新型コロナウイルス感染症が沈静化の動きを見せない中で、世界農業遺産の関係者はさまざまな工夫を凝らしながら活動を続けています。
2020年11月6日(金)の夜、国連大学サステイナビリティ高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(UNU-IAS OUIK)は、国連食糧農業機関(FAO)と共催で、新型コロナウイルス感染症と世界農業遺産に関するウェビナーを開催しました。
また、12月23日(水)、岐阜県と世界農業遺産「清流長良川の鮎」推進協議会は、世界農業遺産「清流長良川の鮎」認定5周年記念シンポジウムを対面とオンラインを併用し開催しました。
今回は、コロナ禍の中でも工夫しながら活動を続けている最近の農業遺産をめぐる動きについて紹介します。
ナビゲーターが客員リサーチ・フェローを務める国連大学サステイナビリティ高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(UNU-IAS OUIK)は、国連食糧農業機関(FAO)との共催で、2020年11月6日(金)夜9時から、ウェビナー「”Building Back Better” 世界農業遺産(GIAHS)と共に新型コロナウイルス感染症パンデミックからより良い復興を」を開催しました【1】。このウェビナーは、新型コロナウイルス感染症の影響の中でGIAHSが直面する課題を共有し、コロナ禍の下でのGIAHSの持続性について議論し、早期の回復とより良い復興に向けた機会を探っていくことを目的に、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、中南米の世界各地域から講演者を招き、オンラインで世界の約300名のGIAHS関係者を結んだ初めての取組でした。
ウェビナーは英語で行われ、イヴォーン・ユーUNU-IAS OUIK研究員がファシリテーターを務め、はじめに渡辺綱男UNU-IAS OUIK所長が開会挨拶をしました。
次に、FAOのGIAHS事務局の遠藤芳英GIAHSグローバルコーディネーターがGIAHSの紹介を行うとともに、コロナ禍がGIAHSを含む世界の農業関係者に及ぼしている影響、具体的にはレストランなどによる農産物の需要の減少、イベントなどによる収入の減少と失業の増加、農産物の庭先価格の低下、労働力不足による農業生産、加工、輸送、小売のサプライチェーンの混乱、農民の観光関連収入の低下などを指摘しました。
続いて、世界各地域のGIAHSサイトから4人の報告があり、アジア太平洋地域からは、宮崎県の「高千穂郷・椎葉山の山間地農林業複合システム」事務局を務める高千穂町役場の田崎友教主事が報告しました。地域で生産される農産物の多くは国内や地域内外で消費されているため、全体としてはまだ重大な局面に直面しているわけではないが、イベントのキャンセルで観賞用花きなど一部の農産物の需要は減少し、また、地域の伝統的な神楽(かぐら)がほとんど中止又は縮小され、観光は大きな打撃を受けていることが報告されました。このような中で、質の高い観光を目指し、プロのGIAHSキャスト(地元ガイド)を育成する「GIAHSキャストプロジェクト」などに取り組んでいるとのことでした。
アフリカ地域からは、チュニジアの「ガフサのオアシスシステム」から、ガフサ大学のハテム・ジトゥニ博士が報告しました。コロナ禍は国内の食糧供給を混乱させた一方で、国内農産物の需要を増加させ、有機農業への関心を高めたこと、都市での仕事を追われた多くの人々が故郷に戻り、農業に新たな雇用を見出すとともに、そのライフスタイルを再評価し、都市に戻らないことを選択していることなどが報告されました。
ヨーロッパ地域からは、イタリアの「ソアーヴェの伝統的ブドウ畑」から、ソアーヴェ・コンソーシアムのマーケティング&コミュニケーション・マネージャーのキアラ・マッティエロ女史が報告しました。イタリアではコロナ禍によりワインの売り上げが80~90%落ち込み、大きな打撃を受けていること、ブドウ園の多くの外国人労働者が故郷に戻り、労働力が不足したため、地域内のブドウ園の農家は、これまで以上に互いの農作業を手伝うなどコミュニティの絆と結束が強化されていることなどが報告されました。
ラテンアメリカ地域からは、チリの「チロエ農業」から農業省農業開発研究所の農業専門家であるダニエル・キニレン・ペレイラ氏が報告しました。チロエは島なので、コロナ禍によるアクセスの制限で観光客が激減し、伝統工芸品の売上も減少したが、牛乳や野菜など地元で生産された健康的な農産物を消費者が再評価し、地元での売り上げが伸びていることなどが報告されました。
