小河原孝恵(おがわらゆきえ)さん
1985年12月生まれ。生まれも育ちも東京の中野坂上(東京都中野区)。
今の職場へは、もともとインターン生として出入りしはじめ、アルバイトを経て職員になる。
バードサンクチュアリを訪れる人たちへの対応・インタープリテーションだけでなく、閉園日の環境管理や展示づくりと、それこそ何でもやらなきゃならないし、逆にいえば何でもできる環境にある。
都営地下鉄大江戸線の光が丘駅から徒歩約5分、いちょう並木を抜けると総面積60haを超える広大な面積の都立光が丘公園に入る。けやき広場を抜けると、左側に見える平屋の建物が公園管理所。その先を左に折れて少し進むと、右手にバードサンクチュアリの入り口が見えてくる。
小河原孝恵さんは、認定NPO法人生態工房のスタッフとして、ここ光が丘公園バードサンクチュアリの管理運営を担う日々を送っている。
バードサンクチュアリとは、文字通り“野鳥の聖域”として保全された区域のこと。面積は、約2.4ha。そのうち、人間が入れるのは入口近くに設置された観察舎に限られる。それも、土日・祝日だけのオープンだ。広いとは言えない観察舎だが、備え付けの望遠鏡で野鳥を観察したり、スタッフ手作りの展示品に見入ったりしながら、都市に暮らす生きものたちの営みの一端に触れることができる。
小河原さんの仕事は、開園日の来場者対応や展示品の製作・掲示から、閉園日の環境管理作業と多岐にわたる。季節や天気にもよるが、夏場は1日200人ほど、お花見シーズンの連休中など多い日には1日1000人以上の来場者がやってくる。野鳥好きの年配者から親子など、いろんな年齢層の人が、入れ代わり立ち代わり訪れてくるのを、スタッフ2名と、時に学生インターンが加わって対応しているから、日中はなかなか忙しい。
「都会の中の公園なので、ここにこれだけ自然度の高い豊かな生態系があるとは知らずに、ふらっと立ち寄る方も少なくはありません。観察舎の覗き窓から望遠鏡をのぞき込んでも、初めてだとなかなか生きものを見つけつこともできませんが、“ほら、あそこに鳥がいますよ”と──たいていはアオサギだったりするんですが──、そう伝えると、素直に喜んでいただけます。ここにこれだけの自然が保全されていて、オオタカやカワセミもやってきているとお伝えすると、“こんな都会に!”と感動もしてくれます。希少種だけでなく、どこにでもいるようなヒヨドリなんかも“かわいい!”と先入観なく見てくれるのもうれしいですね。そんなことがきっかけになって、その後何度も通ってきてくれるようになった人たちも大勢います。そんな自然との出会いの架け橋になれるのが、この仕事の醍醐味です」
生まれも育ちも東京都中野区のビル街だった小河原さん。ただ、家族キャンプで山や海に出かけたり、都会の公園などで食べられる草を採って食べたりと、自然の中で遊ぶ幼少期を過ごしていた。中学・高校では部活に明け暮れる毎日となり、自然とはかけ離れた生活になる。ただ夏休みなどには、子どもの頃に通ったキャンプのジュニアリーダーとして手伝うこともあった。
大学への進学を控え、自然にかかわる学科を選ぶか、当時好きだった比較文化を学ぶか、悩んだ結果、大阪にある大学の文芸学部世界歴史文化学科に進学した。
「大学でも、子ども向けのキャンプのボランティアスタッフとして、山に入ったりしていました。ところが、衝撃的なことがありました。キャンプに参加している子どもたちから『これ、何ていう生きもの?』と聞かれてもまったく答えられなかったのです。生きもの好きを自認していただけに、ショックでしたね。一方、大学で専攻した文化学科でも、『文化』ってその土地の自然から形成されたものですから、自然や生きもののことがわからないと表面的な理解にとどまってしまいます。これじゃあダメだと、勉強を兼ねて参加するようになったのが、大阪自然環境保全協会の観察会でした。これが本当におもしろくて、子どもの頃には何も気づかずに遊びまわっていた自然の裏に、実はこんなに奥深い世界が広がっていたんだって感動しました。そこからですね、本格的に自然や生きものについて勉強したいと思うようになったのは」
その感動を、多くの人たちに伝えるような仕事をしたいというのが動機になって、大学卒業後、専門学校の門を叩いた。
専門学校時代、生態学の授業の時に講師の先生に言われた言葉が今も心に残っている。
「難解な話が続いて、生徒たちの集中力が切れかかっていた時でした。“将来、社会に出たときに、きちんと論理的に話ができるための武器を与えているんだから、ちゃんと聞いておけ!”とおっしゃったのです。世の中、自然好きな人たちばかりじゃありません。そんなときに感情論だけでなく、きちんと理路整然と説明をして、納得してもらうことが必要になるわけです」
