小須田修平(こすだ しゅうへい)さん
1990年12月生まれ。埼玉県富士見市で育つ。小学生時代は、武蔵野の面影が残る雑木林でカブトムシやクワガタムシを盛んに捕っていた。当時、漠然とながら、生物を調べたり、研究したりする仕事に就きたいと考えていたという。
高校中退後、高等学校卒業程度認定試験(高認。昔でいう大検のこと)を取って、東京環境工科専門学校に入学。野生生物調査学科に学ぶ。
2012年3月の卒業後は1年間のアルバイト生活を通じて野生生物調査の経験を積み就職に備えたが、もう少しきちんと勉強しなおしたいと、2013年4月から大学3年生に編入、進化生態学研究室で研究に勤しんだ。2015年春に卒業を迎え、4月から自然環境コンサルティング会社である株式会社緑生研究所に入社。今の仕事はフィールド調査による基礎データの収集・整理がメインになる。先輩調査員の報告書を読みながら、データの分析方法や結論の導き出し方などの事業スキームを学んでいるところだ。
昆虫調査では、調査地内を歩きながら網を振って、さまざまな種類の昆虫を採集することで、調査地に生息している昆虫について調べる。
虫捕り網を手にして、肩に虫籠を掛けながら、ヒラヒラと舞う蝶などを追いかける──そんな姿が思い浮かんだ方は、当たらずといえども遠からず。ただし、蝶やトンボなど見た目麗しい大型昆虫を飼育・鑑賞等するために捕獲するのではなく、エリア内に生息する全種類の昆虫を採集して、持ち帰って標本にして、同定することで、調査地の状況を、昆虫を通して把握するのが目的だ。
「アリやハエなどの小さな昆虫はもちろん、原始的なグループも含めて、すべての昆虫類が対象です。調査地を面で設定してブロック分けをして、その中を自由に歩き回って、捕獲していくわけです。はたから見ると、網を振って虫を追いかけて一日中歩き回っているだけのように見えるかもしれません」
そう説明してくれたのは、株式会社緑生研究所で働く自然環境コンサルタントの小須田修平さん。こうした手法は、『任意採集法』と呼ばれる昆虫調査の手法のひとつだという。調査地内を任意に歩き回って、虫を捕っていくという手法だ。
環境コンサルタントというと、大気や水質など無機的環境や、ごみなどを含む生活環境の調査等を請け負う会社もあるが、小須田さんの職場の緑生研究所では、生物調査に特化した自然環境コンサルタントとして、専門的知見や経験、技能を提供して、課題解決や相談等に応じている。具体的には、開発等の事業実施における環境影響評価をはじめ、緑地や公園を造る際の緑地計画のプランニングや管理手法の検討なども行っている。
社内では、生物分類群ごとに各専門分野の担当に分かれて仕事をしている。その中で、小須田さんは昆虫類を専門にして、主に現地調査によるデータ収集や整理を担当するが、データの取りまとめや分析、報告書の作成など一通りの作業を、先輩調査員の指導を受けつつ、進めている。1つの業務で実施する調査項目は、昆虫の他にも鳥類や哺乳類、植物など多岐にわたるため、それぞれ専門のスタッフが調査を担当する。
昆虫は、環境によって棲んでいる種類が変わる。草原にいる昆虫、水辺にいる昆虫、樹木の皮の内側に潜り込んでいる昆虫など、場所によって見られる種類は異なる。また、特定の種類の植物しか食べない昆虫も少なくなく、そうしたエサになる特定の植物のことを食草・食樹と言い、これらの植物が調査地内にあるかどうかによって、その昆虫が見られるかどうかも左右される。これらの環境をすべて網羅できるように、さまざまな環境をつないだ調査ルートを歩きながら採集する。
「林の中をただひたすらというのではなく、林もあり、田んぼもあり、河原もありといった感じで、さまざまな環境を歩き回るわけです。同じような環境を歩いているだけでは、多くの種類を把握することはできません。捕獲方法も、網を振るだけではなくて、木の枝を叩いて落ちてくる昆虫を捕ったり、樹木の皮をめくったり、地面を掘ったり、落ち葉をどかしたり、そんなことをひたすらやりながら虫を探して移動していきます。夜行性の昆虫を捕まえるのにトラップも仕掛けています。できるだけ、いろんな環境を渡り歩いて、いろんな環境にそれぞれ棲み着いている生きものを集めないと、その地域の生物相を網羅することはできないのです」
