2020年9月18日(金)、農林水産省は、令和2年度世界農業遺産への認定申請に係る承認及び日本農業遺産の認定に関する一次審査の結果をお知らせしました。
また、6月には、韓国1地域、チュニジア2地域が新たに世界農業遺産に認定され、世界農業遺産認定地域数が22ヶ国62地域となりました。
なお、FAOは、4月にGIAHS申請書作成ガイドラインを公表しています。
今回は、世界農業遺産・日本農業遺産の一次審査を中心に、最近の農業遺産をめぐる動きについて紹介します。
農林水産省では、2020年9月18日(金)、令和2年度世界農業遺産への認定申請に係る承認及び日本農業遺産の認定に関する募集のあった13地域について一次審査を実施し、12地域が一次審査を通過したことをお知らせしました。
一次審査を通過したのは、次の12地域です。
このうち、山形県最上川地域、埼玉県武蔵野地域、島根県奥出雲地域は、すでに日本農業遺産の認定を受けており、世界農業遺産へのチャレンジのみとなります。
報道によると、埼玉県の「狭山茶の『自園・自製・自販』システム」だけが一次審査を通過できなかったようです。
2年前の前回は、半分以上が一次審査を通過できなかったので、少し審査方法が変わったような印象を受けます。
ナビゲーターは、このうちの7割ほどの地域から現地調査に招かれたことがあり、また、今回もいくつかの地域から、申請書の内容についてアドバイスを求められました。新型コロナウイルス感染症防止のため、ほとんどがオンラインやメールによるものでしたが、それなりに対応することができ、皆さんから一次審査を通過したという喜びのメールをいただきました。
今後、今年10月から12月頃に現地調査、来年1月頃に地域からのプレゼンテーションによる二次審査会、2月頃に最終結果の公表が行われる予定となっています。
一次審査を通過した地域には、現地調査に訪れる専門家会議の委員にしっかりとご理解いただくとともに、効果的なプレゼンテーションを行い、より多くの地域が承認・認定されることを期待しています。
今年4月に農林水産省の世界農業遺産等専門家会議のメンバーが一部入れ替わり、現在は次のような方々が委員を務められています。
楠本委員は生物多様性研究の専門家で、農業環境技術研究所におられたときに、世界農業遺産「静岡の茶草場農法」の申請に深くかかわっておられました。農研機構西日本農業研究センターに移られてからは、徳島県にし阿波地域の世界農業遺産「にし阿波の傾斜地農耕システム」などにアドバイスいただいているとうかがっています。
フリーアナウンサーの小谷委員は、以前から世界農業遺産に深い関心をもっておられ、さまざまなイベントでよくお会いすることがありました。「ベジアナあゆの野菜畑チャンネル」というブログ(https://ameblo.jp/ayumimaru1155/)で、これまでも農業遺産を多く取り上げていただいています。
新型コロナウイルス感染症予防のために、委員会の開催も何か不自由があると思いますが、委員の方々のご活躍を期待したいと思います。
6月に、韓国1地域、チュニジア2地域が新たに世界農業遺産に認定され、世界農業遺産認定地域数が22ヶ国62地域となりました。
今回、認定を受けたのは、韓国の「タミャン竹畑農業システム」、チュニジアの「ジェバエルオリアの空中庭園」と、同じくチュニジアの「ガールエルメルのラグーン中のラムリ農業システム」の3地域です。
千年以上前に植えられたタミャン竹畑は、竹の管理と竹工芸の始まりを示しています。
強い文化的アイデンティティに関連して、竹農家は、最適な温度、降雨、風向、土壌のタイプと深さに関する伝統的な環境知識を確立することにより、伝統的な管理ノウハウを体系化してきました。このシステムは、竹を茶の木やキノコを相互に収穫する、竹をベースにした多層的な生産組織をもとにしています。
さらに、ランドスケープの管理は、丘陵の上部の竹畑、コミュニティ村、庭を含む農地、水田、貯水池を含みます。このように、システム全体は、水、栄養、生物多様性の動的循環をもとにしており、農民に食料と生活の安全を確保するために不可欠な生態系サービスを提供しています。
ナビゲーターは、タミャン郡には2005年に講演のために招かれたことがあります。「竹畑」といっても都市近郊の小規模な竹林の集まりであり、中国などの大規模な竹林に比べると、世界的な重要性という点ではいかがなものかというのが率直な第一印象でした。しかし、この地域の人々の竹にかける思いには非常に強いものがあり、竹のあらゆる可能性を追求していました。大きな竹の筒を薬酒の中に沈めて節から薬酒を染み込ませた「竹酒」や、竹ビール、竹ソーセージまで開発していたのを覚えています。竹畑の中で育てたお茶もたいへんおいしかったです。
ただ、初めて訪問したときには、世界農業遺産の基準なども関係者にあまりよく理解されていませんでした。このような地域が何年もかかって申請書の改善を重ね、認定に至ったことの意義は大きいと思います。
なお、チュニジアのサイトは訪れたことがないので、FAOのGIAHSウェブサイトによる紹介にとどめます。
