2011年に「能登の里山里海」と「トキと共生する佐渡の里山」が我が国で初めて世界農業遺産に認定されてから10年の節目を迎えることを記念し、11月25日から27日に、石川県能登地域で「世界農業遺産国際会議2021」が開催されました。
また、内閣府から、「農業遺産に関する世論調査」(令和3年7月調査)の結果が公表されました。
今回は、コロナ禍の下で日本の世界農業遺産の10周年を記念して開催された「世界農業遺産国際会議2021」を中心に、最近の農業遺産をめぐる動きについて紹介します。
石川県能登地域の「能登の里山里海」と新潟県佐渡地域の「トキと共生する佐渡の里山」は、2011年に先進国として初めて世界農業遺産に認定されました。石川県能登地域では認定10周年を記念し、11月25日から27日に、七尾市で「世界農業遺産国際会議2021」が開催されました。主催は石川県、農林水産省、国連食糧農業機関(FAO)、能登地域GIAHS推進協議会、国連大学サステイナビリティ高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティングユニット(UNU-IAS OUIK)です。また、OUIKは、本会議のサイドイベントとしてGIAHSユースサミット「世界農業遺産を未来と世界へ─佐渡と能登からつながろう─」を11月26日に開催しました。
ナビゲーターはあいにくの所用のためリアルには参加できませんでしたが、後日、会議の様子をオンデマンドで視聴しました。
会議では、谷本石川県知事による基調講演をはじめ、これまで世界農業遺産をリードしてこられた武内和彦先生や中国のミン・チンウェン先生らによるハイレベルセッション、経済・社会・環境のそれぞれの側面から世界農業遺産について議論を深める分科会を通して、国内外の認定地域の代表者や研究者などが、所得の向上や人材の確保・育成といった地域の課題から気候変動、生物多様性の保全といった世界的な課題に至る幅広いテーマについて議論しました。
会議の最後には、関係者による成果や情報の共有、地域の生態系や環境との調和、新たな経済活動の創出、気候変動対応・生物多様性保全・SDGsへの貢献、開発途上国への支援などを内容とする「能登コミュニケ2021」が採択されました。
また、今回の会議のサイドイベントとして国連大学OUIKが開催した「GIAHSユースサミット」においてGIAHS(世界農業遺産)地域の高校生が、GIAHSの未来を守り、持続可能な社会を構築するために、自分たちができることを行動することを宣言した「GIAHSユース宣言」が発表・採択されました。世界農業遺産を次の世代に継承していく上で、大変意義のある取組だったと思います。
石川県能登地域と同じく今年、世界農業遺産の認定から10周年を迎えた新潟県佐渡地域でも、10月29日から31日にかけて「GIAHS10周年記念フォーラム」が開催されました。
ナビゲーターは残念ながら参加できませんでしたが、このフォーラムでは、佐渡で展開されてきた生物多様性・循環型農業の成果と課題を基に、この10年間で日本の農業が歩んできた過程と次世代へ継承すべき持続可能な日本型農業遺産システムとは何かが議論されました。
佐渡市のウェブサイトの「市長室へようこそ」で公開されている「GIAHS10周年記念フォーラム」パネルディスカッションのダイジェストを拝見しましたが、渡辺竜五市長自らがパネリストとして登壇され、「朱鷺と世界農業遺産を通じた変革」「これまでの影響・地域に起きた変化」「これからの理想的な農業・展望」について、熱い思いを語られていました。
渡辺市長は、世界農業遺産の申請のときには佐渡市の農林水産課長を務めておられ、認定が決まった10年前の中国の北京市での「GIAHS国際フォーラム」にも、ナビゲーターらとともに出席されていました。世界農業遺産に深い理解と強い熱意のある方が市長になられ、今後がさらに期待されます。
内閣府は、農業遺産に関する国民の意識を把握し、今後の施策の参考とするために、農業遺産の認知度、特産物の購買意欲、訪問意欲、参加したい取組、広報、認知向上の効果的取組、今後の期待を内容とする「農業遺産に関する世論調査」(令和3年7月調査)を実施しました。
「調査結果の概要」によると、「農業遺産」について知っていたか聞いたところ、「知っていた」とする者の割合が37.1%でした。この数字を多いとみるか、少ないとみるかは、立場によって違うと思いますが、10年前、農水省やマスメディアも含め、農業遺産について知っている人がほぼゼロに近かったときから活動を続けてきたナビゲーターの立場からは、10年経って4割近くもの人が農業遺産を知るようになったことには、とても感慨深いものがあります。やはり、農水省が国の政策の中に位置付けてくださったことが大きな要因だと思いますが、国の政策の中にもよく知られていないものが少なくない中で、これといった補助金もない農業遺産がここまで知られるようになったことの背景には、やはり地域の方々のニーズがあったのだと思います。