フィールドでの調査を終えた後には、採集した昆虫類の種名を調べて、リスト形式の生物目録をとりまとめる。これらのデータをもとに、調査地にある生息環境とそれが生物群集にとってどのような意味を持つかを説明するための報告書やパンフレットを作成する。例えば、調査地に湿地があったとしても、湿地性の環境に依存する昆虫類が見られたかどうかによって、生き物にとってよい生息地になっているかどうかを判断するための材料となるわけだ。
標本づくり。採集した虫は、まだ関節の柔らかいうちに脱脂綿の上で脚や触覚を整えてから藁半紙で包む。トンボやチョウの仲間は三角形に折ったパラフィン紙に包む。これらを風通しのよい場所に保管して乾燥させて保管する。このような保管用の包みは三角紙(右)やタトウ(左)と呼ばれる。標本というと博物館で見るような針に刺した物をイメージすることが多いと思われるが、調査業務で扱う標本は、基本的にこれらの紙に包んだままにしてある。
捕まえた虫は、原則持ち帰って、標本にしている。
翅がついている虫は三角紙の中に折りたたんで、翅が破れたり鱗粉が落ちたりしないように持ち帰る。その他の虫は、毒瓶という殺虫剤を浸み込ませた脱脂綿を入れた瓶に収めて殺虫した後、若干湿らせた状態で持ち帰り、できるだけ早く、室内で形を整えて、標本にして、保存する。
「昆虫の場合、標本にしないと同定ができない種類が多いのです。ぱっと見ただけでわかる昆虫類の一部――カブトムシやギンヤンマなど──は記録だけで済ますこともありますし、捕獲のできない希少種などは目視だけに留めますが、昆虫は捕まえないとわからないものが多いので、捕まえて、持ち帰っています」
取材にも同席していただいた、社長の長谷研次さんがそう補足する。
調査地の面積や調査項目などの条件は業務ごとに異なり、仕様に応じて、人数や日数が変わる。大きな面積を調査する場合でも、人数が少ない場合もある。一面同じような森林などでは人数をかけてもそれほど大きく結果が変わるわけではないからだ。
任意採集法の場合、同じ種を何個体も捕ることはない。定量的評価を目的とした調査の条件や調査員の技術等も含めて等しい条件は作れないため、任意採集法では基本的に、いた/いないという定性的評価によって、事業による影響などを評価して報告書にまとめる。
調査地の歩き方も条件によって異なる。細かい区画で区切った調査地を転々と車で移動して回る場合、調査自体は狭い面積の中で、じっと地面にしゃがみ込んだままほとんど移動せずに調べることもある。
多くの種類が捕獲できそうな環境ではじっくりと時間をかける一方、すでに通ったような環境では捕れる虫もそれほど変わらないため早めに切り上げて新しい環境を探しに行くといった、メリハリのある行動で効率的・効果的な調査を実施する。
小須田さんが調査をしていて最も心地よく感じるのは、少し郊外の、微妙に人が管理しているような雑木林。いわゆる里山環境だ。人が手掘りした溝などで蠢く生き物を発見すると一人ほくそ笑んでいるという。かつて幼かった日々に武蔵野の雑木林で遊び、虫を捕まえながら、人の暮らしの痕跡と生き物のつながりを見てきた頃の原風景が──当時はそこまで意識的ではなかったにしろ──、今にも影響しているのかもしれないと回想する。
こうした、かつての里山での暮らしは、人々が自然環境に価値を見出し、利用することで自然を保全することにつながっていた。こうした環境を心地よく感じられるようになった背景には、幼い頃に遊びまわった体験とともに、専門学校時代に教わった、自然の見方が大きく影響していると小須田さんは話す。
