神﨑美由紀(かんざきみゆき)さん
1989年5月生まれ。神奈川県藤沢市辻堂出身。現在も毎日片道1時間半ほどかけて辻堂から通勤している。
高校卒業後に専門学校に入学。2年間学んだ後、新卒採用で東京ガス株式会社の都市型環境学習施設『環境エネルギー館』(神奈川県鶴見区)のインタープリター職として就職。2014年3月、環境エネルギー館は閉館し、一部機能を東京都江東区の『がすてなーに ガスの科学館』に移管・統合。以来、コミュニケーター職として『がすてなーに』で勤務している。職名は変わったが、仕事内容はインタープリターと似ている。
前回のエコレポに登場した小河原孝恵さんとは同期で学び、同じ釜の飯を食べた仲だ。
『がすてなーに ガスの科学館』は、小学生を中心とした校外学習施設として、また東京ガス株式会社の事業を伝える企業PR館として、2006年6月に旧ガスの科学館から場所を移して開館した。東京メトロ有楽町線「豊洲駅」から徒歩6分とよりアクセスしやすくなり、団体だけでなく、個人や家族連れでも予約なしで入館できる。
『がすてなーに』のロゴマークの中には「炎」と「?」「!」がデザインされている。“科学と暮らしの視点から、エネルギー(炎)の「?(はてな)」を学び、「!(なるほど)」を実感”するという同館のコンセプトを表すものだ。展示は体験型による学びを重視して、エネルギーにかかわる課題や省エネ、ごみ問題、地球温暖化、生物多様性などの環境問題を自分事として捉えてもらうきっかけづくりをめざす。来館者が体験型展示を通してより深く考え、感じるための橋渡し役となるのが、コミュニケーターと呼ばれる同館のスタッフだ。今回の主人公、神﨑美由紀さんもコミュニケーターの一人として勤務している。
「コミュニケーターの仕事は、展示等を一方的に解説するのではなく、来館者との双方向のコミュニケーションを取りながら、ガスやエネルギーを中心とした環境のことを理解してもらったり、自分の生活とのつながりについて気付いてもらったりと主体的な学びのお手伝いをします。実は、ここの職場で働くようになったのは、今年度から。その前は横浜市鶴見区にあった『環境エネルギー館』というまた別の東京ガスの企業館で4年間勤務していました。3月末に環境エネルギー館が閉館し、展示の一部が移管・統合したのとともに、『がすてなーに』に移ってきたのです」
『がすてなーに ガスの科学館』は、豊洲地区という今まさに建築ラッシュで日々変化している場所に立地している。2020年東京オリンピックの開催が決定したこともあり、あちらこちらにクレーンが立って、見る間にビルが建っていく。窓の外に広がる景色が、1年前に働き始めたときからだいぶ変わってきた。
かつての職場、環境エネルギー館も横浜市の鶴見工業地帯の中、まわりを工場に囲まれて建っていた。ともに自然の豊かな場所というわけでは決してない。
「自然がそれほどあるわけではない場所で環境教育をしなくてはいけない、じゃあその場所で何を伝えられるのかと思ったときに、自分たちの生活がどのくらい地球環境と関係しているのかということをすごく考えるきっかけになりました。私たちの生活って──気付きにくいところもありますが──、自然や地球環境に大きな影響を与えているということを、考えていくうちに気付くようになったのです。都会じゃないとできない環境教育があるし、都会じゃないとできない自然の守り方があると思うんです」
普段はあまり意識的に見ていないかもしれない部分にスポットを当て、伝えていくことで、環境について考えるきっかけを与え、相手の考えも聞きながらコミュニケーションを取っていく。それこそ、都会でできる環境教育ではないかと神﨑さんは言う。
「お客さまに何を伝えたいのかということをものすごく考えながら仕事をしてきましたから、自分が何を伝えられるのか、それを伝えることでどうなってほしいのか、そんな先の先の部分も考えながら、お客さまとコミュニケーションしていくことを心掛けています。勉強になりますし、一人ひとり考え方が違っていることを知れるのもおもしろいところですね」
もともと動物好きが高じて、いつしか生きものに関わるような仕事をしたいと思うようになったという神﨑さん。
「子どもの頃に通っていた幼稚園で、ウマやヤギ、ニワトリ、アヒルなどを飼っていたんです。動物たちの世話を園児たちもしていました。小学生になってからは、自宅でネコも飼うようになり、ますます動物好きになりました。高校の頃、将来は動物関連の仕事をしたいと思うようになったんですけど、人が飼っているペットの世話をするよりも野生動物とかかわる仕事に魅力を感じました。調べていくうちに、野生動物が人間の影響を受けて絶滅の危機に瀕しているといった環境問題に接しました。自分にも何かできることがないかと探しているなかで、専門学校をみつけて進学したんです。今でも覚えているのは、黒姫の実習地であった、ニワトリの屠殺体験です。ニワトリの頭をナタで切り落とし、羽をぬいて肉として調理します。家畜が食肉に変わる瞬間を体験しました。クラスにいた女の子たちのほとんどが直視できなくて部屋に戻っていった中、私を含めて3人くらいががんばって見ているという状態。私も泣きながら見ていました。食べ物を食べるとか、当たり前にしていることの重みを改めて感じたできごとでした」