4人の報告後に行われたパネルディスカッションでは、コロナ禍を乗り越えるために、地域内のコミュニティのつながり、あるいは外部とのパートナーシップが重要だということが指摘されていたように思います。
オンラインによるウェビナーは、ネット環境さえあれば世界のどこにいても参加できるとても有効なツールであることを実感しました。ただ、時差の問題は避けがたく、イタリアとチュニジアでは午後1時、チリでは朝の9時でしたが、日本は夜の9時になってしまいました。参加者にはこのような事情を理解してていただく必要があると思いました。
12月23日(水)、岐阜県と世界農業遺産「清流長良川の鮎」推進協議会は、世界農業遺産「清流長良川の鮎」認定5周年記念シンポジウム「未来への集い」を対面とオンラインの併用で開催しました【2】。
対面の方は、岐阜市内のぎふ清流文化プラザで、十分なコロナ感染対策を講じたうえで、参加人数も極力絞って開催されました。また、オンラインはYou Tubeで公開されました。
シンポジウムは、はじめに古田肇岐阜県知事が主催者あいさつの中で、5年前の認定の際にローマのFAOで審査結果を待つ間の不安な気持ち、認定後のさまざまな活動の展開などをご自分の言葉で語られ、次に、国連食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所の日比絵里子所長が、基調講演として「世界農業遺産の展開と『清流長良川の鮎』の意義」と題して世界農業遺産の全般的なことについて講演されました。
続いて、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)の武内和彦理事長(東京大学未来ビジョン研究センター特任教授)が、特別講演として「SDGsの達成に貢献する世界農業遺産」と題してグローバルな観点から世界農業遺産の意義について講演されました。
次に、東南アジア漁業開発センター(SEAFDEC)のマリニー・スミスリティー事務局長によるビデオメッセージのあと、ナビゲーターがコーディネーターを務め、「世界農業遺産「清流長良川の鮎」の国際貢献~『清流長良川の鮎』を学んだ研修生の活躍~」と題したトークセッションが行われました。
登壇されたのは、独立行政法人国際協力機構(JICA)中部センターの村上裕道所長と、タイ王国大使館のチョンティサック・チャーオパークナーム公使参事官です。村上所長からはJICAの水産養殖の協力、実際の研修の内容、地元との交流などについて話がありました。チョンティサック公使参事官からは、タイの水産物生産量の4割を養殖が占めていること、岐阜県での研修に参加した研修生一人ひとりが研修の成果を活用して活躍していること、岐阜県の専門家がタイを訪問してアドバイスしたことが現地で大きな成果を生んでいることなどが具体的に紹介されました。
水産学が専門のチョンティサック公使参事官とナビゲーターが岐阜県でお会いしたのは今回で3回目です。このようなイベントにたびたび出席されるのも、岐阜県の国際貢献に対する感謝の気持ちの表れだと思います。
続いて、事例発表として、実践団体から(有)阿弥陀ヶ滝観光の麦島洋介代表取締役が「あゆパークにおける体験活動実践の現場から」をテーマに、また、地元の高校生たちから、岐阜県立岐阜高等学校が「環境DNAによる鮎の分布状況」を、岐阜県立岐阜農林高等学校が「まくわうりを用いた養殖鮎の研究」を、岐阜県立郡上高等学校が「郡上高校と郡上鮎」をそれぞれテーマに発表しました。
今回は時間の関係もあって会場とのやりとりができなかったため、コーディネーターを務めたナビゲーターが、会場の参加者の気持ちになって、発表者にいろいろと質問させていただきました。麦島さんにはコロナ禍の影響をお聞きしましたが、あゆパークはコロナ禍の中でも訪問者数はほとんど減っておらず、子供たちに貴重な体験の場を提供してきたそうです。
高校生の発表は、岐阜高校が環境DNAというハイレベルの研究を、岐阜農林高校が岐阜県の特産のまくわうりをアユの餌に混ぜるとその香りがするようにならないかというユニークな研究を、郡上高校が森林科学科らしく森林に注目しつつアユの種苗法流の研究を、それぞれ紹介しました。
そして、発表した高校生全員による未来への誓いが行われ、世界農業遺産「清流長良川の鮎」推進協議会の玉田和浩会長による「清流」を強調した閉会挨拶により、閉会されました。
12月3日(木)、韓国FAO協会と韓国農村遺産学会が対面とオンラインを併用し「2020 GIAHS Workshop」を開催しました。このワークショップは基本的には韓国国内の関係者向けのものでしたが、英語の同時通訳があり、日本、中国の東アジア農業遺産学会(ERAHS)関係者にも案内がありました。
