村上蕗子(むらかみふきこ)さん
1983年8月、埼玉県所沢市生まれ。絵が好きだったこともあり、高校生時代にものづくりをする人になりたいと志し、富山県にある国立の工芸系短大に進学。地場の伝統木工芸を学ぶが、次第に素材の木そのものへと関心が移っていった。植物について専門的に学びなおしたいと、2007年4月から2年間、東京環境工科専門学校に学び、卒業後に公益財団法人東京都公園協会に就職。最初の1年間は奥多摩ビジターセンターで勤務し、2年目から小峰ビジターセンターに異動して以来、丸4年を迎えている。
JR五日市線の終点、武蔵五日市駅から路線バスに乗って約10分、歩いても25分ほどの丘陵地帯に位置する都立小峰公園は、秋川丘陵の代表的な里山風景・景観・動植物を楽しむことのできる“多摩の里山見本園”だ。
その入り口にあって観光客や登山客の拠点施設となるのが、小峰ビジターセンター。公園内外の自然情報や地域の文化を発信している。村上蕗子さんが、同ビジターセンターのレンジャーとして常駐するようになって、この春でちょうど丸4年を迎える。
「東京都が開設するビジターセンターは、多摩地区に5カ所、島嶼部に2カ所あります。多くは国立公園や国定公園内の施設なので、小峰ビジターセンターのように都立公園に併設された施設──私たちは“園地のあるビジターセンター”と呼んでいます──は、珍しい方です。私自身は、ビジターセンター解説員として採用されていますから、公園管理の業務はメインでは行いませんが、園地のあるビジターセンターとして、ビジター対応に加えて、公園内の遊歩道や生け垣、植生などの公園管理を2本柱として日々の業務を行っている職場です。小峰公園は、もともと地域の入会地だったところで、今も春になると咲き誇る桜の木々は地域の人たちが植えたものです。今は公園になっていますが、かつては生活の場として使われた里山林。人とのかかわりの中で生まれた自然です。そんな地域の歴史や文化を伝えていくこともビジターセンターの役割です。季節ごとに開催している公募イベントでは、里山の自然を楽しむ観察会や自然遊び、里山暮らし体験などテーマを変えて実施していますし、園内の田んぼでは年10回の通年活動にも取り組んでいます。このほか、当日受付のイベントとしてガイドウォークとクラフトも毎月実施しています」
小峰ビジターセンターの仕事は、フィールドも拠点施設もあって、四季を通して活動できる。ただ、自然とかかわるよりも人とのかかわりを強く感じる職場だと村上さんは言う。
「公園利用者への対応があるのはもちろん、地元の年配者の話をお聞きする機会も少なくはありません。公園の管理作業では地元の方を雇用してお願いしていますが、この地域で生まれ育った人たちがほとんどですから、子どもの頃から遊び場として走りまわっていたという方たちばかりです。中には、公園区域がもともと自分の家の土地だったという人もいます。年中行事の企画を立てたり展示を作ったりするときに、いろいろとヒントになるお話を伺うことも多々ありますし、この土地の歴史・文化や地域の産業など、書物からではうかがい知れない生の声を聴く機会も少なくありません。そんな話を、利用者にもお伝えしながら、この地の自然と文化を知るきっかけにしてもらえればと思っています」
以前、センター発行のニュースレターの編集を担当していたときに企画した、地域の名人を訪ねる連載コラム『地元名人シリーズ』も、地域の職人さんや土地の古老から、得難いお話を聴く機会となっていた。
村上さんが生まれ育ったのは、埼玉県所沢市。市郊外の三富新田と呼ばれる江戸時代からの開拓地で過ごした幼少時代には、田畑や雑木林が主な遊び場だった。近年、その雑木林が荒れ果て、子どもが遊ぶような環境ではなくなっている。なぜそんなふうになってしまったのかを知りたいという思いも、今の仕事に就くことになった背景にはあったという。それほど明確なビジョンを持って目標に向かって突き進んでいったわけではなかったが、自然な流れの中で、ある意味必然的に今の仕事を選ぶようになった気がすると村上さんはふりかえる。
「高校を卒業して、進学したのは木工芸の職人を養成する国立の短大でした。鉋刃の砥ぎ方からみっちり仕込まれましたが、次第にものづくりよりも素材となる木そのものへの関心が高まっていったのです。植物について専門的に学びたいと思い、それが専門学校に入りなおした理由でした。ただ、植物のことも自然のこともわからないことだらけで、最初に連想したのはフラワーアレンジメントの学校。そんなイメージしか持っていなかったんです」
何もわからずに入った専門学校で、自分の興味・関心を方向づける一つのきっかけになったのが、夏休みに北アルプス・立山の山小屋で過ごした1か月間のアルバイト経験だった。学校には、自然とかかわるさまざまなアルバイトやインターンの募集が集まってくる。同じクラスの女の子2人、教わった通りの装備を背負って山小屋に向かった。雨も降る中、遭難しかかりそうになりながら辿り着いたところは、雄大な山岳景観と広大なお花畑に囲まれた別天地。季節が濃縮されて移り変わりの激しい環境の中で過ごす1か月間、働いている以外の時間は、植物を見て・写真を撮って・図鑑をめくって、可憐な高山植物への興味が増していった。同時に、否応なく自分と向き合うことになった時間でもあった。
