2019年4月19日(金)、農林水産省は、「日本農業遺産認定証授与式及び認定記念講演会」を開催し、新たに日本農業遺産に認定された7地域に認定証を授与しました。
また、5月19日(日)から22日(水)まで、韓国のハドン(河東)郡で「第6回東アジア農業遺産学会」(ERAHS)が開催され、日中韓の農業遺産関係者約300名が参加し、交流を深めました。
今回は、第6回東アジア農業遺産学会を中心に、最近の農業遺産をめぐる動きについて紹介します。
農林水産省は、2019年4月19日(金)に、農林水産省本館7階講堂において、「日本農業遺産認定証授与式及び認定記念講演会」を開催しました。
2019年2月15日に、世界農業遺産への認定申請に係る承認及び日本農業遺産の認定を行う地域が決定され、新たに7地域が日本農業遺産に認定され、3地域が世界農業遺産への認定申請を承認されました。今回のイベントでは、日本農業遺産に認定された7地域に認定証を授与するとともに、東京大学国際高等研究所サステイナビリティ学連携研究機構 機構長・特任教授の武内 和彦先生が基調講演を行い、合わせて各認定地域に農業遺産を紹介するプレゼンテーションを行ってもらうというものでした。
開会は13時30分からでしたが、その前にサイドイベントとして、各地域の方々が農業遺産の説明をしたり、地域の農産物を熱心に紹介したりしていました。ナビゲーターは、申請作業をお手伝いした認定地域の多くの方々と再会し、当時の苦労を思い出しながら、認定の喜びを共にしました。
式典では、吉川貴盛農林水産大臣が祝辞を述べられ、吉村美栄子山形県知事、三日月大造滋賀県知事をはじめ各認定地域の代表者が吉川大臣から認定証を授与されました。記念撮影のあと、サイドイベントをはさんで、武内先生が「農業遺産の意義と持続可能な農山漁村の創生」というタイトルで基調講演され、各認定地域からのプレゼンテーションへと続きました。
「認定はゴールではなく、スタートである」とよくいわれます。今回、認定を受けた各地域には、認定を契機に、農業遺産の持続的な活用を通じたその保全と、地域の活性化に取り組んでいただきたいと思います。また、世界農業遺産への認定申請を承認された、山梨県峡東地域、滋賀県琵琶湖地域、兵庫県兵庫美方地域の3地域には、今後FAOへの申請、世界農業遺産への認定に向けてさらに努力を続けていただきたいと思います。
今回、日本農業遺産には認定されたものの世界農業遺産への認定申請を承認されなかった地域の中には、再度チャレンジする地域もあると聞いています。新たに、あるいは、再度、日本農業遺産の申請にチャレンジする地域も少なくありません。いずれも、次回の申請までに実はそれほど多くの時間があるわけではありません。スケジュール感をもって、しっかり取り組んでいただきたいと思います。
5月19日(日)から22日(水)まで、韓国のハドン(河東)郡で第6回東アジア農業遺産学会(East Asia Research Association for Agricultural Heritage Systems: ERAHS)が開催されました。ハドン郡は韓国慶尚南道の西部に位置し、プサン(釜山)のナムヘ(南海)国際空港から車で約2時間半の距離にあります。
韓国有数のお茶の産地で、とくに会合が開催されたファゲ(花開)ミョン(面)(ミョンは日本の村に相当する行政区分)は、韓国で最初にお茶が導入されたと伝えられている伝統的なお茶の産地です。「ファゲ面における伝統的ハドン茶農業システム」(Traditional Hadong Tea Agrosystem in Hwagae-myeon)として2017年に世界農業遺産に認定されました。
ナビゲーターは、この認定申請を早くからお手伝いしており、現地を訪れるのも今回で4回目になります。2016年に初めて現地を案内されたときには、人が歩けないような急斜面をモノレールに乗って上りましたが、その茶園では、お茶の木と雑草の区別がつかないような状態でした。現地では「野生茶」あるいは「自然茶」と呼ばれ、当然、機械は使えないので手摘みされ、手での釜炒り、手もみを行って、付加価値をつけて販売しているということでした。
