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「自然を守る仕事」バックナンバー

0092012.10.02UPゼネラリストのスペシャリストをめざして-ランドスケープ・プランナー(建設コンサルタント)亀山明子さん-

住民参加の公園づくりを設計する

亀山明子さん
亀山明子さん
1970年5月、東京都東久留米市生まれ。95年3月に現在の東京環境工科専門学校を1期生として卒業後、北海道の知床で公園管理やヒグマ調査、ガイドなどの仕事に就く。2007年に転職、横浜市にある建設コンサルタント会社「ランズ計画研究所」で、ランドスケープ・プランナーとして都市公園などの整備方針や市民参加システムの設計などに従事している。

 近年、行政の計画づくりや意思決定の場面で、施策の対象である地域住民の意見や意向を幅広く求める情報交換や意思形成のプロセスが重視されている。いわゆる住民参加の計画づくりだ。
 公園づくりでも、新設公園はもちろん既設公園の再整備などにおける整備方針や計画の策定プロセスで、いかに地域の関係団体や住民の意見や意向を反映させるか工夫を凝らすケースが多くなっている。
 亀山明子さんの勤め先、ランズ計画研究所は、主に横浜市や神奈川県などの地方自治体が新設または再整備する都市公園や里山公園などの整備方針を定めたり、計画区域内の利用用途を区画するゾーニングや公園施設の設計をしたりといった仕事を請け負っている。
 その住民参加の公園づくりの場を設計・運営して、具体的な計画や設計図面に反映させるのが、亀山さんの仕事だ。ワークショップと呼ばれる参加の手法を用いて、関係者それぞれの意見を引き出し、調整していく。
 「行政としての立場や考えもありますし、市民同士でもいろんな価値観を持っています。社会的なニーズや設計上の条件など、盛り込まないとならないことも多くあります。それらを調整して計画にまとめ上げていくのが私たちの仕事です。激しく対立している人たちがいて、そこをなんとか収めてまとめたときの方が、むしろ達成感はあります。もめた分、各自の本音が出たわけですから、それを乗り越えてできた計画は確実によいものになりますね」
 もともと“橋渡し役”が性に合っていたという亀山さん。インタープリターの仕事でも、自然を知らない人がその魅力やかけがえのなさに気付くきっかけをつくれることに喜びを感じていた。自然と人との架け橋だ。行政と市民の橋渡しをする今の仕事も、土俵が変わっただけで本質はそれほど変わらないという。いろいろな立場や意見の人たちが話し合いながらまとめていく、それこそが自然環境の保全にとっても大事になる。「設計」といういわば畑違いの仕事ではあるものの、これまでの経験が生かせたし、むしろそれまで以上にやりたかったことがどっぷりできている実感もあるという。

ワークショップで進める“住民参加の公園づくり”
ワークショップで進める“住民参加の公園づくり

野生動物と関わる仕事といっても、当時は獣医くらいしかイメージが湧かなかった

クマ・レクチャーの様子

クマ・レクチャーの様子
クマ・レクチャーの様子

ツキノワグマ・トランクキットの内容(日本クマネットワークの活動。(独)環境再生保全機構地球環境基金の助成による)
ツキノワグマ・トランクキットの内容(日本クマネットワークの活動。(独)環境再生保全機構地球環境基金の助成による)

