2023年7月4日~7日にスペインのバレンシアで開催されたFAOのGIAHS科学助言グループ(SAG)の会合で、日本の兵庫県兵庫美方地域と埼玉県武蔵野地域が、イランの1地域とともに、新たに世界農業遺産に認定されました。また、石川県は、国連大学いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(OUIK)と連携し、新たに「世界農業遺産国際スタディ・プログラム」を開始しました。
今回は、日本の2地域が世界農業遺産に認定されたことを中心に、最近の農業遺産をめぐる動きについて紹介します。
2023年7月4日~7日にスペインのバレンシアで開催されたFAOのGIAHS科学助言グループ(SAG)の会合で、日本の兵庫県兵庫美方地域と埼玉県武蔵野地域が、イランの1地域とともに、新たに世界農業遺産に認定されました。これで、世界農業遺産認定地域は、日本では15地域、世界全体では24か国の77地域になりました。
今回、認定されたのは、兵庫県兵庫美方地域の「人と牛が共生する美方地域の伝統的但馬牛飼育システム」、埼玉県武蔵野地域の「大都市近郊に今も息づく武蔵野の落ち葉堆肥農法」、それにイランの「エスターバン天水イチジク園遺産システム」の3地域です。
兵庫県兵庫美方地域の「人と牛が共生する美方地域の伝統的但馬牛飼育システム」は、全国に先駆けて100年以上も前に「牛籍簿」(牛籍台帳)を整備し、それをもとに個体管理を行って、郡内産にこだわった和牛改良を行うことで、独自の遺伝資源が保全され、また、但馬牛の飼養が地域の草原や棚田の維持、農村文化の継承にも貢献しているシステムです。
埼玉県武蔵野地域の「大都市近郊に今も息づく武蔵野の落ち葉堆肥農法」は、火山灰土に厚く覆われ痩せた土地に、江戸時代から木々を植えて平地林を育て、落ち葉を集めて堆肥として畑に入れ、土壌改良を行うことで安定的な生産を実現し、その結果として景観や生物多様性を育んでいるシステムです。
この二つは、後でもう少し詳しく説明します。
イランの「エスターバン天水イチジク園遺産システム」は、イランのファールス州南西部に位置し、天水イチジク生産において世界で最も重要な地域のひとつです。この国の山岳地帯に住むコミュニティは、少なくとも250年以上にわたって、貴重で古いイチジクの品種を用いて、独自のイチジク園を栽培してきました。彼らは、石と粘土を使った独特の伝統的なシステムで、水を木の根に流し、気温が極端に高いこの地域の浸食と砂漠化対策に重要な貢献をしています。
天水によるイチジクの栽培は、この地域で重要な経済的・社会的役割を担っており、何千戸もの家族に直接的・間接的な生活の糧を提供し、家畜や野生動物の飼料にもなっています。近隣の主要都市からの働き手が、毎年定期的にイチジク園に1か月以上滞在し、果実の収穫を手伝っています。
兵庫美方地域は、集落が山間部の谷筋にあり、水田面積が小さく、積雪が多いため、冬季の出稼ぎ、但馬牛の飼育、米作りが農家の生活を支えてきました。
美方郡産但馬牛は、地域産の良質な草を与えられたり、山に放牧されたり、棚田で使役されたりしながら、家族同様に大切にされてきました。生産された子牛は農家の重要な収入源であり、古くは1849年に子牛市を開設した記録があります。1897年頃に全国に先駆けて「牛籍簿」が整備され、これが血統登録の基礎となって、全国の和牛改良の先頭に立つ地域となりました。
美方郡では、全国の黒毛和種の中で唯一、郡内産にこだわった改良を続けてきた結果、世界でもここにしかない独自の遺伝資源が保全され、黒毛和種の遺伝的多様性の維持に大きな役割を果たしています。
兵庫美方地域では、香美町、新温泉町が中心になって、2018年2月に「美方郡産但馬牛」世界・日本農業遺産推進協議会が発足し、2018年6月に農水省へ認定申請書を提出しました。
ナビゲーターが初めて現地を訪問したのは、協議会が発足し、申請書の作成に取り組んでいた2018年4月末でした。「蔓牛(つるうし)」と呼ばれる牛の家系群の話に始まり、「牛籍簿」に基づく和牛改良で優れた遺伝資源を保全してきた歴史を詳しくお聞きしました。素人ながら、交配によって改良された良い牛を残していけば牛全体のレベルが上がるのではないかと質問したところ、そうするとみんな同じ牛になってしまう、混ざらない純粋な遺伝子を残すことこそが将来の多様性のある牛を作ることにつながるのだとお聞きし、なるほどと感心した記憶があります。
一方で、農政の担当者であれば当然のことではあるのですが、現地では、各種施策による農業の近代化、大規模化、効率化などの成果を強調される場面が多くあり、農業遺産はむしろ伝統的な農業が評価されるのだから、あまり近代化の成果は強調しない方がいいですよというようなアドバイスをしました。
2回目に訪問したのはその2か月余り後の7月で、協議会が開催した「世界・日本農業遺産シンポジウム『兵庫美方地域の但馬牛システム』」で講師を務めました。家畜市場に椅子を並べての開催でしたが、畜産農家など約120名が参加し、認定に向けての熱気が感じられる集まりでした。
その後、この地域は順調に農水省世界農業遺産等専門家会議による審査を通過し、前号で5月に「世界農業遺産認定証授与式2023」においてFAOから認定証を授与されたことをご紹介した山梨県峡東地域と滋賀県琵琶湖地域と同時に、2019年2月に世界農業遺産への認定申請にかかる承認及び日本農業遺産の認定を受けました。しかし、その後、山梨県峡東地域と滋賀県琵琶湖地域が2022年7月に世界農業遺産に認定されたのに対し、この地域は約1年遅れで、今回、ようやく認定になりました。牛の遺伝資源を伝統的な農業を通じで保全するというこの地域の農業遺産システムがややわかりづらく、FAOのGIAHS科学助言グループの理解を得るのに時間がかかったせいではないかと思われます。
