小野比呂志さん
1973年茨城県生まれ。
大学卒業後、食品メーカーに就職。3年間勤めた後に退職し、東京環境工科専門学校(第7期)の野生生物調査科に学ぶ。2002年3月の卒業と同時に、ホールアース自然学校に就職。
1年間の実習生を経た後、富士山本校での勤務や「愛・地球博」出展の準備・運営などを経て、2008年4月から環境省の自然学校第1号「田貫湖ふれあい自然塾」のチーフインタープリターとして赴任。
富士山の西麓、柚野という美しい里山に30年の歴史を持つ「ホールアース自然学校」の富士山本校がある。『1人1人が「人・自然・地域が共生する暮らし」の実践を通じて、感謝の気持ちと誇りをもって生きている。』そんな社会を目指して、約40名のスタッフが活動する老舗の自然学校である。
その富士山本校から車で30分。富士山の真西に位置する、知る人ぞ知る湖「田貫湖」。この地に環境省が進める自然学校の第1号として2000年7月に開設した「田貫湖ふれあい自然塾」がある。2階建ての自然体験ハウスを中心に、さまざまな遊びや学びが体験できる施設だ。
ここにはホールアース自然学校が派遣する「インタープリター」と呼ばれる、自然と人との橋渡しをするスペシャリストが駐在し、毎日訪れるたくさんの人と話をして「自然」と「人」との橋渡しをしている。小野比呂志さんは、富士山本校で様々な体験プログラムの企画・開発、企業との協働事業、人材育成などに関わった後、「田貫湖ふれあい自然塾」の4人いるインタープリターのまとめ役を担うチーフインタープリターとして2008年4月に赴任し、この春でちょうど6年目を迎えている。
「自然はそこに棲む生き物たちが織りなす暮らしによって成り立っています。ですから、まずは生き物の生活や活動に触れ、自然を感じて理解することが第一歩。その上で、自然とのつながりを感じる場面が少なくなっている現代の人の生活と自然がどうつながっているのかを知ってもらう工夫を心がけています。」
いわば、『生き物』と『くらし』をテーマにした体験館である。
田貫湖ふれあい自然塾の仕事は、来館者に対しての展示などを用いた様々な自然の魅力の紹介、自然体験教室・講座の企画・実施を基本として、人と自然とを結びつける作業をお客さんの個性に合わせてひとつひとつ丁寧に行っている。そして、定期的な周囲の生物調査、それを基にした自然解説展示の企画作成、様々な体験教室・講座の企画・広報、通信誌の執筆・編集、地域とのつながり作りなど、基本を支える仕事の幅は広い。そして、スタッフひとりひとりの感性や得意技も違う。それらをまとめ、来館者や地域の人そして働いているスタッフにとって常に魅力的な施設であるように、時には先頭に立ち、時には最後尾から声をかけながら走り続けることが小野さんの仕事である。
館内を見せてもらうと、更新を前提に設計されたスペースにある魅力的な展示がこれでもかと訴えかけてくる。小野さんたちインタープリターの手づくり展示は、季節やお客さんの興味に合わせて年間60回ほど入れ替える。来るたびに違う展示が来館者を魅了する。
「“聞いたことは忘れる、見たことは思い出す、体験したことは理解する、発見したことは身に付く”そんなことわざがあります。聞くこと・見せられることはその人にとって受動的な行為ですが、体験する・発見するというのは能動的・主体的な行為です。そうやって自分の心が動いた時、何かしら身に付くものがあるのだと思うんです。その瞬間をぼくらがどう引き出してあげられるか。そんな仕掛けを館内にいろいろと作っています」
来館者が自ら発見できるような仕掛けに加えて、もう一つ大事にしているのが来館者とのコミュニケーションだ。例えば、自然を楽しもうと出かけた旅で思い出すのは、なぜか地元のおばちゃんと交わした会話だったりする。そんなふうに人が人に作用することで果たせる役割は大きいと小野さんは言う。スタッフがどれだけお客さんと関われるかが問われる。だから、館内や体験プログラムでお客さんと接する手法はスタッフ同士、日々実践で高め合っている。
「プログラムは事前申し込みのものもありますが、ふらっと来た人が飛び込みで参加できるものも毎日あります。市内から車なら30分で来られますし、靴を脱いで入ってもらうので赤ちゃんもハイハイして過ごせます。幼児連れのママさんたちの井戸端会議の場にもなっていますし、荒天時に雨がしのげるからと訪れてくる人もいます。予約制のプログラムの場合には自然や生き物にすごく興味のある人しか来ませんが、この施設ではもう少し幅広い人への応対ができるのが利点です。しかも、車でしか来られないからもれなく親御さんがついてくる。大人向けにも何かできるチャンスがあるわけです」
来館者が日常生活に戻った時に少しでも自然に対して目が向くようになったり、自然に配慮した生活や行動に変わっていくきっかけを作りたいと小野さんは言う。
クイズラリーの回答用紙(左)と館内のいろんなところに隠された問題シート(右)。回答用紙にある館内マップの★マークのある場所に問題が張り出されているから、探し出して問題を解いていく。答えをすべて書き込んだら、スタッフに持っていってドキドキの答え合わせ!