自然のすばらしさ、自然を守ることの大切さは、専門学校時代に培われ、それは今も価値観として大きな財産になっている。
今の仕事は、専門学校に求職案内が来ていて応募したが、学生時代からインタープリテーションをやりたいと強い思いを持っていたわけでは必ずしもない。
「専門学校でインタープリテーションという授業がありましたが、実は苦手だったんです。人前で話すのがあまり得意じゃなくて。ただ、自然の中だけでなく都会で自然や環境について伝えるという仕事の可能性や、何より子どもと接することのできる仕事ということで、興味を惹かれました。環境の問題って、子どもたちが環境について考え、行動に移すことが必要だと思うんです。それが動機づけでした。直接的に動物や自然にかかわっているわけではありませんが、動物好きなことも、今の仕事に生きていると思います。他のコミュニケーターよりも動物好きという点では負けません。そんな私だからこそできるお客さまとのコミュニケーションがあると思います。動物そのものを守るわけではありませんが、動物たちも含めた生きものが住んでいる環境自体を大きく守っていこうという考え方です。そのために、自分は何ができるのか、そんなことを動物好きのお客さまとお話しできるのも楽しいですし、いっしょに考えながら、一人ひとりがその人なりの答えを見つけていくお手伝いをすること、それもまたインタープリテーションだと思うんです」
始めは苦手だったインタープリテーションの奥深さや楽しさを、環境エネルギー館で働くようになり、年月を重ねるにつれて感じるようになったという。
「インタープリテーションって、見えない部分を伝える職業ってよく言われています。見える部分──例えば展示物など──から、見えない部分を伝えていくことです。それと大事なのが、“伝える”ことよりも、“伝わった”こと。環境を大事にしよう!というのが押しつけになってしまったら、行動にはつながりません。“やらなきゃ!”とか“やってみたい”と思えるような、その人自身の感性や価値観の琴線に触れて、“心が動く”ことで、持続的な行動につながるのです。そんな心を動かせるようなコミュニケーションこそが、インタープリテーションだと思うんです」
一人ひとりのやりたいと思う気持ちをかきたてるためには、インタープリター自身がいろんな引き出しを持っている必要がある。人それぞれ、興味のあるものは違っているし、いろいろなバックボーンがある。話をしていきながら、その人の価値観や感性に触れたり考え方を聴いたりして、その人なりの答えを出してもらう。その答えが、“地球をいっしょに守っていこう”というものになったらすばらしいと神﨑さんは言う。それこそ、この仕事のおもしろさだし、やりがいでもある。
伝えることより、伝わったことが大事とはいえ、それは簡単に見えてくるものではない。
「本当にすぐに結果が出ることではありませんから、自分のやっていることに何の意味があるんだろうと悩んだ時期もありました。インタープリテーションって、いろいろと考えないといけない仕事だと思います。行き詰まりを感じたことも少なくはありませんし、本当にやめたいと思うことが何度もありました。でも、いざ環境エネルギー館が閉館してしまうと聞いたときの、あの衝撃が今でも忘れられません。やめたいと何度も思ったのに、こんなにも悲しいと思うなんて…。心から環境エネルギー館が好きだったんだなと改めて思いました。閉館を迎えることになった時、お客さまもスタッフも皆、涙していました。それだけ愛されていた場所だったんです。『環境エネルギー館でこんなふうに考えが変わりました』って、実際に声かけてくださるお客さまもいました。もちろん、私たち一人の力じゃなくて、環境エネルギー館が15年4か月間開館してきて、お客さまに伝えてきたことがちょっとずつ伝わっていった証だと思います。本当にやりがいを感じました」
環境の問題は、一概に言えないところもある。いろいろな見解があって、何が正しいということが言えない面もある。ただ、一つ一つの問題が互いにつながりあっていて、人間の生活が地球に大きな影響を及ぼしていることは間違いない。そんな答えのわからない部分を、来館者といっしょに考えることがインタープリテーションといえる。正しいことを伝えるわけではなく、私はこう思っていますが、あなたはどうですかと話し合いをしていくこと、それがコミュニケーターの役割だ。
2階展示のファミリーレストランでは、好きなメニュー(食品サンプル)を選んでトレイに載せる。選んだあと、皿をひっくり返すと、原産国や移動距離などのデータが記されているので、輸送に係るエネルギー総量を試算できる
環境エネルギー館で仕事を始めて、1年目・2年目の頃に先輩から「まずは自分で考えて」と何度も言われた。でも、当時は考えるための要素が少ないからどう考えればいいのか、先が見えないことが苦しかった。
「それでも、自分で考えないとその人なりの答えが出せないんですよね。自分に何ができるか、何のために仕事をしているのか、そういうところも考えなければならないことが、とてもきつかったですね」
当時を振り返りながら、神﨑さんはそう話す。
