7月11日から14日まで中国浙江省の湖州(Huzhou)市で、日本、中国、韓国による第4回東アジア農業遺産学会が開催されました。日本からは46名、全体では3百名近くが参加しました。
今回は、その内容を紹介するとともに、会議の前後に訪問した山東省夏津(Xiajin)県と福建省福州(Fuzhou)市の取り組みについて、合わせて紹介します。
東アジア農業遺産学会は、正式名称をEast Asia Research Association for Agricultural Heritage Systems(ERAHS)といい、国連大学による農業遺産に関する日中韓のワークショップの開催などを背景に、2013年に中国の提案によって創設されたものです。日中韓の微妙な政治的、外交的な動向に左右されないように「学会」としましたが、実態は学術的な交流の場だけでなく、農業遺産の認定地域の活動の交流の場ともなっています。日本は特に後者に力を入れており、各認定地域に窓口になっていただいています。
武内和彦国連大学サステイナビリティ高等研究所上級客員教授が名誉議長、中村浩二金沢大学名誉教授が日本の議長、ナビゲーターが日本の事務局長を務めています。
これまで、2014年に開催された第1回が中国の江蘇省興化市で、第2回は2015年に日本の新潟県佐渡市で、第3回は2016年に韓国の忠清南道錦山郡で開催されてきました。
第4回の今年は、また中国に戻って7月11日から14日まで浙江省湖州市の荻港魚庄ホテルを会場に、会議が開催されました。
日本からは8地域すべての世界農業遺産認定地域に加え、3地域の日本農業遺産認定地域などから総勢46名が参加。韓国からは36名、中国からは約200名が集まってきました。
湖州市は、上海から車で約2時間半、杭州から約1時間半のところに位置し、湖州の名前のとおり、揚子江の河道の変更によってできた多くの湖があります。その湖で魚を飼い、その栄養豊富な湖底の泥を積み上げた畑で桑を栽培し、その桑をカイコに食べさせて、そのカイコの残さを魚の餌にするという循環システム(中国語で「桑基魚塘」という)が、現在、GIAHS認定の候補となっています。
会議では、開会セレモニーに続き、武内教授とマウロ・アニョレッティGIAHS科学助言グループ議長による基調講演があり、引き続き、午前と午後それぞれ2つずつの分科会に分かれて、「ブランド化」、「生物多様性」、「観光」、「文化」をテーマにさまざまな発表がされました。このうち、「生物多様性」及び「文化」の分科会は英語だけで行われる国際色豊かな学会となりました。
分科会のあとは、各国の基調発表(日本からは農林水産省農村環境課の高松亜弥課長補佐が発表)、パネルディスカッション、閉会式と続きました。閉会式では、日本の佐渡市を含めこれまでの開催地に感謝のプレートが贈られました。
翌日は、摂氏40度近い暑さの中、桑基魚塘システムの現地調査を実施。私たちが訪問したところは、ユネスコの世界遺産にも登録されている「大運河」が物資の輸送に活躍していた頃の古い町並みと桑基魚塘システムがセットになって観光地化されており、その収益の一部が農民に還元されるという話でした。ただ、今は暑さのためにカイコの飼養がさかんな時期ではなく、実際にカイコを飼っている農家を見ることができなかったのがとても残念でした。午後からは、世界遺産に登録されている南潯という地区を訪問し、当時の豪商の屋敷などを見学しました。
夕方に開催されたERAHSの役員会(ERAHS作業会合)では、今回の会議内容の評価や次回開催地の決定がありました。会議内容については、おおむね好意的な評価でしたが、質疑の時間が十分とれなかったこと、レセプションでの発表と懇談のバランス、現地調査の内容などについて意見が出ています。来年度の開催地については、日本から8月26日?29日の会期で和歌山県のみなべ町での開催を提案し、満場一致で了承されました。出席していた小谷芳正みなべ町長は、「皆さんの来訪を歓迎する」とあいさつしました。ただ、会議1日、現地調査1日では十分な議論の時間が確保できないため、会議を1日半に延ばし、分科会の数も増やしてほしいという中国、韓国からの要望があり、その対応を検討することを約束して、会合は閉会しました。
ERAHSの前に、FAOの科学助言グループのメンバーとしてGIAHS申請地域の現地調査を行う武内教授に同行して、山東省夏津県の桑アグロフォレストリーシステムを訪問しました。
もともとは桑を植えてカイコを飼っている地域でしたが、現在は、桑の葉をお茶にしたり、桑の実をワインに加工したり、桑の木に生えるキノコを利用したりなど、カイコの飼育に代わる桑のさまざまな利用方法を開発しています。
ERAHSの後には、2014年にGIAHSに認定された福建省福州市のジャスミン茶システムを訪問しました。実は、ここが当初のERAHSの開催予定地であったのですが、事情で開催できなくなり、急きょ湖州に変更されたのです。
ここではジャスミンの栽培現場とジャスミン茶を作る工程を見学。この農業システムは、1000年以上続くジャスミンと茶の栽培・加工システムです。お茶にジャスミンで着香する技術はこの地域で開発され、以来、山間地ではお茶が、平地ではジャスミンが栽培され、高度な着香技術によって、品質の高いジャスミン茶が生産されています。
今回、中国の3か所の農業遺産を訪問し、次のような印象を強くもちました。
まず、中国では農業遺産を「農業文化遺産」と称していることからもわかるように、とくに文化財的な側面が強調されているように感じました。そのままのかたちでは残すことが困難なので、公園化(ゾーニング)して入場料を徴収し、保護を強化しています。
「農家にとってメリットのあるものなら、わざわざ規制しなくても農家は保全するのではないか」と質問したところ、「中国では土地はすべて国のものであり、このようなかたちでゾーニングして公的に規制をしないと、国に土地を取り上げられて開発用地に利用されてしまうのだ」という回答がありました。
もう一つは、農家というよりは、農産物を加工する企業がブランド価値をつけるために農業遺産を推進している場合が多いことです。福州市のジャスミン茶についても加工企業がジャスミン茶を栽培するために農家を雇用しているという話でした。中国のお国柄からは当然のことですが、地方政府や企業の幹部はほとんどが共産党員で、共産党がこのような取り組みを指導しているということでした。
日本の「世界農業遺産」の認定地域はもちろんのこと、「日本農業遺産」の認定地域でも、認定をそれぞれの地域の活性化につなげることが大切です。しかし、内向きになりすぎることなく、世界に向けて日本を代表する地域として、広く世界に目を向け、海外の認定地域と共に学びあうことが必要です。
ERAHSはそのような場として最も適していると自負しています。
ぜひ来年、和歌山県みなべ町で開催される第5回ERAHSでお会いしましょう。
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