加藤秀俊(かとうひでとし)さん
1978年3月、イギリスのウェールズ地方で生まれ、6歳まで過ごす。高校もアメリカで3年間過ごすなど、海外での生活を通じて、さまざまな自然・人との出会いがあった。すばらしい自然景観を見て、自然のすごさを実感。現在は、神奈川県横浜市在住。
大学は法学部国際関係法学科に学び、卒業後は生産管理のコンサルに就職。ものづくりの生産現場を見ることができたのは貴重な経験だった。
自然や環境についてきちんと学び直そうと一念発起し、退職して東京環境工科専門学校に入学(12期生)。
2005年3月に卒業後、大手メーカーの環境社会貢献部で3年間勤めた後、大学時代に雑誌の特集記事で読んで以来憧れていたパタゴニアに縁あって入社。鎌倉及び大崎での店舗勤務を経て、2016年6月1日付で現在の職場に異動してきて、1か月ほどになる。
パタゴニア(patagonia)は、アウトドア衣料品の製造・販売を手掛けるアメリカ発祥のメーカー。日本国内でも、北は北海道から南は福岡まで22店舗を展開している。ブランド及び会社の名称となっている「パタゴニア」は、地の果てにある未開の地をイメージして、南米大陸の最南端にあるアルゼンチンとチリにまたがる原生的自然の残る地域の名前からとった。
同社が扱う製品は、品質や機能性に加え、環境への配慮を重視していることでも知られる。1996年には綿製品の素材をすべてオーガニックコットンに切り替えるなど、環境負荷の削減に社をあげて意識的に取り組んできている。また、リサイクルポリエステルやリサイクルナイロンなどリサイクル素材の使用量を増やし続け、最近では世界初となる再生不可能な石油由来のネオプレンを使用しない天然ラバー製ウエットスーツを発表した。
「パタゴニアでは、“品質”というときに、さまざまなスポーツで使う多用途性や耐久性などに加えて、製品が作られるプロセスも意識して取り組んでいます。創業者のイヴォン・シュイナードは、自然保護論者であるデイビッド・ブラウアーの言葉から、“死んだ地球からはビジネスは生まれない”と常々言います。健全な地球環境がなければ人間生活そのものが成りたちませんから、単にアウトドアウェアなどの製品を製造・販売するだけでなく、ビジネスを通じて環境危機への警鐘のメッセージを発信し、持続可能な社会を実現するための変革をめざすのです」
そう話すのは、今回の主人公、加藤秀俊さん。パタゴニア日本支社に勤め始めて7年目を迎えた。これまで2年間の鎌倉店勤務と4年間の大崎店勤務を経て、今年(2016年)6月1日付で、パタゴニア日本支社のオフィス勤務となった。その半年前(2015年8月)からも、移行期として店舗勤務のまま日本支社の環境・社会部を兼務してきた。
現在の仕事は、同社の売り上げの1%を環境団体に寄付する環境助成金プログラムを担当するほか、パタゴニアとは別団体となる、売り上げの1%を環境団体に寄付する企業同盟「1% For The Planet」の日本事務局も担当している。
店舗で勤務してきた6年間、店舗の環境担当として、米国本社及び日本支社の打ち立てるキャンペーンの展開などに従事することも多かった。
「例えば、Go Renewable―再生可能エネルギーを活かして―という取り組みは、東日本大震災以降、日本支社として継続的に実施しているもので、2014年は”No Nukes, Go Renewable”と原発に替えて再生可能エネルギーの普及促進を呼びかけました。今年(2016)は、4月から始まった電力の完全自由化をテーマに取り組んできました。電力自由化といってもどこの電力会社を選べばよいのか迷う人も多いと思います。そのときに価格を優先するだけではなくて、どんなふうに電気を作っているのかといった背景についても意識しながら、自分たちの使う電力についてより多くの人たちに考えてもらいたいと思っています。それが結果的に自分たちの暮らしの安全にもつながるのです。そんなメッセージを伝えるため、配布物を作ったり、店内に展示をしたり、NPOの人を招いて話を聞いたりするざっくばらんなトークイベントを開催したりしてきました」
参院選に向けて展開したキャンペーン「VOTE OUR PLANET(環境に投票を)」では、公示日に合わせて日本支社として東京新聞に意見広告を掲載したところ、SNSを通じて多くの人たちが拡散してくれた。カスタマーサービスにも「投票に行きます!」など賛同のメッセージが数多く寄せられた。
「このキャンペーンは、特に反響も大きく、手ごたえはすごくあります。選挙を通じて社会を変えるというゴールの達成に向けて、地道にこうした運動を重ねていって、社会を変えるきっかけにしていきたいですね」