しかし、すべてがすべてそのような栽培法であるわけはなく、ハドン茶の大部分は近代的な栽培法によるものです。一方、世界農業遺産は伝統的な農業システムを認定するものであり、どこにでもある近代的なお茶栽培が認定されるわけにはいきません。そこで、伝統的な栽培法が比較的残されているファゲ面に地域を絞り、タイトルにも「ファゲ面における」と加えることによって、認定にこぎつけることができました。実際には、世界農業遺産認定の効果は、ファゲ面だけでなくハドン茶全体に及んでいると思われます。
ハドン郡には、もう一つ、韓国独自の国家重要漁業遺産として2018年に「ソムジン河のシジミ漁」も認定されています。
東アジア農業遺産学会(ERAHS)は、2013年5月に当時の国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(UNU-IAS OUIK)が開催した日中韓GIAHSワークショップをきっかけに、そのすぐ後の8月に韓国のチェジュド(済州島)とチョンサンド(青山島)で開催された日中韓のワークショップの際に、移動中の船の中で、日中韓の継続的な集まりをもとうという話が盛り上がり、中国からの具体的な提案によってその年の10月に設立されました。基本的には、日中韓の農業遺産に関する学術交流と農業遺産認定地域の交流を目的とする集まりです。
しかし、日中、日韓の政治的、外交的関係はいつもいいとは限りません。2013年当時もいろいろな問題がありました。そのときに、当時の韓国の担当官が、ポリシー(政策)とアカデミック(学術)の2つのトラック(道筋)に分けて、まずはアカデミックな交流から始めようと提案してくれました。この作戦はたいへんうまくいって、「学会」という名のもとに、学術交流だけでなく、農業遺産認定地域の交流も積極的に進めてきました。実際、参加者は研究者よりも、むしろ地方自治体の行政担当者や、認定地域の農家の方々の方が多く、多彩な方々が参加しています。また、日本の農林水産省をはじめ、中国・韓国の中央政府の方々にも毎回、参加いただいています。ナビゲーターが、当初から日本の事務局を務めており、日本国内の各認定地域の窓口と中国・韓国の事務局とをつなぐ役割を担っています。
ERAHSの会合は、毎年、中国、日本、韓国の順に持ち回りで開催され、今回で6回目を迎えました。昨今も日韓の関係は必ずしもよくありませんが、これまで築き上げてきた信頼関係をもとに、今回の会合でも、日本からの参加者は韓国の皆さんからとても暖かい歓迎を受けました。
第6回となる今回の会合には、日本からの56名と中国からの61名を含む約300名が参加しました。
1日目は、開会式でのハドン郡長、韓国農林畜産食品部(日本の農水省に相当)の担当課長、韓国農村遺産学会会長の挨拶のあと、武内和彦UNU-IAS上級客員教授の「農業生物多様性とGIAHS」をはじめ、FAOの遠藤芳英GIAHS事務局長、GIAHS科学助言グループ(SAG)副議長(中国)、韓国ERAHS議長の4名が基調講演を行いました。
昼食後には、「お茶とGIAHS」、「GIAHSの保全」、「GIAHSのパートナーシップ」、「GIAHSにおけるステークホルダー」の4つのセッションに分かれて発表と討論が行われました。このうち「お茶とGIAHS」は、開催地のハドン郡がお茶によるGIAHSの認定地であることから、今回、特別に設けられたものです。日本からは、「静岡の茶草場農法」を代表して東京農業大学の藤川智紀教授に発表いただきました。発表後の討論では、ナビゲーターが、日本、中国、韓国で、「おいしい」と言われるお茶の味がかなり違っていることから、求められるお茶の品質とGIAHSの伝統的農法の品質への影響について日中韓の専門家に質問したところ、かなり議論が盛り上がりました。
このほか、ナビゲーターは「GIAHSのパートナーシップ」のモデレーターを務め、セッションの取りまとめにも協力しました。
各セッションの合間には、ティーブレークを利用したポスター発表があり、日本の各地域を含め、それぞれの地域が工夫をこらして農業遺産のPRに努めていました。中国からは認定地域の書道家が書を実演したり、韓国からはタケ加工の職人が扇子を作って配ったり、伝統的なお茶をふるまったりしていて、日本はちょっとおとなしかったかなという印象でした。
