石田陽子(いしだようこ)さん
1981年6月生まれ。生まれも育ちも千葉県船橋市。
動物系の専門学校に入学し、犬のトレーナー養成コースで動物訓練技能を学んだあと、動物園の飼育係として、マダガスカル産のワオキツネザルの飼育とアシカ・アザラシのショーを担当。3年間働いた後、海外生活への憧れが捨てがたく、離職してニュージーランドとオーストラリアのワーキングホリデーに旅立つ。帰国後、地元で自然とかかわる仕事を志して、2013年4月に東京環境工科専門学校入学。2015年3月の卒業を期に、地元・千葉県房総半島を中心に獣害対策のサポートをする合同会社AMACに就職。現在に至る。
「ここの調査区では、幅200メートル・奥行き400メートルほどの中に数十か所の罠を設置しています。対象となる動物の種類によって生態は異なりますし、同じ種類でも森の中と住宅地の近くにいる場合などでは同じように設置した罠でも捕獲状況は変わってきます。個体ごとに異なる行動をすることもありますから、どんな罠が適しているかは一概に言えません。現場に来て、実際に周辺環境や被害状況を確認しながらさまざまなパターンの罠を作って試しているところです」
某日某所、とある野生動物による獣害対策の現場を案内してくれたのは、合同会社AMACの石田陽子さん。同社は、主に千葉県房総半島における獣害対策のサポートを主たる業務として、2014年に設立された会社だ。2015年4月から正式採用されている石田さんは、就職前の学生アルバイトの時代も含めて、すでに1年半ほどここの現場に通ってきているという。
草地と藪の境界、いわゆる林縁部に沿って柵を設置して、出入り口をつくって罠に誘導する。寝床になる藪の中から、エサ場として使っている開けた土地へと通り抜けていく個体を捕獲しようというわけだ。この他、寝床のまわりを歩き回る個体を捕獲するため、藪の中にも設置してある。
「動物の行動を確認するため、罠の近くには自動撮影のカメラも設置していますが、近くに人が入ると、前の日までカメラに映っていた動物が、次の日からぱったり映らなくなることがよくあります。これを“散らす”と言うんですけど、警戒させて、しばらく寄り付かなくなるのです。ですので、必要以上には罠の近くに行かないようにしています。他には、追い込みをする方法で捕まえることもあります。何人かで横並びになって、罠を仕掛けた方向に歩いていって、範囲を狭めていくのです。そんなときは学生アルバイトに協力してもらいます。ただ、ここのフィールドは笹藪がひどく大変なので、今はやっていません」
石田さんの仕事は、野生動物の調査・分析だが、その目的は獣害対策をするうえで必要な情報の収集に特化している。特に、イノシシ、シカ、サルなどによる農林被害が、被害金額も大きく、獣害対策への要望も高い。
「現場を見て、野生動物の痕跡を探したりするのが私の仕事ですが、野生動物を触ることよりも、むしろ地域の人たちへの対応の方が多くなっています。集落ごとに環境も違いますし、そこに住んでいる方たちの生活スタイルもそれぞれです。そんな中で、農家さんが一人で獣害対策をしていたのではなかなか対策が進みません。集落全体で取り組んでもらうためには、リーダーとなる人の存在が必要なのです。そういった方を探したりするためにも、集落の中に入って地域の人たちと接していくことが欠かせません。現地で動物の調査をするのとともに、農家さんから情報収集をしたりコミュニケーションをとったりするのも重要な仕事なのです」
獣害対策や野外調査というと、とかく野生動物だけを見ていればいいようなイメージがあるかもしれないが、それだけでは絶対にだめだと石田さんは言い切る。
「行政がずっとやってくれるわけではないですし、私たちはあくまで獣害対策をする方たちのお手伝いをするだけの立場に過ぎません。獣害対策をする主体である農家さんたちが、“自分たちの畑を自分たちで守っていこう”と思っていただかないと、なかなか効果的な対策はできないんですね」
県や市町村の立場としても対策は急務だが、予算もなくて実施できていないのが実情だという。
「国の補助などによって予算がつきますから、申請すれば柵や罠の設置も可能になります。ただ、どのくらいの被害があって、どんな設備を導入することでどれだけ被害が減るのかといった費用対効果を事前に算出して、認められないと予算がつきませんから、行政の人たちも結構やりくりが大変なようです。人手も足りていないし、他の業務もあって忙しくて現場にもなかなか出られません。もともと野生動物の勉強をしてきたとは限りませんし、しかも3年ほどで異動してしまい、引き継ぎもなかったりします」
自治体の単位で事業化しても、実際には小さな集落単位で動いていかないと効果的な対策にはならない。それぞれの環境に合った細かな対策が求められるわけだ。だからこそ、集落ごとのリーダーが必要になる。
今の仕事に就くまでには、大きく紆余曲折してきたと石田さんは言う。幼い頃から動物が好きで、夢は動物園の飼育係になることだった。
「なんでそう思うようになったのか全然覚えていないのですが、動物とコミュニケーションを取りたいとずっと思っていたんですね。そこから動物と接する仕事に就きたいと思うようになって、動物園の飼育係をめざしました。勉強していくうちに、人と動物の共存というのが切り離せないことに気付きました。人が地球上で生きていく上で、生き物からの恩恵が切っても切り離せないことを知るようになったのです」