一方で、国内にある「農業遺産」の広報が、「十分だと思わない」とする者の割合が81.3%もあったということなので、ナビゲーターらの活動も含め、今後、より多くの方々に農業遺産を知ってもらうための取組が求められていることがわかりました。
また、国内にある「農業遺産」に認定された地域が行う取組として、今後に期待することとしては、「農林漁業の後継者の育成」が53.6%、「特産物のブランド化」が52.7%、「観光地としての活用」が48.4%と高く、これまで農業遺産認定の効果と考えられていたこととほぼ同様の結果となっていました。
今年2月に農林水産省から世界農業遺産への認定申請に係る承認を受けた山形県最上川流域(最上川流域の紅花システム~歴史と伝統がつなぐ山形の「最上紅花」~)、埼玉県武蔵野地域(大都市近郊に今も息づく武蔵野の落ち葉堆肥農法)、島根県奥出雲地域(たたら製鉄から持続可能な農業へ 奥出雲の農村開発システム)の3地域が、10月7日に、FAOへ世界農業遺産への申請書類を提出しました。
ただ、コロナ禍のために、世界農業遺産の認定のための評価を行うFAOの科学諮問グループ(SAG)が現地調査を実施することができず、2019年にFAOへ世界農業遺産への申請書類を提出した山梨県峡東地域、滋賀県琵琶湖地域、兵庫県兵庫美方地域の3地域もまだ認定に至っていません。一日も早いコロナ禍の収束を願うばかりです。
中国では、11月に第6次の中国重要農業文化遺産として21のシステム(うち1つはすでに認定されているシステムの拡張)を公表しました。これで、これまでの認定と合わせると139システムになります。
認定地域では、遺産の保護と継承に努めるとともに、合理的な利用により、農民の雇用と収入を支持することが求められています。
また、韓国海洋水産部は9月に「全羅北道扶安郡コムソ天日塩業」と「全羅南道新安郡黒山洪魚漁業」をそれぞれ第10号、第11号国家重要漁業遺産に指定したことを明らかにしました。
第10号国家重要漁業遺産に指定された「全羅北道扶安郡コムソ天日塩業」は、国立公園と湿地保護地域、ラムサール湿地で管理される清浄海域で、日光と風を利用した環境にやさしい自然方式で海水を蒸発させて天日塩を生産する伝統漁業です。
第11号国家重要漁業遺産に指定された「全羅南道新安郡黒山洪魚漁業」は、餌を使用しないジュナクを洪魚(ガンギエイ)が通う道に設置する生態に優しい伝統漁業です。
(新増プロジェクト)
山西省・陽城・蚕桑文化システム
内蒙古・武川・エンバク伝統畑作システム
内蒙古・東烏珠穆沁旗・遊牧生産システム
吉林省・和竜・林下参ー芝扶育システム
江蘇省・啓東・沙地干拓農業システム
江蘇省・呉江・蚕桑文化システム
浙江省・縉雲・マコモー麻鴨共生システム
浙江省・桐郷・蚕桑文化システム
安徽省・太湖・山地複合農業システム
福建省・松溪・竹蔗栽培システム
江西省・浮梁・茶文化システム
山東省・莱陽・古梨樹群システム
山東省・峄城・ザクロ栽培システム
湖南省・龍山・油桐栽培システム
広東省・海珠・高畦深溝伝統農業システム
広西省・桂西北・山地稲魚複合システム
雲南省・文山・三七人参栽培システム
西藏・当雄・高寒遊牧システム
西藏・乃東・裸麦栽培システム
陝西省・漢陰・鳳堰稲作棚田システム
(拡張プロジェクト)
広東省・嶺南・レイシ栽培システム
先日、ナビゲーターは、アジア生産性機構(APO)からの依頼で、Productivity TalkというYouTubeのライブ配信のAgricultural Heritage for Productivity(生産性のための農業遺産)という番組に出演しました。
アジア生産性機構(APO)は、1961年に設立された、政策提言と人材能力開発の取組を通じて、アジア太平洋地域の生産性向上に取り組む国際機関です。最初は、伝統的な農業である農業遺産と生産性向上との関係がピンときませんでしたが、よく考えると、生産性というのはInput(投入)に対するOutput(産出)ということなので、農業遺産によるブランド化などで付加価値が上がることが生産性の向上そのものなのだということに気づきました。
コロナ禍で海外に行く機会もなく、しばらく英語を話していなかったので、なかなか言葉が出てきませんでしたが、少しでも農業遺産の広報に役立っていれば幸いです。
新型コロナウイルスの感染状況は、日本では小康状態ですが、海外では依然として猛威を振るっています。それでも、国内では徐々に現地でのイベントが開催されるようになってきています。来年こそは、海外との交流も復活し、世界農業遺産の取組がさらに進展して、飛躍の年となることを期待しています。
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