腰塚祐介(こしづか ゆうすけ)さん
1990年10月、埼玉県北本市生まれ。
幼稚園前の幼い頃から昆虫を捕ってきては、家で飼育をしていた。中学・高校時代にも、あまり表には出さなかったものの、昆虫への思いを秘めながら、高校卒業後の進路として、昆虫学を学ぶ短大に定める。
短大のインターン実習でインタープリターの仕事に初めて接し、こんな仕事があるんだということを知ると同時に、東京環境工科専門学校のOGでもあったインターン先の施設職員から専門学校のことを聞き、より専門的に学ぶため、専門学校に入学。
2013年3月の卒業後、自然教育・環境教育を専門とする株式会社自然教育研究センターに就職。同社が都内を中心に運営・解説業務等を担っている20施設のうちの一つ、足立区生物園に昆虫飼育員兼インタープリターとして勤務。現在に至る。
東武スカイツリーラインの竹の塚駅東口から徒歩約20分、国道4号線を越えてほどなく、足立区立元渕江(もとふちえ)公園の洋式エントランスが来園者を迎える。緑濃い園内を進み、平日の日中にもかかわらず多くの釣り人が糸を垂れる池の間を抜けていくと、突き当りに見えてくる金網ケージと建物が、腰塚祐介さんの職場、足立区生物園。
年間約20万人の来園者が訪れる公設民営のこの施設は、生きものとの“ふれあい”を通じて愛情を育み、“いのち”の尊さを知ってもらう場として、1993年10月1日に開設した。面積7,200m2の敷地内には、昆虫をはじめ、魚類、両生類、は虫類、それに鳥類と哺乳類など300種以上の生きものが飼育・展示されるとともに、多種多様な体験プログラム、スタッフの常駐する解説コーナーを用意して、来園者に生きものとの心温まる交流を通じて、命の尊さと素晴らしさを感じてもらうこと、それによって自然環境の大切さや自然との「共生」について考えてもらうことをめざしている。
区の指定を受けて管理を担うのは、腰塚さんが所属する株式会社自然教育研究センターを代表企業とする「体験型いきものパークマネジメント」。構成企業は3社で、公園全体の維持管理や植物の管理を担う造園会社、鳥類・哺乳類の飼育を担当する別会社、そして、昆虫類、両生類・は虫類、水族(魚類など)の飼育及び展示・解説の業務を、自然教育研究センターが担っている。
その中で腰塚さんが担当しているのは、昆虫類の飼育や展示。入社6年目となり、昨年(2017年)末からは昆虫班の統括を担うようになった。
「昆虫班は、大温室を飛び回るチョウの飼育を担当するチョウ班、ホタルや水生昆虫の飼育を担当する水生昆虫班、その他の昆虫を扱う陸生昆虫班の3つで構成されています。スタッフの人数は私を含めて9人ですが、2班を掛け持つスタッフもいるので班間で人数を融通し合って業務を行っています。私はもともと陸生昆虫班の所属でしたが、今は全体の取りまとめと、すべての班の作業にもかかわっています。今日は水生昆虫班の作業をしていました」
主な作業内容は、飼育と展示物の制作、イベントやプログラムで解説業務、それに小学校などへの出張授業もあるなど、多岐にわたる。大きく分ければ、飼育と展示・イベントなどの解説業務だが、ウェートは飼育の方がだいぶ大きく、8対2くらいと、大部分の時間を飼育に費やしているのが実情だ。
昆虫飼育員として働く腰塚さんは、物心ついた頃から昆虫好きだったという。中でも、家の近くの草原で捕ってきて、飼育をしていたのが、カマキリやバッタだった。
中学・高校に進んで、表立って虫好きを公言することはなくなったが、心の底には思いを秘めていた。高校卒業後は、農業系の短大に進学。昆虫生態学の研究室に所属して、念願だった昆虫について存分に学んだ。ただ、当時は仕事について具体的に考えることはそれほどなく、ただただ好きな自然や昆虫を学べるのがうれしかったと腰塚さんは話す。
「転機になったのは、短大でインターン生として、ある自然観察施設で働く経験を得たことでした。今の会社ではありませんが、インタープリターとしてお客様の前に立って、生きもののことについて解説する、そんな仕事があることを初めて知りました。それまでも自然にかかわったり生きものを相手にしていきたいと漠然とは考えてはいましたが、あまり具体的なイメージは持てていませんでした。インターンをしてみて、こんな仕事をしてみたいと思うようになったのです」
腰塚さんにとって新たな世界の扉を開いてくれたのは、奇しくも本シリーズ第1回で紹介した、北区立清水坂公園「自然ふれあい情報館」だったという。インターン生として働く腰塚さんを指導してくれたのが、工藤朝子さんたち同館のスタッフだった。
興味があるならもっと勉強してみればと紹介されたのが、工藤さんも卒業した、東京環境工科専門学校。卒業後の就職も見据えて、もう少し鍛えてから社会に出ようと、専門学校に進学した。
