国有林は、日本国土の約2割、日本の森林全体に対する比率では約3割を占める。
その広大な国有林を管理しているのが、農林水産省の外局である林野庁。日本全国の国有林を、北海道、東北、関東、中部、四国、近畿中国、九州の7つの森林管理局に分けて管理し、さらに各森林管理局の出先機関として、流域(森林計画区)を単位とした98の森林管理署を設置して、直接国有林の管理経営を行っている。
小檜山さんが所属する関東森林管理局は、北は福島県から南は静岡県までの1都10県を管轄する。最初の勤務先は、福島県いわき市にある磐城森林管理署で、5年間ほど福島県浜通り地方の国有林管理を担当したのち、2か所目となる神奈川県平塚市にある東京神奈川森林管理署に異動してきて3年目を迎えた。
多摩流域と神奈川流域及び伊豆諸島の国有林合計約11,000haを管轄する同森林管理署で、小檜山さんは治山グループの一員として主に、集中豪雨や台風などによる山地災害の復旧等を行う国有林治山事業を担当している。
「平塚の事務所内で請負事業の発注業務などをする事務仕事も多いのですが、管轄する国有林のフィールドワークにもちょくちょく出かけます。島しょ部を除けば、どこも高速道路を使えばだいたい1時間ほどで到着できます。私の担当する治山事業では、工事の進捗状況や安全指導などの監督業務を行っており、工事を請け負う事業者さんと現地で打ち合わせをしながら、事業を進めていきます。移動中も、国有林内の被害箇所等を確認しながら、状況に変化がないか見て回るのが日課です。」
国家公務員だから、事務仕事が多いのは覚悟の上だったが、それでも想像以上の事務量に追われている。ただ、そんな事務仕事も案外おもしろいと小檜山さんは感じている。
入庁して最初に携わった業務が、関東森林管理局長が5年ごとに策定している国有林野施業実施計画の編成事務だった。新人として仕事を覚えながら取り組んでいったのがとても大変だった反面、思いかけず楽しかったとふりかえる。
「林道を起点にして、エリアごとにどういうタイミングで間伐をするか、伐期になって皆伐をするのがよいのか択伐の方がよいか。また、伐採跡地の造林をどうするか。場合によって、50%伐採した残りの森林を針広混交林に導く方法もあります。いろいろな条件と可能性を加味しながら、作業効率と森林管理の効果を考えた組み合わせによって計画を立てていきます。その計画が実際の施業に直接生きてくるわけですから、事務作業でもやりがいはあります。」
概ね3年ほどで異動になるため、小檜山さんが立てた計画は後任者に引き継いで実施される。小檜山さん自身も、前任者が立てた計画をもとに新たな5年間の計画として発展させていった。
「人によって森への感じ方が変わるところもありますけど、基本的には計画に則って実施していくことが前提となります。もちろん必要に応じて計画変更もできますが、資料を読み込みながら、ここでこういう組み合わせにしたのは、こういう利点を考慮して選んだのかなどと解釈していくのも楽しい作業でした。引き継ぎ書類はもちろん、最終的な計画にまとまる前の検討段階の資料も残っていますから、だいたいは書類から読み取ることができます。」
同じ国家公務員でも、霞が関の本庁と出先機関では役割も業務内容も異なるし、出先機関の中でも国有林の最前線となる森林事務所と、それらを統括する森林管理署では異なる役割を持つ。例えば、流域単位で広域的に計画・管理する治山業務は、森林管理署が計画から発注業務、工事の完成まで実施し、森林事務所が担当することは基本的にはない。
一方、森林事務所では、管轄する国有林ごとの森林管理を全般的に担当し、日々の巡回や林産物(主に立木)の材積等調査、貸し付けのための借主との打ち合わせや現地立ち合いなど、毎日忙しく現場を行き来している。
