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「自然を守る仕事」バックナンバー

0372024.01.23UP“里山は学びの原点!” 自然とともにある里山の暮らしにこそ、未来へ受け継ぐヒントがある-地域づくりNPOの理事・スタッフ 松川菜々子さん-

機械が入らない小さな棚田の田んぼだからこそ、今もまだ昔ながらの手仕事が生きた技術として残っている

松川菜々子(まつかわななこ)さん

松川菜々子(まつかわななこ)さん
1980年東京都保谷市(今の西東京市)生まれ。
東京環境工科専門学校の第7期生として野生生物調査学を学び、卒業後は1年間北海道の知床で自然解説員を務めたのち、里山における環境教育や地域づくり活動に興味を持つようになり、2003年4月からかみえちご山里ファン倶楽部に入社して、上越市地球環境学校(中ノ俣地域)にて環境教育に携わる。
2009年(平成21年)より事務局長に就任して団体の運営を総括するとともに、味噌や梅干しの地域特産物の開発や古民家カフェの運営、地域を担う若者の人材育成事業も担当する。
現在、かみえちご山里ファン倶楽部には東京環境工科専門学校卒業生が3人在籍、引き続きスタッフを募集している。

 上越市西部にある中山間地域、桑取谷(桑取、谷浜、中ノ俣、正善寺地区)は実りの秋を迎えていた。取材に訪れた日、NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部の松川菜々子さんは、増沢集落にある事務所の前でバケツ一杯に拾い集めたクルミの実を水ひたひたに浸ける作業をしていた。1か月ほど浸けたままにしておくと、緑色の厚い果皮が腐り落ちて、中から普段クルミの実として目にする硬殻が現れてくる。
 事務所から山道を車で20分ほど分け入った中ノ俣の角間地区では、農林水産省が選定する「つなぐ棚田遺産」の登録地にもなっている『角間(かくま)の棚田』で、9月に稲刈りを終えた籾束がハサに掛けられ、天日干しされていた。もうすぐ脱穀の時期を迎える、そんな頃だった。
 「NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部が立ち上がって、20年ほどになります。上越の中山間地域で、高度経済成長期以降、過疎と高齢化が進み、このままでは衰退してしまうと危機感を抱いた地域住民80人ほどが発起人になって生まれたNPOです。運営を担う職員は、県外からきたスタッフが多く、私は設立後2年ほど経ってからの就職でした」
 地域の伝統文化や自然、生活技術を継承して、次世代につなげていくことを目的に活動しているが、こうした豊かな自然と里山の伝統文化や技術がまだ生きた形で残っているのが、この地域のポテンシャルだと松川さんは言う。
 「例えば、棚田の稲作では、今もまだ昔ながらの手仕事が残っています。というよりも、機械化したくてもできない部分があるんですよ。区画整理した田んぼと違って、小さな田んぼでは機械を入れたら最後、埋まって出られなくなってしまいますから、やむにやまれず手作業が残ったともいえます。伐り倒した木を引き出す技術や、屋根を葺く技術、ワラで作る生活道具など、自然を上手に生かす理にかなった暮らしをされていて、雪すら巧みに利用しています。そんな暮らしの知恵や手わざが、生きた形で残っていて、伝えてくれる地域の人たちがいます。子ども向けのイベントで伝統文化や技術を伝えるときなどには、私たちが伝えるのではなく、地域の人たちの手さばきを見てもらい、その人なりの言葉をそのままお話ししてもらっています。そんな姿からその人たちの生きざまも垣間見えてくるのでしょうね、子どもたちも『すごい!』と感嘆し、感じ入ることがあるようです」


中ノ俣の角間地区にある『角間(かくま)の棚田』は、農林水産省が選定する「つなぐ棚田遺産」の登録地にもなっている。


山里の課題に取り組む地域づくりNPO

 「NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部」では住民や会員の協力・支援のもと、上越市の自然体験施設や森林公園の管理・運営のほか、古民家カフェやゲストハウス、高齢者向けサロンなど地域活性化に向けた多面的な活動を行っている。