今の仕事に就いて現場に出て、まだまだ勉強中なので十分とは言えないものの、同定方法なども含めて、教えてもらったことが日々役立っていることを実感するという。それと何より、専門学校時代に実習等で、虫を手づかみしたり、雨の中でビバークしたりと限界を越えるさまざまな経験をしてきて、ちょっとやそっとのことではめげることない度胸が付いたと笑みを見せる小河原さんだ。
「中・高と自然とはかけ離れた生活をしていたので、虫を触るのもちょっと嫌だったんですけど、でもそれ以上に好奇心が勝ったんですね。もともと鳥が好きで少しは知っているつもりでしたが、鳥以外の生きものもすごくおもしろくて、どんどんはまっていっていました」
小河原さんの今の職場、光が丘公園バードサンクチュアリには、年齢層も知識量もバラバラな人たちが日々訪れてくる。
中には、サンクチュアリにいる鳥を見て、『あれ、置物でしょう?』とか『エサはいつやるの?』などと聞いてくる人もいる。でもそんな人たちだからこそ、置物でも飼育しているのでもない野生の生きものがいることを知った時に、大きな感動を持つことができると思って心を励ましている。
認定NPO法人生態工房では、近年、外来種問題に力を入れている。都市部の生態系に影響を与える一つの大きな要因だからだ。ペットとして飼っていたカメなどが大きく成長して飼いきれなくなり、捨てられるケースも多く、各地で問題になっている。光が丘公園でも、バードサンクチュアリに隣接する観賞池に放流されるカメなどの捨てペット問題が深刻化してきていて、展示物などを通じた普及・啓発活動に力を入れている。
ワナなどで捕獲して防除はしているものの、根本的な解決には、問題に対する一般市民の理解と周知が必要なのだ。
やりたいこと、伝えたいことはあまたある。協力者を増やしていって、多くの人たちといっしょにこのかけがえのない自然の素晴らしさと外来種などの問題について伝えていきたい。これまで知らなかったことを伝えることで、そんな感動を与えていきたい──学生の頃に抱いたそんな夢を叶えられる立場に、今立っている小河原さんだ。いよいよ、もう一歩先の大きなくくりの夢を描いていく段階に来ていることを自覚するようになってきていると、少し悩ましげに話してくれた。
・双眼鏡
・カメラ:望遠鏡にレンズを当てて、デジスコ替りに使って子どもたちに鳥を見せることもある。
・図鑑:『野鳥の図鑑』がベスト!
・展示を作るための画材や道具
・はく製標本:まれに生き物がどうしても見つからなかったりした場合に活躍してくれる。
・生き物を入れる小さなプラスチックケース:羽化に失敗したトンボやハチの死骸などを入れて、近くでじっくりとみる。直接触るのが嫌でも、ケースに入っていればそれほど抵抗もない。
・水槽:朝子どもたちが見つけてきた昆虫などを入れたりして、その日限りの展示を作る。使用済みのいらなくなったラミネート紙を適当な大きさに切って、裏側の白い面に名前などを書いて、即席のネームプレートにする。
【バードサンクチュアリの開園日】
7:00 起床
8:45 サンクチュアリにつくや開園準備
9:00 開園。朝のミーティングをし、一日の予定を確認。
一日立ちっぱなしで、狭い施設なのに、常備している万歩計は15000歩ほどになることもざら。
12:00頃、隙を見てお昼を食べる。長くても15分くらい。
17:00 閉園。終礼をし、日報記入。
サンクチュアリを出るのは18:00過ぎ。
19:00 帰宅。写真を整理し、ブログを更新。
0:00 就寝。
【防除作業の日】
7:00 起床
8:45 サンクチュアリ到着、胴長やタライを用意する。
9:00 作業の注意点の確認(KY活動)をして、いざ池へ。ワナを引き上げ、回収、記録を続ける。ワナは、「遮光ワナ」といって、暗く狭い空間を作るもの。そんな環境を好む生物がエサを入れなくても潜り込んでくる。本来はブルーギル専用だが、ザリガニやウシガエルなども捕れる。
11:00 サンク池に設置した99基あるワナすべてを見て回り、季節によってはウシガエルの卵塊踏査なども実施。サンクチュアリに隣接した観賞池にもワナを設置してあるので、その確認や卵塊踏査もする。捕まえた生き物の計測、処分。在来種は定期的なモニタリングをしている。例えばカメの場合、甲羅のふちに穴をあけて識別している。
12:00 お昼。開園日と違い、しっかり時間を取って休憩を取る。
13:00 植生管理。ササ刈やヨシ刈りなど。
17:00 引き上げて、洗い物。管理日報を記入、一日の作業の報告
18:00 サンクチュアリを出る。
19:00 帰宅。
0:00 就寝。
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