もとから自然や生き物の世界をめざしたわけではなかったという小野さん。大学は文学部歴史学科で中世ヨーロッパの庶民の暮らしを研究するかたわら、サッカーに明け暮れた。卒業後は食品メーカーで商品開発にたずさわる日々を送っていた。そんな時、夏休みに訪れた西表島で、自然体験やネイチャーガイドという世界に出会ったという。
「このときの感動は、まさに衝撃的でした。川下りの途中でカヌーを下りて、この先にある滝を見に行こうと言われて入った森の中、そこで聞いた自然のさまざまな話。変な表現ですが、当時は“木”が生きているという感覚を持っていなかったんです。風景の緑色の部分というだけの認識。その木が、周囲の環境に適応して生きていること、動けない分、花を咲かせて色や匂いで虫を誘って花粉を媒介させたりと、いろんな方法で工夫を凝らしている。そんな話にわくわくしました」
夏休みを終えて当時住んでいた寮から会社に向かう途中、それまでまったく気付くことがなかった庭木や街路の木々に目が向いた。こんなところでこれだけたくさんの花を咲かせているんだとにわかに気づかされる。それまでも目には映っていたのかもしれないが、まるで見えていない光景だった。
まるで知らない世界が小野さんの中に飛び込んできた。それまで自然の案内が職業として成り立つという発想はまるでなかったが、飽食時代の食品の開発よりも社会的な意義があると感じ、3年間務めた職場を退職。ただ、何の知識も経験もなかったため体系的にきちんと学びたいと思っていたところに、専門学校を知る。小野さんにとって、まさに求めていたものだった。
「自然を学ぶ一番よい方法は、知っている人について教わること。専門学校にはすばらしい先生が揃っていました。先生の話を聞きて、フィールドを見るだけで、どんどん吸収できた気がします。いっしょに学んだ仲間たちは、高校を出てすぐの子もいたし、社会人経験者もいました。今の社会、同世代以外と付き合う環境はほとんどありませんが、世代の違う同級生が、同じステップで歩んでいく、そんな関係も貴重な経験でした。今も大きな財産です」
『人が変わる瞬間』を作り出す作用には2通りあると小野さんは言う。
「それは、“感動”と“ショック”。感動した瞬間というのは人を変える力があるし、知らずにしていたことの影響を知ったときのショックも、反省とともに人を変える大きなパワーを持っています」
田貫湖ふれあい自然塾は、子どもや親子をメインターゲットにしているから“感動”を中心に体験を構成している。しかし、一方で目を向けないとならない、今の人間の暮らしが抱える様々な問題がある。まだまだ知られていないそれらの問題を知らせて、“ショック”を感じてもらうのも大事な役割だと小野さんは言う。
そのための具体的な行動として、例えば、人工林問題の解決を環境教育的手法で行う「皮むき間伐」を行ったり、貨幣経済がもたらす問題に向き合うための「ぶつぶつ交換市」というお金を介さないつながりづくりの場を月に一度開催したりしている。富士山麓で頭数を増やして森を枯らす原因になっているシカ問題の解決のため、自ら猟師となった。猟期にはシカを捕獲して、さばき、シカ肉をありがたく家族でいただく生活を送っている。
「仕事の枠は決まっていなくて、これをやりたいと思ったら、自分次第で何とかなってしまうのがこの仕事のおもしろいところです。企画からお客さんに提供するまですべてを味わえるというのは、分業制の世の中でめずらしい、とても魅力的な仕事だと思います」
①自分自身
まず一番の道具は、何といっても「自分」。自然の中で感性を磨き、声や体を駆使して、自然のメッセージを伝える、唯一無二の“道具”だ。
ときには、写真のような「変装グッズ」で扮装して来館者の前に立つこともある。
②野外活動のための道具たち
