「おはようございます。本日、第3回目の集合研修となります。前回は、集落の概要資料をもとに、鳥獣被害対策について検討してもらいました。まずは班ごとに、前回どういう経緯でこうした対策を講じることになったのか、共有してもらう時間を取ります。机の上にお配りした拡大地図をもとに10分程度で前回のふりかえりをしてみてください。そのあと、詳細の動物データをお配りしますので、対策の再構築をしてもらいます。まとまったら、ぼくらスタッフが“住民役”として各グループに入るので、各班で検討した対策案について、模擬的に提案してもらう―そんな流れで進めていきたいと思います。では、はじめてください」
会場となった郡山中央公民会の講義室には、福島県が実施する鳥獣被害対策市町村専門職員育成支援事業によって県内各自治体に配置された鳥獣被害対策市町村専門職員(鳥獣被害対策を専門に従事している職員等)が集まり、進行役を務めるNPO法人おーでらすの堀部良太さんの話に耳を傾ける。
今回の研修会で使用する、集落の概要やそこで起きている鳥獣被害とその対策に関する諸データは、NPO法人おーでらすが、地球環境基金の助成を受けて実施した事業で得たデータをもとに、動物の行動を読み取りやすくするためのポイントを付け加えるなどして作成したケーススタディ用の資料だ。
この年、7月に事業を開始した後、年度内に6回の集合研修等を開催。会議室でワークショップ形式の研修会が主になるが、年によっては、集落で進める鳥獣被害対策のための現地調査などを実施したこともあった。また、集合研修の他に、個別研修では、集合研修で学んだことを日々の業務に生かすため、各市町村専門職員の求める支援内容に応じて対応している。年度末の最終回では、各市町村専門職員が年度初めに立てた目標に対する成果報告会を実施する。
研修を通じて、地域の実情に合せた対策を推進するうえで必要となるファシリテーションスキルの向上や、集落の中で栽培している作物やそれらに対する鳥獣被害状況及び対策案などを地図にまとめる作業などを通じて、鳥獣被害の現場で実効性ある対策を実現するために必要な技能を学ぶ。
特に重視しているのが、コミュニケーションスキルだ。鳥獣被害のための対策というと加害獣種に対する調査や実態把握などが重視されるイメージも強いが、現場の専門職員が関与して効果的な対策を実施するために求められる技能には、集落の住民との対話や合意形成など、コミュニケーションスキルが欠かせないと堀部さんは言う。
もともと野生動物の行動調査を専門にしてきた堀部さんが、動物の行動調査など以上に住民たちとの対話を重視した今の仕事の必要性を実感することになったのは、苦労して収集した調査データが地域の対策には十分に還元されていないと感じるようになったからだった。
「調査データをもとに、動物の行動と、必要な対策を伝えても、簡単に聞いてもらえるわけではありませんでした。各集落それぞれの事情もありますし、何より被害を与える動物憎しで凝り固まっている住民感情もあります。自分の持っている知識や経験が、必ずしも実際の改善に役立てられていない現実に壁を感じていました。どうすればいいのかと考えたときに、これって“ヒト相手の仕事だな”と思ったのです」
本来サルの調査を専門にしていた堀部さんだったから、サルが好きで、サルを守りたいという気持ちは強い。一方で、被害を受けている地域住民にとっては、サルを守りたいという気持ちを理解してほしいと思っても、受け入れがたい感情がある。被害を受ける人間の意識が変わっていかなければ、ヒトとサルの関係性は変わってはいかない。
「被害が生じることで感情的になっていることが一番大きいんだと思うんです。特にサルの場合は、日中に目の前で被害を受けることも多いので、神経を逆なでされることにもなりますよね。でも、目の前の何頭かを捕殺したところで被害が減るわけではありませんし、憎しみの感情もなくなりません。だからこそ、被害を軽減したりなくしたりすることで、“サルが居てもいい”と思ってもらえるようにできれば、無駄に殺されていく動物を減らすことができるんじゃないかと思うのです」
鳥獣被害対策のための効果的な手法はある意味で確立している。例えば、電気柵を設置すれば獣害はかなり確実に防除できる。ただ、うまく設置できなかったり、取り扱いや管理の仕方を間違っていたりして、効果的な対策にならなかったという例も枚挙にいとまはない。対策するヒトや集落にフィットしないやり方で無理をさせてしまうことになれば、手法は適正だったとしても被害防除という結果はついてこない。対策が継続できなくなれば、営農も続けられなくなる。