増沢集落にある元農協の施設を改修した事務所

増沢集落にある元農協の施設を改修した事務所

中ノ俣集落にある『上越市地球環境学校』は、平成11年に閉校した上越市立中ノ俣小・中学校の空き校舎を利用して開校した施設で、集落の多様な自然環境やそこに暮らす人々の「自然と共に生きる知恵や心」に触れる体験プログラムを提供している。

中ノ俣集落にある『上越市地球環境学校』は、平成11年に閉校した上越市立中ノ俣小・中学校の空き校舎を利用して開校した施設で、集落の多様な自然環境やそこに暮らす人々の「自然と共に生きる知恵や心」に触れる体験プログラムを提供している。

桑取谷・西谷内(にしやち)集落の里山として、かつて稲作と炭焼きを生業とする人々の暮らしを支えてきたブナ林は、『くわどり市民の森』(272ha)として平成14年からNPO法人かみえちご山里ファン倶楽部が管理を受託して、年間約20回の観察会などのイベントを実施し、水源の森の普及啓発活動や里山文化の発信を行っている。うち約132haは平成26年に上越市自然環境保全条例に基づく自然環境保全地域に指定された。


 松川さんを含む、県外からこの地域に入ってきたスタッフはみな、山里の暮らし自体が初めてだった。はじめは右も左もわからない中で、“地域づくり”といっても実際には地域の人たちに負んぶに抱っこの手探り状態。暮らしそのものを教えてもらうことから始まって、助けてもらうことばかりの毎日の中でさまざまな体験を重ねていくことを通じて、“自分で何でもやる”、“でも一人ではできないことはみんなで協力して何とかしてしまう”、そんな地域の人たちの強さやコミュニティの力を目の当たりにした。この地域の人たちの格好よさを伝えたい、それによって外からの多くの人が訪ねてくれば地域の活性化につながっていくのではと思い、さまざまな体験イベントを企画し、実施した。
 「自給自足のくらし体験」は大都市圏の人たちを対象にと考えたが、実際に始めてみると、車で30分ほどの上越市街に住んでいる人たちからのニーズが意外に多くあることに気付いた。まわりには田んぼがあっても、農家でないと田の中に踏み入ったこともないという人は思った以上に多い。山もすぐ近くにあるにもかかわらず眺めるだけでしかないという人たちに、実は車でわずか30分とかからないところに、手仕事で暮らす昔ながらの日本が残っているということを知ってもらえるようになっていった。

 一方で、地域の子どもたちに向けた取り組みも重視している。親世代から「ここは何にもない。しっかり勉強して都会に行きなさい」と言われ育ってきたことで、過疎化に拍車をかける要因の一つにもなってきた。
 子どもたちに自分の住むところ地域のよさを知ってもらおうと、総合学習の時間を使って授業のサポートを始めて10年近くになる。「Uターン教育」と呼んでいるこの活動を通じて、子どもたちの意識が変わり、行事への参加率も上がっている。都会に出ていくことに反対するわけではない。この地域で育ってきたことを誇りにはばたいてほしい。

森の中で子どもたち相手に指導する松川さん。都会と比較する中で、この地域のよさがあることを知って、存分に味わってもらいたい


 また、地域の中に雇用の場を作ることもNPOにとって大事な目標の一つだ。
 月に何十万円も稼げるような仕事はなかなか作れないが、月に3-10万円の現金収入を生み出すような場づくりを模索し、現在パートとして働いてくれている地域内外の人が30人くらいいる。
 「いろいろな事業を多角的に展開しようとすると、どちらにしてもスタッフだけでは大変ですから、小さいけど賃金の出る仕事としてかかわってもらっています。雇用の場が生まれることもそうですが、それ以上に、いろいろな方が関わってくれることで、事業がさらに発展しています」