ナビゲーターは、世界農業遺産を、①ランドスケープ型、②農法型、③遺伝資源保全型の3つのタイプに区分することを提案しています。①ランドスケープ型は、一定の地域的な広がりのある「里山」のようなランドスケープを中心とした農業遺産です。②農法型は、特定の伝統的農法に焦点を当てた農業遺産です。③遺伝資源保存型は、伝統的な農業を通じて世界的に重要な遺伝資源が保存される農業遺産です。
世界全体では、①ランドスケープ型が約半分、②農法型が約3割、③遺伝資源保全型が約2割あると試算していますが、日本では、①ランドスケープ型が約7割と多く、②農法型が約3割で、③遺伝資源保全型はこれまでありませんでした。兵庫美方地域は、明らかに③遺伝資源保全型に区分される農業遺産であり、その意味では日本初の遺伝資源保全型の農業遺産といえます。
武蔵野地域の「大都市近郊に今も息づく武蔵野の落ち葉堆肥農法」は、江戸の急速な人口増加に伴う食糧不足を背景に、川越藩が1654年から行った開拓に端を発しています。水が乏しい台地のうえに、火山灰土のため栄養分が少なく表土が風に飛ばされやすいという、農業を行うには非常に厳しい自然条件を克服するため、見渡す限りの草原に木々を植えて平地に林を作り出し、落ち葉の堆肥利用、土壌飛散防止など複数の機能を持たせた、優れた農村計画による開発が行われました。この歴史的価値を有する平地林などの土地利用は現在まで受け継がれ、今も落ち葉堆肥を活用した持続的な農業が続けられています。また、管理された平地林はオオタカの繁殖地となっているほか、シュンランやキンランなどの希少植物にも良好な生育環境を提供しています。
ナビゲーターが初めて現地を訪問したのは、もう10年近く前の2014年1月でした。小学校の屋上から三富新田の土地利用の景観を見て、首都の近郊にこんなすばらしい持続的な土地利用があったのかと感動したのを覚えています。それ以来、「落ち葉掃き」の体験や家族での芋掘りイベントへの参加を含め、10回ほど現地を訪問しています。
これだけすばらしい持続的な土地利用でありながら、認定までの道のりは大変厳しいものでした。一番難しかったのは、やはり都市近郊であるが故の地域のまとまりだったのではないかと思います。
2014年度に初めて世界農業遺産に挑戦したものの、関係地域全体の合意が得られていなかったことなどから、農水省の推薦は見送られました。その後、2016年度に世界農業遺産申請の承認及び日本農業遺産への認定申請を行い、日本農業遺産には認定されたものの、世界農業遺産申請の承認は得られませんでした。2018年度も世界農業遺産の申請に挑戦したものの、今度も農水省の承認が得られず、2020年度の4度目の挑戦でようやく世界農業遺産認定申請の承認を得ることができました。この間、三芳町を中心に、申請書の内容を大幅に改善するとともに、関係地域との話合いを続け、大きく地域をまとめてこられた成果の表れだと思います。
まさに「苦節十年」、今回、世界農業遺産の認定を受けることができました。
特筆すべきは、やはり三芳町の林伊佐雄町長の熱意とリーダーシップと忍耐心です。ナビゲーターが担当する東アジア農業遺産学会(ERAHS)にも、今年を含め、このところ毎回、町長自らが参加され、各国、各地域の経験を学ぶとともに、FAOから来られた方にも積極的にアプローチしておられました。同じ「都市農業遺産」ということで、中国の河北省・宣化のブドウの世界農業遺産の認定地域との交流などにも取り組んでこられました。
また、ベテランの農家の方、若い後継者の方など、地域の農家の方々も熱心でした。都市的開発の圧力や相続税の問題などがある中で、皆さん信念をもって落ち葉堆肥農法による農業を続けてこられました。
これからは、晴れて世界農業遺産の認定地域として、国内のみならず、世界に向けた取り組みを展開されることと期待しています。
石川県は、ナビゲーターが客員として所属する国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(OUIK)と連携し、新たに「世界農業遺産国際スタディ・プログラム」を開始しました。
これは、石川県が2009年から実施してきた「国連スタディビジット・プログラム(国連SVP)」を充実させ、県内の大学生等を対象に、GIAHSをテーマとして、国際的な視点で学生の専攻分野の知識を活かして県の地域活性化等について考えるプログラムを実施するものです。
①国内研修と②国内+訪伊研修の2種類のプログラムがあり、①国内研修では、国連大学職員等による講義や能登でのフィールドワークを通してGIAHSについて学習し、②国内+訪伊研修では、国内研修に加え、イタリアにある国連食糧農業機関(FAO)本部やGIAHS認定地などを訪問します。
7月1日(土)に金沢市で第1回講義があり、ナビゲーターが「世界農業遺産(GIAHS)について」という講義を担当しました。さすがGIAHSに関心の高い学生だけあって、予備知識もあり、皆さん熱心に話を聞いてくれました。8月には2日間、能登でフィールドワークを行い、9月には1週間、イタリアを訪問するとのことで、ちょっと羨ましく思いました。
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