高校を卒業して、動物系の専門学校に入学。犬のトレーナー養成コースを専攻した。ゾウの飼育担当を夢見て、調教技術を身につけることが目的だった。卒業後、念願の動物園飼育係として働き始めた。
「メインの担当はワオキツネザルというマダガスカルにいるサル。もうひとつ、先輩がメインだったんですけど、先輩と二人三脚でやっていたのがアシカとアザラシ、調教動物の担当でした」
動物園には3年勤めた。動物相手の仕事に就きたいという小さい頃からの夢とともに、もう一つ温めていたのが、海外での生活へのあこがれだった。
「野生動物が好きだったんですね。生息場所は全然違うんですけど、ゾウ、それとペンギンが大好きなのです。それで、海外で暮らしながら野生動物と関わる仕事をしたいと思い、派遣の仕事でお金を貯めながらワーキングホリデーで、ニュージーランドとオーストラリアに行きました」
ニュージーランドには1年1か月、その2年後にオーストラリアに1年半ほど滞在した。オーストラリアでは現地の学校に入るのを目的に渡航し、途中で学生ビザに切り替えて、最後の半年間は現地の公立の専門学校に通った。
「専門は、"Environmental Management"(環境管理)で、主に植物の勉強をしました。オーストラリアの学校に入った時点で、正直、現地での就職は難しいと思うようになりました。それとともに、むしろ自分の育った地元で自然とかかわる仕事に就きたいと徐々に思うようになってきていました。学校に入って勉強している間に、日本に戻って、日本で勉強しなおそうという思いが強くなっていったのです」
オーストラリアで通った公立の専門学校は、地元のおじさんやおばさんが通ってくるようなローカルな学校だった。地域に密着した、学校周辺の自然環境を勉強していた。
「卒業後の進路について話をしたときに、田舎だからということもあるのかもしれないんですけど、地元の自然を守っていきたいと皆さん言うのです。私は海外の動物が好きで、海外で働きたいという気持ちを残したまま通っていたんですけど、現地で地域の人たちが自分たちの住んでいる土地のために取り組んでいきたいと言っているのを聞いて、気持ちが揺らいできました。地域に住んでいる人たちが、自分たちの土地を守ろうとするのがすごく輝かしく思えたのです。そんな姿を見て、ああ、じゃあ私が住んでいた地域の環境は一体誰が守っていくんだろうと、目が覚めた思いがしたんですね」
帰国して、東京環境工科専門学校に入学。年齢的にも、大学に入りなおしてから就職先を探すのは難しそうだったのと、なにより技術を身につけてすぐに現場に出たいという思いが強かった。
今の仕事を志す直接の動機づけとなったのは、専門学校の海外実習で訪ねたインドネシア・バリ島での経験だった。
「インドネシアに生息する固有種のカンムリシロムクという鳥がいるのですが、その野生復帰の活動や地域住民と連携した保全活動などを実際に体験しながら、海外の保全の現場に触れるというプログラムです。カンムリシロムクが保全の対象になっているのは、数が減って希少種になっているからなのですが、なぜ減っているのかというと、密猟者がいるからです。じゃあなんでその人たちは密猟をするのかというと、実は生活のためなのです。そうした野生動物と人との間のさまざまな問題について保全の現場で考えさせられたのと同時に、そうした問題を解決するためのキーパーソンがいるということを実習を通じて初めて知りました。それがファシリテーターという存在だったのです。現地には野生動物と人間との軋轢を解決するためのさまざまな関係機関がありますが、それとともに人と人との間でも、森の中で暮らす地元の人たちと保全を進める行政の人たちの軋轢などのようにさまざまな問題が生じています。これらの問題を解決するファシリテーターという存在の人がいて、大事な役割を果たしていると知った時に、ファシリテーターってすごいなと感銘を受けました」
こうした役割が必要なのは、海外の野生動物保護の現場だけではない。獣害対策をするうえでも、被害があるという問題のほかに、人間関係の中にもさまざまな問題がある。被害を防ぐために、動物を捕って減らせばいいとは単純に言えない面もある。そこに行きつくまでの過程でさまざまな思惑や利害関係が複雑に絡んでくるからだ。細かく絡み合った地域の問題を解決していかない限り、野生動物の問題を解決するのは難しいと気づいた。
「それで、実際に日本で獣害対策が起きている現場にアルバイトやボランティアで入り込んで、そういう役割をされている方がいるのか、いるとしたらどんなふうに調整をしているのか、実際に見に、また聴きに行きました。その方たちは、自分のことを“ファシリテーター”とは言わないし、まわりの人もそうは呼ばないのですが。ただ、野生動物の保全や被害防除などの問題を解決する手法の一つとして、ファシリテーターという存在がある役割を果たしていると知って、その仕事に興味を持ったのです。その役割がうまく機能すれば、きっと問題解決につながっていくと今は思っています」
今の仕事を通じて、大変なのも手応えを感じるのも、対人の関係の中にあると石田さんは言う。