3年目・4年目を過ぎて、今はまた別の悩みも出てきている。毎日同じ展示を前に、相手は違うものの、毎度同じことを話していることを自覚する。館内のプログラムは、意図やシナリオがあって、誰がやってもある程度、同質のインタープリテーションが提供できるように設計してある。でもそれは、逆に言えばマニュアル化や没個性を招いてしまうのではないか。自分にしかできないインタープリテーションってなんだろう、同じプログラムの中で自分なりの個性を出しながら、同じことの繰り返しではない一期一会の出会いができているか、今はそんな悩みが芽生えてきているという。
「毎年毎年、いろんな悩みがあって、つらくてやめたいと思う時もあったかもしれません。それでも、いろんな出会いに支えられてやってきているんだと思います。ここ『がすてなーに』は、リニューアルオープンして1年が経とうとしています。環境エネルギー館のエッセンスを持ち込んで、新たな『がすてなーに』を作っていけるのは今この時しかないんですね。まさに、改革の年です。今しっかりと考えて、それを2年目以降にどう受け継いでいくか、一生懸命に取り組んでいきたいと思っています」
2階の展示『探検!プ・ポ・ピ ラボ』は、普段の生活を再現した展示を通じて、“エネルギーのムダ”をなくし、地球にやさしい暮らしを意識するきっかけをつくることがねらい。環境エネルギー館からやってきた展示は、主にこのエリアに移設した。
『コンビニエンスストア』コーナーは、“お店”の入り口にあるお題を選ぶところから始まる参加型の展示だ。地球・ごみ・エネルギー・水の4つのテーマからカードを1枚選び取る。「地球温暖化を防ぐ商品を探そう」「省エネできる商品は?」「ごみを減らせる商品は?」などのお題に沿って、商品棚に並ぶさまざまな商品の中から選んで、レジに出す。レジでバーコード情報を読み取ると、その商品が持つ環境の特徴が出力される。選んだ理由や自宅でやっていることなどの話もしながら、正解・不正解だけではない人それぞれの考えなどを聞いて、考えるきっかけにしてもらう。
棚に並べた商品は、コミュニケーターがそれぞれお店に行って見つけてきたものだ。新しい商品が出ていたり、既存の商品でもパッケージが変わったりするから、毎年棚卸して更新する。来館者が、「こんな商品もあるのね」「これってこんなところに、こんな環境への取り組みがあったのね」などさまざまな気づきのきっかけになるようなものを選んでいるという。
・自分自身の価値観・モチベーション
・社内連絡用のPHS:お客さまの情報などをコミュニケーター1人ひとりと共有できる。
・指し棒(大型):大人数のお客さまに展示などを説明する際に活用。
・パソコン:お客さまに必要な表示の作成や、団体・予約の管理なども行う。
・シフト表:団体対応や館内ガイドなど、各個人の予定が時間ごとに記載されている。
・時計:シフト表に沿って、30分-1時間ごとに担当を変わっていくため、時計は必須だ。
・筆記用具とメモ:お客さまの様子など気づいたことをすぐにメモして、コミュニケーター同士で情報共有する。
6:00 起床
7:00 出勤(1時間半ほどかけて、自宅の辻堂から電車で通勤。電車内は、勉強したり仕事の書類を読んだりするための絶好の時間になる)
9:00 出社
事務所で朝のミーティング(全体) 10分くらい
・どんな団体が入るか、展示物の不具合など、当日の情報共有
朝のコミュニケーター・ミーティング(別室に移動して)
・発声練習(腹式)
・開館に向けて、それぞれの持ち場に移動。
9:30 展示室に入ったり、団体の案内をしたり、空き時間には事務仕事や電話対応など(日によって動きが異なる)
11:00-14:00 シフトにより、この時間帯の中でそれぞれ昼休みを取る(団体数や出勤者の人数等により調整)
17:00 閉館
17:15- 夕方のコミュニケーター・ミーティング。その日の出来事や展示物等について情報共有
17:45 定時
必要に応じて残業。イベント等の企画・準備など。チーム業務として集まることもある。日中はそれぞれの担当があるため、集まって一斉に作業やワークショップのリハーサル等ができるのはこの時間帯になる。
プログラムは土日がメイン。神﨑さんたち環境推進チームが実施するプログラムは、環境エネルギー館から移設してきた「ワンダーポケット」が舞台になる。来館者に向けて約20分のプログラムを実施している。平日は、団体対応がメインになるため、幕を被せて閉鎖している。
環境エネルギー館から持ってきたワゴン「ワンダーポケット」。環境エネルギー館から持ってきたのは展示だけでなく、むしろインタープリテーションのやり方や来館者とのコミュニケーション。もともと『がすてなーに』のコミュニケーターが確立してきたやり方とよい融合をさせつつ、よりよいコミュニケーションをめざして話し合いを重ねている
19:00 退社
21:00 帰宅
夕食、お風呂、テレビ。現在は、独立のための引越準備中。なお、休日にはアウトドアなどを楽しむことが多い。つい先日も、職場の仲間とラフティング(川下り)をしてきた。
24:00 就寝
役に立った!
(2015.11.20)
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