 武蔵野の面影を色濃く残す東京都東久留米市に育った亀山さん、小さい頃から小鳥やウサギなどの動物を飼っていた。週末には家族で河原のバーベキューや山登りなどに出かけた。野生動物を取り上げたテレビ番組もよく観ていた。いつの頃からか、将来は野生動物に関わる仕事をしたいと思うようになっていったという。
 高校を出て、北海道の酪農系短大に進学。自然や野生動物に関わる仕事といっても、当時はそれほど現実的に考えられる職業がなく、獣医になるくらいしかイメージが湧かなかった。短大を卒業したあとも、フリーターをしながら北海道にとどまって、進路に迷いつつも、気ままな生活を満喫していた。
 そんなある日、愛読していたアウトドア系の雑誌に、フィールドワークのできるレンジャーを養成する専門学校ができると紹介されているのを読んだ。これこそ自分のやりたかった仕事なんじゃないかと、実家の東京に戻って入学の手続きを進めた。
 北海道で野生のヒグマをみたことがきっかけで、クマに興味を持っていた。クマのことを知りたい、クマの調査をしたい、そんな希望を持っていたところ、知床でヒグマ調査をしている人に出会うきっかけがあった。授業の合間を縫って、ヒグマ調査のボランティアに参加した。卒業後、その縁で始めはアルバイトとしてだったが採用してもらえることになった。
 専門学校では、フィールドワークの基礎を浅くながらも広く学び、最低限の道具も揃えたから、即戦力として使ってもらえた。それこそ、狩猟論から生物分類や林業実習など幅広く学んだ。これがマネジメントする立場になったときに役立った。特に自然保護の現場では、研究よりも調整が重視される場面も少なくない。さまざまな分野を囓っただけとはいえ知っていることは強みになった。
 専門学校で言われた中で印象に残っているのが、「ゼネラリストのスペシャリストになれ」という言葉だ。研究者になりたいなら大学に行けばいい。でも人の生活や社会との軋轢の中で自然を守っている現場の最前線では、人と人や人と自然との調整が重要になり、そのために求められるのがゼネラリストの役割だ。

 現在、仕事上では野生動物との直接的な関わりはあまりないが、プライベートでクマと関わるようにしているという。
 「仕事にしちゃうと、仕事ゆえのジレンマを覚えることもあるじゃないですか。プライベートで関わった方が好きなことを自由にできますから。『日本クマネットワーク(JBN)』という任意団体があって、今はそこで主に普及啓発の活動をしています。毛皮や頭骨などをひとまとめにした学習教材『ツキノワグマ・トランクキット』を作って、クマの出没している小学校の授業でクマ・レクチャーをしたり、貸出したりしています」

第三者としての客観的立場で皆が納得できるロジックを提案する

公園の現場を見ながらワークショップを進めることもある

公園の現場を見ながらワークショップを進めることもある
公園の現場を見ながらワークショップを進めることもある

 今の仕事をしていて特に感じるのは、何事も極端に偏っていては進まないということ。自然についても、保護一辺倒では難しい。場所によっても違うから、対象となる場所の環境特性を加味して、目をつぶるところも持ちつつ、妥協点を探していく。そうして、皆が納得できるロジックを提示していく。皆が皆100%満足するかというとそうでもないかも知れない。でも、それぞれの言いたいことが50%ずつでも盛り込まれて、それなりに納得できるような落としどころを見つけることができれば、大きな不満はなくなる。
 言い換えれば、納得できる幅をどれだけ大きくできるかが、腕のみせどころだ。技術的に解決できる面もあって、自然を守りながら施設を造るための提案もする。白か黒かの二択ではなく、やり方によってはどちらの考えも取り入れられる。当事者ではない第三者としての客観的立場に立てるからこそ、まとめ役を担っていくことができる。
 その反面、第三者でしかないがゆえに、“点”としての関わりにとどまらざる得をえない限界もある。行政からの業務は基本的に単年度契約だから、ある年にその仕事を請けても次の年も担当するとは限らない。保全管理計画を作っても、計画ができるまでの関わりでしかなく、その後の管理には多くの場合、関わることができない。こういう公園にしようと計画を作っても、本当に計画通りの公園になっているのかを見守ること、あるいは計画の妥当性について検証することも業務上はできない。
 「そこが、淋しい部分ですね。結局、地元で関わっている人が強いということをすごく感じます。行政の担当者も異動があるから何年かするといなくなります。残るのは地域に住んでいる人たちで、よいところも悪いところも引っくるめて、すべてをこうむっていくことになるんです。だからこそ、地域の人たち意見を大事にしたいと、いつも思っています」