対話や現地調査から様々な情報を集めて整理した上で、集落住民同士が話し合いを重ねた結果、確実な効果が認められている対策ではない手法を実践してきた集落も存在する。
例えば、電気柵に替えて防風ネットなどで代用する。専門的な観点からすると、「そんなやり方では守りきれないけど、大丈夫?」といわれることにもなるが、住民自身が、自身やそれらを取り巻く状況をきちんと把握し、納得したうえで選んだ手法なら、それが実情に合った対策であるため、主体性が育まれ対策の継続に繋がっていく。もちろん、そこで生じるリスクについてもきちんと納得をしてもらったうえで実施することが前提にはなる。
「動物の生息状況や集落の状況を踏まえて、取り得る対策手法を一緒に考えたり、時には提示したりして、それらの組み合わせによってどう効果的な防除を取っていくか、どちらかというと住民の方たちの意見を聞きながら実際の対策方法を探っていくようにしています。中でも意識しているのは、継続性です。ここの集落、この人たちが継続できる対策という点を踏まえて、多少不安の残る防除手法だったとしても住民の方が挙げた意見を尊重することもあります。そういった時は、生じるリスクを念押しして、そこでしっかりと合意が得られれば実践に向けた話し合いや行動計画の作成に進みます」
子どもの頃は自然や動物が特別好きだったわけではない。小・中学生時代はサッカー漬けの毎日を送っていた。サッカーで選んだ高校受験に失敗したのを契機に進路を考え直し、小学校高学年の頃に昆虫やカエルを捕っていた頃のことを思い出した。理科の実験も好きだったので、進学先を農業高校に定めた。
農業高校で、たまたま都市の緑化について学ぶ機会があった。都会のごみごみした感じやコンクリートばかりの風景が嫌いだったこともあって、高卒後は都市緑化に携わってみたいという思いで進学したのが、推薦枠もあった東京環境工科専門学校だった。
専門学校時代はすべてが初めて体験することばかりで新鮮だった。
夏休み期間中、北アルプスの白馬岳のグリーンパトロールのアルバイトに参加したとき、山小屋で働いている人たちと話をして、自分の知らないいろいろな生き方があることを知った。自分の好きなことを仕事にしている人たちの姿が、生き生きとして輝いて見えた。
自然環境そのものや自然を舞台に仕事をする人たちに興味を持ち始めた頃、1学年上の先輩からシカの調査に誘われた。森の中でシカのフンを探すだけのことが仕事になることに新鮮な驚きを抱いた。フンを拾っているだけでいろいろと想像ができて、なぜかとても楽しく、哺乳類の調査を仕事にしたいという気持ちが芽生えてきた。
シカ調査に参加した時に知り合った調査会社の人を通じて「福島サルの調査会」の活動に参加したことで、サルに魅了されるとともに、福島との縁ができた。翌年、専門学校2年生の夏にも福島市の鳥獣被害対策のアルバイトに参加した。在学中はとにかく哺乳類調査の技術を高めたいと、シカやカモシカやサルの調査など、時間の許す限り参加した。
専門学校を卒業して、福島市で鳥獣被害対策の専門職員として5年間従事した間、サルの生息調査と被害対策をメインの業務とした傍ら、当時被害が最盛期となっていたイノシシの調査をする機会もあった。
調査自体は楽しかった一方で、ずっと感じていたのが、調査結果がどう生かされるかということだった。特にイノシシやシカなど大型哺乳類を対象とした調査の場合、被害対策を目的にすることが多いため、被害を出している個体を特定して、その個体を確実に捕獲する必要がある。闇雲に罠を仕掛けて、たまたまかかればよいというのでは、被害対策としての効果は薄いわけだ。罠の近くには魅力的な農作物がたくさんあるから簡単にはかからないし、被害現場とかけ離れたところや山林内で捕獲できたところで、解消したい被害の軽減にはつながらない。被害を出している個体を捕獲することの必要性や難しさが理解されないことも多い。
「捕獲が必要な場面はもちろんありますし、捕獲自体は必要な対策だと思っています。ただ、無意味な捕獲は減らしたいのです。捕獲が必要なら、いかに被害対策につなげるための捕獲にするかというところをもっと理解してもらいたいんです」
集落に入って、鳥獣被害に限らない住民の話を聞いていくと、集落の成り立ちやヒト同士の関係性なども見えてきて、だから今こういう考えを持っているということが見えてくるようになる。