当時、専門学校の講師の先生から言われた中で、もっとも印象に残っている言葉の一つが、「楽しいことをやるには、まず自分が楽しまなきゃダメ」だった。昆虫飼育員として働いている今も、生きものについての話をする際には、まず自分が伝えたいことや楽しめることを一度起こしてみて、そこから組み立てていくことを意識している。
「例えばカマキリを題材にする場合、自分にとってカマキリのどこがおもしろいかというところから掘り下げていくのです。個人的には、エサを食べているところにとても興味を惹かれます。エサを食べるために特化した躰の仕組みには、最大の特徴である大きな鎌はもちろん、三角形の頭の左右に突き出た大きな眼も重要な役割を担っています。ほぼ360度全体が視野に入るにもかかわらず、エサを取るときには必ずエサの方に顔を向けます。眼の正面の方が動くものに反応するセンサーが多く集まっているためです。しかも顔を向けたときに、首に生えている感覚毛の刺激によって、対象物の方向を知り、捕らえることができるのです」
ここまで細かく説明すると、子どもたちには難しい内容になってしまう。では、どう噛み砕いて子どもたちにも興味を持ってもらえるのか方法を考えるのが、次の段階になる。足立区生物園は、未就学から小学校低学年の子どもたちが多い。その年代にもわかる説明や体験を交えながら、昆虫に興味をもってもらえるように話をしていくことが求められる。
足立区生物園で扱っている昆虫類の年間飼育種数及び頭数は、平成28年度の実績で、チョウ類が62種・8,502頭、水生昆虫類が33種・2,782頭、陸生昆虫類が151種・24,402頭と報告されている。
森林性のゴキブリなど集団飼いできる種は1ケースで100匹を超えて飼育することもあれば、外国産のカブトムシなど1頭-数頭で育てている種もある。肉食性の昆虫の場合、同じケースに入れて飼うと共食いしてしまうので、ある程度の大きさになったらケースを分けないとならない。ツダナナフシなど南方系の種は越冬や休眠をしないものが多く、適温で飼育をすれば年間を通じて繁殖し、数を増やしていく。
「種類の多さと飼育方法の多様さをすべて頭に入れてできればいいんですけど、なかなかそうもいきません。それぞれに飼育の感覚やコツなど、言葉や文字では伝えられない部分があります。昆虫は分野がすごく広いので、個人の知識・経験だけではわからないことが多いのです。簡単に繁殖する種もいれば、難しいものもあります。同じような種でも、こっちはうまくいくのに、同じような飼い方をしてもこちらは全然うまくいかないというのも結構あって、一様には飼えない難しさがあります」
それまで繁殖が難しかった種の繁殖に成功した場合は、園の枠を超えて広く関係機関と情報交換・交流している。昆虫の場合、全国昆虫施設連絡協議会という全国の昆虫館や昆虫園が加盟して、昆虫の飼い方や展示の方法、施設の運営や教育普及的な活動について情報交換し、研究する組織があり、腰塚さんも定期的に参加して、情報交換を行っている。
「研究というと大げさかもしれませんが、繁殖方法の工夫や飼育方法による生存率の向上など飼育個体についての発表をすることもありますし、展示やイベントなどの事例報告をすることもあります。他の昆虫館・昆虫園とは、飼育している個体の交易も行うことがあります。今この種類の個体数が不足しており、繁殖に十分な数いないのですが、余剰がありませんか? といったことや、逆にこの種類が飼育予定数より増えたので、展示したいところなどありませんか?といった交流もあります」
足立区生物園で最近力を入れている活動の一つに、日本では対馬だけに生息する希少種・ツシマウラボシシジミの生息域外保全がある。「生息域外保全」とは、絶滅危惧種の保全のため、安全な施設に生きものを保護して増殖することで、絶滅を回避する方法のこと。本来の生息地の中で保全を図る「生息域内保全」が優先されるが、その補完的措置として取られている手段で、増やした個体を本来の生息地に戻して野生復帰をめざす。生物園では、チョウ班が中心になって協力しているプロジェクトで、腰塚さんも今年度から関わるようになった。
「そもそもの始まりは、生物園の大温室がツシマウラボシシジミの交配を行うのによい環境だったことでした。温室内でペアリングをして、飼育室内で採卵し、育てています。自然下では年に5-6回発生するのですが、現在、年3回発生させるように調整しています」
ライフサイクルは短く、今はほとんどが幼虫になっている。世代交代を繰り返しながら、保護し、増やしていくというわけだ。
こうした種の系統保存は、昆虫館や動物園など生きものの飼育を行う施設が担っている重要な役割の一つでもある。
