農産物、伝統農法及び歴史的な農業土木施設、阿蘇地域の食材を主に使った伝統的な郷土食、地域が誇れる美しい農村風景、歴史的・文化的景観、阿蘇地域に伝わる農耕儀礼・祭事、歴史的な建造物・構造物、独自の生活様式、希少な動植物やその生息地、水源、その他特長的な自然などの資源を登録するもので、これまでに「阿蘇タカナ」など46資源を登録し、さらに募集・登録を進めています。
さらに、草原維持への市民参加を拡大するため、2014年に企業・団体等から寄付金を受け付ける「阿蘇世界農業遺産基金」を創設しました。阿蘇草原再生募金箱のほか、「阿蘇草原とくまモン」Quoカード、「阿蘇千年の草原waon」カード、「阿蘇草原再生定期預金」などのユニークな方法で市民等から募金を集め、募金額は2015年3月までに約1億円に達しています。この募金は、阿蘇地域の農林業や草原を活用した畜産業の活性化などに使われています。
国東半島・宇佐地域では、認定された農業遺産システムを保全し、次世代に継承するため、特に若い世代への教育に力を入れており、小学生には6年生全員への教材配布と特別授業、中学生は全校特別授業と中学生サミットの実施、高校生は「地域の名人」への「聞き書き」を行っています。
また、乾しいたけ、シチトウイ【5】加工品、米について、ブランド認証制度を創設しました。世界農業遺産に認定された農業システムが、未来にわたって保全・発展していくよう、認定地域で生産される農林水産物やその加工品を推進協議会が認証品として定め、地域ブランド商品として広く情報発信していく制度です。認証品は、推進協議会が独自に定める生産方法や品質基準等をクリアしたクオリティーの高い商品となっています。
観光・交流面では、地域住民や団体等の自主的な活動が盛んであり、地域の人たちが中心になって世界農業遺産を巡るウォーキングコースの開発などを行っています。
国東半島・宇佐地域でも、2014年9月に県内金融機関と共同で60億円規模のファンドを造成し、年間の運用益約2800万円で次世代への継承教育、農耕文化継承支援などの事業に取り組んでいます。
このように、世界農業遺産に認定された地域では、認定を活用して農産物の付加価値向上・ブランド化、観光・交流の振興などを図り、地域の活性化を通じて認定された農業遺産の保全に取り組んでいます。
しかし、一般的には、農業遺産に認定されたからといって、このような取り組みがすぐに成果をもたらすわけではありません。能登のところで紹介した「能登米」のブランド化の取り組みは、実現するまでに4年近くの期間を要しています。
観光・交流人口もそれほど急に増えるわけではありません。世界農業遺産の認定と、その成果との間には一定のタイムラグが生じることはやむを得ないと思います。
しかし、地域住民の意識、とりわけ若い世代の意識は確実に変わっていきます。これまで過疎化、高齢化と言われ、将来の展望が見えなかった自分たちの地域が、「世界」にその重要性を認められ、世界農業遺産の認定を受けたことによる自信と誇りの回復は、地域にとって大きな意義があると思います。
世界農業遺産認定のほんとうの成果はそこにあるのかもしれません。
※国内の世界農業遺産地域については、第3回「先進国で初めて認定された、日本の世界農業遺産」も併せてご覧ください。
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