「ちょっと難しいんですけど、ぼくらが思う対策案を受け入れてもらうというよりは、集落や住民の方自身が判断するための材料を整理して視覚化しているといった方がわかりやすいかもしれません。集落の人たちにとって見えていないことがあれば、納得できるように根拠を付して提示します。集落住民自身の生活やその周辺環境、動物の状況がどうなっていて、だからこそこうした方がいいんじゃないかといった選択を住民自身ができるようにするための交通整理をしているという感覚です」
NPO法人おーでらすでは、設立当初より獣害対策支援を活動の中心にしてきたが、獣害と関わるうちに農作物被害にとどまらない影響を感じるようになった。各地で獣害による営農意欲低下が起きている中で、生物多様性の宝庫でなっている谷津田などの環境は、生産効率が悪いうえにイノシシ等の獣害の最前線となることで、真っ先に耕作を放棄される傾向にある。一方で、獣害対策を継続的に実施している谷津田等の環境では、適切に水田環境が保全されるため、副次的に生物多様性が保全されることが期待できる。
そこで、獣害対策の新たな付加価値とする、生物多様性保全への寄与について検討を行うことを目的として、令和元年度から3年度までの3年間、地球環境基金の助成金を活用した事業を実施してきた。
その様な活動を通して、人々の生き物に対する価値観の違いを感じた。普段は生き物好き、自然が好き、という人たちに囲まれていたため、生き物や自然環境を守っていくことは当然の様に感じていたが、生き物や自然に対する関心が最優先ではない人たちと接する機会を持ったことで、生き物や自然環境を保全していくことの難しさを痛感した。
鳥獣被害の最前線にいる中山間地域の住民たちが感情的になるのに対して、直接的な被害を被っているわけではない都市部の人たちは特別な感情がないというよりも関心がないと堀部さんは言う。
「生物調査や被害対策に従事するぼくたちは、生き物が好きなんです。好きだからこそ、生き物を守ることを大事な問題として捉えています。でも、実はそういう感覚って、限られた人たちだけのものなのかもしれません。世間一般からすると、健康問題や物価上昇など自分自身や家族の生活に対する比重が大きくなって、生き物を守ることはそれほど優先順位の高いことではなかったりするのではないかなと思うんです。もちろん、絶滅する生きものがいればかわいそうだと思うだろうし、生物多様性の重要性も知識として持っていると思います。でも、当事者意識を持って生き物を守ったり自然環境をよくしていったりすることに関わり与しているかというと、もっともっと関心を高めていくための伝え方を工夫していかないと、たぶん、自然環境を守っていくことはできないんだろうなと、今は切に感じています」
この活動を通して、新たな価値観を知ることで、改めて自分の中の常識を疑うことができたため、それは今の活動にも大きな影響を与えている。
定時は、9時から17時30分で、途中に昼休憩1時間。残業は原則なしで、時間内に業務を終わらせる。
代表と2人だけの会社で、かつ代表とは勤務形態も異なるため、自分で業務量をコントロールしている。
事務所は磐梯町の代表の自宅になっている。堀部さんは福島市内から通っているが、冬場は現場仕事もほとんどなくなるため、往復の時間を考えると自宅勤務が多くなる。
一日のスケジュールは、季節や日によって異なるが、例えば、
・スパイク長靴: | 調査時、集落を回るときなど外に出るときは、必ず着用。 |
・水中網: | 主に、両生・ハ虫類調査(カエル、サンショウウオなど)で使用。魚を捕るときに使うこともある。 |
・双眼鏡: | サルの観察や、集落環境診断で確認する植物などの観察の際に使用。水生生物調査以外、どんな調査時にも携行している。 |
・腕時計: | 時間を見ながら行動することも多いため、壁時計のない屋外作業などには必ず腕時計を着用。 |
・スマホ: | 調査の際に地図アプリで地形や航空写真を確認しているほか、行動記録のための軌跡や、痕跡調査で見つけたものの記録などにも使用。 |
・ホワイトボードノート: | 書いて、消して、書き直しもできるため、研修会で説明するときに使うほか、研修内容を考えるときの思考整理などにも重宝する。記録に残したい時には写真に撮って、保存。 |
・カメラ(防水): | ハードに使っても問題ない。 |
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