かつて1990年代には対馬で普通に見られたツシマウラボシシジミは、2000年代に入ると個体数が激減した。原因は、エサ植物(食草)のヌスビトハギが対馬で増えたシカなどの影響によって食べ尽くされたことによる。生物園で増やしたツシマウラボシシジミは、現地に搬送して放しているが、現地のシカ問題が解決しないと、根本的な問題解決にはつながらない。それには時間もかかるため、生物園では系統を保存して、数を増やしていくとともに、展示等を通じて問題について啓発し、問題について理解を広めていく役割を担うことが重要になる。
生物園の仕事は施設内での飼育作業が大きな比重を占めるが、施設を飛び出してフィールドに出ることも大事にしていると腰塚さんは話す。
「室内に籠っていると、情報が滞っちゃうんですよね。新しい手法にも更新できません。そんな情報を集めるためのネットワークを作りたいですね。それとともに、生物園に来てくれる子どもたちを含めて、もっと多くの人たちに、昆虫に興味を持ってもらえるような何かができるといいなと思っています。ここの施設は、生きものとの“ふれあい”がテーマの一つになっていて、いろんな昆虫に触ってもらっていますけど、積極的に触りにくる子と、すごく怖がる子もいます。どうしてもダメという子も中にはいますが、できるだけいろいろな経験は踏んでほしいなと思っています」
室内の展示昆虫だけでは、満足に説明できないこともある。実際に見られる野生の姿と、飼育個体の姿とでは若干違うところがあるからだ。飼育していることで人慣れしてしまっているのか、例えば、カマキリの威嚇行動がうまく見せられなかったりもする。
プログラムとして外に出ていく以外に、野外採集のためにフィールドに出ることも少なくはない。同じ個体から産まれたもの同士で繁殖を続けると、繁殖に支障が出ることもある。そういったことを防ぐため、野外で採集して新しい血を入れるようにしている。その際、産地に配慮して採集場所を決定している。
それ以外にも目的がある。
「いろいろな虫を飼うに当たって、一番手っ取り早いのが、どんな場所に棲んでいるかをまずは知ること。ある虫を捕りに行ったときに、その虫が乾いたところに棲んでいるのか、湿ったところに棲んでいるのか、夜間に行動しているのか昼間に行動しているのか、現地ではどういうものを食べているのか…。そんなことを直接観察して、極端に言えばそれをそのまま真似すれば、施設に連れてきても飼えるわけです。実際はそれができないことが多いので工夫が必要になるのですが、それでも飼育のヒントにはなります。なので、現地での様子をきちんと見ることが、飼育するうえでもすごく大事だと思っています」
昆虫について、興味はまだまだ尽きない。もっともっと情報を集めていきたいと話す腰塚さんだ。
6:30 | 起床 朝食後、弁当の準備。 |
8:15 | 出勤(自宅からは自転車で移動) |
8:30- | 全体での朝礼。一日の作業の確認。 開園準備(展示昆虫の水やりなどのメンテナンス、展示物のチェックなど) |
9:30 | 開園 |
10:30-11:00 | 昆虫班のプログラム「昆虫のごはんの時間」は毎日実施している。
その他の時間は、飼育作業がメインになる。なお、チョウの飼育室とホタルの飼育室は、バックヤードも展示の一環としてガラス越しに公開している。飼育作業をしながら、来館者から質問があれば答えている。 |
12:00-13:00 | 昼休み |
13:00 | 午後も同じく飼育をしている。 |
15:30- | 毎日、その日に羽化したチョウを温室内に放す。
飼育作業を他のスタッフに任せて、SNS(Twitterやfacebook)の更新や会議資料の作成などの事務作業をこなすこともある。他班のプログラムなどで人手が足りないと手伝いに行くこともある。 |
17:00 | 2月-10月は17:00閉園(11月-1月は16時半に閉館)。展示昆虫の水やりなどメンテナンス作業を15分ほどで済ませて、引き継ぎ事項等の記録。 |
17:30 | 退勤、帰宅。 ホタルの蛹化前や羽化確認の時期は夜遅くまで残るため、退勤時間が遅くなることもある。また、夜間特別開園を実施する時期もある。 |
休館日は月曜日(ただし夏休み期間中は休まず開館)。その他の休みはシフト制のため、時間が空いたとき、前日くらいに計画を立てて虫捕りに出かけたり、昆虫班で予定を合わせて出かけたりもする。
この春は、昆虫班で新潟までギフチョウを見に行った。あいにく天気が悪く見られなかったが、出る時期や場所が決まっている昆虫も少なくないので、それに合わせて出かけることも多い。
昆虫館に訪ねていって、情報交換をすることもある。
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