大自然の雄大な景色や野生動物の生命の営みに感動すること以上に、自然と人とのかかわりによって成り立つ暮らしに新たな魅力を感じた

 里山をフィールドにした地域づくりの仕事をするようになったきっかけは、専門学校を卒業して最初に就いた知床でのガイドの仕事で感じたちょっとした違和感だった。
 「専門学校にいるときには“地域づくり”というキーワードはまったく念頭にありませんでした。とにかく自然の中で仕事がしたいという思いで、それができる仕事といったら、はじめは「ガイド」しか思い付かなかったんですね。知床の大自然のなかでガイドの仕事をするようになって、いつしかふと違和感を覚えたのが、地域とどこか距離感がある中で仕事をしていることでした。知床に移り住んだことで、地域の方ともかかわる機会があって、漁師さんと仲良くなったりするようになって、都会から来たお客さんを相手にするだけでなく、自然の中で地域の人たちとかかわるような活動ができないのかなと思い始めたのです」
 インターネットで探して出会ったのが、「かみえちご山里ファン倶楽部」だった。
 「ここに来た時に、“地域づくり”というキーワードを初めて知りました。大自然の雄大な景色や野生動物の生命の営みに感動すること以上に、私にとっては自然と人とのかかわりによって成り立つ暮らしに新たな魅力を感じました。ボランティアとして入れる地域は他にもあったのですが、通年で雇用してくれるところを探していて、採用が決まって移り住むことになりました。なりわいになるというのが、一つ大きなきっかけでしたね」

 松川さんが生まれ育った東京都保谷市(今の西東京市)は、当時はまだ緑豊かな地域だった。小学校の頃には、住宅地の中にキャベツ畑があって、地域にはまだまだ農家が残っていたし、養豚場もあった。高校生になった頃から急激に開発が進み、相続が発生すると農地を手放すところが増えて、宅地開発されてアパートが建ち並ぶようになった。都市計画道路が通って、周辺の環境も大きく変わっていった。
 そんな地元の変化も感じながら、高校生になった頃から徐々に、仕事をするなら都会ではなく、自然豊かなところで「何か」したいと思うようになっていった。山や海が好きな両親に連れられた幼い頃の原体験も影響していたのかもしれない。ただ、具体的に何がしたいのか、何ができるのかはわからなかった。
 そんなときに東京環境工科専門学校のカリキュラムや卒業後の進路を知って、自然の中でこんなふうに仕事をしている人たちがいるのだと知り、目の前の靄が晴れていくような感じを受けた。
 高校までの同じ年齢で構成されるクラスとは違って、専門学校の同級生たちは高卒以外も半分くらいいた。年上の同級生たちは授業を聞く意識も高く、いっしょに机を並べて勉強する日々は、大きな刺激になった。
 同じ目標を持った仲間との出会いに、「自然の中で仕事をしたい」という思いも一層強くなった。


海があって雪もあるこの環境だからこそ魅力を感じる人は多い

 桑取谷の暮らしは、どの季節でも常に冬を見据えて仕事をしているところに特徴があると、松川さんは言う。
 「雪国の暮らしは、冬を乗りこえるために、春から秋まで山菜や野菜、コメなどを蓄えて生きている。私たちの仕事でも、上越市の施設は冬の期間は閉鎖するため、冬が来る前にやっておくべきことを逆算して考えています。雪が降ったら閉ざされてしまうので、やりたくでもできない状況になりますから。ただその分、それまで時間が取れずにいたことができるようにもなります」
 そんなくらしのリズムが、雪深い地域とそうでない地域との一つの大きな違いといえる。
 同じ上越市内でも、10分も下って海沿いに出ればまったく雪がないときでも、桑取谷では積雪3mと家屋の2階まですっぽり埋まるくらいの積雪量がある。
 増沢の事務所は冬も開設していて、通年で活動しているから、夜のうちに雪が降ると、朝出社してすぐにまずは除雪が始まる。NPOが管理している建物は増沢の事務所だけではないので、5軒ある建物を順番に回って、スタッフ総出で雪下ろしをすることになる。

