昨年6月のFAO総会で正式なプログラム(制度)に格上げされた世界農業遺産(GIAHS)は、今年9月のFAO農業委員会でも議題に取り上げられ、10月のGIAHS科学アドバイザリーグループの会合では選定基準の見直しや新たにエジプトの1地域の認定が行われました。また、日本では、今年4月に創設された日本農業遺産の認定の取り組みが進んでいます。
今回は世界農業遺産の新たな進展をめぐる最近の動きについて紹介します。
FAOの新しいGIAHSウェブサイト: http://www.fao.org/giahs/en/
9月26?30日にローマのFAO本部で、2年に一度しか開催されない重要な会合である農業委員会(Committee on Agriculture: COAG)が開催され、その中の議題の一つが世界農業遺産(GIAHS)でした。すでに昨年6月のFAO総会で、GIAHSはFAOの正式なプログラム(制度)として認められ、事務局の予算措置などがなされています。今回の農業委員会では、FAOや各国のGIAHSに関する取り組みを支持すること、GIAHS科学アドバイザリーグループの設立など提示された情報に留意すること、国や地域レベルのデリバリーメカニズムを介してその戦略目標にGIAHSプログラムや活動を整合させることをFAOに奨励すること、が決定されました。以前は、GIAHSが農産物の貿易を歪曲する懸念があるなどの理由でFAOがGIAHSに取り組むことに疑問を呈する国もあったと聞いていますが、今回の農業委員会ではそのような消極的な意見はなかったそうです。
なお、農業委員会の前にFAOのGIAHSウェブサイトが一新されました。以前はなかった認定のプロセスや申請サイトの審査状況なども詳しく掲載されていますので、ぜひ一度ご覧ください。
GIAHSは、以前はFAOの土地・水資源部にGIAHSプロジェクトの事務局がおかれ、その事務局が選んだ運営委員会と科学委員会のメンバーが合同でGIAHS認定などについて議論を行っていました。2016年以降は新しい体制になり、FAO農業委員会の下にGIAHS事務局とGIAHS科学アドバイザリーグループ(GIAHS Scientific Advisory Group:SAG)がおかれ、GIAHSの運営が行われています。、GIAHS事務局長は日本の農林水産省の遠藤芳英氏が公募で採用されており、GIAHS科学アドバイザリーグループ(SAG)は、専門分野や男女のバランスを考慮し、FAOによって世界の各地域から7名の委員が選ばれています。7名の委員は、アフリカを代表するケニア、アジア・太平洋を代表する中国と日本、ヨーロッパを代表するイタリア、ラテンアメリカ・カリブ海を代表するブラジル、中近東を代表するチュニジア、北アメリカを代表するカナダから選ばれており、日本からはナビゲーターの上司である武内和彦国連大学前上級副学長が選ばれています。
10月10?12日にFAOでGIAHS科学アドバイザリーグループ(SAG)の第2回の会合が開催されました。SAGにはGIAHSの認定基準や申請書様式、さらには認定の可否までも決定する強大な権限が与えられており、これまでにGIAHS認定手続き指針、SAGの作業手順の作成が行われました。今回のSAGでは、GIAHSの認定基準の改定、GIAHS申請様式の改定について議論が行われ、これらが決定されました。また、ベトナム、スリランカ、メキシコ、エジプトのGIAHS申請が審査され、このうちエジプトの申請が採択されて新たなGIAHSとして認定されました。これでGIAHSの認定は、16か国の37地域になります。これらの文書は近くFAOのGIAHSウェブサイトで公表されることになっています。
