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「自然を守る仕事」バックナンバー

0082012.07.17UP“個”の犠牲の上に、“多”を選択-野生動物調査員 兼 GISオペレーター 杉江俊和さん-

野生動物を相手にした“探偵業”

杉江俊和さん
杉江俊和さん
1979年東京生まれ、静岡育ち。
専門学校の同級生といっしょに、卒業後ほどない2004年9月にGIS技術を活用した野生動物調査と解析を行う「Nature worship有限会社」を設立した。
現在、年の半分ほどはフィールドでの野生動物調査に飛び回っている。

 「野生動物の調査は、食痕や糞などを探しながら、その行動範囲や素行を調べるんです。ときには捕獲して腹の中を捌いたり、機械をくくりつけて放して行動範囲を調べたりすることもあります。いわば野生動物を相手にした“探偵業”なんて説明をすることもあります。人間相手の場合と違って、彼らは言葉を持っていないから直接彼らの声を聴くことなどはできませんが、いろんな痕跡を見つけて丹念に調べていって、その生活を暴いていくわけです」
 わざわざ調べるのには目的がある。多くの場合、誰かが困っている状況が発生しているため、その状況を調べる必要が生じている。
 「例えば、野生のサルやシカが里に下りてきて悪さをすると、何とかしてほしいという住民の声が行政にあがってきます。それで、調査の仕事が発生するんですね。いわゆる、有害鳥獣と呼ばれている動物たちを扱うケースが、今は多くなってきています」
 そう話す杉江俊和さんは、主に哺乳類を専門に野生動物調査とその解析業務を行っている。それと同時に、GISのオペレーションによって、解析やプレゼンの効率化と強化を図っている。現場調査とGIS解析が杉江さんの仕事の2本柱だ。

 GIS──Geographic Information Systemの略称──は、日本語で「地理情報システム」とも言われる。簡単に言うと、パソコンの中のバーチャル空間に自然環境を再現するための技術・手法。標高データや動植物の生息・生育に関するデータなどを重ねていって、バーチャル世界を構築していく。いきなり現実の世界ではできないことを、バーチャルの世界でシミュレーションして、その影響や効果を図ったり、簡単には入り込めない現場の状況などを行政や住民に対してわかりやすく説明したりするためのツールとして使われる。

GISによるバーチャル空間の構築例。
GISによるバーチャル空間の構築例。

GISソフトによる解析事例。
GISソフトによる解析事例。

結果に至る過程での合意形成を得やすくするためのツール

テレメトリー調査の結果解析の事例。
テレメトリー調査の結果解析の事例。

猛禽類の飛跡を3Dで表現。
猛禽類の飛跡を3Dで表現。

 GISの使用場面は、例えばこんなふうだ。
 現場の調査に先だって、ミーティングでGISを使うことがある。例えば、海岸近くで調査地点を設置する場合、潮の満ち引きがあるから、満潮時に海水に沈むようなところは調査地点として不適切だ。急峻な沢も適していない。さまざまな条件抽出をして、調査地点として不適当なところを差し引いていくと、現実的な調査面積が算出できる。
 あるいは、外来種・移入種の駆除を行う場合、ヘリコプターを使った薬剤の空中散布をすることがある。GPSのログを確認すれば散布した範囲は割り出せるが、拡散具合を試算して、その効果を検証する。手薄なエリアが見えてくれば、追加散布するなどの計画が立てやすくなる。
 GISはツールに過ぎないから、決して万能なものではない。前提条件によっても結果は左右される。複雑な条件が相互に作用し合う現実の世界は、いくらシミュレーションしてみても長い時間が経って結果が出てみないと本当のところは見えてこない。自然や生物相手の仕事ゆえに、やってみないとわからないところは、これまでの方法となんら変わるところはない。ただ、結果に至るまでの過程で合意形成しやすい、客観性や表現力がGISの強みといえる。
 現場に行ったことがない人でもイメージが付きやすいし、専門的な知識がなくてもデータから読み取った結果が視覚化されるからわかりやすい。専門家同士の打合せだけでなく、地域の住民も交えたより広い主体との合意が求められるようになってきた今日、よりわかりやすく客観的な形で“見える化”していくことが求められるようになってきた。そうした場面で、GISはとても強力なツールとなる。

