近年の森林管理において大きな課題の一つとなっているのが、森林境界がわからなくなっていること。外国産材の輸入等によって国内の林業経営は衰退し、森林整備や主伐がされないまま放置されている森林が多い中、代替わりした山主は自分が所有する森の範囲や境界を知らずに所有権だけ引き継いでいるというケースも少なくはない。
特に、都市近郊の森林では細かく区分けされて所有が入り組んでいるところも多く、境界がわからなくなっているがゆえに、台風や大雨による災害防止や地球温暖化対策などを目的とした間伐などの手入れや作業道の開設をしたくてもできない状況に陥っているという。
一般社団法人日本森林技術協会に就職して6年目を迎える山本拓也さんは、現在、東京都西多摩地方における森林境界明確化事業のため、測量機器を抱えて森の中に入る毎日を送っている。
「私の担当している測量作業は、2人1組で林内に入って、離れた地点に立てる反射板にレーザー光を当てて、2点間の距離と方位を測るというものです。一つの区間の距離・方位を測ったら、次のポイントに移動して、次の区間の距離・方位を測っていきます。そうして1点1点、尺取虫のように測っていくという、地道な作業です」
現存する資料では、明治時代に作られた図面が最も信頼のおける資料となる。自分の土地について測量した結果を貼り合わせたこれらの図面はその後、市町村によって更新されているところもあれば、所有状況の変遷が反映されていない場合もある。これらの資料をもとに、山主や森林作業者等の話を聞き取りながら再確認した境界線を、現場で測量をしながらデータ化していく。
これまで統一的な管理がされているわけではなかったため、都の事業としてきちんとやり直すべく、ここ10年来実施されてきた事業だが、まだまだ先の長い事業といえる。
山本さんが今の仕事を志すきっかけとなったのは、高校生の頃だった。地球温暖化のニュースなどを見て、森や自然への関心が高まった。森林の役割の重要性を知り、当時どんな仕事があるのかよくわからないながらも森にかかわっていけたらと、漠然とながら思ったのが最初だった。
大学では自然環境を学ぶ学科に進学するが、もっと野外に出て学びたいと探して、たどり着いたのが、フィールド実習中心に学べると評判の東京環境工科専門学校だった。
「専門学校は、フィールドワークが多く、まさにイメージ通り、肌に合っていることを実感しながら通いました。今でも強く印象に残っているのが、一年生の最初に体験した7泊ほどのフィールド実習です。それまで普通に都会で過ごしているだけの生活をしていましたから、実習でいろんな生き物に触れて、野外生活の基本を教わって、こんな世界もあるんだと目が拓かれる思いでした」
長野県黒姫にある森で、最初はナタなど道具の使い方や、タープの張り方、地形図の読み方など野外活動の基本的な技術や作業について教わった。さらに、身近にいる動植物の観察・採取をして、標本づくりをしたり、図鑑を広げて種名を調べたりと、生物調査の初歩を習った。
その後の学生生活はもちろん、今の仕事にもつながる“基本のキ”を教わった濃厚な実習期間だった。
「今担当している仕事は、社会にとって本当に意味ある事業だと実感しているので、そんな仕事にかかわれていることは大きなやりがいになっています」
ただ現場に出ることだけが大事なのではなく、社会にとって意味ある仕事かどうかということは、今後どんな業務に携わるとしても考えていきたいと山本さんは言う。
それとともに、自然の中で終日過ごしながらも人の暮らしや存在を意識しながら仕事をしていることも今の仕事の特徴の一つだという。
「私たちの仕事は測量なので、地元の方々と面と向かってお話しする機会がそれほど頻繁にあるわけではありません。ですけど、作っている図面は地域の山主さんの持ち物(土地)なので、境界線のデータを取りながら、ここは誰々さんの土地ということは常に念頭に置いて仕事をしています」
山の中を歩いていると、かつてヤマに入って人が手入れをしていた痕跡が見えてくる。間伐の切り株が残っているのを発見することもあるし、所有区画の境界線上に大きな木が残されているのに気づくこともある。それらの痕跡をひたすら探しながら、森の中を歩きまわっている。そうしてデータ化した境界線には、測定ポイントごとに、20cmほどのプラスチック杭を打ち込んでいく。数十年の時を経てまわりの景色がすっかり変わったとしても、図面上のプロットと現場の杭を照らし合わせていけば境界線が再現できるだけの正確なデータを取っていくのが山本さんの役割だ。それだけの精度を実現するためには、1点1点の正確な測量作業が必要となる。
道路脇などで、三脚を立てて測量している場面に出会うことがあるかもしれない。コンクリートなど地盤のしっかりとしたところでの測量と異なり、林内の測量では、草木が生い茂る傾斜のある土の上で実施するし、荷物も多くなるため、また違った大変さがある。目的は、施業や手入れをできるようにするための境界線の明確化だ。
境界線明確化事業自体は、都の予算が続く限り、継続して実施していくことになるが、山本さんがこれから先も担当していくことになるかはわからない。ただ、どんな業務を担当することになったとしても、現場には出続けたいと山本さんは言う。
「森にかかわっていく仕事には変わりないと思いますけど、業務内容自体はそのときどきで変わっていくと思います。それでも、どんな仕事をするとしても、現場に出ることが一番大切だと思っています」
専門学校に通っていた頃も、とにかくフィールドに出なさいということを口酸っぱく言われていたことを思い出す。
今、現場で仕事をしながら、図面上の数値を追うだけではわからないことが、実際にフィールドに出て現地の状況を見ることで浮かび上がってくることがあることに気づかされる。まさに“現場が基本”ということを実感する日々だ。
6:30頃 | 自宅を出て、電車で武蔵五日市駅に向かう。現在通っている現地事務所は、駅から徒歩約15分で到着する。 |
7:30 | 事務所集合、その日の調査内容に合わせて準備を開始。 |
7:50 | 事務所出発。 |
8時過ぎ | 現場到着。調査場所にもよるが、車で10分の近場から、遠いところでも30分ほどで現場に到着する。 |
11:30頃- | 切りのよいところで昼休み。弁当は、自分で握ったおにぎりとおかずを林内で食べるのが日課だ。 |
14:00 | 暗くならないうちに、現場作業終了。 |
14:30 | 事務所到着。片付けやデータ整理。 |
15:30 | ほぼ作業終了し、帰宅準備。 |
16時頃 | 業務終了。 |
17時頃 | 1時間ほどかけて、帰宅。朝夕はご飯を炊いて、簡単な汁物・炒め物などを作って、自炊している。 |
勤務日は原則としてカレンダー通りだが、林内の現場仕事は天候に左右されるため、雨天時などは作業中止にして、その代わり晴れた休日を作業日に当てるなど、天気と現場の状況に合わせて臨機応変に入れ替えながら仕事を進めている。例えば、梅雨時に雨の日が続いた時には内勤として主にデータ整理をこなす日々を過ごし、梅雨が明けて晴れが続けば遅れた作業を取り戻すため休みを減らすこともあった。
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