パタゴニアでは、売り上げの1%以上を環境団体に寄付する環境助成金プログラムを実施している。現在、日本支社で加藤さんが担当している業務だ。1%というと規模感がつかみづらいが、非常に大きくインパクトある数字といえる。2015年度にパタゴニアが環境活動の資金として寄付した総額は620万ドルに達する(1985年からの累積では7000万ドル)。この助成金によって支援した団体の総数(2015年)は18か国741団体、うち国内で支援してきたのは29団体にのぼる。
「支援団体の選定基準は、問題の根本的な原因を見極め、働きかけ、そして長期的な視点で問題解決のアプローチを行なっているグループです。また、真の問題解決は力強い草の根活動を通じてのみ実現しうると信じて、特に草の根的に活動している団体をサポートしています。パタゴニアはこれまでにも、自分たちが関わってきた草の根の活動家たちが大きなうねりをつくって変革を起こしてきたことを実際に何度も経験していますから、最初の核になる人たちをサポートすることを大事にしています」
山火事の拡散を防ぐ火防線(トレイル)の整備を行うことで、イヌワシの生息環境を取り戻すことを目的とした南三陸でのプロジェクトに参加。
プロジェクトに参加したパタゴニアスタッフ。完成した火防線をトレイルとしてトレイルランニングでの利用も予定しており、パタゴニア・トレイルランニング・アンバサダー石川弘樹さん(一番左)が地元と連携して活動を進めている。
加藤さんの自然への思いは、幼少期に過ごした海外で触れた自然体験がベースになっている。場所が変われば自然も人もまったく異なることを、身をもって体験してきた。同時に、豊かできれいな自然に接していく中で、自然の美しさや壮大さを実感することが多かった。
「アメリカの高校時代にサーフィンに出会いました。波にもまれていると、人ひとりの力ではどうにもならない、自然の力のすごさを実感します。チューブ・ライディングといって、波の最先端でトンネル状に被さってくる海水の中を滑っていくとき、時間の流れがスローになって、まわりが本当に静かに感じられます。集中力が高まっているんですね。そんな瞬間はなかなかないですが、自然と一体になれている感じがします」
いつしか、そんな豊かで得難い経験をもらった自然にかかわっていきながら、少しでも恩返したいという思いを抱くようになっていた。
海外で生活していたこともあって、将来は国際舞台で活躍したいという思いを漠然と持っていたが、自然環境とかかわるための具体的なスキルはなかった。大学を出て就職したのは、中小企業の工場で業務改善のアドバイスをするコンサル会社。アシスタントとして関わったこの時代は、今思えば、モノづくりの現場に触れ、材料の調達から、効率的な製造と市場流通のプロセスについて見ることのできた貴重な経験となった。ただ、やはり自然や環境に関わる仕事をしたいという思いは日に日に強くなり、仕事を辞めて学び直すことを決意した。
いくつかあった候補の中で、現場のフィールドで体験できることや、おもしろそうな講師陣にひかれて選んだのが、東京環境工科専門学校だった。
「本当に期待した以上の体験をさせてもらいました。当時、自分のイメージする「環境」はまだまだ小さかったんでしょうね。フィールド実習で山に入って調査をしたり、自然ガイドのイロハを経験したり、関わる法律について学んだりする経験を通じて、自然を相手に仕事をすることの何たるかを教えられました。野鳥の調査では100種類ほどの鳴き声を聞きわけられるようになりましたが、我ながら、人間ってこんな力があるんだと気づかされた思いです。一口に自然といいますが、その奥深さを垣間見る体験を存分にできた2年間でした」
専門学校時代に印象的だった言葉がある。
「当時、生物分類のクラスを担当されていた動物学者の故・千石正一先生が、“渋谷の交差点で待っていて、道の向こう側にいるのが知り合いだったら、気付けるだろう”とおっしゃったのです。あふれかえる人混みの中で、わずかな一瞥によって知り合いの存在に気付けるのと同じように、植物の分類ができるようになってフィールドに出れば、あまたある“雑草”とひとくくりにされる植物を見分けることができるようになります。そうして多くの生物がわかるようになってくると、観えてくる世界が変わるぞというのです」
そこまで到達できたとは言えないものの、自然との付き合い方は深まっていったし、漠然と見ていた自然がより自分の世界に近づいてきたことを確かに感じていた。
パタゴニアの創業者、イヴォン・シュイナード氏は、『Let My People Go Surfing(社員をサーフィンに行かせよう)』という本を書いている。なかなか刺激的なタイトルの本だが、もともとアウトドア好きが集まっている職場だから社員の多くが時間を見つけてはサーフィンや登山、自転車やランニングなどのスポーツを楽しんでいる。