昆虫調査の仕事は、分類学が基礎になる。それぞれの種がどんな形態をしているか、細かな違い等によって種を同定していく。専門学校で学んでいた頃も、生物分類の授業は好きな科目の一つだったという。
ただ、専門学校の授業の中で、最も印象深く、今の仕事にもつながる示唆を与えてくれたのが「保全生態学」の授業だった。「生態学」は、生き物がまわりの環境や生き物同士の関係の中でどうかかわり、行動していくかを研究する学問で、そうした生き物同士や環境との関係性について捉えることで自然環境や生物を保全のあり方を考えるのが、保全生態学。それまであまり持ってこなかった生物に対するイメージが生まれたように感じて、とても興味深かった。
授業を担当していた先生が雑談の中で話してくれた言葉は今も深く心に突き刺さっていると小須田さんは話す。
曰く、「自然を守るだけじゃなくて、自然が経済的・非経済的な価値を持つような社会のあり方がこれから大事になってくるんじゃないか」という話だった。
「それまで、自然というのは守らないといけない対象という思いが強かったんですけど、自然を利用して、価値を見出したり──言い方は悪いかもしれませんが──、お金を儲けたりすること、そのことが結果として自然を守ることにつながるのであれば、それ以上いいことはないなと、その時話を聞いていて思ったんです」
現在、小須田さんが携わる調査の仕事も自然を調べることで価値を生み出す行為といえる。そんな、生物を調べることで応えられる需要がもっとあるのではないか。そうした取り組みを新たに開拓して、仕事につながり、そのことで結果として自然が守られていくことにつながればいいと表情を輝かせる小須田さんだ。
9時 |
調査開始に合わせて現地に到着。事前に調査道具等の積み込みと移動がある。 昆虫調査の場合、トラップなどの採集道具が多く、大量の荷物が発生する。 調査は、2-4人で行うことが多い。 調査開始前に必ずするのが、安全確認。危険予知・予測(KY)として、現場の状況について打ち合わせをし、終了時間・集合場所を確認したうえで、調査を開始する。 リュックを背負って、網と採集道具を持って、調査開始。昆虫採集の場合、調査器具をウエストバッグにじゃらじゃらとぶら下げていることが多い。 街中では1人で歩くこともあるが、山の中など険しいところでは、安全管理上、原則として2人での行動となる。一人が網を振っている間に、一人は目視で捕獲したり枝を叩いたりと違う手法で昆虫を捕獲し、効率的な調査実施につなげる。 |
12時頃 | 昼休憩。調査地点の移動があるところでは移動の途中で店に入ることもあるが、基本は弁当。座れる場所がちょうどよくあったところでお昼にするため、調査の実施状況によって時間は前後する。落ち着いて食べられる場所と状況で、休みを兼ねて食事をとる。街中の調査だと、人気のないところを探すのも一苦労だったりする。 |
(午後) | 午前中に引き続き、調査を実施。 夜間の調査としてライトトラップやピットフォールトラップ(落とし穴)などを仕掛けることもある。 ライトトラップは、ボックス式といって仕掛けた後には無人となり、翌朝回収するものと、カーテン式といって光を当てた布に集まってくる昆虫を採集する有人式がある。ボックス式は翌朝まで電池を持たせるため、ライト点灯は15-17時頃をめどにしている。 |
17時 | 調査終了。集合場所に集まって、報告等したのち、車に乗って宿に移動。 夕食後にカーテン式ライトトラップやホタル調査などを実施することもある。 |
(宿にて) | 業務や場所によって異なるが、1泊2日から、遠くてかつ広い調査地では4泊5日など、泊まり込みでの調査となることも多い。 |
(調査終了後) | 採集した昆虫は、宿や会社でできるだけ早く標本にして整理する。必要な場合は宿で速報(調査日ごとや調査回ごとに提出する簡易な報告書)を作成することもある。 作業概要としては、
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