「福島にいた頃、3年ほど森林事務所に勤務していたことがありました。森林整備事業という、実際に森林の中で間伐を行ったりする業務の監督をしたのですが、間伐することで森がどう変化するのか、目に見えてきます。事前の調査にも携わりますから、例えば、暗く鬱蒼とした森を間伐して光が入るようにすることで森林全体をどのように変化していくか考えながら実施していきます。数年経って、そのとき作業を請け負った業者さんと話をしながら、風通しがよくなって、下草が生えて灌木も茂ってきている様子を見ていて、間伐の効果が実感できたことを思い出します。」
幼い頃の愛読書は、『ファーブル昆虫記』だったという小檜山さん。公園の隅っこに行っては、餌を巣に運ぶアリの姿をひたすら見守っている、そんな子どもだった。
小学生の頃に放映されていた『どうぶつ奇想天外!』という番組が大好きで、専門家として解説していた千石正一先生が登場するコーナーを楽しみにしていた。
たまたま中学生のときに、千石先生の講演会のチケットが当たって参加したのが一つの転機になった。講演会の会場で配られていた資料を見て、東京環境工科専門学校のことを知る。
「ぼくが入学したときには、千石先生は亡くなられた後でした。それはちょっと残念だったんですけど、講演会の時に質問をしてお話しする機会があったのは、今でも印象深く、記憶に残っています」
「千石先生は何で動物が好きなんですか?」と質問すると、「なんでだと思う?」と聞き返された。「身近にいるからですか?」と再び問うと、「人間って、動くものに反応するだろ。だからまずはそこから興味を持って、動物好きにつながっていくんじゃないかな。」という話を、子ども相手に真剣にしてくださった。
講演の中で印象深かったのが、“自然”と呼べる環境が、今の日本にはほんの少ししか残っていないということ。
「みんなよく“自然”と簡単に口にするけど、本当の自然についてきちんと考えているのかな。」と、そんなことを話されていたことをよく覚えている。
同じ講演会に登壇した、C.W.ニコルさんの話は進路の決め手になった。
森林管理の必要性、森は手入れしないといけないということ、そのための担い手となるレンジャーが当時の日本には少なすぎたということ、だからこそ人材を育てていく学校(東京環境工科専門学校)を作ったという話を聞いて、そんな学校に入学したいという思いが芽生えていった。
ニコルさんの授業を受ける機会はあまりなかったが、専門学校時代にOBの三森典彰さん(第2回参照)のところで3か月ほどインターンシップとして生活していた際に、ニコルさんが管理しているアファンの森という長野県黒姫にある森の生物調査をさせてもらったりと、得難い経験をすることができた。
ニコルさんが口酸っぱく言っていたのが、「一度人間が手を入れた環境は、もう二度と自然には戻らないから、手入れを続けなければ健全な状態を維持できない。続けてこその森林管理であって、ずっとそこで付き合っていく必要があるんだよ。」という話だった。
ニコルさんの話を聞いて、森林管理の担い手になりたいと思い、国有林の管理経営を仕事にする林野庁への就職を志望するようになった。
「林野庁は、とにかく多彩なフィールドを持っているのが、かなり大きな魅力だと思います。天然林もあれば人工林もあって、それぞれ中長期的な計画のもと造林したり保育したり、伐採したりという森林管理を行っていきます。実際に計画立案から手入れ作業を手掛けながら、流域一体として身をもって森林管理に携われるところに強い魅力を感じました。」
磐城森林管理署から東京神奈川森林管理署に異動してきて、森の違いを実感した。東京・神奈川ではどこの森林に行ってもシカを見ないことがない。国有林内の林道を巡回するときでも、まず出くわさないことはないが、福島ではシカがいない地域もあって、それゆえに植生の状況がまるで異なっている。
土の質でいうと、東京・神奈川では関東ローム層と、富士山に近づくにつれてスコリアと呼ばれる荒い火山灰が多くなっていく。もともとの土質が軽いため、水を吸うと浮いてきて、一度崩れ始めると加速度的に崩壊していって、山地災害が起きやすい地域も多い。
一方、福島にはそうした土質はないが、真砂土という砂がすぐに出てくる。砂地だからわずかな傾斜の違いで含水量が変わり、スギなどを植えても傾斜に応じた水捌けの違いで育ち具合が変わってくる。