必須アイテム(ワークショップ七つ道具)

必須アイテム(ワークショップ七つ道具)

・プロッキー:裏写りしないように、油性でなく水性マジックを使っている。
・付箋:大きめのものの方が書き込みやすい。
・ドラフティングテープ:地図や計画図などを壁に張り出すときに使う。どこに貼っても跡が残らないので便利。
・名札:ワークショップに参加する人たち全員につけてもらい、お互いに名前がわかるようにする。
・カメラ&レコーダー:記録をとって、情報共有の素材を取る。
・ポインター(または指し棒):壁に張った地図などの位置を説明するときなどに使っている。
・地図:計画前の現況図など。現在の状況と特徴を説明し、どうしていきたいか、それぞれの思いや考えを話し合う。


ある一日のスケジュール

7:00-7:30 起床

8:30 家を出る(電車で移動)

9:30 出社
午前中、デスクワーク、ワークショップの準備など。

12:00 昼食。たいていはコンビニ弁当で済ませている。
昼食後、ワークショップ会場に移動。会場は、地域の公民館や役所の会議室など。
会場設営、受付準備など。

15:00 ワークショップ開始。土日か、平日の場合は午後に開催することが多い。
進行、まとめを担当する。ワークショップの所要時間は、だいたい2時間ほど。
片づけ、撤収。

18:00 帰社
道具の片づけ、写真など記録の整理
合間に、夕食(コンビニ弁当で済ませることが多い)