 ただ、ここをめざしてくる人たちにとって、雪は魅力の一つでもある。海が近いのももちろん、海と雪の両方ともあるこの環境に心惹かれてやってくる人たちが多い。
 「地元の人からすると、『なぜわざわざこんな雪深いところに?』というんですけど、雪があってこその上越です。晴れた日差しの中できらきらと光る新雪を歩くのも最高です。仕事でフィールドを歩き、仕事終わりには今度は海に沈む夕日を眺める。夏なら仕事帰りにそのまま海に入ってから帰ることもあります。今風に言うならワーケーションですね」
 東京出身の松川さんは、仕事や実家への帰省で東京に出てくる機会もある。そんなとき、懐かしさよりも息苦しさを感じて、桑取谷の広い空が恋しくなる。どんな暮らしが心地よいと感じるかは人それぞれだが、松川さんにとってはここ桑取谷での生活の方が合っている。

上越市の積雪年表(新潟地方気象台高田測候所のデータをもとに上越市が作成)

上越市の積雪年表(新潟地方気象台高田測候所のデータをもとに上越市が作成)

桑取谷で仕事をする松川さん

  桑取谷で仕事をする松川さん


「生きた学びの場」を次世代へ

 地域の過疎化・高齢化が進んで、今はまだかろうじて残っている技術や文化が途絶えてしまう瀬戸際にある。
 「団体設立20年がたち、私たちにいろいろなことを教えてくださっていたじいちゃん・ばあちゃん世代が少なくなり、本当に貴重なことを記録していかないと、という思いがますます強まっています」
 ただ、昔ながらのものを、ただそのまま残そうというわけではないと松川さんは言う。
 文化も技術も、途絶えつつあるのには理由もあるから、ただそのままに残したり復活させたりしても、今の暮らしにうまく適合しなければ一過性で終わってしまう。新たな価値を見出し、今の暮らしに役立てたり、これからの暮らしのヒントにしていったりすることこそが、かみえちご山里ファン倶楽部のめざすところだ。
 例えば、ワラ細工だったら昔はミノやフカグツといった主に身に付ける生活必需品として使っていたが、今は装飾品として、またものづくりの楽しさとしての意味合いが大きい。

 地域の古老たちが少なくなり、伝統文化や生活技術の伝え方にも変化を余儀なくされてきている。
 棚田に通い、年間を通して稲作を学ぶ「棚田の学校」では、これまで地元住民に先生をお願いしてきたが、近年は最初の頃から参加しているベテランメンバーがその経験を伝える役を担いつつある。新たなつながりによって棚田の稲作が継続していくことで、教える側にまわることになったベテランメンバーも、自分たちが次の世代に伝えなければという使命感を持ってかかわってくれるようになっている。

 「人と人」「自然と人」の上手な関わりをこの地域から発信していきたい。だからこそ、この地域とのかかわりを非日常の体験として楽しむだけで終えずに、自分の暮らしのもう一つの居場所にしてもらいたい。欧米では、週末や休暇期間に通って農作業をする二地域居住のような暮らし方もある。単に観光旅行としてだけでなく、そんな暮らしができる場所として、かかわる人たちの居場所となり、地域との交流につなげたい。
 上越市の人口比率を見ていくと、何もしなければ減少していく状況にある。移住者、特に子育て世代が入ってきてくれれば、人口減少は止まらなくても人口バランスは回復する。試算してみると、年間に2組の移住があれば、やがて変化が生まれてくる。
 空き家が増えているので、うまく活用して移住につなげたい。また、小中学校の存続もカギとなる。

 ちょうど取材の前日に地元の公民館の講座で講師を務めてきたと松川さんは言う。
 「地域のお年寄り向けに、インスタグラムの使い方を教える講座です。今やSNSを使えば誰でも手軽に発信できます。インスタは、特に若者層が使っているツールですけど、地元のおじいちゃん・おばあちゃんたちが自分で撮った身近な暮らしを切り取った写真に「#くわどり」を付けて、簡単な言葉とともに発信するわけです。これまでは新聞やテレビなどメディアが取材に来てくれないと伝えることができなかったこの地域のことを、住民自ら発信できるというのは、画期的な時代になってきたなと感じています。そうしてこの地域の発信力をもっともっと高めていけば、多くの人に知ってもらうきっかけになります」