小檜山さんが現在担当する治山事業では、一度山が崩れてしまうと、場所によってはなかなか緑化が進まない。それまで何百年と積み重ねられてきたその土地の植生を取り戻すことがいかに難しいことか、現実として突き付けられる。
「斜面が崩れないようにして安定させて、徐々に植生を回復していくような措置は施しますが、すぐに自然に戻るかというとなかなか難しいです。地域によっても状況は異なるので、それぞれ土壌の質や植生、獣害も含めた生き物の違いもみながら、それぞれの環境に合った管理が求められます。そんなところも国有林の魅力の一つかなと思っています。本当に、全然違うんですよね。」
森が育っていくには数十年単位の時間がかかる。これまでの経験を活かして、国有林や森林管理署があってよかったと思ってもらえるような森林整備事業や治山事業に携わっていくのが小檜山さんのめざすところだ。
直接住民の声を聴く機会も、出先の森林事務所などではよくあるという。林地の貸し付け関係の書類に記入してもらったりするために山間地の上下水道が整備されていない地域を訪ね歩くこともある。
世間話をしながら、「昔は水がたまに枯れたりしていたのが、間伐をしてくれたおかげで今はもう全然枯れなくなったよ。」と言っていただいたこともある。そんな話を聞くと、水源林としての役割を果たせていることを実感する。
勤務時間は、8:30-17:15
8時頃 | 8:30の始業時間に合わせて、出勤。 |
8:30 | 署内の連絡事項や急ぎ案件に関するメール確認。急ぎの場合はすぐに返信をして、予定を組みなおす。 |
9:00 | 現場へ出発。 片道1時間ほどかけて移動。管内の国有林であれば、高速を使ってだいたい1時間ほどで到着できる。 |
10:00 | 現場に到着。監督業務をする場合、工事会社の方と現地で落ち合って打ち合わせをしたあと、現地でその日の工事の作業内容と進捗状況を確認、工事スケジュールの遅れがあれば原因について確認。安全指導も欠かせない。 |
12:00 | 現場に出たときの昼食は、どこでも食べられるように、おにぎりなどを持参。 |
13:00 | 作業再開後、さらに工事の状況を確認するか、別の現場に移動して同様の監督業務を行う。 移動する際にも別の被害箇所を見て回る。 |
15:00 | 暗くなる前に現地撤収。署に戻る。 |
16:00 | 監督日誌を付けて、現地の写真などを整理。事務手続き等の依頼に応じて事務処理。 |
17:15 | 森林管理をしているので山火事など緊急の案件が発生したり、年度末の時期など立て込んでくれば残業したりすることもあるが、翌日できる仕事は翌日に回すようにして、基本的には定時に帰るようにしている。 |
①ナタと②ノコギリ 入庁者には採用当初に作業着などとともに支給される現場作業セットがあり、中でもナタとノコギリはどこの現場でも必ず持っていく。
現地を調査するときには、登山道など整備された道ではなく藪の中をかき分けていくので、ナタとノコギリがないと、入れない。また林道を回るとき、車両通行に支障のありそうな枝や倒木を切っていくことも多々ある。
③手袋 よく使うのは、ゴム製で、上だけ布のタイプのもの。 もう一つは、森林事務所にいた頃からフィールド調査には薄手のヒツジ革の手袋のワンサイズ小さいものを愛用している。ぴったりフィットして、しかも形も自分の手の形に伸びて変わってくれるので、野外でいちいち手袋を外さずに済む。
④ヘルメット 山の中では安全管理上必須。
⑤長靴(スパイク付) スパイク付きだから斜面でも滑らずに登れる。
⑥レインウェア 急な雨対策や防寒着代わりにも重宝する。
⑦金属製の定規 長さは15㎝ほど。工事発注時に、施工場所の縦断図をA4サイズくらいに収まるように折り畳むのに、定規を使って折り目を付けている。
プラスチックや間伐材の定規なども試してみたが、使っていくうちにすり減ってしまい、最終的に行きついたのが、金属製の定規だった。
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