2021年2月19日(金)、農林水産省は、世界農業遺産(GIAHS)への認定申請に係る承認を行う3地域及び日本農業遺産の認定を行う7地域の決定を発表しました。
また、1月26日(火)には、FAOが「世界農業遺産と生態系回復」と題するウェビナーを開催しました。
今回は、世界農業遺産の申請承認地域と新たな日本農業遺産認定地域の決定を中心に、最近の農業遺産をめぐる動きについて、2週に分けて紹介します。
農林水産省は、2021年3年1月27日に行った世界農業遺産等専門家会議の評価結果を踏まえ、2月19日(金)に、世界農業遺産への認定申請に係る承認及び日本農業遺産の認定を行う地域の決定について発表しました。
世界農業遺産への認定申請を承認されたのは次の3地域です。
これらの地域については、今後FAOへ申請を行い、FAOにおいて審査を受けることとなります。
また、日本農業遺産に認定されたのは次の7地域です。
これらの地域については、2021年3月17日(水)に農林水産省講堂で認定証授与式を行う予定だそうです。
次回の世界農業遺産への認定申請に係る承認及び日本農業遺産の認定に関する募集は、2022年早々を予定しているとのことです。
発表のあった日には、ナビゲーターのところに、申請に際してアドバイスを行ったいくつかの地域から喜びのメールが届き、ナビゲーターからもお祝いのメールを返信しました。
それでは、農水省の発表資料をもとに、ナビゲーターのエピソードを交えながら、各地域について簡潔に紹介します。
山形県最上川流域では、古くから染料利用を目的とした紅花が生産されてきました。今回FAOへの世界農業遺産の申請が承認されたのは、その紅花生産と染色用素材である「紅餅」への加工技術が約450年にわたり一体的に受け継がれてきた農業システムで、これは世界的にも珍しいといえます。
ナビゲーターが初めてこの地域を訪問したのは2013年3月で、世界農業遺産に関する講演をさせていただきました。ただそのときはまだ具体的な農業遺産申請の計画はありませんでした。その後も何度かこの地域を訪問しましたが、本格的に世界農業遺産申請のアドバイスをするために訪問したのは2019年7月で、このときは二日間かけて、いくつかの現地を案内していただきました。ちょうど紅花の開花期で、各地で紅花まつりが開催されていましたが、このとき強く感じたのが、県民の方々の「紅花愛」ともいうべき紅花に対する深い思い入れです。栽培面積がそれほど大きいわけではなく、また、生産地が点在しているにもかかわらず、地域における紅花の存在感には大きなものがありました。
その後もオンラインで何度かお話しする機会があり、申請が県の行政のリードで進められていたので、できるだけ地元の方々を前面に出すようにというようなアドバイスをさせていただきました。
これからFAOに世界農業遺産の申請をされるわけですが、ぜひこの県民の「紅花愛」に裏付けられたユニークな紅花システムを世界に発信していただきたいと思います。
埼玉県武蔵野地域では、水が乏しく栄養分が少ない土地が多いため、平地に林を作り出し、落ち葉を集めて堆肥とする伝統的な「落ち葉堆肥農法」を営んできました。特徴的な景観と生物多様性が育まれ、大都市近郊にも関わらず、現在に至るまで受け継がれているシステムです。
ナビゲーターがこの地域を初めて訪問したのは2014年1月で、その後、さまざまなかたちで10回近くは訪問していると思います。大都市東京の近郊にこれだけの伝統的な農業が残っていることはすごいことだと思うのですが、実際には大都市近郊ならではの悩みも抱えておられ、なかなか地域がまとまりませんでした。それでも三芳町の林伊佐雄町長をはじめ関係者の方々は決してあきらめることなく、何度も何度も世界農業遺産への挑戦を続けてこられました。
林町長は、ナビゲーターが事務局を務めている東アジア農業遺産学会(ERAHS)にも、町長としての激務の中、毎回、ご参加いただくなど、常に世界に目を向けておられます。また、世界農業遺産の中で都市近郊の伝統農業に注目してもらうために、「宣化のぶどう栽培の都市農業遺産」としてすでに世界農業遺産に認定されている中国の河北省張家口市の宣化区との交流を続けておられ、ナビゲーターもこれをお手伝いしています。
今回、ようやくFAOへの世界農業遺産の申請が農水省に承認され、長年の努力が実りました。ぜひ世界農業遺産の認定を実現され、世界農業遺産の中に都市近郊の伝統農業という新しいジャンルを築いていただきたいと思います。
島根県奥出雲地域では、鉱山跡地を棚田に再生し、採掘のために導いた水路やため池を再利用するなど、独自の土地利用により稲作や畜産を中心とした複合的な農業が営まれてきました。今回、FAOへの世界農業遺産の申請が承認されたのは、このたたら製鉄が生んだ資源循環型農業システムです。
実はナビゲーターは農水省に採用されて2年目の1980年に、「農村派遣研修」という制度でこの地域で1か月間、和牛農家に寝泊まりして研修を受けたことがあり、この地域はたいへん思い出深いところです。2016年8月に奥出雲町農業遺産推進協議会の設立に際しての講演のために現地を訪問し、あらためて「たたら製鉄」によって生まれた水田や水路、水田にぽっかりと浮かぶ「残丘」などに感銘を受けました。
これからFAOへの世界農業遺産の申請に向けて、「生きている遺産」としてのたたら製鉄が生んだ資源循環型農をうまく説明し、ぜひ認定を実現していただきたいと思います。
世界農業遺産(GIAHS)への認定申請に係る承認が行われた3地域は、これからFAOへの申請作業、FAOの科学アドバイザリーグループ(SAG)での審査などが待ち受けており、ある意味でまだスターラインに立ったばかりだといえます。緊張感を維持しつつ、世界農業遺産の認定までしっかり対応していただきたいと思います。
農林水産省の発表にさかのぼること約1か月の1月26日(火)にFAO主催のウェビナー「世界農業遺産と生態系回復」が開催されました。国連では、2021年から2030年を「国連生態系回復の10年」と定め、国連環境計画(UNEP)と国連食糧農業機関(FAO)が主導して、ランドスケープや湖、海などの生態系の劣化を転換させ、生態系の機能を取り戻す「生態系回復」に取り組んでいます。
今回のウェビナーは、その関連イベントとして開催され、中国、日本、ペルー、モロッコ、スペイン、タンザニアの世界農業遺産(GIAHS)サイトの代表者が、天然資源の持続可能な利用と生態系サービスの種類と機能に関する経験と課題を共有し、GIAHSが「国連生態系回復の10年」の目的にどのように貢献できるかを探りました。
日本からは、徳島大学の内藤直樹准教授が、「静岡の茶草場農法」と「にし阿波の傾斜地農耕システム」を事例に、半自然草地(人と自然のハイブリッド環境で形成された二次的自然)から収穫された草の使用方法を説明し、これらの半自然草地が豊かな生物多様性を保全し、生態系の回復に貢献することを強調しました。
国連関係では、現在、2030年に向けた具体的行動指針の「持続可能な開発目標」(SDGs)、2019年~2028年の国連「家族農業の10年」、2021年~2030年の国連「海洋科学の10年」などが動いており、世界農業遺産もこれらの取組に貢献することが求められています。
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