中には、朝、サーフィンをするため遅れて出社するというつわものもいる。そんな勤務形態も問題視されることはない。夏休みなどの長期休暇には、丸々1か月ほど休んで海外など旅をすることも特別なことではないという。ただしこれは自分の責任を果たしていることが大前提だ。そのためには日ごろよりチームで仕事を共有し、滞りのないように進めておくことが必要だ。
外資系企業ならではの自由な雰囲気の根幹にあるのは、アウトドアウェアを販売する会社だから、社員自身が一番の顧客になるということだ。とことん遊びを追求することがパタゴニアの求める人材の一つの側面としてある。アウトドアスポーツをしていない人が売り場に立っても説得力はないし、製品開発にフィードバックするためにもアウトドアスポーツの魅力と楽しみ方を十分に知ることが求められるわけだ。
「ぼくもこれまで毎年約1か月の休暇を取っています。一昨年には南米のパタゴニアに行きましたし、ハワイのカウアイ島やモロッコなどのサーフポイントに行ったこともあります。パタゴニアで過ごしたときは、3か所くらいを拠点にして、1週間ずつ滞在して、国立公園の山でトレッキングをしたり世界的に有名な浜でサーフィンを楽しんだりしました。実はこのチリにあるプンタ・デ・ロボスというサーフポイントは、“ワールド・サーフィン・リザーブ(世界サーフィン保護区)”に認可されたのです。会社でも支援していた自然保護の現場でしたから、うれしさもひとしおですね。そんなホットな現場をプライベートで見に行ったりもします」
店舗に勤務していた頃、おすすめしたウェアでスキーやスノーボードや登山を楽しんできた人が、「最高でした!」と伝えてくれるのが一番うれしかったと加藤さんは言う。
「ぼく自身もサーフィンなどをしていて、自然と一体になる瞬間を経験してきて、今に至っていますから、そんな自然の中での最高の瞬間が、将来的に少しでも自然のことを考えるきっかけになってくれたらという思いがあります。ただ、ぼくらはそこからさらに行動につなげるところまでをめざしていますから、なかなかそこまでは至らない、自分たちのめざしたいところまではいけていないと感じることもあります。“応援しています!”から“いっしょにやります!!”といってもらえるまでの壁がなかなか突破できないんですよね」
今の職場の社会・環境部に来てから感じるのは、環境問題の複雑さだ。人間の問題であり、社会の問題だから、一つの組織がやるといって解決することはまずない。例えば、パタゴニアが特に力を入れている課題の一つに「ダム問題」がある。事業者や行政、中心になっているNPOや地域住民など、さまざま関係者がいる中で、問題の解決に向けてパタゴニアができる役割を考え進めていく必要がある。チームとして関わるなかで、やりがいでもあるし、難しさを感じるところでもある。
「今の夢は、自分が関わった地域や団体の活動が実際に保護されるような成果につながることです。パタゴニアでは世界各地のさまざまなプロジェクトをサポートしているので、ときどき “保護が達成できた!”といったニュースが飛び込んでくることもあって、そんな瞬間は自分のことのようにうれしく思います。社員の多くは、自分のしている仕事が自然保護につながっているという意識を持っていますから、自分も具体的にどこかを守ることにつながるような仕事ができたらいいなと思っています」
7:30 | 起床 自宅から、東戸塚の日本支社オフィスまでは、バス・電車を乗り継いで45分ほど。 |
9:00 | 基本は9時-18時の勤務だが、朝、サーフィンをするため遅れて出社というのも、認められる。異動してきてまだ1か月だから機会がないが、ゆくゆくは朝サーフィンでリフレッシュして仕事に臨めるようにもしたい。 環境・社会部は、現在4名態勢で、全員で集まっての定例ミーティングは月に1回。それ以外は随時、打ち合わせ・共有しながら進めている。 環境助成金プログラムの支援団体や、「1% For The Planet」の関係企業などとの連絡や手続きなどで、電話・メール・社内外での打ち合わせ。支援先の団体は地方の活動も多いから、出張に出ることも。 |
昼食 | 仕事の都合に合わせて、11:00-15:00の間で1時間。外に食べに行くことが多い。 |
18:00 | 業務終了。 時間内で集中して仕事をすることを求められるため、残業はほとんどしない。 |
19:00頃 | 帰宅。 プールに行ったり、飲みに行ったり、環境団体のイベントに参加することもある。日本支社勤務になって英語を使う機会も増えたため、最近は英語の勉強も始めている。 |
24:00頃 | 就寝。 週末や休日には、ボランティアとして、黒姫にあるアファンの森などで活動に参加することもある。 |
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