様々なものを入れるアウトドアベスト、長靴、レインウェア、ライト、ロープ、救急用具などの標準装備。
③生物観察に役立つ道具たち
双眼鏡、ルーペ、シャーレ、標本など。
実際に見られない時は、標本が役立つ。アゴを伸ばした状態のヤゴの抜け殻でヤゴが捕食する様子について伝えたり、葉っぱの標本を樹木観察に使ったり。
④伝えるための小道具(1)既存の物を工夫して使用しているもの
ガラスビンやプラスチックケースは生き物の動く様子の観察や子どもたちが森の中で拾い集めたものを入れる宝箱に。小ビンには松ぼっくりのかさを入れて雨の日に閉じて種を守る習性を伝えている。ペットボトル(1L)には水を入れて、ムササビやマガモの体重1kgの重さを実感してもらう、など。
⑤伝えるための小道具(2)自分で作り出したもの
様々な紙芝居は、屋内外で大活躍!! 他にも、テーマに応じてその不思議やヒミツをまとめた小冊子、クモが網にかかったえものを目でなく体で感じて捕まえることを疑似体験するもの、根から葉っぱまでの水の吸い上げの大変さを実感できるものなど、必要に応じて作り出している。
⑥モノづくりのための道具
自分の暮らしを自分で作ることを目指して、自分の身の回りの生活用品を竹細工や木工などで作っている。そして、月1回のぶつぶつ交換で腕試し。工夫して作り出す力は、これによって磨かれていると感じている。
⑦狩猟道具
シカを狩る道具も“自然を守る”ための1つの手段。自然を守るというと、大切に保護するイメージが強いかもしれないが、木を切ることや野生動物の個体数を管理することが生態系全体の保全にとって重要な意味を持つこともある。
5:00-6:00頃 起床。新聞やメールを読んだり、庭を散歩(時には畑作業)したりして過ごす。
7:00 家族といっしょに朝食。3歳になる娘さん・0歳の息子さんとのコミュニケーションの時間でもある。
8:00 職場に出勤後、30分ほど周辺の自然を見てまわる。実際の自然を見て、感じて、理解するというのは、自然を伝える仕事をする者の必ずやらなければならないことだと小野さんは言う。
9:00 朝礼。その日の予定の確認や情報共有などをスタッフ間で共有する。
9:30 開館。日によって、来館者対応、展示解説、プログラムの企画・実施、展示物の製作、通信誌の原稿書き、周辺広報などを行う。4人のインタープリターでシフトを組んでいる。
9:30-11:30 日替わりプログラムの実施。参加者は隣接する休暇村の宿泊客や近郊からの日帰り来館者などが主。1日がかりのプログラムや宿泊付きのキャンプ・プログラムなどの場合は事前予約制で参加者を募集している。
1時間ごと交替で休憩し昼食を取る。
14:00-14:30 日替わりプログラムの実施。午後は、来館者が飛び入りで参加できるショートプログラムを実施している。
16:30 閉館。
17:00 終礼。日報で来館者数の確認、翌日の担当配置やスケジュール等の確認、各自が気づいたことの共有など。
スタッフのマネジメントでは、言いたいことの言いあえる環境づくりを心がけているという。人に伝える仕事は、伝える側の人間が如実に出るから、自分たちの関係性がきちんとしていないと来館者にも伝わってしまう。
18:30 帰宅の途に着く。独身スタッフなどは残って残務処理をすることもある。
19:00 家族といっしょに夕食。食後は子どもといっしょに風呂に入ったり遊んだりする。
20:30 子どもたちを寝かしつける。
21:00頃 30分ほどで、子どもたちが寝付いたのを見計らって起きあがり、持ち帰った仕事をこなす。
仕事を終えた後は、読書やモノづくりなど自分の時間を過ごしたり、奥さんとの会話を楽しんだりしている。
23:00頃 就寝。
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