東京都公園協会は、ビジターセンターの運営だけでなく、都市部にある庭園や霊園、都市公園などの管理もしている。というより、むしろこちらが主流。職員は、各地の公園等をまわりながらキャリアアップしていく。ビジターセンター解説員の村上さんも例外ではないが、専門職のため異動先は限られる。新しい土地で異なる環境に身を置くことで見えてくることや学べることもあるのだろうが、1カ所に長く居続けたからこそ実現できていることも多いという。特に地元の人たちとのつながりは大きな財産だ。
里山の自然と景観を残す小峰公園は、四季折々の人の暮らしの営みが自然に作用して形づくられてきた。今は公園のイベント兼管理業務の一環として実施している谷戸田の稲作や雑木林の落ち葉かきはその典型。そうした特徴と強みは地域の人たちの協力なしには維持できない。
一方で、高尾や奥多摩などの観光地と較べると知名度では劣るため、訪れる人数は限られる。それでも、一度イベントに参加してくれた人たちがその後もリピーターとして参加してくれたり、当日受付のガイドウィークやクラフト講座では、特に親子の参加で盛況を呈したりしている。
「もっと職員がいれば、もっといろんなことができると思うことはあります。主催イベントも高々、月に数回です。ビジターセンターに来ていただいても、展示物を見ていただく以上のものが提供できていない日の方が圧倒的に多いんです。いつ来ても何か体験できたり、持ち返ってもらえるものがあったりするとうれしいですね。もちろん、目的をもって公園や近辺の野山を歩いて行かれる人も少なくはありません。ただそうやってご自分で自然を楽しめるような方ばかりではありませんから、イベントなどを通じて、この地の魅力に触れていただくきっかけをご提供していきたいと思うんです」
自宅は青梅市内のアパートを借りている。自然の変化をダイレクトに感じる仕事をしているからこそ、四季の変化に応じた生活ができるようになりたいと話す村上さんだ。
「今はまだ梅干を付けるくらいしか具体的にはできていませんが、今度、味噌づくり講座をセンター主催のイベントで実施するのを機に味噌づくりにも挑戦してみたいと思っています。そんな取り組みが、仕事にもフィードバックできると、伝わるものも変わってくると思うんです」
谷戸田の稲作体験。全10回の連続イベントを3月頃に募集し、応募のあった参加者(家族等)に年間を通して参加してもらう。ほぼ毎月、春先に籾をまいて苗をつくるところからはじめて、田起こし、田植え、草取り、案山子づくり、稲刈りとはさ掛け、脱穀・選米、籾すりと年間を通じて稲の世話をするとともに、副産物のワラを使ったワラ細工やできた新米を飯盒で炊いて食べ、最後はお礼肥と落ち葉かきをするところまで一貫して体験する。
【仕事上でもプライベートでも、野山に出かけるときの携行品】
(1)カメラ
ミラーレスのデジタル一眼。
(2)小型の懐中ルーペ
植物などの同定で、細かい毛の状態を見分けたり、雄しべの長さを確認したりする。コケや冬芽など小さいものでは数ミリの大きさのものもあり、そんなときに重宝する。
(3)図鑑(ハンドブック型)
季節ごとの図鑑や、冬芽図鑑、スミレの図鑑など目的等に応じて選んで持っていく。最近はコケにはまっているから、コケ図鑑を持参することが多い。(4)双眼鏡
基本、携行品はコンパクトなものを選んで、軽量化に努める。野鳥を見るのに使ったり、高いところの花や葉っぱを確認したりするのによく使う。
【イベント時の携行品】
(5)観察用ビン
円筒形の、小さな観察用のビン。子どもが何かを見つけたら、フタを外して、逃げないうちにさっと入れて、ガラス越しに観察。
(6)笛(ダックコール)
ベストのポケットにいつも入れている。保育園や幼稚園、小学校などの団体対応では、1人で30-40人を案内することがある。自由時間をとったあと、呼び集めるときに使うのが、アヒルの鳴き声のような音の鳴る笛(ダックコール)。ちょっと間の抜けた音は子どもたちの人気の的だ。
【机の上には】
(7)色鉛筆
サッと絵が描けるように、机の上にビンに入れてある。絵具と違って水を使わなくても描けるので、愛用している。最近は時間が取れず、外に持っていって描くことはほとんどない。
(通常勤務)
6:00 起床
8:00 出勤
8:30 ミーティング、開館準備
9:00 開館
解説業務(来館者対応)、事務仕事、展示作成など
12:00 園内巡回
13:00 昼食休憩
14:00 解説業務(来館者対応)、事務仕事、展示作成など
16:30 閉館作業、ミーティング、館内清掃など
17:30 帰宅
18:00 家事(夕食作りなど)
21:00 資料整理、読書など
22:00 就寝
(イベント開催の場合)
6:00 起床、お弁当作り
8:00 出勤
8:30 ミーティング、開館準備
9:00 イベント打ち合わせ
9:30 参加者受付
10:00 イベント開始(田植え、稲刈り、草取り、脱穀などなど)
12:00 昼食休憩
13:00 イベント午後の部
15:00 イベント終了、片付け
15:30 ボランティアとの反省会
17:30 帰宅
18:00 家事(夕食作りなど)
21:00 資料整理、読書など
22:00 就寝
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