獣害を受けている農家の反応は人それぞれだ。“なんで行政は何もやってくれないんだ”と言ってくる人たちもいれば、そうは思いつつも自分たちの畑だから自分たちで守らなければどうにもならないと思って立ち上がり、動き始める人たちもいる。
「私たちがいくら防除の必要性を訴えたところで、やらされている感たっぷりになってしまったら、持続的な取り組みにはなりません。農家さん自身が対策をしていかなくてはと思ってもらえるように働きかけていくのですが、人によって意識や考えもまちまちなので、アプローチの仕方も変えていく必要があります。その辺りが一番苦労するところですね。ただ逆に、“対策を行ったおかげで今回収穫が増えたよ”などと言っていただくときが、やっぱり一番うれしい瞬間です」
地域の人たちにとっては、結果が目に見える形として体感できるようになってこそ、獣害対策の必要性を実感でき、確信を持って進めていくことができるようになるといえる。
対策をして、すぐに結果が出てくることもあれば、そうでないこともある。集落のまとまりがまだ十分ではなく、一人でやっている場合、核になってまとめてくれるような人を引き込むことでうまくいくことがある。対策が実を結んでいるところでは、一人ひとりの意識が高く、自分たちで罠を開発したり、見回りのシフトをつくったりと率先して動き出していく。
「わたし、やっぱり、動物が好きなんですよ!」と石田さんは言う。
野生動物の生息地が狭まっていくのは、人間活動が野生動物たちの生息地に侵食してきているからだ。だからこそ、そうした野生動物の生息地を保全していきたいという気持ちがある。その反面、農林被害を生じている現実にも直面する。被害防除のために地域の人たちの力になりたいという思いと、一方で、これまで被害を出すようなことがなかった野生動物が、人の生活エリアに入ってきてまで生きていかなくてはならない状況を何とかしたいという思いもある。気持ち的には、動物側の目線の方が勝っているという石田さんだ。
「農家さんたちが、自分たちの畑を守るという意識を持って防除をすれば、動物たちも被害を出せない状況になって、山の中の本来の生息地の方に戻っていきます。戻った先で困らないように、私の業務としてはやっていませんが、自然回復のための植林などもされていて、野生動物が戻っていけるように仕向けていくこともできます。そんなふうに、動物を守るために、人へのアプローチをとにかく続けていきたいのです。一言でいうと、動物を守るために人にアプローチする仕事を選んだんですね。動物を守るというと、保護・保全をしたり自然環境の回復をしたりするのが一般的かもしれませんが、私は、今人手が足りていなくて、認知度も低い、獣害対策をされている方々のサポートをする立場で関わっていきたいと思うのです。それこそがファシリテーターの役割です。それによって、今の時代に合った動物と人との棲み分けが今後できていけばいいなと思っています」
そんなやり方があると気付いた時点で、人へのアプローチを手段とした保全の取り組みをしていきたいと思うようになったと、石田さんは言う。
7時半起床 起床後すぐに朝食をとって、8時頃から支度を始めている。
8時半出発 現場に向かい、罠の仕掛けのチェックやセンサーカメラのデータ(SDカード)の回収。仕掛けは、他のスタッフが設置したものも含めて確認にまわる。
立ち寄った先では随時、農地の被害状況や動物の痕跡などの見回りも行う。また、地元農家を訪ねての聞き取り調査も行っている。
仕掛け等の確認と、被害の痕跡調査、被害の聞き取り調査を日中8時間の間に実施しているような感じだ。
12時-13時 昼食。おにぎりを買って食べたり、町が近い現場なら、お店に入って食べたりする。
17時半 ※冬場は暗くなるので17時には作業を終了している。
現場作業を終えたあとは、報告書の作成やカメラのデータチェック(毎日)などの事務作業。
センサーカメラは、赤外線センサーによって動物が通った時に反応してシャッターを切るようになっているので、1日の撮影枚数は高々10数枚だが、数十か所に分散して設置しているため、その分だけ増えることになる。しかも、毎月の業務の始まりには前回の現地訪問までの1か月分ほどの写真データを確認することもままある。たまに設定ミスなどで、光の加減等によって動物が訪れていないのに撮れたりすることもある。そんなときは1か所当たり1か月のトータルで数千枚撮れてしまうこともある。
聞き取り調査のまとめなども日課だ。これらの情報をもとに、新しく痕跡が見つかった場所にはカメラを追加で設置するなど、機材の用意を含めて翌日の準備を行う。
20時前後 夕食をはさんで、作業終了。現地での仕事では、次の日にやることをその日のうちにすべて確認して、チェックと改善を繰り返して作業精度をあげていくため、どうしても時間が押してしまう。
23時頃 就寝。たまに夜釣りに出ることもある。アジなどが釣れると、夜食にして食べている。ただし、最近はあまり行っていない。
なお、地域の農家を回っていると野菜などの差し入れをもらうことも多い。ありがたく頂戴して、おいしく料理している。
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