一日のスケジュール

朝の出社 9時出社。上越市街に暮らしているので、車で30分かけて通勤。
基本は、朝8時半から夕方5時半が定時だが、子育て世代が増えてきて働き方を見直していく中で、それぞれが働きやすいスタイル、フレックスタイム制の勤務形態を取り入れている。小学生の子どもがいる松川さんは、今は朝9時から夕方5時までを定時にしている。
スタッフは皆いくつもの仕事を掛け持ちでこなしている。多彩な事業があるため、季節や日によって勤務地も仕事内容も変わってくる。
昼休憩 基本は事務所内で昼食。弁当持参。スタッフの他、パートさんや地域の人、イベント参加者といっしょになったり、イベント時や作業時は野外で食べることもある。
夕方以降 基本は、定時で帰宅だが、仕事のキリがつくまで残業したり、雑談したりしているうちに6時・7時を回っていることもある。また、イベントや地域の行事関連などで夜まで対応することもある。

七つ道具

カマ フィールドチェックで採取したり、草刈りしたりと、常に携行してよく使う。
ナタ 同上
ノコギリ 同上
カッパ 春~秋の雨天時などはもちろん、雪の季節も、この地域は気温がそれほど下がらず雪質が重く湿っているため、スキーウェアなどよりも雨カッパを愛用している。
手袋  
長靴 ふつうの長靴、スパイク付き長靴、田んぼ長靴、冬用など種類はいろいろ。
ビニール袋 フィールドチェックで見つけたものを入れる。春なら山菜、秋にはキノコやクルミ、クリ。鳥の羽やヘビの抜け殻なども見つけると袋に入れて持ち帰って、展示や資料にする。
日誌 いわゆる業務記録だが、同時に季節ごとの作業記録にもなる。山菜採りの時期、種まき、海藻採り、冬囲いなど、日誌を見返しながら、そろそろだなと目安にする。20年もつけていると、環境の変化も読み取れる。