続いて、小宮山弘樹農水省農村環境対策室長ら日中韓の政府代表による基調発表がありました。小宮山室長からは「日本におけるGIAHS/J-NIAHSの経験」というタイトルで、日本農業遺産についても紹介され、認定の効果、施策、アクションプランとモニタリングなどについて話されました。
この後、韓国の「農業遺産/漁業遺産ネットワーク」創立セレモニーがありました。韓国独自の国家重要農業遺産と国家重要漁業遺産に認定されている16の地方自治体(郡)のネットワークを創設するというもので、日本の県レベルの世界農業遺産広域連携推進会議に近いものです。驚いたことに、ほとんどの郡から、忙しい中、郡長(韓国語では「郡守」)ご本人が出席されていました。日本で世界農業遺産の認定地域が自発的にネットワークを作ったのと同じく、韓国でも政府の方は表には出ていませんでした。韓国の農業遺産の関係者は、日本の自治体による農業遺産のネットワークをいつもうらやましがっており、ようやく彼らの願いが実現したものです。
夕食レセプションの直前に、FAOの遠藤GIAHS事務局長の要請で、日中韓の政府関係者の会合が非公式に行われました。遠藤事務局長は多忙な中、G20会合からローマに戻る途中に、昨年に引き続いてERAHS会合に参加してくださいました。この貴重なプラットフォームをGIAHSの発展のために活用させてほしいということのようです。
2日目は、午前中に、「GIAHSツーリズム」と「若い世代とGIAHS」という2つのセッションがありました。このうち「若い世代とGIAHS」は、昨年の和歌山県みなべ・田辺地域で開催された第5回ERAHS会合で提案されたもので、日本からも国東半島・宇佐地域の佐矢彩華さんと、みなべ・田辺地域の青木友宏さんのいずれも地域おこし協力隊の2人が発表し、熱心な議論が繰り広げられました。これを契機に、日中韓の認定地域の若い世代のメーリングリストなどを作って、ゆるやかなネットワークでお互いに交流を進めようというアイデアがあります。
2日目の午後は、現地見学で、七仏寺というお茶の伝来とも関係の深いお寺、3か所の茶園、ハドン茶博物館、茶体験館を訪問しました。やはり人数が多いと、どうしても広い場所が必要であり、野生茶や自然茶を目の前で見ることはできませんでしたが、スターバックスに抹茶ティーラテ用のお茶を納入しているという茶園などを見学しました。
2日目の夕食後に、第12回ERAHS作業会合が開催され、今回の会合の評価を行うとともに、次回、第7回ERAHS会合の開催地を決定し、開催時期などを議論しました。その結果、次回の開催地は中国浙江省の慶元(チンユエン)県に決まり、開催時期は各国の大学の授業等を勘案して9月9日(水)から9月13日(日)で検討してもらうことになりました。チンユエン県は、中国有数のシイタケの産地で、原木を利用した伝統的な生産が行われています。原木の豊富な山間地なので、少し不便ですが、土日も含めてなるべく通常の業務に支障のないように調整をお願いしているところです。
東アジア農業遺産学会(ERAHS)は、日中韓それぞれで運営に特色があり、日本の場合は、学術交流だけでなく、農業遺産の認定地域どうしの交流を重視してきました。そのため、各認定地域の窓口のご担当に参加者の取りまとめや連絡をお願いしています。FAOの遠藤GIAHS事務局長からも、ERAHSをもっと大きくできないかという相談を受けていますが、より多くの方々に参加していただきたい一方で、開催地は中山間地などが多く、宿泊施設や現地見学のキャパシティに限界があることから、実際には各認定地域からの参加者で定員が埋まってしまっているのが現状です。
来年3巡目を迎えるのを機会に、ERAHSのあり方を少し見直してみたいと考えていますが、参加いただいた多くの方々から、「参加して良かった」という声をいただいており、もう少し今のまま続けてもいいのではないかとも思っています。
再来年の2021年は、また日本に順番が回ってきます。開催地における予算要求の必要性などから、そろそろ議論を始めなければなりません。たいへんなこともありますが、日本の認定地域の皆さん、中国・韓国の事務局の仲間たちとのとてもいい関係の中で、ナビゲーターは事務局の仕事を楽しんでいます。
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