GISが使えることで、現場経験のディスアドバンテージをカバー

テレメトリー発信機を利用した追跡調査の様子。
テレメトリー発信機を利用した
追跡調査の様子。

痕跡調査の様子。
痕跡調査の様子。

プライベートのトレーニングで、崖を懸垂下降。
プライベートのトレーニングで、
崖を懸垂下降。

 杉江さんとGISの出会いは、東京環境工科専門学校で学んだ当時に溯る。授業でGISに関する特別講義を受講したことがきっかけだった。
 自然環境調査の業界でも、10年ほど前から生物調査の結果解析を目的としてGISの本格的な導入がされるようになっていた。ところが、特殊なGISソフトは操作が難しく、業界外のオペレーション専門業者に外注しているのが実情だった。調査の現場を知らないオペレーターが操作するため、細かな調整などで現場の感覚とのずれが生じていた。
 一方、日本でGISが最も利用されているのは、主にビジネス・マーケティングの世界だという。例えば、コンビニなどの店舗の配置を決めるとき、近すぎると競合してしまうし、遠すぎれば利便性を損なってビジネスチャンスをみすみす逃すことになる。適度な距離を保ちつつも、配送コストの効率化を図って、エリア全体としてその時々でベストな配置を決定するのに、GISを利用する。駅からの人の流れや競合店の存在、住宅地との距離などさまざまなデータをインプットして、解析していくわけだ。
 「○○市の人口統計や人の流れなどをデータ化してマーケティング解析に利用できるのなら、どこかの山にいるクマの生息頭数やその行動範囲と人との関わりなどを解析するためのツールにも使えるんじゃないですか」
 そんな杉江さんの見方に対して、
 「まさに、そんな風にこそ、使ってほしいんですよ!」
 授業のあとの懇親の席で、講師の先生とGISの活用方法について大いに盛り上がったという。

 2004年3月に専門学校を卒業して、半年ほど営業を兼ねた資金繰りのためのアルバイトをしてきたあと、2004年9月にNature worship有限会社を立ち上げた。思えば無謀なところもあったが、GISオペレーションの技能を買われて、起業早々からうまく展開することができた。逆に言うと、経験がものをいう野生動物調査の世界で経験が浅いながらもアドバンテージが取れたのは、GISのおかげだった。

仕事の結果は50年-100年後になって評価される

糞塊密度調査の様子。
糞塊密度調査の様子。

急傾斜地での測量の様子。
急傾斜地での測量の様子。

 野生動物調査では、環境破壊が避けられない。山の中に分け入るのも環境破壊だし、野生動物に発信器をくくりつけて放すときには大きなストレスを与えないよう配慮しなければならない。動物を直接殺すことも少なくはない。捕殺して胃の中を調べて、どんなものを食べているか確認したり、脂肪の付き方で栄養状態を見たりする。地域ごとの個体群の栄養状態の違いによって、生息域の分断状況を推測したりもする。そんな分布状況を調べるにはGISが役に立つ。
 「自然を守る仕事にも、さまざまなアプローチがあります。例えば、『救護(リハビリテーション)』と呼ばれる活動では、一つ一つの命に向き合う時間が多いと思います。事故で傷ついた野生動物が元気になって、野生復帰のトレーニングをして野に帰してやることができれば、一つの成功といえます。各個体と確実に向き合っていっている、そんな手応えは、正直、うらやましいと思うこともあります。その反面、看病の甲斐なく死んでしまったり、安楽死させたりしないとならないことも少なくありません。一つ一つの死を重く受け止めることになる辛さは計り知れません。一方で、時に“個”の犠牲の上に、“多”を選択しなければならないこともあります。われわれの仕事は、どちらかと言えば“多”を選択する側に立つことが多いといえます。これは、役割分担と言えるのかもしれません」
 “個”を選択する場合、いずれにしても結果が明瞭だ。対して、“多”を選択する場合、中には50年-100年後になってようやっと評価が下される。すぐに結果が見えることばかりではない。
 野生生物保護・管理のうえで、個体数調整のための現場では多くの生き物を殺す事もあるという。外来種の駆除や、有害鳥獣駆除などでは、見つけた端から殺していくこともある。調査の結果によって、捕殺頭数などを決めて計画を立てているが、もしかしたら100年後になって「あのとき、確かに一見増えているように見えていたけど、あんなに殺してはいけなかった」──そんな評価がされることになる可能性も否定はできない。
 「生き物が“生きていくこと”って、裏を返せば、他の生き物を喰らっていくことですよね。1つの命を食べて1つの命も救えないとすると、それこそ“地球の癌”と揶揄されるような存在になってしまう。こういう仕事をしていて、そんな存在にはなりたくないんです」
 環境を守るという大義名分の下でやっている今の仕事の正しさや必要性を信じながら、100年経ったときに、より多くの命が救われることにつながったと安心できるようでありたい。そんな願いと思いを込めて、日々仕事をしているという杉江さんだった。