21:00-23:00 終電ギリギリで帰宅の途へ
テレビのスポーツニュースなどを見てくつろぐ。

24:00頃 就寝

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  1. 001「身近にある自然の魅力や大切さをひとりでも多くの人に伝えたい」 -インタープリター・工藤朝子さん-
  2. 002「人間と生き物が共に暮らせるまちづくりを都会から広げていきたい」 -ビオトープ管理士・三森典彰さん-
  3. 003「生きものの現状を明らかにする調査は、自然を守るための第一歩」 -野生生物調査員・桑原健さん-
  4. 004「“流域”という視点から、人と川との関係を考える」 -NPO法人職員・阿部裕治さん-
  5. 005「日本の森林を守り育てるために、今できること」 -森林組合 技能職員・千葉孝之さん-
  6. 006「人間の営みの犠牲になっている野生動物にも目を向けてほしい」 -NPO法人職員・鈴木麻衣さん-
  7. 007「自然を守るには、身近な生活の環境やスタイルを変えていく必要がある」 -資源リサイクル業 椎名亮太さん&増田哲朗さん-
  8. 008「“個”の犠牲の上に、“多”を選択」 -野生動物調査員 兼 GISオペレーター 杉江俊和さん-
  9. 009「ゼネラリストのスペシャリストをめざして」-ランドスケープ・プランナー(建設コンサルタント)亀山明子さん-
  10. 010「もっとも身近な自然である公園で、自然を守りながら利用できるような設計を模索していく」 -野生生物調査・設計士 甲山隆之さん-
  11. 011「生物多様性を軸にした科学的管理と、多様な主体による意志決定を求めて」 -自然保護団体職員 出島誠一さん-
  12. 012「感動やショックが訪れた瞬間に起こる化学変化が、人を変える力になる」 -自然学校・チーフインタープリター 小野比呂志さん-
  13. 013「生き物と触れ合う実体験を持てなかったことが苦手意識を生んでいるのなら、知って・触って・感じてもらうことが克服のキーになる」 -ビジターセンター職員・須田淳さん(一般財団法人自然公園財団箱根支部主任)-
  14. 014「自分の進みたい道と少しかけ離れているようなことでも、こだわらずにやってみれば、その経験が後々活きてくることがある」 -リハビリテーター・吉田勇磯さん-
  15. 015「人の営みによって形づくられた里山公園で、地域の自然や文化を伝える」 -ビジターセンター職員・村上蕗子さん-
  16. 016「学生の頃に抱いた“自然の素晴らしさを伝えたい”という夢は叶い、この先はより大きなくくりの夢を描いていくタイミングにきている」 -NPO法人職員・小河原孝恵さん-
  17. 017「見えないことを伝え、ともに環境を守るための方法を見出すのが、都会でできる環境教育」 -コミュニケーター・神﨑美由紀さん-
  18. 018「木を伐り、チップ堆肥を作って自然に返す」 -造園業・菊地優太さん-
  19. 019「地域の人たちの力を借りながら一から作り上げる自然学校で日々奮闘」 -インタープリター・三瓶雄士郎さん-
  20. 020「もっとも身近な、ごみの処理から環境に取り組む」 -焼却処理施設技術者・宮田一歩さん-
  21. 021「野生動物を守るため、人にアプローチする仕事を選ぶ」 -獣害対策ファシリテーター・石田陽子さん-
  22. 022「よい・悪いだけでは切り分けられない“間”の大切さを受け入れる心の器は、幼少期の自然体験によって育まれる」 -カキ・ホタテ養殖業&NPO法人副理事長・畠山信さん-
  23. 023「とことん遊びを追及しているからこそ、自信をもって製品をおすすめすることができる」 -アウトドアウェアメーカー職員・加藤秀俊さん-
  24. 024「それぞれの目的をもった公園利用者に、少しでも自然に対する思いを広げ、かかわりを深くするためのきっかけづくりをめざす」 -公園スタッフ・中西七緒子さん-
  25. 025「一日中歩きながら網を振って捕まえた虫の種類を見ると、その土地の環境が浮かび上がってくる」 -自然環境コンサルタント・小須田修平さん-
  26. 026「昆虫を飼育するうえで、どんな場所に棲んでいて、どんな生活をしているか、現地での様子を見るのはすごく大事」 -昆虫飼育員兼インタープリター・腰塚祐介さん-
  27. 027「生まれ育った土地への愛着は、たとえ一時、故郷を離れても、ふと気付いたときに、戻りたいと思う気持ちを心の中に残していく」 -地域の森林と文化を守るNPO法人スタッフ・大石淳平さん-
  28. 028「生きものの魅力とともに、生きものに関わる人たちの思いと熱量を伝えるために」 -番組制作ディレクター・余座まりんさん-
  29. 029「今の時代、“やり方次第”で自然ガイドとして暮らしていくことができると確信している」 -自然感察ガイド・藤江昌代さん-
  30. 030「子ども一人一人の考えや主張を尊重・保障する、“見守り”を大事に」 -自然学校スタッフ・星野陽介さん-
  31. 031「“自然体験の入り口”としての存在感を際立たせるために一人一人のお客様と日々向き合う」 -ホテルマン・井上晃一さん-
  32. 032「図面上の数値を追うだけではわからないことが、現場を見ることで浮かび上がってくる」 -森林調査員・山本拓也さん-
  33. 033「人の社会の中で仕事をする以上、人とかかわることに向き合っていくことを避けては通れない」 -ネイチャーガイド・山部茜さん-
  34. 034「知っている植物が増えて、普段見ていた景色が変わっていくのを実感」 -植物調査員・江口哲平さん-
  35. 035「日本全国の多彩なフィールドの管理経営を担う」 -国家公務員(林野庁治山技術官)・小檜山諒さん-
  36. 036「身近にいる生き物との出会いや触れ合いの機会を提供するための施設管理」 -自然観察の森・解説員 木谷昌史さん-
  37. 037「“里山は学びの原点!” 自然とともにある里山の暮らしにこそ、未来へ受け継ぐヒントがある」 -地域づくりNPOの理事・スタッフ 松川菜々子さん-
  38. 038「一方的な対策提案ではなく、住民自身が自分に合った対策を選択できるように対話を重ねて判断材料を整理する」 -鳥獣被害対策コーディネーター・堀部良太さん-

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