須田淳さん
1982年埼玉県川口市生まれ。生まれてすぐに愛知県名古屋市郊外に引っ越し、小学校低学年までを過ごす。それなりに自然豊かなところで、池で水生生物を捕ったり、昆虫採集に明け暮れたりする幼少時代だった。
「父親や兄が自然や生き物好きで、私はそれについて行くだけだったんですけどね」
2010年から現在の職場、一般財団法人自然公園財団に就職し、箱根支部での4年目の夏を迎えた。
夜の昆虫観察会にて。広げた白いスクリーンに光を当てて、夜行性の昆虫を集めるライトトラップ。最初に集まってくるのは、嫌われもののガやカメムシの仲間たちだが、普段は見向きもされない彼らの美しさやかわいらしさを伝える絶好のチャンスでもある。ガの顔を正面から覗くと、毛に覆われたモコモコの顔が案外キュートなことに気づく。
“天下の険”と謳われる箱根の山。山の上で湖水を湛える芦ノ湖畔に建つ「箱根ビジターセンター」が、今回の主人公・須田淳さんの職場。同センターは、富士箱根伊豆国立公園・箱根地域を訪れる人たちに、公園内の自然情報をわかりやすく展示・解説し、箱根を散策する際の出発点になることを目的とした拠点施設だ。
ビジターセンターを運営する自然公園財団箱根支部では、この他、箱根地域の調査研究とそれを踏まえた保全活動(例えば、オオハンゴソウなどの外来生物の駆除や、希少動植物の保護活動など)や普及啓発、また観察会やハイキングイベントなどの企画・運営、100名近くいるパークボランティアの活動支援など、多岐にわたる業務を9人いるスタッフで担っている。主任の須田さんは、主にはイベントの企画・運営や従業員の人員配置、企画展の運営や関係機関との調整をしている。
中でも、専門の昆虫調査・採集の知識と経験を活かして平成22年の夏から始めた『昆虫観察会』は人気が高く、昼・夜の2部制で実施している。
「昆虫観察会をやっていて一番うれしいのは、昆虫は苦手と言って消極的だった子が、帰る頃には『触れるようになった!』と満面の笑みを見せてくれること。特別なことをするわけではないんです。そういう子どもたちは、ほとんどの場合、生き物と触れ合う実体験がなかったんだと思います。知らないことが苦手意識を生んでいる。だから、比較的硬くて動きが遅い、生きたコガネムシやゾウムシを持ってみせながら、『刺さないし、噛まないし、人に害はないんだよ』と説明します。ひととおり納得したところで、子どもたちの手に取らせてみる。触ってみることで、恐怖心や苦手意識も薄らいでいくようです」
もう一つ心掛けている点がある。参加者以上にまずは須田さん自身が思い切り楽しんでいる姿を見せることだ。大人が楽しそうに虫と戯れている様子を眺めながら、恐々と触ってみると、案外平気だったということが多い。単純に未知の存在への不安感が“虫嫌い”の先入観をもたらしていることが多いのだろう。だからこそ、最初の一歩さえ踏み出せれば、昆虫の愛らしさが伝わるんじゃないかというわけだ。
2010年の夏、友人が家族で参加してくれた。その子も虫が怖くて触れなかったのが、観察会で昆虫に触れて、平気になった。後日、学校で『好きな生き物は?』と聞かれたときに、『ゾウムシ』と答えたという。そんな話を聞けるのが、一番の励みだ。
子どもの頃から身近な自然に親しんだ須田さん。8歳まで過ごした名古屋市郊外のマンションの近くには自然が多く残っていて、家族で昆虫や池の生き物を捕った経験が懐かしく思い出される。
高校を卒業して、大学には合格したものの、勉強をするよりも実学として自然に触れ合っていくことに魅力を感じていた。たまたま見つけた専門学校の広告に描かれていた実習や野外の活動に惹かれ、大学への進学を取りやめて専門学校への入学を決める。2年間の充実したカリキュラムが今のベースを作っていると須田さんは言う。
専門学校では、2年生になると各自テーマを持った実習活動が始まる。実習地には、宿泊・炊事ができる施設があって、そこをベースにそれぞれが調査の計画を立てる。植物調査の人たちは車を出してもらって山に登ったり、野鳥調査をする人たちは朝5時起きで周辺を歩いたりした。子どもの頃から昆虫が好きだった須田さんは、仲間といっしょに昆虫調査の計画を立てた。
「昆虫は好きだったものの、それほど種類を知っていたわけではありませんでした。ちょうど、ハンノキカミキリを捕りたいという友人がいて、ミヤマハンノキ群落のあるところへ探しに行くことにしたのですが、当時、私はそんなカミキリがいることも知りませんでしたから、ミヤマクワガタを捕まえて喜んでいたんです。と、急に目の前に大きなカミキリが現れて、捕まえて友人に見せたら、『そいつを探していたんだよ!』とすごくうらやましがられました」
カミキリムシにはまり出したのは、その時からだった。以来、実習中はずっとカミキリムシを追いかけていた。日本だと、800種類くらいのカミキリがいるが、初めて見るものばかり、とても刺激的な体験だったと振り返る。仲間といっしょにそんな体験ができる実習の素晴らしさが、今でも強く印象に残っている。
昆虫の楽しみ方も人それぞれだが、須田さんは、植物や地質などの自然環境そのものや地域の文化なども含めて、昆虫以外のことも広く吸収しながら楽しんでいる。植物をわからないと捕れるものも捕れないといった現実的な理由もあるものの、昆虫だけにとどまらない旺盛な好奇心が背景にある。と同時に、以前ある人に言われた一言が心に残っている。