必須アイテム

必須アイテム

①スパイク足袋:悪条件の道でも踏破できる。登山靴はソールが硬いため楽だが、地面の感覚が捉えにくいので、なるべく接地して踏ん張れるソールの柔軟な靴を履いている。
②安全脚絆:藪を歩いていると、折れた枝が刺さってきたりするので、その対策として。
③サングラス:藪歩行のための目の保護。調査用具を持って両手がふさがっている状態で倒れてあやうく失明しかけた仲間もいた。
④レインウェア
⑤ポンチョ(ツェルト兼ポンチョ):必要な場合、テントは別に用意しているが、3.11以来常に持ち歩くようになった。最近はレインウェア代わりに使うことが多い。
⑥ライト:ヘッドラライトは夜間調査員同士を照らしあって眩しいので、手首につけられるダイビング用を使用している。
⑦デジカメ:撮影時刻を帰還後にGPSのログとマッチングさせている。GPS付きカメラは電池の消耗が激しいため使用していない。
⑧ハンディGPS:精度は数mの誤差。GPS測量に使う場合は、より高性能なものを使うが、大きく・重くなるため、通常はハンディGPSを携行している。
⑨ラジオハーネス:無線、GPS、野帳を入れている。バックパックも背負うが、胸にある方がすぐに取り出せて便利。
⑩コンパスと筆記用具:腕につけて、すぐに取り出せるようにしている。コンパスは取り出さなくても付けたまま確認できる。
⑪マルチツール:ナイフ・ペンチ・ドライバーをよく使う。
⑫単眼鏡:倍率6-8倍ほどの小型のもの。肉眼では見えにくい場合に使って、少しでもプラスアルファの情報を取るようにしている。双眼鏡を持つ人も多いが、少しでも軽量化しようと、単眼鏡にした。
⑬モバイルGIS端末(スマートフォン):簡単なデータの入力は可能。案件ごとに調査現場向けにカスタマイズした地図をインストールしておく。
⑭画板:地図、計画書などを挟んである。
⑮生分解性のテープとマジック:長期モニタリングの対象や地点の目印になるように取り付けて、調査メンバーの入れ替えがあっても困らないように情報の共有を行う。


ある一日のスケジュール(野外調査の一日)

6:00 起床、朝食
現場に移動(移動手段は、徒歩や車、時に船もありうる)

8:00 現場到着
踏査開始。獣道を辿って、生き物の痕跡を探す。トラップを仕掛けてある場合は、その巡回も。
※昼は、宿で弁当を作ってもらって携行。

15:00 下山開始
(冬場は16時になると山の中は真っ暗になる)

17:00 宿に戻って、食事と風呂
テレビがあれば、翌日の天気を確認。
ただ、雨が降るとしても、よほどの荒天でない限り、中止にすることはない。
降れば降ったなりの装備を用意して、調査に出かけることになる。

20:00-22:00 ミーティング、データ整理
※夜間調査のため、夜に動く場合もある

23:00 就寝

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  1. 001「身近にある自然の魅力や大切さをひとりでも多くの人に伝えたい」 -インタープリター・工藤朝子さん-
  2. 002「人間と生き物が共に暮らせるまちづくりを都会から広げていきたい」 -ビオトープ管理士・三森典彰さん-
  3. 003「生きものの現状を明らかにする調査は、自然を守るための第一歩」 -野生生物調査員・桑原健さん-
  4. 004「“流域”という視点から、人と川との関係を考える」 -NPO法人職員・阿部裕治さん-
  5. 005「日本の森林を守り育てるために、今できること」 -森林組合 技能職員・千葉孝之さん-
  6. 006「人間の営みの犠牲になっている野生動物にも目を向けてほしい」 -NPO法人職員・鈴木麻衣さん-
  7. 007「自然を守るには、身近な生活の環境やスタイルを変えていく必要がある」 -資源リサイクル業 椎名亮太さん&増田哲朗さん-
  8. 008「“個”の犠牲の上に、“多”を選択」-野生動物調査員 兼 GISオペレーター 杉江俊和さん-
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  10. 010「もっとも身近な自然である公園で、自然を守りながら利用できるような設計を模索していく」 -野生生物調査・設計士 甲山隆之さん-
  11. 011「生物多様性を軸にした科学的管理と、多様な主体による意志決定を求めて」 -自然保護団体職員 出島誠一さん-
  12. 012「感動やショックが訪れた瞬間に起こる化学変化が、人を変える力になる」 -自然学校・チーフインタープリター 小野比呂志さん-
  13. 013「生き物と触れ合う実体験を持てなかったことが苦手意識を生んでいるのなら、知って・触って・感じてもらうことが克服のキーになる」 -ビジターセンター職員・須田淳さん(一般財団法人自然公園財団箱根支部主任)-
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  18. 018「木を伐り、チップ堆肥を作って自然に返す」 -造園業・菊地優太さん-
  19. 019「地域の人たちの力を借りながら一から作り上げる自然学校で日々奮闘」 -インタープリター・三瓶雄士郎さん-
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  36. 036「身近にいる生き物との出会いや触れ合いの機会を提供するための施設管理」 -自然観察の森・解説員 木谷昌史さん-
  37. 037「“里山は学びの原点!” 自然とともにある里山の暮らしにこそ、未来へ受け継ぐヒントがある」 -地域づくりNPOの理事・スタッフ 松川菜々子さん-
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