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バックナンバー

  1. 001「身近にある自然の魅力や大切さをひとりでも多くの人に伝えたい」 -インタープリター・工藤朝子さん-
  2. 002「人間と生き物が共に暮らせるまちづくりを都会から広げていきたい」 -ビオトープ管理士・三森典彰さん-
  3. 003「生きものの現状を明らかにする調査は、自然を守るための第一歩」 -野生生物調査員・桑原健さん-
  4. 004「“流域”という視点から、人と川との関係を考える」 -NPO法人職員・阿部裕治さん-
  5. 005「日本の森林を守り育てるために、今できること」 -森林組合 技能職員・千葉孝之さん-
  6. 006「人間の営みの犠牲になっている野生動物にも目を向けてほしい」 -NPO法人職員・鈴木麻衣さん-
  7. 007「自然を守るには、身近な生活の環境やスタイルを変えていく必要がある」 -資源リサイクル業 椎名亮太さん&増田哲朗さん-
  8. 008「“個”の犠牲の上に、“多”を選択」 -野生動物調査員 兼 GISオペレーター 杉江俊和さん-
  9. 009「ゼネラリストのスペシャリストをめざして」 -ランドスケープ・プランナー(建設コンサルタント)亀山明子さん-
  10. 010「もっとも身近な自然である公園で、自然を守りながら利用できるような設計を模索していく」 -野生生物調査・設計士 甲山隆之さん-
  11. 011「生物多様性を軸にした科学的管理と、多様な主体による意志決定を求めて」 -自然保護団体職員 出島誠一さん-
  12. 012「感動やショックが訪れた瞬間に起こる化学変化が、人を変える力になる」 -自然学校・チーフインタープリター 小野比呂志さん-
  13. 013「生き物と触れ合う実体験を持てなかったことが苦手意識を生んでいるのなら、知って・触って・感じてもらうことが克服のキーになる」 -ビジターセンター職員・須田淳さん(一般財団法人自然公園財団箱根支部主任)-
  14. 014「自分の進みたい道と少しかけ離れているようなことでも、こだわらずにやってみれば、その経験が後々活きてくることがある」 -リハビリテーター・吉田勇磯さん-
  15. 015「人の営みによって形づくられた里山公園で、地域の自然や文化を伝える」 -ビジターセンター職員・村上蕗子さん-
  16. 016「学生の頃に抱いた“自然の素晴らしさを伝えたい”という夢は叶い、この先はより大きなくくりの夢を描いていくタイミングにきている」 -NPO法人職員・小河原孝恵さん-
  17. 017「見えないことを伝え、ともに環境を守るための方法を見出すのが、都会でできる環境教育」 -コミュニケーター・神﨑美由紀さん-
  18. 018「木を伐り、チップ堆肥を作って自然に返す」 -造園業・菊地優太さん-
  19. 019「地域の人たちの力を借りながら一から作り上げる自然学校で日々奮闘」 -インタープリター・三瓶雄士郎さん-
  20. 020「もっとも身近な、ごみの処理から環境に取り組む」 -焼却処理施設技術者・宮田一歩さん-
  21. 021「野生動物を守るため、人にアプローチする仕事を選ぶ」 -獣害対策ファシリテーター・石田陽子さん-
  22. 022「よい・悪いだけでは切り分けられない“間”の大切さを受け入れる心の器は、幼少期の自然体験によって育まれる」 -カキ・ホタテ養殖業&NPO法人副理事長・畠山信さん-
  23. 023「とことん遊びを追及しているからこそ、自信をもって製品をおすすめすることができる」 -アウトドアウェアメーカー職員・加藤秀俊さん-
  24. 024「それぞれの目的をもった公園利用者に、少しでも自然に対する思いを広げ、かかわりを深くするためのきっかけづくりをめざす」 -公園スタッフ・中西七緒子さん-
  25. 025「一日中歩きながら網を振って捕まえた虫の種類を見ると、その土地の環境が浮かび上がってくる」 -自然環境コンサルタント・小須田修平さん-
  26. 026「昆虫を飼育するうえで、どんな場所に棲んでいて、どんな生活をしているか、現地での様子を見るのはすごく大事」 -昆虫飼育員兼インタープリター・腰塚祐介さん-
  27. 027「生まれ育った土地への愛着は、たとえ一時、故郷を離れても、ふと気付いたときに、戻りたいと思う気持ちを心の中に残していく」 -地域の森林と文化を守るNPO法人スタッフ・大石淳平さん-
  28. 028「生きものの魅力とともに、生きものに関わる人たちの思いと熱量を伝えるために」 -番組制作ディレクター・余座まりんさん-
  29. 029「今の時代、“やり方次第”で自然ガイドとして暮らしていくことができると確信している」 -自然感察ガイド・藤江昌代さん-
  30. 030「子ども一人一人の考えや主張を尊重・保障する、“見守り”を大事に」 -自然学校スタッフ・星野陽介さん-
  31. 031「“自然体験の入り口”としての存在感を際立たせるために一人一人のお客様と日々向き合う」 -ホテルマン・井上晃一さん-
  32. 032「図面上の数値を追うだけではわからないことが、現場を見ることで浮かび上がってくる」 -森林調査員・山本拓也さん-
  33. 033「人の社会の中で仕事をする以上、人とかかわることに向き合っていくことを避けては通れない」 -ネイチャーガイド・山部茜さん-
  34. 034「知っている植物が増えて、普段見ていた景色が変わっていくのを実感」 -植物調査員・江口哲平さん-
  35. 035「日本全国の多彩なフィールドの管理経営を担う」 -国家公務員(林野庁治山技術官)・小檜山諒さん-
  36. 036「身近にいる生き物との出会いや触れ合いの機会を提供するための施設管理」 -自然観察の森・解説員 木谷昌史さん-
  37. 037「“里山は学びの原点!” 自然とともにある里山の暮らしにこそ、未来へ受け継ぐヒントがある」-地域づくりNPOの理事・スタッフ 松川菜々子さん-

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