10月27?29日に石川県七尾市で、ユネスコ(国連教育科学文化機関)、生物多様性条約事務局、国連大学、石川県、七尾市の主催による第1回アジア生物文化多様性国際会議が開催されました。「生物文化多様性」とは、自然と人間(文化)が互いを活かしながら存在する相互作用関係に注目し、それを一体的に保全しようとする分野横断的な考え方のことです。広い意味では世界農業遺産もこのような考え方の上に立っており、実際、谷本正憲石川県知事の基調講演のほとんどは世界農業遺産「能登の里山里海」に関するものでした。会議では、「対話、相互交流、学びあい、特にFAO世界農業遺産などの国際認証制度の地域での実践活動を通して、多様で、地域的で、持続的で文化的に適正な開発が促進する」などを内容とする「石川宣言」が採択されました。この取り組みについては、12月2?17日にメキシコのカンクンで開催された生物多様性条約第13回締約国会議(COP13)において、武内和彦国連大学特別代表のステートメントの中で報告されました。
また、この国際会議のサイドイベントとして、石川県、岐阜県の両知事も参加して、「能登の里山里海」認定5周年と「清流長良川の鮎」認定を記念した世界農業遺産国際シンポジウムが開催されました。この中で、ナビゲーターも、「世界農業遺産の認定を地域活性化にどう活かしていくか」をテーマにしたパネルディスカッションのモデレーターを務め、認定地域間の連携強化や若手実践者の交流、開発途上国への認定支援のさらなる充実などについての議論をお手伝いしました。このシンポジウムは、石川県と岐阜県の両知事の世界農業遺産の連携に関する確認の一環であり、11月28日には岐阜県岐阜市で同様の国際シンポジウムが開催されました。ナビゲーターはここでも「世界農業遺産の保全・活用と人材育成」をテーマにしたパネルディスカッションのコーディネーターを務め、岐阜県の長良川、石川県の能登、大分県の国東のパネリストとともに、人材育成に関する地域や立場を超えた経験の交流の重要性について議論しました。
11月1日に大分県国東市で、今年度の世界農業遺産広域連携推進会議とJ-GIAHSネットワーク会議総会が開催されました。広域連携推進会議は県レベル、J-GIAHSは市町村レベルのネットワークです。会議には、FAOのンブリ・チャールズ・ボリコ駐日連絡事務所長、農林水産省の森澤敏哉農村環境課長をはじめ、全国の世界農業遺産認定サイトから約80名が出席しました。会議では、広域推進会議による世界農業遺産PRイベントなどの共同事業、J-GIAHSネットワーク会議の活動状況がそれぞれ報告され、ナビゲーターからも、再来年に日本で開催する東アジア農業遺産学会(ERAHS)について、今後は広域連携推進会議が事務局機能を担っていただくように提案するとともに、前述のFAOのGIAHS-SAGでの議論の状況についての直近の情報を提供しました。
今年4月に農林水産省が日本農業遺産の創設を公表し、世界農業遺産と併せて日本農業遺産の申請を受け付けました。9月30日の期限までに19地域から申請があり、世界農業遺産等専門家会議による書類審査の結果、11月24日に、?宮城県大崎地域(巧みな水管理による水田農業)、?埼玉県武蔵野地域(落ち葉堆肥農法)、?山梨県峡東(複合的果樹)、?静岡県わさび栽培地域(水わさび)、?新潟県中越地域(稲作・養鯉)、?三重県鳥羽・志摩地域(海女と真珠養殖)、?三重県尾鷲地域(ヒノキ林業)、?徳島県西阿波地域(傾斜地農耕)、?香川県さぬき地域(ため池農業)、?愛媛県南予地域(柑橘農業)の10地域について一次審査の通過が発表されました。今後、12月から1月にかけての世界農業遺産等専門家会議委員による現地調査、2月から3月にかけての申請者からのプレゼンテーション等を経て、3月末までに世界農業遺産への認定申請に必要な農林水産省の承認を付与する地域と日本農業遺産に認定する地域とが決定されることになっています。
今回は、申請地域の半数近くが、認定を行うのに申請書の内容が不十分で改善が必要ということで、一次審査を通過できませんでしたが、これらの地域には世界農業遺産等専門家会議による評価と改善すべき事項が通知されたと聞いています。一方、2年前の審査において落選し、その後2年間かけて申請書の改善に取り組んできた地域はすべて今回の一次審査を通過しています。今回惜しくも一次審査を通過できなかった地域については、今後の健闘を期待したいと思います。
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