前回、2021年2月19日(金)に農林水産省が発表した、世界農業遺産(GIAHS)への認定申請に係る承認が決定した3地域などを紹介しました。今回は、同時に発表された日本農業遺産の認定を行う7地域について、最近の農業遺産をめぐる動きの後編としてお送りします。
富山県氷見地域では、海域や海底地形の特徴を活かし、400年以上前から定置網を敷設し、水産資源を取り過ぎない持続的な漁業が受け継がれています。日本農業遺産に認定されたのは、そんな地域の社会・経済・文化が育まれてきた漁業システムで、魚つき保安林や周辺農業とも関連し合い、独特のシースケープが形成されています。
ナビゲーターは、2020年2月に講演と現地調査のためにこの地域を訪問する予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のために中止になってしまいました。漁場の後背地の森林、水田、集落との有機的な関係などについて、メールのやりとりでアドバイスをさせていただきましたが、これらをうまく説明されたようで、日本農業遺産の認定が実現してよかったと思います。
兵庫県丹波篠山地域の黒大豆栽培の農業システムは、水不足を克服するため、ムラでの話し合いにより、一部の農地に導水しない「犠牲田」を設けて畑作を行うかたちで300年前から続いています。その過程で「乾田高畝栽培技術」や選抜育種による優良品種子生産方式が確立され、この地域は黒大豆の主要産地として発展してきました。
ナビゲーターは関西の出身で、実家からこの地域までは1時間半ほどで行けるので、プライベートでは何度か行ったことがあります。黒大豆、いわゆる「黒豆」も大好物で、学生時代には大豆を研究したので、その品種特性や生産システムにも関心があります。今度、ゆっくりと現地を訪問してみたいと思っています。
島嶼特有の限られた農地と水資源を最大限活用する兵庫県南あわじ地域では、水稲とたまねぎの二毛作や畜産と連携した農業を営み、品質の高いたまねぎ生産と、産地商人による独自の出荷体制により、ブランドを形成しています。この地域の水稲・たまねぎ・畜産の生産循環システムは、たまねぎ小屋や長屋門が点在する特徴的なランドスケープを形成しています。
ナビゲーターは小さい頃から淡路島には海水浴によく行っていましたが、農業遺産の関係で初めて訪問したのは2017年5月で、その後も講演や現地でのアドバイスなど何度か訪問しました。南あわじ市役所や南淡路農業改良普及センターの方々がとても熱心で、その後、何度も議論を重ねてきましたが、水田複合経営という、わりと日本のどこにでもある農業のせいか、あるいは、たまねぎという品目の難しさのせいか、なかなか認定に至りませんでした。それでも地元の関係者はあきらめることなく、申請の内容の改善を重ね、土地利用システムにも着目して、水稲・たまねぎ・畜産の生産循環システムというかたちで申請書をまとめ上げ、今回ようやく認定が実現しました。関係の皆さんの粘り強いご尽力に敬意を表したいと思います。
高野山では、100を超える木造寺院を維持してきた「高野六木制度」が約1200年前から行われています。また、高野山と有田川で繋がる和歌山県花園・清水地域では、仏花や多様な植物の栽培等により物資調達が困難な高野山の需要にも応えつつ、集落を発展させてきました。このように高野山と有田川上流域を結ぶ持続的農林業システムが確立されています。
ナビゲーターは、2016年10月に、今回同時に日本農業遺産に認定された有田地域と、その上流域の花園・清水地域を訪問し、その後2017年10月には高野山の森林地域、2018年3月には講演のために再び有田川町を訪問し、申請内容をどのように組み立てるかなどについて和歌山県の担当の方々と議論を重ねてきました。残念ながら前回の申請では認定が見送られましたが、その後も、申請内容の改善にアドバイスしてきました。昨年も、オンライン・ミーティングで何度か議論を重ね、ナビゲーターが関わってから4年余りたって、今回、ようやく日本農業遺産の認定が実現したことは、大変感慨深いものがあります。
この地域の難しさは、世界的に有名な高野山の木造寺院を支えてきた「伝統的な高野六木制度」と、有田川上流域のコウヤマキ、山椒などの農業をどのように結びつけるかというところにありました。高野山への信仰という地域の精神的な基盤を含め、高野山とのつながりがうまく説明されたものと思います。
400年以上にわたる歴史を有する和歌山県有田地域のみかん栽培は、生産者自らによる優良品種の探索と苗木生産によって産地形成を図り、多様な地勢・地質に応じた技術を開発してきました。
この地域は、ナビゲーターが初めて訪問した2016年頃から申請に向けての構想を温めてきた地域です。歴史をたどればこの地域から全国の各産地にみかん栽培が拡がったのですが、今では、各産地で生産販売システムにそれほど大きな違いがあるわけではなく、他の類似するシステムとの比較による特異性などの説明には苦労されたことと思います。日本のみかん産業をけん引してきた歴史、多様な品種、地勢・地質に応じた栽培、共同出荷組織形態の発展などに特徴のあるシステムだといえるでしょう。
約300年前から行われる「かつお一本釣り漁業」の伝統技術が現在も継承される宮崎県日南市。漁業者も整備に協力する飫肥杉の山々から栄養塩が流れ込む豊かな海で、かつおの餌を畜養しているシステムです。
あいにくナビゲーターはこの地域を訪問したことがありませんが、伝統的な漁業のシステムであり、また、後背地の林業との関連も重視した意義のあるシステムだと思います。
宮崎県田野・清武地域では、耕畜連携により土づくりを行いながら、大根等の露地野菜を干し野菜として加工・販売し、収益を安定化させています。約100年前から受け継がれる同地域の露地畑作の高度利用システムは、乾燥した冬の西風を利用して大根を干すために組まれる「大根やぐら」が特徴的な冬季景観を形成しています。
この地域もナビゲーターは訪問したことがありませんが、世界農業遺産はその定義からして、元々、土地利用システムとランドスケープを対象とするものであり、ポストハーベスト(収穫後)に特徴のあるシステムの説明は難しかったのではないかと思います。このようなかたちで農業遺産の概念が拡がっていくことはいいことだと思います。
今回、日本農業遺産に認定された7地域の中には、今後、世界農業遺産にもチャレンジしたい地域があると聞いています。日本農業遺産としての実績をしっかりと積み上げていただき、それをもとに世界農業遺産にもチャレンジされるといいのではないかと思います。
今年は、日本で初めて世界農業遺産に認定された新潟県佐渡地域の「トキと共生する佐渡の里山」と石川県能登地域の「能登の里山里海」が認定10周年を迎えます。
東京をはじめ1都3県で新型コロナウイルス感染症拡大防止のための緊急事態宣言が続いており、なかなか本来の活動ができませんが、距離の壁を越えて世界の農業遺産関係者を同時につなぐことのできるオンライン会議なども活用しながら、世界農業遺産の取組が進展することを願っています。
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