中国からは、中国科学アカデミーのミン・チンウェン教授、日本からは東京大学の八木信行教授がそれぞれの国の最近の農業遺産のトレンドについて講演し、FAOのGIAHS事務局からは遠藤芳英コーディネーターが最近の活動について報告しました。ミン教授と八木教授はいずれもGIAHSの申請書を評価するFAOのGIAHS科学アドバイザリー・グループの委員を務めておられます。
韓国からは、GIAHSに認定されている「クムサン伝統的高麗人参農業システム」と「ハドン茶アグロシステム」から、GIAHS認定後のプログラムと最近のトレンドについて発表がありました。
韓国は、現在、農業分野で4つのGIAHSが認定されており、水産分野で2つのGIAHSの認定がFAOに申請されています。このほか、韓国重要農業遺産、韓国重要漁業遺産が認定されていますが農業分野では新たな認定を増やすよりも、既存の認定地域の活動にもっと力を入れるべきとの発言が印象的でした。
今回は、韓国FAO協会が前面に出ていましたが、ナビゲーターの知る限り、これまで韓国FAO協会はGIAHSに関してそれほどアクティブではなかったように思います。韓国には中国や日本のようなFAOの事務所がなく、韓国FAO協会が実質的な事務所の役割を果たしているそうなので、今後の活躍が期待されます。
先日、You Tubeで農業遺産関係のチャンネルを検索していたら、「農業遺産で太鼓たたき隊」というチャンネルを見つけました【3】。
これは、農水省職員自らがYou Tuberとなり、日本の農林水産業、農山漁村の魅力を発信するプロジェクト「BUZZ MAFF」の中で、農業遺産を担当している農村振興局農村政策部鳥獣対策・農村環境課農村環境対策室農業遺産班の担当官のお二人が農業遺産の魅力について太鼓をたたきながら紹介しているものです。ちょっと素人っぽいところがありますが、農業遺産を国民にわかりやすく発信しようという意気込みが感じられて、とても楽しいチャンネルです。
そのほか、農水省では、オンライン開催でのアジアを代表する環境関係展示会「エコプロOnline2020」への出展、農林水産省×N高「農業遺産のミライプロジェクト」として学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校(N高)の課題解決型学習「プロジェクトN」との特別コラボ、小田急線の電車内やJR駅構内での農業遺産の動画放映など、世界農業遺産・日本農業遺産の認定に関する業務などで多忙な中、意欲的に農業遺産を発信されています。
ナビゲーターは、時間の関係でオンラインでは見られませんでしたが、アーカイブで農林水産省×N高「農業遺産のミライプロジェクト」【4】を拝見しました。
N高は「ネットの高校」で、生徒数は1万5千人を超えるそうです。スライドやプレゼンテーションはとてもクオリティが高く、高校生らしい柔軟なアイデアに溢れていました。このように、若い世代に農業遺産を知ってもらうことはたいへん重要なことだと思います。
「エコプロOnline2020」も各農業遺産地域を紹介した動画やスライドを一覧でき、興味深いものでした。アーカイブの公開が2020年12月25日まででしたが、せっかく作った農業遺産のすばらしい情報発信ツールなので、いつでも見られるようにしていただけるとありがたいなと思います。
みなべ・田辺地域世界農業遺産推進協議会も、世界農業遺産認定5周年イベントを開催したかったそうですが、コロナ禍の中でどうしても開催することができず、代わりにみなべ・田辺の梅システム 世界農業遺産認定5周年記念動画~つなげよう!みらいへのバトン!~をYou Tubeで公開することにしたそうです【5】。
この動画は、梅システムマイスターの中松さんと井上さんという二人の女子高校生が、和歌山県知事や、みなべ町長、田辺市長、さらには梅農家や備長炭の炭焼きさんなどを訪問し、農業遺産に関してインタビューするものです。
ちょっと素人っぽさを残しつつ、内容的にとてもよくできており、また、インタビュー後の二人の自然な会話には思わず笑ってしまいます。
新型コロナウイルス感染症はなかなか収まる兆しがありませんが、世界業遺産に関する取組はオンラインなどを活用し、「新たな日常」の中で着実に進められています。2021年は、日本で能登と佐渡が初めて世界農業遺産に認定されてから十周年を迎え、それぞれの地域で記念行事が計画されています。東アジア農業遺産学会(ERAHS)も予定どおり、9月に中国の慶元県で開催される予定です。オンラインの良さもありますが、やはり、直接のコミュニケーションも大切です。一日も早く新型コロナウイルス感染症が沈静化し、これまでのような活動が再開できることを願っています。
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