「以前、福島県の浄土平で臨時職員として3年ほど働いていました。休みの日には、山形県米沢市まで足を延ばして昆虫採集をしていたフィールドがあるのですが、そこで偶然お会いしたベテランの虫屋さんに声をかけてもらったことがきっかけとなって、以来、頻繁に通っていっしょに虫を捕るようになりました。若者が少ない昆虫屋の世界で、後進へのエールの意味もあったのかもしれません。あるとき、雑談の中で『虫が捕れないとつまらないですよね』とそれほど考えもなしに漏らしたとき、『そうじゃないですよ!』と叱られたんです。『虫捕りというのは、昆虫のいる環境そのものを楽しむものだ』というようなことをいわれました。そうだよなあ!と大きなショックを受けました」
もともと昆虫だけと思っていたわけではなかった反面、思わず口をついて出た一言は、どこかそんな思いも持っていたのかもしれないとふりかえる。以前にも増して、昆虫採集するだけでなく、地域の環境そのものや文化などを勉強しながら、楽しむようになっている。
今、昆虫観察会を催しながら伝えたいのは、昆虫を通して見えてくる自然そのものの楽しみ方だ。特に、箱根という自然豊かな地を訪れる人たちに、国立公園の素晴らしい自然を知って、体験してほしいとの思いが強くなっている。かつては自分自身が国立公園の素晴らしい自然の中で仕事をしたいという思いだったのが、次第にその素晴らしさを自分の中にとどめておくには忍びなくより多くの人たちに伝えていきたいと思うようになっていった。
昆虫観察会だから、昆虫好きになってもらいたいし、子どもの頃に虫を追いかけていたような子でも中学生・高校生になって虫捕りを卒業していくような子たちに、カブトムシやクワガタムシだけではない発展の仕方をして、大人になっても楽しめる昆虫の世界を味わってほしいという思いもある。ただ、昆虫に限らず、他の動物や植物など、自然そのものを知り、体験するきっかけとして、須田さんが披露する昆虫たちの神秘的でわくわくする楽しい世界が、参加者たちに響いてほしいと願っている。
①カメラ
カメラは、常に手の届くところに持っていたいという。いつどこでどんな昆虫を見かけるかわからないから、いつでもすぐに撮れるように持っておくようにしているわけだ。展示関係の資料作りや、時間も記録できるからメモ代わりにも重宝する。
②採集物のケース
透明ケースを百均などで購入。いろんな大きさに仕切れるものが使いやすい。生きたままケースに入れて、観察会などで見せたりする。
③虫捕り網
タモ網の網を、昆虫用の目の細かい網に付け替えて使っている。カーボン軸で最長7.2mまで伸びるから、木の高い枝にいる昆虫でも捕れる。カーボン製は軽い反面、カミナリが鳴ったりするときには注意が必要だ。
観察会のときなどには、長くて目立つこの網をめがけて集まってもらえる。
④手持ちのライト
夜の観察会ではもちろん、昼間の観察会でもザックの中に入れている。木の洞の中などにおもしろい生き物が棲んでいることも多いから、中を照らすのに使うわけだ。
⑤パソコン
モバイル仕様ではないから、虫捕りの時に持っていくわけではなく、もっぱら机の前に座って、情報収集をしたり、文章を書いたりするのに使っている。寝る間も惜しんで昆虫採集にいそしんでいた頃、その成果等をアウトプットする場がほしくてブログを書き始めたのが、使い始める最初のきっかけだった。以来、継続して書き続けているが、ブログに書き込みしてくれた人と、その後実際にお会いすることもあったりと、いろんな出会いも生まれている。
⑥好奇心
道具はいろいろとあるものの、まずはこれがないと動けない。昆虫に限らず、好奇心持って追いかけていくことが大事だと話す須田さんだ。
⑦センス(第六感も)
さまざまな感覚をフルに活用する。詰め込み式の知識はすぐに忘れてしまうが、感覚を使って体験したことは、体に刻み込まれる。
最近は、“第六感”もあるのかなと思うようになっている。「あの虫を捕まえたい!」と言っていたら、ちょうど目の前を飛んでいったり、首筋に止まったりという経験が何度か続いて、“思い”を込めることの不思議な力を感じる。一方で、気合を入れすぎて全然捕れないことも多々あった。殺気が出てしまうと、生き物にも伝わるのかもしれない。
思いを大事に、でも入れ込みすぎずに自然体で臨むことが大事なのかなという須田さんだ。
(共通)
6:30 起床
7:00 朝食
7:40 出勤
8:15-9:00 開館準備、業務引き継ぎなど
(イベントのない日)
9:00-16:30 事務作業、展示物作成、ビジター案内など
16:30-17:30 掃除、戸締り、業務引き継ぎなど
17:30-19:30 事務作業、残務整理など
20:00 帰宅
23:00 就寝
(昆虫観察の日)
9:00-12:00 バナナトラップ設置、コースの危険箇所チェック、最終打合せ、資料の確認
12:00 昼食
13:00-14:45 イベント(昼の部)開始。野外で採集、観察
14:45-16:00 休憩後、ビジターセンター館内にて採集した昆虫の種名・生態調べ。イベント(昼の部)終了。
16:00-19:30 イベント(夜の部)の準備・最終打合せ、晩ごはん
19:30-21:00 イベント(夜の部)開始。ライトトラップによって夜行性昆虫の観察。ナイトハイク、クイズなども。イベント(夜の部)終了。
21:00-21:40 片付け、簡単な反省会
22:20過ぎ 帰宅
24:00 就寝
Copyright (C) 2009 ECO NAVI -EIC NET ECO LIFE-. All rights reserved.