エルゴラー山の高さに位置するジェバエルオリアの庭園は、ユニークなアグロフォレストリーシステムを形成しています。標高600mのコミュニティは、自然の地層に由来するテラスに農業を統合するか、乾いた石でそれらを構築することにより、この山岳風景を有利に形作ることができました。
効率的な灌漑システムに支えられたジェバエルオリアの空中庭園は、所有者に多くの食料資源を提供しています。アグロフォレストリーと農業生態学の実践に基づいて、イチジクの木の栽培は、大規模な畜産によって支えられている多様でレジリエンスのある多文化システムの柱です。
ジェバエルオリアの農民は、作物間や地元の動植物との相互作用と相乗効果について十分な知識を持っています。食品加工と保存に関連する知識と実践の長い伝統は、これらの農家の魅力を養っています。彼らの土地に取り付けられたジェバエルオリアは、山に吊るされた小さなオアシスであり、住民の創意工夫を物語っています。
ラムリは、語源的には砂の上でという意味で、砂地で作物を育てることからなる農業慣行です。これらの非常に特異な農園は、耕作可能な土地と淡水の不足に対処するために、アンダルシアのディアスポラによって17世紀に作られました。
独創的で、間違いなくユニークな実践は、潮の動きによって海面に蓄えられて浮かんでいる雨水が四季を通じて植物の根に供給される受動的な灌漑システムに基づくことです。
農民の知識と経験により、砂と有機物を正確に供給してラグーンの区画を適切な高さに維持し、塩水に影響されることなく、根を純度の高い淡水レンズで灌漑することができます。
FAOは、4月に「GIAHS申請書作成ガイドライン」をGIAHSウェブサイトに掲載しました(http://www.fao.org/3/ca8465en/ca8465en.pdf)。
ここでは目次と小項目のみ紹介します。
はじめに(1.説明の質、2.情報の量、3.視覚資料、4.マップの要件)
Ⅰ 要約情報表
Ⅱ 概要(申請者への注意、1. 申請の一般的な説明、2. 世界的重要性、3. 特徴とGIAHS基準との関連)
Ⅲ 申請されたサイトの重要性(申請者への注意、必要な説明)
パートA グローバルな重要性として申請されたサイトの値/特定の機能
パートB 現代的関連性
パートC 歴史的関連性
パートD 比較分析
Ⅳ サイトの特性:GIAHS選定基準
Ⅴ 動的保全のための行動計画
Ⅶ 附属書として含まれる追加情報
付録:土地利用マップのガイダンス文書(提供されるべき情報:ランドスケープの概要:アウトプット:)
FAOの科学アドバイザリーグループ(SAG:Scientific Advisory Group)のアニョレッティ委員長が地理情報システム(GIS:Geographic Information System)の専門家であることもあってか、土地利用マップが強調されているのが特徴的だと思われます。
世界農業遺産にチャレンジしようとする地域は、しっかりと内容を見ておく必要があるでしょう。
ナビゲーターは、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)で、世界農業遺産(GIAHS)に関する研究や支援を行っていましたが、今年4月から再び同研究所の客員リサーチ・フェローを務めることになりました。実際には、同研究所のいしかわ・かなざわオペレーティング・ユニットにバーチャルに所属し、「東アジア農業遺産学会(ERAHS)日本事務局」をはじめとする世界農業遺産に関する仕事をお手伝いしています。
9月4日(金)にオンラインで、石川県の世界農業遺産「能登の里山里海」に関係する市町の担当職員による「GIAHS保全計画策定勉強会」がオンラインで開催され、ナビゲーターも「世界農業遺産(GIAHS)について」の基本的な理解を深めるための講師を務めました。
世界農業遺産「能登の里山里海」は、2011年6月の認定以降、「能登の里山里海GIAHSアクションプラン」(計画期間:2011~2015年度)とそれに続く新たなアクションプラン(計画期間:2016~2020年度)に基づき、具体的な取組が進めてきました。このアクションプラン(保全計画)が今年度で終期を迎えるので、新たな保全計画の策定が検討されており、それに向けた勉強を行うというのが会合の目的でした。
市町の担当職員は、どうしても人事異動によって2-3年ごとに変わってしまいます。ナビゲーターからは、市町の担当職員など「変わる人」と、農業者、農業団体、民間事業者、研究者など「変わらない人」とのコンビネーションが重要であること、「里山」振興で世界をリードしてきた歴史の上に立ってもう一度「里山」について深く学ぶ必要があること、農業・農村の振興は、世界農業遺産認定の有無にかかわらず市町の本来業務であることなどをアドバイスしました。
新型コロナウイルス感染症はなかなか収まる兆しがありませんが、世界業遺産に関する取組も「新たな日常」の中で着実に進めていく必要があります。来年は、日本で能登と佐渡が初めて世界農業遺産に認定されてから十周年を迎えます。東アジア農業遺産学会(ERAHS)の開催を含め、一日も早くこれまでのような活動が再開できることを願っています。
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